あいりすペドフィリア   作:サッドライプ

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※だから、詠唱に意味はないってば。




放埓の王7

 

 天秤が崩れたのは、“まずは”コトだった。

 

「少々失望したぞ、トミクニのコト。カヅラガワの戦いでのあの鬼神の如き武はどこへやった」

「うっさい……!」

 

 敵のリーダーもまたアイリス達同様に種子持ち(シーダー)であり、前提が同じ以上戦いの場でモノを言うのは当人の技量だ。まして非シーダーとはいえ手練れの部下と二人がかりで攻められている。

 だがそれ以上に、自分が振るう剣技の方が鈍っていることをコトは自覚していた。

 

 敵のリーダーが言及した戦とは、コトが以前の主を亡くした戦いだ。

 本拠地防衛戦において極限の中戦い抜いて何百人斬ったかも覚えておらず、そして気づいたら自軍の城も落ちてその戦果はただただ無駄なだけに終わった戦い。

 

 その後は西に流れ漂い、縁あって冥界に身を寄せることにはなったが、アイリスとして戦うようになってからもあの無常観が彼女を縛り付けて離さない。

 くたばり損なった―――心のどこかで自分のことをそう思っている人間が、どうして生死の狭間を行き交う戦場で己の全力を振り絞れるだろうか。

 

 大切と思えば、また守れなくて失うのでは―――そう思うと、仲間達にも心を開けない。

 そんな信用ならない者を部下として迎え入れ、そっと見守ってくれている冥王に恋慕を抱けど素直に甘えることもできない。

 

 そういったずっと女剣客が抱き続けた懊悩が、故国での敗戦を思い起こさせる敵手の姿によって溢れ返り、どんどん彼女の動きを鈍らせる。

 二人掛かりで攻め立てられる内、次第に防戦一方になり刀傷をその身に増やしていく。白地の着物が紅に染められていく。

 

 

 そして………期を同じくして押され始めたのはジェニファーだった。

 

 ジェニファーの肉体は未成熟な幼女なのだ。それを種子と深淵の力で精一杯に駆動しても、成人のギゼリックが同じようにすると体力や膂力には差が出る。

 いや、もしかしなくとも“同じように”は出来ていない。

 

―――我はジェーンの憎しみだけには寄り添わない。我個人としての感情で、聖樹教会も当然汝も、憎むことはしないと決めている

 

 ジェニファーがかつてクリスに語った言葉。正論と屁理屈と陰謀論を混ぜてこき下ろすことはあっても、ジェニファーは聖樹教会をジェーンに与えた仕打ちを理由に非難したことは一度もない。

 それはジェーンが完全に深淵と同化しないため、ジェニファーが一緒になって暴走しないための心構えだったが、裏を返せばジェーンの深淵(憎悪)を表に出す際にフィルターが掛かっている状態とも言える。フィルターを全て外し、深淵(憎悪)に肉体を浸蝕される程の解放形態である“殲獄”を発動すれば話は別だが、そんな相手でも舞台でもない。

 

「ABブロックチーム、劣勢!!コト選手とジェニファー選手が苦しいか!?」

 

「まだだッ」

「甘い……っ!」

 

 交差して振り下ろした二刀が間合いを外して空振りに終わり、その隙を見逃さずギゼリックの黒の銃弾が襲い掛かる。咄嗟に身を捻るも、左の二の腕を撃ち抜かれた。

 

「ちぃっ」

 

 すぐさま“黒”を虚空に散らして“水晶”を右手に構え直す。痛みと片腕が使えない程度で戦闘ができなくなる幼女ではないが、戦力が低下したことに間違いはなかった。

 

「九歳児に銃弾ブチ込む女王陛下……」

 

 咄嗟に漏れてしまったプリシラの心底ドン引きしている声がつい会場に響いたが、ギゼリックは受け流していた―――その闘志に燃える瞳を隠さずに。

 

「絵面が悪いのは重々承知。あたしの半分も生きてないガキ相手に何をマジになってるのかってのも自覚はあるよ。これはただの八つ当たりだ」

 

 油断なく蛮刀と銃を握り直しながら、女王は幼女にだけ聞こえる声で溢す。

 

「でもね、敗けたくないんだ、あんただけには」

「何を……っ」

「一人きりであの暗い牢獄に堕とされた時、あたしの絶望に寄り添ってくれたやつなんかいなかった。だから一人で立ち上がって、一人で歩き始めるしかなかったんだ」

「――――」

 

 

「殻に閉じこもって甘えてばっかの奴と、甘やかしてるだけの奴に。

…………ずっと一人でやってきたあたしが、あんた達だけには、敗けられない!!」

 

 

 ジェニファー達の現状を見抜いたのは、同じ深淵使い故に見えるものがあったのか。ギゼリックは彼女“達”の境遇と事情を察した上で、真っ向からそれを否定しにかかった。

 その理由が子供じみた妬みと安いプライドであると、自覚して言い放った上で。

 

「一人で?それにしてはあの筋肉共に随分慕われているみたいだがな?構って欲しくて悲劇のヒロインでも気取りたいか」

「薄い。薄っぺらい。あんたの言葉に芯がない。空っぽだ、それじゃ挑発にもなりやしない」

「………!!」

 

 挙句にジェニファーの“戯言”まで看破して潰す。

 黒衣の幼女が仕掛けるが、振るう“水晶”を受け流して女王は位置を入れ替える。

 

「辛辣に世を捻ねたこと言って、それでも綺麗事を言う、そんなあんたの“熱”はどこにある?

 あんた自身は少しでも何かを信じてるかい?」

「ぐっ……」

 

「ふわふわと口先だけでさあ。そんな覚悟で英雄気取りか?やめときなよ、絶対どこかで道を踏み外す」

 

 別段ギゼリックも悪意だけという訳でもなかった。

 

 ジェニファーはジェーンを含む他人の為に命を懸けられても、己の為に戦う理由はない。むしろ己の生きていることに理由を見出せないから簡単に命を投げ捨てられる。肉体がジェーンのものだから粗末にしないというだけで、『所詮は余禄』と言うのが一度死んで記憶もほぼ失くしてしまった“彼”の歪みだ。

 そして、自分を信じていない人間に他の何かを心から信じられる道理もない。だから、吐く言葉全てが戯言になる。

 

 

「―――、だとしても」

 

 

 理由までは流石に分からずとも、ジェニファーが心の底から何かに本気になれない類の存在であることを察した上での忠告。だが、跳ねのける。

 

「綺麗事(これ)だけは、捨てられない。たとえ儚い夢でも、薄っぺらい戯言でも!本当はそんなものはないのだと、我自身が諦めていたとしてもだ!!」

「何故……?」

「世界は優しくない。我が半身は愛も夢も未来も、何もかもを咎もなく奪い去られた。

 たとえ復讐にその手を血に染め、いつか因果が巡る瞬間が来るとしても―――、」

 

 

「―――たった九歳の子供だぞ?

 そんな冷たい不条理が世界の全てだと絶望して消えて行くのは、悲し過ぎるだろうが……!!」

 

 

 薄っぺらな信念でも、少しでも綺麗なものを半身(ジェーン)に見せてあげられたらという願い。

 だから空虚な理念と知ってそれでも掲げる。希望を持つ心すら砕かれた彼女に代わって、『世界が優しくなりますように』と願いたいこの気持ちだけは、戯言なんかじゃない。

 

「ジェニファーさん……」

「―――ッ、私も未熟、ということですか」

「ジェニファー様…!!」

 

 外套が張り付く程に左腕から出血し、ふらつきながらもジェニファーは片手で大刀を構える。

 そんな幼女の叫びは、聞き届けたアイリス達の心に熱い何かを宿した。

 

 普段飄々として、不敵に笑うだけの厨二幼女が曝け出した真実の願い。

 これまでの付き合いでそれをちゃんと察してあげられなかった不甲斐なさと、それ以上に彼女の願いを叶えてあげたいという決意が胸を震わせる。

 

 何故?―――理由など、『仲間が真剣に願ったことだから』、それだけで十分だ。

 

 けれど、彼女らは各々の敵手との戦いの最中。蛮刀の一振りでジェニファーの“水晶”を弾き飛ばし、額に銃口を突きつけようとするギゼリックを止められない。

 だがそれでも彼女が『降参』を口にすることはないだろう。

 

 

 『黒の剣巫』は、二人で一人なのだから。

 ジェニファーの願いに最も心動かされる存在など、“彼女”を置いて他にいる筈もないのだから。

 

 

【ジェニファーのばか。そんなの、とっくに叶ってるもん】

「………ジェーン?」

 

【せかいでいちばんきれいな魂(もの)なら、ずっとわたしの肉体(そば)にいてくれてるんだから】

「――ッ!」

【だからわたしを信じて、ジェニファー。自分が信じられなくても、あなたのおかげで今ここにいる、半身(わたし)を信じて。

 わたしのねがいは―――生きていたい。あなたといっしょに、ずっと!!】

 

「………叶えるさ。我がここに在る意味は、きっとそれなのだから!!」

 

 

 同じ肉体に宿る二つの魂と心。それがこの瞬間、初めて完全に調和する。

 見つけたのだ、理由を。

 

 欠けた物は戻らない。ジェニファーがいくら自分の中に答えを探したところで見つかる筈はなかった。死んで一度亡霊になった者がまともになることなど最初から不可能だった。

 だが、それでいいのだ。甘やかす者と甘える者、それでも―――生きる理由を失った者と生きる希望を失った者、不完全な二人が補完しあって一つで居られるなら。

 

 前に進める。

 今この瞬間、『ジェニファー=ドゥーエ(名も無き二人)』は全となる。

 

 

「【我等、冥戒十三騎士が終の双騎、『黒の剣巫』が名の下に――――】」

 

 

「ッ、なんだい、これは……!?」

 

 引き金が重い、物理的に。急に“何かに抑えつけられているように”指の関節がまともに動かなくなった異常にギゼリックが呻く。

 その様子を見上げ、冷たく睨む幼女の瞳は―――両眼ともに朱がかった極彩色。

 

 

「【五臓六腑を穢れで充たし、冥府の闇を血に注ぐ者。

 而して万(ヨロズ)の命を階(キザハシ)に、創生の光を喰らう者】」

 

 

 二重に聞こえてくる詠唱はそれこそ深淵の底から這い出てくるような冷気を伴って。

 

 

「【哭き叫べ黎明。惑う勇往、永劫の帳。

―――深淵装魂(ソウルエンチャント・アビス)】」

 

 

 そして湧き出でる《深淵》は、その全てが巫女の体内で完全に統制され、暴走も無秩序も捻じ伏せられている。主の肉体を激痛と共に浸蝕するようなことは最早なく、銀髪をリボンで括った一房を除いて漆黒に染めるのみだった。

 

 

 

「【“潰獄のパラノイア”】」

 

 

 

 詠唱の完成と共に、黒髪銀メッシュ幼女の右手に再び“黒”が顕現し、そして先ほど弾き飛ばされた“水晶”もひとりでに飛んでくる。

 二つの刃が、歪む。黒よりもなお冥い光を宿す紫紺にその刀身を染めて稲妻のような形状へと変形し、互いに折り重なって交差を繰り返し一つの合体剣となる。

 

 “黒”―――哭鍵ミゼリア。

 “水晶”―――翔灯ロブゾーバー。

 それらの銘は意味を失い、新たに圧し付けられる定義(な)は―――“星焉塵コラプスター”。

 

 星の終焉に残る塵……その意味するところは、この世界では一人しか知り得ない。

 

「この潰獄に、我等を外に勝利の自由は無い」

【この潰獄に、我等を外に敗北の自由は無い】

「この潰獄に、我等を外に生還の自由は無い」

【この潰獄に、我等を外に死亡の自由は無い】

 

 そのたった一人の思うが儘に、望んだ相手を超重力の網でその場に縛り付けながら。

 女王を差し置いて絶対の裁定者へと成り代わった幼女は宣告する。

 

 

「【哀れな魂よ、この現世(パラノイア)に輪廻すらも忘却し――――ただ地に這いて朽ち果てろ】」

 

 

 





 ペラ回し不発!
 ただし中途半端にレスバで追い詰めると、これまでのとは別系統の第二形態を解放して襲い掛かってくる幼女の図。
 いやまあギゼリックが真正面から切り込んだおかげでジェニファーがちゃんと自分“達”の生きる理由に向き合う契機になったんですが。

 銀髪紅虹オッドアイ
 →黒髪銀メッシュに朱がかった極彩色の眼new!!


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