人類抹殺が目的の天上人を崇める最大主教とかロックに詰んでんなあいミス世界の人類。
そう考えた幼女が“ちょっとした悪戯”をします。
帝都の地に、大陸中の戦力が集結する。
様々に翻る旗。雲霞の如き兵士の列。
侵略により流れ続ける血を止める為、あるいは蹂躙された国を再興する為、帝国を滅ぼさんと集った者達。
対するは皇帝に従い城壁に立つ者達。そして帝国に滅びてもらっては都合が悪い聖樹教会の騎士達。
様々な思惑と欲望、正義と悪意が渾然一体となって暖かな青天をひりつく焦天へと変えている。
帝国・教会軍が構えるのは巨大な城壁。国の勃興以来一度も陥落したことのない白亜の難関―――まあ首都なので陥落=帝国滅亡なのだから当たり前なのだが―――は、かつて如何な亜人の侵攻や魔物の大量発生(スタンピード)にも堪えてきた実績もある帝国の象徴そのものだ。
守るは戦力を集結し、単体でも数で連合軍に伍する帝国兵士達。更に教皇の命令とそれに従う自分達を絶対の正義と疑わぬ聖樹教会の尖兵達。
そして。
「クリス先輩…っ、クリス先輩が!!?」
下々を見下ろすように城壁の高みに列する教皇に捧げられるかのように、磔にされた神官が曝されている。
曰く、この者上級神官にありながら邪教に染まりし哀れな狂人。否やがあるならばこの者が信じる神が奇蹟を起こし、その狂言が肯(がえん)ずるに足るを証明すべし。
ただし刻限は夕刻まで。それまでに目覚ましき兆候なくば、この者異端の罪により火刑に処す。
素直に死刑を言い渡さずに条件を付けたのはかつて可愛がっていた後輩に対する教皇の感傷故か。だがその条件も、たとえ実際に何かしらの奇蹟が起ころうともどうとでも言える魔女狩りじみたものだ。
「抑えて、パトリシア!逆に言えば、夕刻までまだ猶予があるの」
「でも……っ」
「冥王様、奇蹟とか起こせないんですか!?」
……。すまない。
「くっ―――」
まして、教皇の誣告によって世界樹炎上の冤罪を着せられ、邪神として信仰が弱まった冥王に地上で起こせる奇蹟など無いに等しい。
慕う先輩が衆目の中罪人として曝される姿を見たパトリシアは、居ても立ってもいられずその下へ駆けつけようとし、他のアイリス達に制止される。だが、彼女達の誰も帝国兵や教会騎士を突破してクリスを救い出す方法など思い描けなかった。
教皇の周囲だけあって精鋭の騎士が厳戒態勢を強いているし、例えばシャロンなどが無暗に空から近づいても撃ち落とされるだけだろう。最終兵器幼女(ジェニファー)が強襲したとしても、そこからクリスを抱えて無事離脱するとなるとそう簡単にいくかどうか。その幼女も相変わらず単独行動中だ。
だが、当のクリスは。
「目の前に迫った死に怯えた様子もなく、悟ったつもりですか」
「………いいえ、怖いですよ?死ぬのは」
教皇に返した言葉と裏腹に両軍を磔になったまま眺める彼女の翠瞳は、奇妙なまでに凪いでいた。
まるで何かを待っているかのように。または、何かが起こると確信しているかのように。
「『黒の剣巫』でしたか。素直だったクリスがああまで生意気に歯向かうようになったのは、あの邪教の忌子に誑かされたのでしょうが―――助けが来るとでも?よしんば助かるとでも?」
「まさか。あの子がそんな分かりやすい子なら、私はあんなに振り回されていません。
でも、流石に付き合いが長くなると、予想がつくこともあるといいますか―――」
アイリスとして過ごした日々からすれば嘘のような、時間だけは持て余した獄中の数日間。
祈って過ごすにもあまりに長すぎて様々な思考が巡り、そして最近の日常で感じていた違和感に彼女は気付いてしまったのだ。
仄かに苦笑を交えながら、今一度集結した各国の軍を俯瞰する。
そして思う―――こういう時愉しそうに声を張り上げ、よく回る口先で多くを惑わす悪ガキがいるな、とか。
ウィルやポリンとつるんで“人の記憶を映像として映し出す魔法”を開発していたな、とか。
ラディスの《深淵》研究に協力する見返りとして、ナジャの部屋にあった“映像と音声を空中に投影する”魔道具を一緒に解析して量産していたな、とか。
そういえば最近あちこちで旅の途中、特に市街地での活動時に頻繁に単独行動を取っていたな、とか。
「――――世界同時中継だ。さあ、“真実”を騙(かた)ろうか」
「舞台演出家の真似事は初めてですが……くすくす。心が踊ります」
邪悪な魔女と手を組んだ銀髪巫女が両軍の中心に降り立ち、次の瞬間空を遮るように光の投影膜(スクリーン)が現出する。
お立合いの皆様全て鮮明に視聴できるであろう超々大画面、映る演目の名は、“悪意”。
血と狂気で彩られた惨劇は、一人の少女の心を壊したノンフィクション。
「―――美しく愛情に溢れた母は、汚らわしい男達によってたかって犯された。
――――少し頼りなくも優しい父は、母に精が吐き出される度に体の一部を切り取られる残虐な遊びの玩具になった。
――――最近意地悪をしてくる兄は、逃げる背に矢を浴びせられた。心臓に当たれば十点、頭蓋に刺されば二十点、なんて余興の出汁にされながら」
最高峰の魔導士により、記憶を忠実に再現した悲鳴と狂笑を邪魔しない絶妙な塩梅で拡声された語り部の声は、即ち一人称視点。
流石に母の裸体は意図的に映らないようになっているが、漏れ聞こえる嗄れた苦悶からは女として最大の屈辱を嫌悪感と共に容易に想起される。
そしてそれ以外は―――幼女が語る通りの残虐な“聖樹教会の所業”が無編集で流れている。
「―――いつもにこにこして可愛がってくれた隣の老婆は、想像すらしたことがなかった苦悶と嗚咽に歪んだ表情で生首を曝し。
――――ついひと月前に巫女として結婚を祝福し、幼心に憧れた新妻。彼女が大事にしていた婚姻の首飾りを、血が付いたと愚痴りながら戦利品として懐に仕舞う盗人は下卑たにやけ面を曝す。
ああ、宗教に『それは正しい行いだ』と言ってもらえるだけで、人間とはあそこまで醜くなれるものなのだ」
衝撃と戦慄を以て突然の血塗れゲリラショーを見守る連合軍、帝国軍、聖樹教会、そしてジェニファーが旅してきた各都市の市民達。
それら全てを―――そして一番の被害者(ジェーン)の許可を取っているとはいえ故人を辱める己自身の外道をも嘲笑しながら、小さな口先で全てを翻弄する。
「我は告発する。聖樹教会の残虐さを―――では、ない」
「「「「「―――――ッ!!?」」」」」
「どうした?何を驚く?聖樹教会の血塗られた一面など、衆目に曝さずとも知れていた話だろうが。
我は告発する。―――とうに知れた陳腐な悪意などではない、この世界の歪みをな」
情報スクープの基本は『小出しに、ただし一つ一つをセンセーショナルに』、だ。
この衝撃映像でも人々の度肝を抜くのに十分だが、それだけでは大衆に都合よく動いてもらうには不足。
多段構えでの告発は、「次は何が来る!?」と聴衆にこそ前のめりになってもらう為の当然の誘導。
ところで。
人が新たに知った情報を信じるには、聞き手の性質にもよるが様々な要因がある。
―――まず第一に、『誰がそれを話したか』。
最も信頼度合いが高いのは“自分”だ。自分で考えて導き出した結論を次の瞬間嘘じゃないかと疑うのは狂人の思考回路である。
逆に最低に近いのは“初対面の子供”だ。まともに物を考えてるかも分からない子供の戯言などちゃんと取り合う人間は少ない。
だから普段厨二幼女は他人に何かを信じさせようとする時、仮定形や疑問形、挑発や煽りを織り交ぜつつ相手自身に考えさせ、結論を都合の良いように誘導することで話者を後者から前者にすり替えている。
だが実のところ後者はある要素を付け加えると一気に発言の信頼度合いは跳ね上がる。それは、“可哀相な境遇”の“美少女”、だ。
同情心を持つとレンズが曇るのか、あるいは可哀相な子供相手に疑いの視線を向けるという追い討ちのような行動を無意識に躊躇してしまうからか、その“可哀相な境遇”とやらや“美少女”であることが議論の本質と論理的な関係がなくても、そんな子が話す内容に動かされる人間は多い。
そう。会場……じゃなかった戦場と市民の皆さんはこの映像で、ジェニファーを“可哀相な境遇の美少女”と認識してくれた。だから普段の回りくどい誘導を省いて言いたいことをある程度直接的に言うことができる。
―――そして第二に、『聞く気になる話し方か否か』。
人はおざなりに聞いている話を真剣に信じる筈もなく、それを避けるためには注目を集めちゃんと耳を傾けてもらえるような話し方を心得なければならない。
ジェニファーは、何故か心得ている。
「肥沃な教皇領。信仰に飽かせて搔き集めた寄進。信徒を動かすと嘯けば王侯貴族ですら無下にできない発言権。
………俗世での栄光を手中にした教皇ら聖樹教会の上層部はそれに溺れ、更なる権力を求めて欲を掻いた。
そして彼女らは信心深いグライフ3世を唆し、臆病で優柔不断だった彼女を血に狂った征服帝に変えて己の傀儡に仕立て上げた!!もっと多くを、もっと広くを…果てには世界が欲しい、と!!」
「「「「………!!?」」」」
繋がった―――と、突然の皇帝の人の変わりようを不審に感じていた人間はそう思っただろう。実際は人類抹殺を目論む天使が成り代わったというのが真実なのだが、こちらの方が話として自然と考える。思考を回している時点で、ジェニファーの話術に巻き込まれているとも知らずに。
―――さらに第三、『内容に感情を動かされたか否か』。
「上層部は悪戯に戦争の種を巻く程に腐敗し、末端の騎士はご覧の通り略奪の味を覚えた獣。故に悲しいかな、必然だったのだ。
――――そのような淀み濁った信仰を捧げられた世界樹が、自らを浄化する為に“炎で己の身を焼いた”のは!!!」
「「「「………!!??」」」」
「冥王ハデスが下手人と教皇は発表したが、己の罪を覆い隠す為の嘘でしかない。
そして懲りもせずに、権力欲に支配されるがまま変わらず戦争を煽っている!!」
な、なんだってー!?(AA略)
と、俯瞰していれば冗談めかして言えるが聴衆はそれどころではない。
先ほど前提として触れられた『聖樹教会が帝国の侵略戦争の黒幕』というストーリーと、未だライブ配信中の幼女のトラウマスナッフムービー内で残虐さを晒している教会騎士の絵面を見て、揺らがない者の方が少数派だ。
もしジェニファーの話が真実と思うと、今まで自分達を騙し操っていた聖樹教会への怒りが沸き上がる。怒りが思考を単純化させ、更に騙されやすく……けふんけふん。
しれっと冥王の名誉回復という別目的を挟んでいる巫女幼女でもある。
―――続いて第四、『分かりやすい話か否か』。
「世界樹が燃えてから、新たな子供が生まれなくなり、魔物は異常発生し、天候不順で作物は実らなくなった。これらが何の関係もないとは言わせない。
拡大する戦火も何もかも、全ては聖樹教会が引き起こしたものだ!!」
いわゆる諸悪の根源―――得てして大きな問題は複合的な要因で発生するものなのだが、人は処理しやすい単純な構図を好みそちらを信じようとする。
これも聖樹教会ってやつのせいなんだ。おのれ聖樹教会。絶対に許さねえ。ゆ゛る゛さ゛ん゛。
どんどん行こう。
―――第五『聞き手にとって身近な話か』……聖樹教会(クリア)。
―――第六『非難の矛先が向く対象があるか』……聖樹教会(クリア)!
―――第七『普段のイメージとの落差が発生するか』……聖樹教会(クリア)!!
―――最後に第八『視覚的イメージが伴っているか』。
ある意味これが一番分かりやすい。映像を見る限り、一般市民に狼藉を働く教会騎士という『聖樹教会=悪』という図式がこれでもかというほど克明に表れており、これを見ながら『教会は悪ではない』という結論はなかなか出せない。各個人が映像端末を持っているなんてあり得ない、映像文化に慣れていない世界の住人達からすればなおのこと。
洗の――もとい煽ど――もとい共感した両軍と世界各地の民衆に向け“可哀相な美少女”は高らかに宣言する。
「我は告発する。嘆きと悲劇を撒き散らし、この世界を歪ませる元凶を。
果てなき涙と憎しみの連鎖で世界を満たし、争いを生むモノ―――それは、聖樹教会だ!!」
後の世の歴史学において聖樹教会の凋落原因と政教分離原則の発生点として必ず触れられる『ジェニファーの告発』。
映像資料としては最古の部類に入る、この陰惨な異端狩りの現場を背景に語られる演説は、しかし一部のマッド気味の政治学者がマスメディア論において重要資料としてゼミ生に見せたがるトラウマ映像としても扱われることとなる。
大衆煽動、プロパガンダに用いられる手法の宝庫として。
その先駆者にして天才的なアジテーターとしても、魔幼女ジェニファー=ドゥーエの名はこの世界の人類史に刻まれるのであった。
それはともかく。
「まさか聖樹教会がそこまで酷いところだったなんて……!?」
「え、っていうか世界樹って聖樹教会のせいで燃えたの?」
「違うって、ジェニファーのことだからいつものアレでしょ?……だよね?」
念のため、だが。読者は大丈夫だと思うが。
厨二幼女の十八番を知っている筈のアイリス達すらノせられかけているので、ここで確認しておく。
こいつは今、過去最大級にふわっと適当ぶっこいている―――!!!
最初にこの小説を書き始めた時から、このシーンが書きたかった――!
見よ、これが正真正銘、本物の『捏造アンチ・ヘイト』だ!!
冤罪を晴らすには真犯人(笑)を突きだすしかないという話。
撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだから、冥王様に冤罪を着せた教皇も自分が冤罪を着せられる覚悟もあったんだろうなー立派な教皇様だなー(棒)
そして相変わらずナレーション抜いて差し替えれば世界の真実を知ってそれをぶちまける英雄ムーブ?
そう、これが折角ファンタジー世界に転生したのでオリ主が披露する―――、
現代知識チート(詐欺師の手口)
現代知識チート(マスゴミの手口)
現代知識チート(活動家の手口)
…………………ん、んんん?