あいりすペドフィリア   作:サッドライプ

43 / 74

 相変わらずキャラ数捌けてない現象が発生しておりますがご勘弁を。




放埓の王9

 

「な…に、これ……」

 

 腹部を深く抉った紫紺の刃。それが帯びているモノが、天上人が忌み嫌い穢れに満ちた地上の原因となっている闇の力だと、彼女は理解できていなかった。

 

 当然ながらそれどころではなかったからだ―――激痛と、流れる赤い血が己の命脈を深く冒されていることの実感となってリディアを襲っている。

 

 本来であれば魂を持たぬ使い魔に過ぎない天使に、死の恐怖は無縁である。正確にはそもそも自己保存という生命の本能すらプログラムされていない。

 だが、たった今己を貫く刃から流れ込む《深淵》は同化と浸蝕の性質を持っている。

 

 リディアという個体を定義づけている“核”とも呼べる部分を、深淵が侵す。

 彼女が汚らわしいと称した、この世界の全ての生命と同じように。

 

「……嫌」

 

 その結果、天使が“想った”のはただ一つ。

 

 

 “死にたくない”。

 

 

「嫌、嫌、嫌々々々、いや、いやいやいやあああああぁぁぁぁぁーーーッッッ!!!」

 

 

「っ!?ジェーン、下がれ!ユーも!!」

【………ッ】

「ひゃぃ~~っ!?」

 

 間欠泉のように黒く濁った水が噴き上がり、リディアの周囲で無秩序に荒れ狂う。

 天使に在る筈の無い情動に深淵が応え、ただ衝動のままに四方八方に放水して荒れ切った草原を泥地に変えていく。

 

 ジェニファーは咄嗟に半身を離脱させ、そしてユーが流れ弾を受けないようにその身で庇う。

 拒絶の心をそのまま反映したかのように水流は目に映る全てを押し流そうとするが、出鱈目に放水されるそれをジェニファーとジェーンは斬撃で相殺していく。

 僅かに数分と言うべきか、それとも数分間ものあいだと言うべきか、激流の乱舞をしのぎ切った頃にはそこに居るべき天使の姿が忽然と消えていたのであった。

 

「………またも取り逃がしたか。腹に風穴空いていながらよくやる」

「最後リディアさんも様子がおかしかったような―――てぇ、ジェニファーさんも腕の怪我!?それに、なんか夢の世界でもないのに分身してたような!?」

 

「ゆうたいりだつー」

【………(ふわふわ)】

「いやそのネタ前に見ましたから」

「かーらーのー。りんしたいけんー」

【………(すーっ)】

「吸い込まれたー!!?」

 

 帰り道を考えて“潰獄”は解除しないまでも、戦闘の熱を冷ましがてらユーをからかう黒髪銀メッシュ幼女達。

 ジェーンがジェニファーに吸い込まれるようにして一人に戻った朱彩眼の巫女は、多重になっているスカートの裾を切って左腕の処置を行い、身を屈めてユーにおぶさるよう促す。

 

「あ、その……ありがとうございました、ジェニファーさん、それにジェーンさんも?

 こんな怪我してるのに、私のこと助けに来てくれて」

「【昔に比べればこの程度怪我のうちにも入らん。いいからさっさと背中に乗れ、帰るぞ】」

「なんか触れちゃいけない幼女の闇が……わ、分かりましたから置いて帰ろうとしないでください!?」

 

 慌ててユーが背中にしがみつくと、ジェニファーは重力の向きを切り替え、ファウスタの方角目掛けて空へ“落ちる”。

 体験したことのない地面以外の方向に重力が働くという感覚に、世界樹の精霊は一発で酔った。

 

「…………ぇっぷ」

「【吐いたら落とすぞ】」

「やりませんやりません!?」

 

 ゲロイン回避の為に乙女の尊厳を懸けて耐え抜きながらも、ユーはせめてもと幼女の左腕に掌を当てた。

 その箇所から一瞬で出血が止まり、傷口が塞がったのを感じても、ジェニファーは敢えて何も言わない。

 

 それに甘えて、ユーは心の中だけで唱えるのだった。

 背中越しのため、表情すら確認されないのを良いことに、口に出すことすら許されない謝罪の言葉を。

 

 

(―――ごめんなさい、私なんかのために……)

 

 

 その意味するところは、アイリス達はおろか冥王ですら、今の時点では知り得ない。

 

 

 

………。

 

 場所は戻ってファウスタ武闘大会最終決戦。

 アイリス達と剣客衆の果し合いは、完全にアイリスの側に天秤が傾いていた。

 

 そもそもがコトが圧され気味だったとはいえ三対四で詰め切れていなかったのだ。それが五対四になり人数すら不利になった時点で、何かしらの賭けに出なければ逆に詰まされるのは自明。

 だがそれすらも許されなかった。

 

「くくくっ、先程までとは太刀筋が雲泥の差ではないか、『細雪の凶刃』」

「なんで嬉しそうなん……まー、ジェニファー見てたら悩んでたのが色々馬鹿らしくなって」

 

 コトの剣捌きが、鋭さも速さも変幻自在さも神がかっている。常人には視認できない域で閃く銀色は、相手の種子持ちリーダーを着実に追い込んでいた。

 

 懊悩が晴れてそれが太刀筋に現れている―――のかと言えば、実はそうでもない。

 護りたい者を護れなかったという後悔は、きっといつまでも彼女の心に残り続けるだろう。だが。

 

 今もまた大切な者を護れないのではと。

 だから大切な者を作るのも怖いのだと。

 

 

 阿呆か。そもそも前提が違うだろうに。護れなかったかつての主は箸より重い物を持てない箱入りお姫様だったが、そんなか弱い存在がコトの仲間に一体何人居るというのだ。

 

 

 冥王は曲がりなりにも本物の神であり、地上で弱体化すると言っても耐久力だけなら不死身。ベアトリーチェはそんな冥王を護る為にあらゆる手段を択ばない徹底した凶手だし、『黒の剣巫』を名乗る冥王の巫女の戦闘力は今更論ずるまでもない。

 他のアイリス達も、日夜冥界で鍛錬に励む彼女達にただ守られるだけのか弱い娘子なんて一人もいない。

 

 ユーやリリィは庇護対象だが、それだって今ジェニファーに信頼して任せているように、自分だけでどうこうしようと足掻く必然性は無いのだから。

 

「私がすべきは、何よりも速く、誰よりも多く斬って血路を開く先駆け。雑念は要らない、後ろのことを考える必要なんかない。それだけで―――他の皆が助かるし、私も強くなれる!」

「それが貴様の刃の答えか。他者を護ると嘯きながら、目の前の敵を斬るだけの修羅の剣とは!」

「護れなかったら、所詮私の剣速がその程度だったってこと。そん時はそん時で今度こそ自分の不至を恥じて腹掻っ捌いてお終い、ってだけ」

 

 声音はいつもどおりののんびり気味の軽いそれだが、生死観が悟りの領域に入っただけで本人は真剣だ。“当たり前のこと”を喋っているから軽く聴こえる、というだけで。

 

「唯斬唯我。是刻魂魄一片、此在御剣罷成――――諸余怨敵皆悉催滅」

 

 

「………ッ、見事」

 

 

「血飛沫(すぷらーっしゅ)、ってね」

 

 故に刃は軽く。決着は軽く。人斬りの業は羽根より軽く、葬送の言葉もまた軽く。

 鮮血が噴き上がるのは既にすれ違い様の一閃を振り抜いたコトが間合いの外に出た瞬間。

 

「く、はは……感謝するぞ、コト=アユカワ。これこそ、我が、追い…求めた、剣の―――」

「―――今際に悪いんだけど、お役目でさ。あんたの中の世界樹の種子、貰っていいよね?」

 

「是非に及ばず。曝す屍に未練無し。くくく、ふははは、っは――――、………」

 

 満足げな表情で事切れる剣客衆のリーダー。長が殺されて諦めたというよりは、彼の最期に余計な蛇足を入れない為に、他の面々も刀を収めて降参を宣言していく。

 

 そしてタイミング良く、ユーを連れ戻した幼女が空から降ってくる。

 

「ユー!ジェニファーっ!」

「良かった……無事に戻ってきた…っ」

 

「中座して大変失礼しました、実況のユーです……ってもう終わってる!?

………あ、はい。えー、今日の選手達の健闘を称えると共に、優勝チームに盛大な喝采を。

 優勝は、『冥王スプラッシュガールズ』ですッ!!」

 

「「「「ウオオオオオオォォォーーー!!スプラッーーーッッッシュ!!!」」」」

 

 今大会最大の歓声が響く中、五人とも立っているとはいえ切り傷だらけだが観客達に手を振って応えるアイリス達。

 敗退チームに死人が一人出ているが、当人も下手な湿っぽい扱いなど望まないだろうからこれでいいのだろう。

 

 これにて波乱を含んだファウスタ武闘大会も無事アイリスチームの優勝で幕を閉じ――――。

 

 

 

 

「いやー、場外退場ってのは締まらないんで改めて一戦申し込みたいところではあるんだが、優勝はあんた達だ。願いを言いな」

 

 後日、王城にて。優勝チームも試合直後は口も利けない状態のことがあるということで、王に願いを言うのは別席が設けられていた。

 そこで願いを口にするのはアイリス達の主である冥王で、願いの内容も当然一つ。

 

――――今この城にある全ての種子が欲しい。

 

「あいよ。ほら、持って行きな」

 

 王から下賜する、というには釣銭のやり取りでもするかのような手軽さでギゼリックは冥王に三つの種子を渡す。冥王は礼を言って下がろうとし―――。

 

 

「足りないなあ」「足りないです」「足りないですよね」「足りませんね」「足りてなくない?」

「な、なんだい?揃いも揃って」

 

 

 示し合わせたように、というか完全に示し合わせていたのだろう、アイリス達が口々にツッコミを入れる。

 そして主犯格なのだろう銀髪に戻った眼帯幼女がにやにやしながら言った。

 

「聞こえなかったのか?主上は、『今』『この城にある』『全ての』種子が欲しいと言ったんだぞ?」

「それがどうし………、ッッ!!?」

 

 その一言で察するギゼリックと冥王。

 察しはしても理解し咀嚼するのは時間が掛かるのかぷるぷる震えるだけの種子持ち女王に対し、アドリブでも対応してくれる気さくな冥王様である。

 

 

 ギゼリックごと一緒に来てくれたら大歓迎。

「――――。それ、って……」

 君が欲しい。

「~~~~~ッッ」

 

 

 そして、案外初心なのか直球に弱いのかそれとも流石冥王様というべきか。

 口説き文句に顔を真っ赤にするギゼリックは、誰がどう見ても脈ありだった。

 

「ギゼリック様に、春が……ッ」

「こんな瞬間に立ち会えるなんて」

「うおおおっ、ギゼリックさま、ばんざーーーいッ!!」

「「「ばんざーーーいッ!!!」」」

 

「うるっさいよアンタら!?」

「それで、返事は?」

「もしかして意趣返しのつもりかいジェニファー?

………はあ。ええと、その。ふつつかものですが、よろしく」

 よろしく。

 

 

「「「「「ばんざーーーーいっっ!!!!」」」」」

「だからうるさーーいっ!!」

 

 

「ぅぅ、冥王様の周りに綺麗な女性がまた一人、それもスタイル抜群の女王様……」

「如何な有象無象が来ようが、ご主人様の一番は私です。誰にも譲らない……!」

 

 

 ソフィやパトリシア、ルージェニアなどのノリの良いアイリス達も交えてスゴ肉三兄弟と万歳斉唱するジェニファーと、露骨に落ち込んだり嫉妬したりするアイリスも居たが。

 

 この旅でまた一人、アイリスに新しい女性が加わることが決まったのだった。

 

 





 以上、第六章完。

 よし、エタらずにトーナメント書き終わったぞ!!
………展開とか端折りまくったけども。それでも過去最長の9話って。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。