あいりすペドフィリア   作:サッドライプ

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 ところで、なんで原作でリディアは「これ以上失敗したら後がない」って分かっているにも拘わらずアイリス+ギゼリックが揃っている場でユーを連れ去ろうとしたのか。もうちょっと折角武闘大会出場でアイリスが五人も不在になる隙を狙うとか……。

 頭弱くて考えつかなかった説その2?……単にナジャに強化アイテム貰って、調子こいてアイリス達の種子もついでにまとめて奪おうとか思っちゃっただけな気もするけども。そしてそれを失敗フラグと気付かない点でどのみちやっぱアホの子………。




放埓の王8

 

 血でべたつく外套を舞台上に脱ぎ捨て、黒い布と銀装飾のゴシックドレス姿になった黒髪幼女は、大の大人ほどもある合体剣をふわりと横に撫ぜる。怪力がどうとか以前にどう考えても重心の位置が不自然にも拘わらず、相応の重さを誇る巨剣はふわりと主の腕の振りに従って空気を引き千切っていた。

 

「【一人でやってきたから我等には敗けられないと、そう言ったなギゼリック=ファウスタ】」

 

 至近距離でこだまが帰るような、二重に聞こえてくる幼い少女の声。

 甘く愛らしく耳に心地よく、そして脳髄が凍るほどに狂おしい不協和音。

 

 最高潮である武闘大会最終日に押しかけ先ほどまで熱狂の叫びを上げていた観客達も、誰一人として呻き声すら出てこない。

 呼吸する度に、身じろぎする度に、微かに漏れる闇の気配で大気が淀み歪む。そんな秘めたる力を解放してしまった幼女の姿に悟る。

 

―――これこそが万軍をものともしない暴威の化身。

 

 噂に尾ひれがついていることなんて誰もが多かれ少なかれ理解していた。事実これまでの試合でジェニファーが見せていた戦いぶりは確かに強者だったが、ギゼリックに押されていたように一人で戦場を制圧する程の理不尽とはとても呼べない。

 内心のどこかに落胆があって……そして彼らは今そんな自らの愚かさを心底悔いている。

 

 

 最新の英雄譚に語られる武威、その底が見たいなどと、どうしてそんな恐ろしいことを考えたのかと。

 

 

 噂が大袈裟か否かなど問題にならない。どれだけ大袈裟に膨らませようともそれを現実に出来てしまう存在が視界に居る―――それだけで弱者は毒の空気に曝されたかのように全身を倦怠感が包んでいく。

 細胞の一つ一つが震えてしまうのだ。無益と理解しながら、その気になれば視線一つで縊り殺されると分かっていながら、すぐさま逃げろと警告をがなり立てるのだ。著しい速度で無為に体力を消耗するだけの結果だというのに。

 

「言ったよ。撤回するつもりもない」

 

 故に、真っ向から減らず口を叩けるギゼリックは余程の豪傑か底抜けの命知らずなのか。

 幼女は朱に染まる極彩の眼を愉しげに歪め、向けられる銃口を意に介した様子もない。

 

「【違うな。間違っているぞギゼリック。

――――我等は二人。一人で向かってくる汝に、敗けられないのは此方だ】」

 

 重圧著しい空気の中で、さらにそれを張りつめさせる暴挙。舞台上で戦っていた他の選手達ですら手を止め固唾を呑んで見守る中、動いたのは……全くの第三者だった。

 

 

「ッ、待ちなさ……ぁぐっ!?」

「え…きゃあああぁっっ!!?」

「お姉様!?ユー!!?」

 

 

 観客と同様言葉を失っていた実況席、そこにいた世界樹の精霊を白いローブの怪人物が小脇に抱える。

 咄嗟に制止しようとしたルージェニアを撥ね飛ばし、そのまま“彼女”は純白の翼を広げた。

 

 

「―――マリエラ様の命令よ。帝都までご招待、ってね」

 

 

「リディア……!?」

「「ユーっ!!?」」

 

 帝国国境、パルヴィンと決着が付かないまま因縁だけが深まっている金髪碧眼の天使。その神聖さと裏腹に人間にとって邪悪極まりない存在がユーを攫う。

 

「はな、放してくださいッ!!」

「いいの?ここで私があんたを落としたらべちゃって地面の染みになるだけだけど」

「私は借りてきた猫です。にゃーん」

 

 白翼の羽ばたきは瞬く間に二人を空へと浮かべ、弾き飛ばしたローブだけを置き去りその姿を相対的に小さくしていく。

 遥かな高みへと連れ去られ、飛行可能な亜人のアイリスを連れてきていない冥王一行は歯噛みしてそれを見送るしかない―――訳ではなかった。

 

 確かに飛行可能な“亜人は”連れてきていない。

 

「ぐ、なぁ………っ!!?」

「「「うおおおおぉぉぉ!!?」」」

 

 黒髪幼女が一瞥すると、ギゼリックとスゴ肉三兄弟が不意に横に吹き飛んだ。

 否、『吹き飛ぶ』と言えば語弊があるか。飛距離が伸びれば伸びるほどに、勢いを失うどころかより加速していく様は『横に落ちている』と表現するのが正確だ。字面と実際に起こっている光景の異様さを気にしなければ、だが。

 

「【セシル、ソフィ達も。この場の片を嵌めるのは任せた】」

「でも、ユー様が……!」

「【そちらは我等が行く】」

「分かりました。時間が惜しい、速やかにつる植物を奪還して来なさい、ジェニファー」

 

 観客席との間の柵に“水平に”落下して叩きつけられたギゼリック達を見届ける暇も、瞬時にやるべき分担を弾き出したベアトリーチェの指示に返答する間もなく、『黒の剣巫』の姿が黒い靄に巻かれて霞のように消える。

 それが天使が消えた方角の空に向かって跳んだだけだと気付けたのは果たして何人いただろうか。

 

 この会場において数少ない該当者達は、舞台の上で怒涛の展開に酔いそうになっていた気分を切り替え、改めて準決勝の続きをするべく各々構える。

 『ギゼリック』チームは今しがた纏めてリングアウト失格、ジェニファーも姿を消した今、AブロックとCブロックの勝ち抜きチームが残って実質上の決勝ということになるが。

 

 観客達もまた、先ほどの悪夢の化身を記憶から振り払うため、多少の困惑に蓋をして無理にでも観戦に興ずる。

 

 ユーのことは心配だがこの戦いに勝ってギゼリックが所有する種子を回収もしなければならないアイリス達と、一人欠けているからといって決して油断ならぬ東方の剣客達。

 両者入り乱れ白刃の煌くアリーナは、ファウスタ武闘大会のクライマックスに相応しい熾烈な決戦に突入しようとしていた―――。

 

 

 

………。

 

 電光石火。

 慢心も油断も捨てたリディアは、腕自慢のアイリスが舞台に上がりすぐに手の届かない武闘大会準決勝というまさにこの瞬間に、上司より命令されたユーの拉致という凶行に及んだ。

 

 帝国の皇帝に成り代わった上位天使マリエラが、何故か近づいてきたあのナジャとかいう怪しい魔術師の言に乗り、この自称世界樹の精霊とやらに興味を示したが故に命じられた今回の作戦。

 『数万の兵士を失ったことはどうでもいい』が、無為に種子を奪われパルヴィンも陥とせなかった先の失態により、次に失敗すれば物理的に首が飛びかねないことを彼女は理解していた。

 

 だからこそアイリス達―――特にあのリディアに敗走の屈辱を味わせた忌まわしい幼女が離れる瞬間を、穢らわしいニンゲン達が密集している中での不快さを堪えてまで待ち続けた。欲を言えば決勝が終わってもう片方のチーム共々消耗した時点が望ましかったが、ジェニファーが本気を出した時点でこれ以上の“待ち”は無駄だと一目で分かったのだ。

 

「帰してください……このまま皆さんと、冥王様とお別れなんて嫌ですっ。

 誰か、助けて……っ」

「ふん。誰も助けになんて来ないわよ。来てたまるものですか」

 

 ファウスタの都は遠く、街道が敷かれた遥かな草原の上をユーを抱えてリディアが飛ぶ。

 ユーの涙声に苛立たしげに返した言葉に願望が混ざっていた、というのは本人は気付いていたのだろうか。

 

 そして、本当にユーに助けが来ないと自信満々に断言できないのは、不安の裏返しだと気付いていたのだろうか。

 

 飛行可能な“亜人は”、確かに今回の冥王一行に付いてきていない。だが。

 

 

 飛行可能な幼女が居た。

 

 

「【―――良くないなァ?】」

 

 

「………なッ、に!?」

「ようじょキターーーーッ!!」

 

 不意に眩暈と共に平衡感覚を失うリディア。

 それが普段とは逆向きに重力が働いているとは考えも及ばず、反射的に“下に向かって”羽ばたいた結果、今度は正常に下向きに、ただし身体が比喩抜きに鉛ほどの重さにされて墜落への一歩と化す。

 

 まして、重力を操るだけが今の融合幼女の能な訳はない。

 バランスを失い錐揉みしながら落ちて行く天使に跳び蹴りを浴びせ、反動と落下の向きを調整して投げ出されたユーをその左腕にキャッチする。

 

 そして嘲笑と煽りを、ユーを手放し無様に地上に墜ちる天使に追い討ちでプレゼントした。

 

「【良くない、本当良くないなあそういうの。確かに乱入と場外乱闘は武闘大会の華。だがしかし観客を置き去りにしたまま姿を消すなど、ファンサービスってものがまるで全然分かってない】」

「またしてもあんたか、このガキ――ッ!!」

「【だから教えてやるよ。ありがたく受け取れ、我等のファンサービスを!】」

 

 言うとユーを地面に下ろし、紫紺の合体剣を振りかざして突き付ける幼女。対する天使も閃光と共に大槌を手に握り、腰を低く構える。

 

「【どうした鳥人間。飛ばない鳥はただの焼き鳥なんじゃないかな】」

「~~~ッ、その口に泥水詰め込んでやるッ!!」

 

 天使に向かって鳥と人間の相の子扱いするという最大級の侮辱に激高しながらも、翼を広げたままリディアは地に足を付けて戦うことを選んだ。

 直感で悟っているのだ、今のジェニファー相手に無暗に飛ぶことは愚策と。

 

 それもその筈、前回の戦闘で自在に飛行し空から水流で甚振ってくるリディアに苦々しい感情を覚えたのはジェニファーも同じ。

 故にあれ以来、記憶の残滓(という名の黒歴史ノート)からそれに対抗できるイメージを引きずり出そうとしていた……その理想(?)に、今ジェーンと二人ならば手が届く。

 

 重力の強弱と方向を操る力―――それが“潰獄”。

 だがその特質性すらも、厨二(ジェニファー)に言わせれば飛ぶ鳥を振り回す為の小手先の手品でしかない。

 

 

【ヨリ深キ淵ヘ(アビスシンカー)】「黒ニ染マレ(バースト)ッ!!」

 

 

 常に都合の良い方向に働く重力により片手で軽々と振り回される、幼女よりも遥かに重い巨大剣は音すら追い抜いて天使を両断せんと疾る。

 黒い衝撃波を纏う斬撃は―――しかし同じく黒い濁流と激突し弾ける。

 

「【………素敵な首輪じゃないか。似合ってるぞ?狗(イヌ)って感じで】」

「うっさいわね!!」

 

 金髪に蒼い鎧を着た女天使の出で立ちには、以前戦った時には付いていなかった金色の首輪が嵌められていた。その煌びやかな意匠と裏腹に、濃縮された闇が漏れ出でるのは間違いようもなく《深淵》だ。

 誰のどういう作品かはなんとなく予想が付く。問題は、ただでさえ脅威の天使の力が《深淵》で増大しているということで。

 

「どっせええぇぇェェーーー!!」

「【あはははは!!軽い、軽いぞ!?】」

 

「うへぁ……」

 

 なまじ地上で戦っているせいか、弾かれた合体剣が、的を外した戦槌が、のどかな草原にクレーターや地割れを作っていく。その操り手達も超高速で移動しながら戦っている為、ユーの眼にはブレた姿があちらこちらで不規則に絡み合っているようにしか見えない。

 

 黒と金。巻き込まれたら塵も残らない恐るべき暴風が草原を蹂躙し、その場でのほほんと暮らしていたスライム達が間の抜けた顔を泣き顔にして必死に逃げ惑う。

 

 その惨状を見守りつつも、これまでの大会で鍛えた実況力ではそれを形容する言葉を見つけられず、ただ呻くだけのユー。だが、ふと服に妙なべたつきがあるのを覚えてそちら――先ほど空中でジェニファーに抱き留められた部分――に視線をやり、白い布地が赤黒く染まっているのを見て顔色を変えた。

 

(そうだ、ジェニファーさん左腕に大怪我して………!!)

 

「そんな腕で――――ッ」

 

 深淵を帯びた濁流を纏い、ジェニファーの左側からリディアの最大の一撃を叩きつけんとする。

 傷付いた腕を庇い迎撃が遅れる幼女はただ敵対する天使を見つめ―――嗤った。その両の瞳は、深紅。

 

 

「余所見してると危ないぞ」

 

 

「え、……なっ、ぐッ………!!?」

 

 振りかぶった戦槌を動かす前に、リディアの脇腹に灼熱感が生まれる。同時に、総毛立つ程の冷たさと嫌悪感が身体の内側に走り。

 

【………】

 

 茫然と傷口と、そこから飛び出た稲妻型の奇形の刃を見ることしかできない天使。

 その背後で、両眼が虹色であること以外ジェニファーと瓜二つの黒髪幼女が、二刀に分離させた《コラプスター》の片割れを突き立てていた。

 

 





 いやー。幼女、弄り甲斐のある敵を見つけひたすら煽る煽る。
 ちなみにジェーンと融合してる状態なので幼女力が2倍になると同時に悪ガキ度も2
倍になっております。そして物理的にも2倍になっております。

 というか草加とⅣ兄さんの言葉はホント煽り性能高いよねえ。


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