あいりすペドフィリア   作:サッドライプ

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 そろそろこのポンコツ天使の追い討ち……じゃなかったフォロー、もとい掘り下げもしないとなー的な閑話。




リディア

 

 ヴァンダルス同盟東部、国境付近の森。温暖な気候により葉の広い樹々が密生するそこは、昼間でも日光が遮られて薄暗く、後ろ暗い者が身を隠すにはうってつけの場所だった。

 其処に現在飛ぶ鳥を落とす勢いの帝国の方面指揮官を任される程の少女が居る、と聞いて果たして信じる者はいただろうか。

 

「……これから、どうすればいいの」

 

 苔むした大樹に背を預け、血に汚れた蒼い鎧と破損した金の首輪を傍らに放り捨てて、金髪も解いて流している天使は茫洋とした目で蹲る。

 

 腹部に手を当てるが、白のアンダーウェアはどす黒く染まっていてもジェーンに貫かれた傷自体は塞がっている。

 内臓を傷つけられ感染症を心配しなければならないような脆弱さがある訳もなく、リディアという個体の性能を発揮するのに何ら支障がない状態まで持ち直していた。

 

 だが持ち前の回復力で傷を癒しても、ターゲットである自称世界樹の精霊は冥王一行と共に既に冥界に帰還済。今回世界樹の種子を複数有するファウスタの武闘大会に網を張った結果が的中したからよかったものの、世界中を転々と探索するアイリス達の動きは本来そう容易に捕捉できない。………つまり世界樹の精霊を確保しろという上位天使マリエラの指令を、リディアはこなせなかったということになる。

 

 パルヴィン侵攻を合わせれば二度も与えられた使命をしくじり、しかも穢れた人間風情に敗北した無能天使―――そんな存在を慈悲の欠片も持たぬ天上人の傀儡であるマリエラがどう“処す”のか、当の彼女は容易に予想できた。

 それでも同様の傀儡に過ぎぬ身である以上、本来であればのこのこと帝国の皇帝に扮するマリエラの下に帰還する以外の道を選ぶ余地はない。

 

 だが。

 

「死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……死ぬのは嫌ぁっ」

 

 《深淵》を纏って腹部に刻まれた傷痕が疼く度、喉から吐き出しても吐き出しても治まらないのは本来天使には無縁である筈の死の恐怖。

 深淵によって齎されたバグはこの場にナジャがいたら嬉々として調べ始めるだろうが、それに苛まれる本人はこの数日間ただこの鬱蒼とした森の一角に震えて閉じこもっているだけだった。

 

 飲まず食わずでも生きていける天使であるリディアは、あるいはこのまま何か月でも何年でも何十年でも粛清から怯え潜む道へと進んでいたかもしれない。

 しかし奇妙な廻り合わせがそれを許さなかった。

 

「あん?本当に俺達以外にこの森に人が居るんだな」

「だから言ったじゃねえか。しかも……へへ、こいつはとんだ上玉だ」

「ってかこの女、帝国の将軍じゃねえか。遠目だが見たことがある…!」

「まじか。丁度いい、ウサ晴らさせてもらおうじゃねえか!!」

 

 後ろ暗い者が身を隠すにはうってつけの場所―――ここを隠れ家に選んだのは、リディアだけではなかった。

 ろくに手入れもされず垢や獣臭で薄汚れているが、帝国軍の鎧を着た男が四人、葉擦れの音と共に敗残の女指揮官の目の前に現れる。

 

 彼らは先般同盟に侵攻してはギゼリック率いる防衛隊に蹴散らされた帝国軍の脱走兵。部隊の指揮系統が違い過ぎる為リディアとの直接の面識は皆無だが、負け戦に駆り出された彼らが帝国の指揮官に対し良い印象を持っている筈もない。

 女を絶たれて久しい獣欲の昂ぶりも併せ、張りのある肢体をいやらしく視線で舐め回しながら剣を握って距離を近づけて来た。

 

「―――ちょーし乗んな、ゴミ共」

 

「がッッ!!!!?」

「「「なっ――!?」」」

 

 精神状態は最悪と言えども、天使相手にただの雑兵くずれが何人群れようと負ける要素がない。

 戦槌を顕現し、先頭の一人を横薙ぎの一振りでかっ飛ばすと、残りは一瞬唖然とし、次いで恐慌に顔を歪めて無様に命乞いをして来た。

 

 人間を見下すリディアにそれを斟酌する道理は欠片もなく、腰を抜かして怯える脱走兵の顔面に鉄槌を落とすべく振り被り―――、

 

 

「待ってくれ!俺達が悪かった、見逃してくれ!

………嫌だ、“死にたくない”ぃぃぃ~~~~~っっ!!」

 

 

「―――ぁ、ぇ?」

 

 

 この数日間彼女の精神を支配していた渇望に重なった声に、意識が真っ白になる。

 動きを止めたリディアにこれ幸いと男達は無我夢中で逃げ出すが、そんなことなど気にもならない。

 

 死にたくない―――自分は、死にたくない。

 死にたくない―――さっきのゴミ共も、死にたくない。

 

 死にたくない―――命ある者達はみんな、本当なら死にたくない。

 

 初めて思考の及ぶ理屈故に、処理が何度も止まりながらもゆっくりとリディアの中に浸透していく。そして。

 

 親に殴られたことのない子供が、自分より弱い者を虐げ、戯れに虫の翅や足を折るように。

 傷つけられる痛みを知らないからこそ行ってきた自身の所業。

 

 それらが脳裏に次々と蘇る。

 

―――あんた達も、なにぼやっとしてるのよ。天使の命令よ、あのチビを血祭りに上げなさい。

―――じゃあね。ゆっくり溺れながら、この私に楯突いたことを後悔して死んで行きなさい。

 

「何よ、これ…?」

 

―――穢れた地上を醜くはいずり回る人間が、天使に逆らって!?

―――無節操で無軌道で、秩序ってものを全然理解しないゴミが!大人しく粛清されればいいのにっ!!

 

「何だっていうのよ……?」

 

―――触んないでよ。汚いじゃない。

 

「何なのよ、これはぁぁーーーッッ!!?」

 

 

―――エリーゼ……?ああ、いたわねそんな女。

―――多少は見てくれもマシな女だったぶん、ロクな死に方できなかったんじゃないかしら。

 

 

 感情の名はまだ知らない。

 ただ、天使は涙を流す。胸の内をぐちゃぐちゃにかき回す、初めての情動の波に翻弄されるが儘に……。

 

 

 

 

………。

 

 一方その頃、冥界、シラズの泉にて。

 

 

「馬鹿な……。早過ぎる…」

 

 

 幽玄を移す湖面に裸足で波紋を拡げて立つ黒衣の幼女が、世界樹の幹に手を当てながら何やら戦慄したように声を震わせていた。

 色々な意味でぶち壊しになっていることに気づく由もなく、ぺたぺたと神樹の中の“何か”を探るように小さな掌の当て方を変えながらも、やがて力なく腕を下ろした。

 

「それが世界の選択―――否、世界樹の選択ということか。ならば彼の者が為さんとするのは、時計の針を早めるというだけだと」

 

 目を閉じ真剣な表情で考え込む巫女幼女。場の静謐さと神聖さも併せて犯しがたい程に神秘的に見える、気がする。

 やがて考えがまとまったのか、あるいは……最初から在るたった一つの結論を否定する道が見つからないと切り捨てたのか、常の不敵というにはどこか儚げな笑みで彼女は言う。

 

「大いなる運命の流れを止めることはできない。だが、流れる方向を変える程度なら、或いは」

 

 詩を紡ぐように、詠うように、静かに問いかけるは己が“理由”。

 

 

「汝は、どうしたい?我が半身よ」

【………♪】

 

 

 むにむに、さわさわ。ぺたぺた、すりすり、ぎゅぅっ。

 

 ちなみに、今のジェニファーは“潰獄”を発動させており黒髪銀メッシュ紅眼。

 そして、虹眼の幼女2号は、問答など知らんとばかりに半身に密着してスキンシップを堪能していた。

 

………半身として、ジェーンの気持ちは手に取るように分かると言えば分かるのだが。

 

 “潰獄”発動中のみの深淵で形取った仮初の肉体とはいえ、ジェーンにしてみれば久方ぶりの自分の自由になる身体だ。そんなまだまだ甘えたい盛りの幼女の前に、世界で一番信頼している相手が居るとくれば、ご満悦顔で夢中になって甘えてくるのも無理からぬこと。

 そしてジェニファーにとっても、それを嫌がる感情も拒絶する理由も欠片たりとて存在しない。

 

「いや、汝を理由にするのは卑怯だったな」

【………(ぷるぷる)】

 

 ましてジェーンにとっては意思表示すら無粋かつ無用だ―――己の復讐に寄り添い、信仰を共にし、そして精一杯の希望を示そうとしながらも地獄の底まで付き合う覚悟を決めてくれた唯一無二の半身の言うことなら、どんなことにも首を縦に振るのは当然だと。

 ジェニファーさえ一緒に居てくれるなら、たとえどうなろうと構わないと。

 

 純真な信頼を浴びて、ほんの少し照れて頬を朱に染めながら転生幼女が頭を撫でると、ジェーンは本当に嬉しそうに笑って半身の胸元に顔を埋め強く抱き着く。

 感じる温もりはきっと仮初じゃない。それを確認しながら、吹っ切れたようにジェニファーも笑った。

 

「決まりだな。ならせめて盛大に一つ、世界に悪戯していこうか」

【………(ぐっ!)】

 

 魂が洗い流され転生の旅に赴く儀式を行う湖の上で、数奇な道を辿ってきた異界の魂と、それにより消える筈の宿命を覆された魂が、道の終着点を定めた瞬間。

 見守るのは、揺蕩い流れる魂達だけ。

 

 

「そうと決まれば―――残り少ない学園生活、目一杯楽しむぞ」

【………(えいえいおーっ!!)】

 

 

 そして混沌と調和が織り為す秘跡(ミスティリア)に紛れ込んだ愛らしくも哀らしい異物が踊る喜劇は、ついに全力でその在るべき筋書きから逸れようとしていた―――。

 

 

 





・「愛と欲望のいただきへ!」シナリオをクリアしている
・「ナジャの投影魔導機」を回収している
・ジェニファーSSR聖装「二心相和す潰獄の支配者」を入手している
・ジェニファーSSR萌具「星焉塵コラプスター」を入手している

 以上の条件を満たしているため、『冥き茨の簒奪者』ルートが解放されました!

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