第7章はかなり長いんで、結構端折る予定です。
具体的にはユーが誘拐されるくだりとクレアの奮闘。
前者はユーとリディア関連の伏線イベントなんで別でフラグ立ててるから必要ないし、後者は原作と違う描写がしづらいんでカットしちゃういつも通りのアレ。
砲声と雄叫びと、そして何万という大地を揺らす足音が谺(こだま)する中、公国軍と聖樹騎士団の激突は幕を開ける。
敵大将の処刑という形で鮮烈にその初端を飾った幼女は、しかしそれ以降騎士団長の敵討ちに燃える部下達を嘲うように姿を消し、この激突には参加することはなかった。
公国軍に花を持たせようとか、ましてや臆したなんて殊勝な考えは無論持ち合わせていない。
聖樹騎士団の実力を最も熟知しているのは、幾度となく“部隊”と殺し合いを繰り広げたジェニファーなのだ。アイリス達や公国軍の力を借りてもここで相手の“軍団”を壊滅させようとすれば相応のリスクと代償を払う必要があり、先を見据えればそうしなければならない場面ではない。
そういった計算と、更に悪辣な計算が働いた結果として彼女は戦場から身を隠し――――。
その日の夜。
「ジェニファーさん怖いジェニファーさん怖いジェニファーさん怖い」
「幼女が……幼女がぁ……!」
「エルミナさんが魘されてます!?」
「ファム様、そっとしておいてあげましょう?」
「私、しばらくお肉ムリかも……」
「あたしもちょいキツいわ……」
一人で喧嘩を売れるジェニファーがおかしいだけで、十倍の兵力差を覆すと言われる聖樹騎士団の実力は伊達ではなかった。加護により飛び道具が殆ど通じない騎馬という反則のような機動部隊と、神官達の神聖魔法により負傷がすぐさま癒やされる屈強な僧兵達がそれに続くのだ。
破門云々による委縮効果は幼女の生首フリーキックというサイコな振る舞いにより大分薄れたが、それでも公国軍は劣勢に立たされていくこととなる。
だがそこは反帝国同盟という連合の強み。友軍と合流するあてのあるゼクトはさほど時間を置かずに、強敵と無理に戦うことをせずに公国軍を離脱させることを決断した。
とは言っても戦場において最も犠牲を出すのは撤退戦だ。しかも聖樹騎士団は勝ち戦に慣れているため、すぐさま騎馬部隊を分けてローテーションで間断なく追撃を掛けこちらに休む時間を与えない作戦を取る。取ってしまった。
ジェニファーの見越していた通りに。
そして、毎回追撃部隊の指揮官が首なし死体になって帰ってくる。
騎士団長よりも劣る彼らが、どのタイミングで来るかも分からない数千メートル彼方からの超音速幼女の強襲を察知する術などある筈もなく、銃弾を弾く程度の加護は《星焉塵コラプスター》の斬撃から頸椎を守るにはあまりに頼りない。
殿としてそれを友軍で最も近い位置で見ていたアイリス達の一部がドン引きする――エルミナに至ってはショックで気絶した――程度には、幼女ときゃっきゃうふふした相手が胴体とこの世からさよならばいばいする(精一杯穏当な表現)様は壮絶の一言だった。
「ジェニファー様、やっぱり……」
「ジェーンの聖樹教会への憎悪を考えれば、無理もないが……」
「わー……人の首ってあんなぽんぽん飛ぶものだったんですねー。クルちゃんお医者さんの勉強してますけど知りませんでしたー」
「一撃で苦痛なくって意味なら、見た目アレだけどある意味慈悲だけどねー。見た目アレだけど」
軽いトラウマになる者、純粋に悲しそうな顔をする者、聖樹教会がジェーンに与えた仕打ちを考え理解を示す者、割と平常運転な者。反応は様々。
ちなみに死体など見飽きているコトやぶれないベアトリーチェの他にも、ドワリンの農耕野生児ファムが意外と平静だった。家畜の屠殺ができる農民はやはり強いのか。
追撃の方向を限定するため山間の溢路に敷いた野営地で、そんな感じで少女達が篝火の近くに集まって今日の振り返りをしている。
薄暗い闇夜の中で、それまで不在だったアイリスが二人そこに合流した。
「ただいま戻りました」
偵察お疲れ様、ティセ、シャロン。
「なんの。冥王の頼みじゃ」
エルフィンの狩人ティセと赤毛の竜人少女シャロン。
気配を断って潜伏することと聴力を生かして情報収集するのが得意な亜人と、細身の彼女を抱えて自由に空を往ける竜の翼を持つ亜人が教会騎士の追撃部隊の様子を窺って来たのだ。
「それで、敵さんの様子はどうだったのかな?」
「………精神病院って、ああいうのを言うのかの?」
「「はい???」」
早速と尋ねたクレアへのシャロンの返しに、何人かのアイリスが揃って首を傾げる。
だが、ティセが補足した説明に何とも言い難い悩ましげな表情になった。
「眠って休息していた筈のある兵士が跳び起きるんです。目が覚めて真っ先に確認するのは、自分の首がちゃんと胴体に繋がっていること。それも首を動かしたり手で触るだけじゃ実感できないのか、激痛が走るまで掻き毟ったり引っ張ったりしようとするんです。
半狂乱になったのを周りが必死に取り押さえて、大人しくなったと思ったら今度はぱたりと気絶。気絶の間際に一言言い残すんです。
―――――『首狩り童女(ヴォーパルアリス)』が来る、って」
「………いや、なんで怪談チックに語ってるのよ」
「というかジェニファー殿にまた新しい二つ名が……?」
呆れたようにポリンがツッコミを入れるが、敵からすれば怪談と大差ないのかも知れない。明確に脅威である分、怪談なんかよりも性質の悪い現実なのだが。
なにせ遠目である・味方であるジェニファーの仕業・首を落とされるのは自分達を襲う敵という要素が揃っているアイリス達ですら中々平静でいられないのだ。
至近距離・正体不明の黒髪幼女――銀髪・大刀二刀流という要素が無い為『銀髪鬼姫』『黒の剣巫』と繋がらない――が下手人・前兆もなくついさっきまで自分に命令していた上官が兜ごと頭を落として『5キロも痩せました☆』な奇跡のダイエットに成功しているという三重苦がどれほど精神に負担を掛けることか。
信仰に殉じ恐怖を捨てたと自負する教会騎士ではあるが、心の均衡を保つのに勇気とか信念とかは実はあまり関係ない。傷を治すのは栄養ドリンクではなく包帯巻いて休養を取ることであり、それは心の傷も同様なのだから。
だが、この戦場において聖樹騎士団側は“勝ってしまって”いる。だから確実な死の予測が存在しながらも、“追撃しなければならない”。
負けて逃げる側であればここまでならなかった。
死を齎すものから逃げたがるのは心の弱さではなく本能であり、ある意味自然の行動であるからだ。なのにそれを克服ないし打倒するあてもないまま無為に本能に逆らうのは精神に著しい負担を掛ける。
指揮官しか狙われない?……そんな保証がどこにある。次は皆殺しにしてくるかも知れないだろう。まあそれはそれとして、巻き込まれないように皆して指揮官とは物理的に距離を取るのだが。
そしてどうぞやっちゃってくださいと言わんばかりに周囲に誰もいない指揮官が斬首され、そのまま幼女が離脱しても部下達に「助かって良かった」なんて真っ当な感情が発露する余地はない。ただただ「こんな状況から逃げたい」という心理だけに支配されている。
「えっぐい……聖樹騎士団に恨みでもあるのかって、そりゃあるだろうけど……うわぁ」
直接叩くのではなく相手の心を攻める――それ自体は兵法で語られることではあるが、徹底し過ぎていてここまでやるのか幼女といった具合でプリシラが戦慄する。
ちなみにジェニファーに記憶があれば何を言っているのかみたいな顔をするだろう。曰く、ベトナム戦争よりよっぽどマシでは?と。そんなものを引き合いに出す時点でおかしいと気付け。
「でも、そうだね。そういうことなら、時間は向こうさんの敵。部隊の動揺と混乱が拡がり切らない内に、おそらく明日総攻撃が来る。そこさえ凌げば一安心できる筈だ」
ティセとシャロンが持ち帰った情報を元に、姫軍師が分析して予測を立てる。
明日が山場であると伝えられたことで、明確な一区切りの時点を見据えて動くことが出来る。アイリス達は、皆顔を固く引き締め直して頷き合った。
そこにジェニファーが含まれることは、なく。
その幼女はと言えば。
「『首狩り童女(ヴォーパルアリス)』か。ふむ、悪くない」
ちょっと気に入ったらしい。
というのはさておき、ジェニファーも同じように精神病院状態の教会騎士の野営の様子を窺いプリシラと同じ結論に至る。
そこで疲弊した騎士達を確実に狩る目算を立てながらも、無理そうなら次を考える柔軟さを持ち合わせていた。
今は通常の銀髪状態に戻って力を回復させているが、“潰獄”だって“殲獄”ほど燃費が悪くないとはいえ消耗はそこそこあるのだ。この戦争が長丁場となることを見据えるとあまり飛ばしてばかりもいられないし、だからこそのほんの一分間程度の解放で済ませられる斬首戦術である。
これまでの復讐鬼ジェーンの行動からすれば考え難い行動指針。本当なら仇である聖樹騎士団など視界に入れた時点で皆殺しにするまでひたすら突撃していてもおかしくはなかった。
だがジェニファーと完全に調和し“彼”が“彼女”の復讐心を己のモノとしても扱うことになったのと同様に、ジェーンも半身の意見を尊重するようになっている。
――――憎き聖樹教会に亀裂を刻む道筋をつけているのだから、それに繋がるのであれば尚の事。
その為にも今日のところは休息をと二人で一人の二重人格幼女が適当な木の上で眠ろうとしていたところ、潜伏していた森の葉々がざわめき始める。
「………貴様か。ラディスが随分と会いたがっていたが」
「自分から出て行った弟子です。こちらの都合を曲げてまで気にかけてあげる道理はないでしょう?」
木から下りて“水晶”に手を掛けながらオッドアイ幼女が振り向いた先、夜の闇より冥い濃密な《深淵》の気配を纏いドワリンの魔術師が姿を現す。
エルフィンの聖域での邂逅以来結局一度も遭遇していなかったラディスの師匠だが、果たして何故このタイミングで現れたのかジェニファーには計りかねていた。奇襲を躊躇う性質ではないだろうし、荒事が目的ではないのだろうが。
「まずは派手に活躍しているようで。普段教会の威光を笠に着る騎士サマが情けないザマを晒しているのは中々愉快です」
「………おべんちゃらはいい。貴様の“都合”とやらはなんだ」
「本音ですのに。魔術塔の顔役をやっていた頃は彼らにも随分悩まされましたし、面と向かって罵倒されたことも少なくなかったですしね。
ああ、前置きが長いのはご勘弁を。学者としての性なので。ただ、無関係ということもないのです」
「…………」
邪悪な笑顔で掴みどころのない喋り方をするナジャは胡散臭いなんてレベルではないが、思うところがあるのかジェニファーは黙って続きを促した。
「結論から言いましょう。貴女、私と協力する気はありませんか?」
「………何?」
「その深淵の量と密度、今の貴女は完全に“こちら側”でしょう?
たまに居るんですよね。学識を積み上げた訳でもなく、何かを極めた訳でもなく、それでも在るべき真理の頂に当然のように君臨する超越者(オーヴァード)。はぁ、まったく嫌になります」
「だったら何だ。まさか貴様と仲良しこよしをしろとでも?」
「そんなことは望みません。ただ私と貴女、現状やろうとしていることがお互いにとって都合がいいみたいなんですよね、奇遇なことに」
「………。だから協力、否、利用し合おうと、そういうことか」
静かに口にするジェニファーに、我が意を得たりとばかりにナジャの笑みが一層深くなる。
そして幼女が外套の下に隠し持つモノを指してダメ押しと言わんばかりにアピール。
「便利だと思いますよ。だって“ソレ”、もともと私が開発したものですからね。
より劇的に、刺激的に、衝撃的に!あなたの舞台を演出することをお約束します。
――――さあ、手を取って?」
月明かりなど届かぬ暗闇の中、黒髪の幼き見た目の魔術師はそう言って腕を上げて掌をこちらに向ける。
それに対し、転生幼女の返した応えは――――。
【朗報】セシルにやっと通常攻撃を魔法攻撃にするアビリティが
……これで開幕ぶっぱしてあとは属性フィールド張ってるだけの置物なんて言わせない!(誰も言ってない)