あいりすペドフィリア   作:サッドライプ

50 / 74

※登場人物には前二話で幼女がぺら回している間のナレーションが見えていません。

 承知の上とは思いますが、そのことをしっかり頭に入れた上でこの話をお読みください。
 心を閉ざした少女の悲惨な過去と、人々の信仰心をいいように利用して世界を我が物にせんと企む悪の組織の陰謀が明らかになり、正義の心を燃やす者達が奮起するとても熱血なシーンです。たぶん。




無垢の光翼6

 

「こんなのって、ないです……」

 

 黒衣の幼女が告発する演説は、半分も耳に入っていただろうか。

 涙ぐんだエルミナの小さな嘆きは仲間達全員の耳に届く。

 

 “潰獄”が使用可能になってから、現実世界でも実体化できるようになったジェーンとアイリス達は顔を合わせている。生憎ながらずっとジェニファーの後ろにくっついて言葉を発しない子のままだったが、その小動物然とした振舞は大層に愛らしくエルミナを筆頭に皆から好意的に受け入れられていた。

 

……身振り手振りでしか感情を表せない、半身(ジェニファー)に依存して離れない、幼き少女をそこまで追い詰めた原因を知らなかった訳ではない。だが、感情を乗せるでもなくましてや詳細を微に入り細を穿つ訳もないジェニファーの言葉越しに聴いていただけで、果たしてあの光景が想像できるかと問われればそんな筈もない。

 

 実際に映像として再現されたジェーンの記憶は、アイリス達の目に悪夢のように焼き付いていた。

 

 異端狩りの名目の下、大義名分を持って幼女にトラウマを刻み付けたあの情景は醜悪の一言。

 良心が僅かにでもあれば嫌悪感を覚える筈の行状をああも平然と行えたのは、それだけ宗教による正当化が教会騎士達の心の在り方を歪めたということなのだろうか。

 

「……あんなのが、聖樹教会の教えなの?」

「ち、が……ッ、いえ、なんでもないです……」

 

 誰ともなく漏れた言葉にパトリシアが反応し掛けるも、返す言葉を持たない。

 信じる事で人の心を救う為の宗教でも、―――嗚呼、そうなのだ。

 『信じる者は救われる』―――信じない者は、救われない。

 

 当たり前の事実ではあるのだが、こうやってその逆説的な一面を見せつけられるまで多くの人はそれに気付かない。

 しかし一度気付いてしまえば、もうそれが表向きにどんな綺麗な言葉を吐いてもこれまでのように無邪気に信じられることはない。

 

 教典に解かれる施しの美徳について『己の弱さを美化し他人にたかる惰弱な性根を正当化する』側面を看破した哲学者の中で、神は確かに死んでしまったように。

 どんなに偉大な概念も、現実と折り合わせる中で溜まった膿が直視されればその価値は崩壊する。

 

 現実に神秘が存在し、情報という概念が未発達であるこの世界ならあと数百年は起こらなかっただろう“宗教の自殺”は、しかしその暗黒面を真っ向から浴びてしまった幼女とそれと心を通わせた転生幼女によって突き付けられた。

 少なくともこの映像を直接見た者の中で、真っ直ぐな信仰を持ち続けられる者など片手の指にも足るまい。

 

 

 その僅かな例外が、今まさに異端として磔にされているというのは、一体どういう皮肉だろうか。

 

 

「―――ぐだぐだとアホ面揃えるのは、やる事をやってからにしなさい未熟者ども」

 

「「……あっ!!?」」

 

 

 教師メイドのベアトリーチェの冷たい一喝で、アイリス達の注意が囚われのクリスへと向く。

 自分達が今すべきは、過去の惨劇に心を痛めることでも、不信感のままに宗教論争をすることでもない。窮地に陥った仲間を助けることだ。

 

「全く、私は先に行っていますから勝手に付いてきなさい鈍間ども」

 

 軽く嘆息すると、両軍の激突が始まった戦場へと黒髪の従者が躍り出る。

 その俊足は忽ち最前線へとたどり着き、クリスへの道筋を開くべく教会騎士達に白刃を振るい―――。

 

「我としたことが……流石に冷静よの、ベア先生は」

………。ラウラ、ティセ、急いでベアを援護。

「う、うん。でも、冥王様?」

 

 

「―――――どけぇッッッ!!!!」

 

 

「~~~っ、え、今のベア先生ですか!!?」

「あわわっ、癒しの精霊よ!!」

 

 教官役として叱咤として声を張り上げることは儘あれど、感情の荒ぶるままに叫ぶのは初めて聞いたが故に、ユーが目を丸くする。

 その間にも、相手の死角を縫いながら冷静に仕留める常とは打って代わって、真正面からリスク込みで強引に敵を斬り捨てていくスタイルでベアトリーチェは戦場を進んでいた。

 

 敵兵の剣が掠めて頬が切れるのも、慌ててセシルが回復魔法をかけるのも、全て意識の外に置いて『アイリス達の先生』は敵軍を突破してクリスの元に辿り着くべく急ぐ。

 

「……もしかして、ベア先生も冷静じゃない?」

「判断を間違っている訳でも、技を鈍らせている訳でもないので、冷静ではあると思います。

――――冷静に、ものすごく怒っているみたいです」

 そういうこと。

 

 冷や汗を流すクルチャの疑問にティセが応え、その正しさを冥王が肯定する。

 

 『ベアトリーチェにとって、アイリスとは何か』?

 一癖も二癖もある連中だし、愛しの主様との二人きりの生活に入ってきた邪魔者というのも事実ではある。口では冥王様の為に働く下僕とか手足だとか散々なことを言っている。

 

 だが、全てを捧げる主人に、その教育を信頼して任された未熟者達は。

 実際に成長して、日に日に逞しく頼もしく育つのを見守ってきた生徒達は。

―――言ってしまえば、自分の子供のようなものなのかもしれない。

 

 そのことを指摘したところで、絶対に親愛を持って頷くようなことはないだろうけど。だからと言って。

 

 

 勝手な言い分で我が子(ジェーン)を泣かせた外道共を、愚にも付かぬ理由で我が子(クリス)を晒し者にする下郎共を、許せる母親が居るだろうか。

 

 

「素直じゃないなあ、もう」

「本当にな。―――だが、負けていられない。

 アシュリー=アルヴァスティ、参るッ!!」

 

 苦笑する踊り娘に同じような笑みを返し、……しかしすぐにそれを真剣な表情に変えて紫髪の女騎士も駆け出す。

 朋友を救う為……そして。

 

 

―――『誰の先輩に上等くれていやがる。落とし前は払ってもらうぞ木偶の坊』

 

「誰の後輩に上等くれたと思っている。借りは千倍にして叩き返すぞ外道共が!!!」

 

 

 改めて映像として巫女幼女の過去を見て沸き上がった想い。

 可愛がっている後輩を傷つけた相手なら、アシュリーにとっても仇敵で。その怒りはベアトリーチェに決して劣るようなものでは、ない。

 

 

 そして、種子を宿す少女達は次々と戦場に身を投じる。

 

 

「私は畜生働きをどうこう言えるほど、綺麗なお手々じゃないし。だからあれがあんたらを斬る理由にはならないんだけどさ」

 

 軽い口調と裏腹に、着物の剣士は容赦なく銀閃を振るい、血飛沫の華を次々咲かせていく。

 

「―――あんたらを斬らない理由には、もっとならないよね」

 

 その声と琥珀の瞳は、刃のように冷え切ったものだった。

 

 

「こんなにぶっ飛ばしがいのある的は初めてだよ。奇蹟なんぞ目じゃない魔術の真理を見せてやる」

「容赦はしない。あんた達に、私の歌を聴いて欲しくない」

 

 頑是ない幼顔を、優美な妖貌を、険しく歪めて魔術師と人魚が呼吸を合わせる。

 

「「―――“砕き震わせ霹靂霜嵐”ッッ!!!」」

 

 ラディスの得意とする雷、ウィルの得意とする氷、そして風の要素を加えた複合魔術が、騎士達の加護を散らしつつ木の葉のように重鎧ごと三三五五に吹き飛ばす。

 氷結を以て動きを鈍らせ耐える力も失わせる、そこを雷撃と暴風が痛めつける……そんな敵意に溢れた嵐が教会騎士の戦列を縦断して猛威を振るう。

 

 これをどうにかするには、術者を叩いて魔術を解除させるのが定石だがそれは彼女達も承知の上。

 

「軽い。軽いよ……こんなんじゃ私の盾は揺らがない」

 

 発動中の大型魔術に専念するラディスとウィルに襲い掛かる矢と魔法の雨、それを平然と大盾が遮る。

 対魔法用のコーティングと冥王の聖装による防護があってなお、身を挺するクレア自身にも衝撃が通るが、いつもなら痛みに身を悶える(違う意味で)彼女が眉一つ動かさない。

 

 無垢な幼女がある日突然暖かな家庭と幸せな暮らしを踏みにじられた心の痛みに比べれば、毛ほども反応する気になれない。

 

「ああもう、全然痛くない。痛くないんだよね、あんた達じゃあさ!!」

 

 

 遠距離攻撃が防がれるなら、白兵戦で。

 そう考えた一部隊が突撃の号令と共に迫る。

 

 その足を挫くのは幾重にもばら撒かれる鉛の雨。

 

「―――蹂躙される側の気持ち、知るべきであります!!」

 

 小柄ながら技術に優れるドワリンの義勇兵が己の技術の全てをつぎ込んで完成させた、秒間数十発の機銃掃射がたった一人で部隊を食い止める。

 とはいえ弾丸は無尽蔵ではない。騎士達は密集して加護を強め、機銃すら防ぐ強固な護りで体勢を立て直そうとした。

 

「ほれ、蒸し焼きじゃ。不味そうで食う気にもならんがの」

 

 そんな彼らを包み込んだ摂氏数百度の炎の渦。

 止まる銃声と引き換えに燃え盛る業火は、それを息吹として吐き出す恐るべき赤髪の竜人娘の目の前で数十秒燃え続け、空中で槍を振るうと同時に幻のように消える。

 

 残ったのは、動きを止めた騎士達。

 炎で焼け死んだのか、酸欠で窒息死したのか、体温の上昇のし過ぎで肉が固まったのか―――鎧の下がどうなっているかも分からないが、いずれにしても加護の範囲外だったらしい。

 そしてこれを引き起こしたシャロンにとっても、蚊ほどにも興味のない事柄だった。

 

 

 少女達は仲間を救うべく戦い抜く。親しい者の心の傷を、己のもの同然にして怒りを燃やしながら。

 敵にのみ作用する様々な毒をばら撒く錬金術師が、深淵で織り成す漆黒の斬撃と銃撃を叩きつける女王が、負わされた傷すら敵の血を飲んで回復してしまう吸血鬼が。

 

 幼女に散々ケチを付けられたとはいえ、まがりなりにも大陸最強を名乗って遜色のない教会騎士団相手に、一歩も退かぬ奮迅ぶりを見せていた。

 

 

 

 

―――地上の世界での主役は人間で、自分はあくまで裏方だ。

 

 アイリスを率いる冥王の信条であり、帝都にある世界樹の種子さえ絡まなければ本来こういった戦場に居ることの方が例外なのだ。

 

 故にこの舞台の主役の一人である公国軍―――彼らは今、ジェニファーの仲間であるアイリス達よりもひょっとすると熱く心を燃やしていた。

 

「お前らッ、この期に及んで聖樹教会にびびってる奴はいないだろうなぁ!?」

 

「当然ですぜゼクト様!!」

「あんな子に任せて芋を引く奴ぁ男じゃねえ!!」

「ジェニファーたんぶひぃぃいいぃっっ!!!」

 

 昂り過ぎて発言が要領を得なくなってしまっているのも一部居るようだが、その熱気が兵士一人一人に決して折れない勇気を宿す。

 

 小さな体で頑張る幼女。辛い過去にも負けないで立ち上がる幼女。自分と同じ思いをする子供がいなくなるようにと願い、それを戦う理由にする健気な幼女。

 そんな幼女が、示された巨大な悪の権化である聖樹教会にたった一人でも立ち向かうと言った。

 

 世界樹が炎上する程の腐敗の温床であり、血塗られた侵略戦争の首謀者である聖樹教会を許せない気持ちは確かにある。そんな聖樹教会が世界を支配した時、自分たちの愛する故郷が、家族が、あの映像のような悪夢に襲われることなど決して許せないという気持ちもある。

 

 けれど、男という生き物は基本的に単純明快だ。

 可愛い女の子の為なら、どこまでも戦える。それが一番の理由。

 

 そして幼女もそんな兵士達と共に剣を振るう。

 

 

「【―――冥王ハデスの、加護ぞある!!】」

 

 

 重力を味方につけた巨大合体剣が振るわれる度に複数人の敵兵がまとめて切り捨てられる。

 ここ数日で感覚が麻痺したせいか、公国兵達も頼もしさしか感じなくなったその馬力を存分に見せつけながら幼女は高らかに声を張り上げる。

 

 負けるなと。あなた達は正しいのだと。

 例え宗教を敵に回しても、怯む理由など欠片もないと。

 

「【死の後には如何な業も、魂の傷も疲れも、死と転生を司る御方が癒す。

 故に戦うのだ、生ある限りは。誇りも希望も尊厳も、生の価値はその生き様で勝ち取るものだ!!

 それが我が祈り。死を恐れるな、生き抜くのだと。冥王ハデスの、加護ぞある!】」

 

「冥王ハデスの、加護ぞある……」

 

 巫女幼女の声が、聖樹教会に幻滅した信仰心に染み入るように入ってきて、心を昂揚させる。

 

「【そして死に怯え、肉と欲に耽溺した聖樹教会の堕落者達よ。冥王を邪神呼ばわりする不心得者共よ。

 貴様達に死後の安寧は要らないのだろう。ならば輪廻断たれし惨めな魂となり果て、この現世を永劫彷徨うがいい―――!!】」

 

 紫紺の奇刃でその死を量産しながら、敵に脅しを掛ける言葉に公国兵達も認識を新たにする。教会に言われるままに冥王を邪神として蔑んだままで居れば、死後恐ろしいことになっていたかも知れないと戦慄を覚えながら。

 

 最初は、語呂のいい合言葉。自分達を奮い立たせるために仲間達と声を合わせ、そして次第に言葉に込められた祈りそのものが心を奮わせる力になる。

 

「【冥王ハデスの加護ぞある!!】」

 

「「「冥王ハデスの加護ぞある!!!」」」

 

 

 そして、芽吹くものがある。

 

 

………あ、なんかいけそうな気がする。

 

 指揮を取りつつもアイリス達の奮戦を見守りながらも、冥王は地上では衰え切る筈の力が息を吹き返そうとしているのを感じていた。

 

 





 祝え!!!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。