あいりすペドフィリア   作:サッドライプ

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 駆け足気味にマリエラ戦終了。今回はちょっとネタに走りました。

………今回“も”だろ、って?




無垢の光翼8

 

 順当。

 

 今の状況を表すのであれば、その一言に尽きるのではないだろうかとリディアは思う。

 

 そもそもが帝国と反帝国同盟の戦争にしたって、帝国兵を手駒にしていた経験からすると三対七程度の分で不利というのが見立てだ。帝国軍の長所は正面戦闘での打撃力であって、あちらこちらから同時多発的に攻められても柔軟に対応できるような機動性はそこまで大きくはない以上、周囲全てを敵に回した時点で戦後の国力を犠牲に全兵力を振り絞ろうとも限界はいずれ見える。

 聖樹教会はこちら側?―――それこそあの邪教幼女が本気を出すいい口実になってしまうし、事実援軍として参戦し壊滅した連中の戦績は無様の一言。

 

 まして冥王ハデスが信仰と地上での権能を取り戻し城壁を千々に解体してしまうなどと。

 あのダメ押しを目の前に有象無象の雑兵が戦意を保てる筈もなく、皇都はあえなく敵軍の侵攻を許すことになった。

 

 市街地で洗脳済の都民をぶつけても、大して足止めにもなるまい。相手を眠りに叩き落とす手段を持つ幼女と人魚、錬金術師が鎮圧役として戦線離脱したという意味では役には立ったと言えるが。

 そして残る冥王率いるアイリスは皇帝の座する城内の玉座の間へと踏み込み、この戦争の黒幕(真)として皇帝に扮していた大天使マリエラと戦闘に突入する。

 

 

 だがアイリスの全力は―――マリエラの展開する断界障壁を毫とも貫けない。

 

 

 そして天上人から賜りし処刑剣と光の奇跡による攻撃を捌くことも能わず、一人また一人と膝を折っていく。

 一方的な戦いだ。傷一つ負うことのない大天使と、まともに人間が戦えると思うのがどうかしている。

 冥王ハデスも回復の兆しを見せたばかりの信仰では城壁の解体で大部分を消耗したのか、マリエラに直接痛打を叩き込めるほどの力は残っていないらしい。出来ていよいよ無理となった場合に転移で撤退する程度だろう。

 

 順当な流れで、リディアにとって驚く部分は冥王の奇蹟くらいでしかない推移。

 

 けれど。

 

「……リディア?どこぞで無様に消滅したものと思っていましたが、今更この場に現れてどういうつもりですか?」

「さあ?私も訊きたいくらいなんです、マリエラ様」

 

「リディア……くッ!?」

 

 不要となった皇帝の皮を脱ぎ捨て、六翼の神々しくもどこか無機質な本性を剥き出しにした大天使の前に、金髪の敗残天使は歩み出る。

 絶体絶命の窮地にダメ押しのように登場した宿敵の姿にアシュリー達が顔を歪めるのを一瞥した後、彼女は“かつての”上司に視線を固定した。

 

「一度ならず二度失敗した使えない道具に用はありません。この場でハデスの手駒共々塵に還してあげましょう」

「そんな……味方を!?」

 

「ええ、まあ――そう言うと思ってました」

 

 平淡な声でリディアはマリエラに気の無い返事をする。

 流石に様子のおかしいことに細い眉を訝し気に顰める大天使だが、正直リディア自身もわざわざここに出て来た意味はあまり分かっていなかった。

 

 何故、死にたくなかった筈の自分が、一番の危険人物の前にのこのこ出てきたのだろうと。

 脳裏に浮かぶのは、この数か月引きこもる気にもなれなくて放浪してきた日々のこと。

 

 

―――嬢ちゃんも、戦争に巻き込まれたクチかい?

―――お姉ちゃん強いんだろ!?戦い方教えてくれよ、帝国の奴らに殺された父ちゃんの仇を討つんだ!!

 

―――息子は帰って来んかった。故郷を守る為に、なんて……親不孝者めが。

―――好きなだけ泊まってけ。なんも無い村だ、そう、もうなんも無い……。

 

―――弱っちくたって、戦わないと。じいちゃん達を魔物から守れるのは、この村でもうオレだけなんだ!

 

―――帝国に、帰るのかい?

―――知ってたのか、って?なんで、って?……そりゃ憎んだこともあるさ。けど、もうたくさんなんだ、誰かが死んだとか殺したとか、な。

 

―――気が向いたらまた来な。飯くらいは出してやる。

 

 

「マリエラ様、私、死ぬのが怖いんです」

「……?人間みたいなことを言うようになりましたね、無能なだけでなく故障もしているのですか?

 死ぬのが怖いというなら、そのまま世界の片隅で震えていれば長らえたでしょうに。世界樹の力で、今度こそ穢れた生物のいない世界を再構成するその時までは、ね」

 

 

「――――冗談じゃないのよ」

 

 

 マリエラの至極正論な指摘に、初めてリディアの蒼い瞳に熱が灯る。

 

 あれから色々な人間を見て来た。どうしようもなく無秩序で、汚くて―――けどそれだけじゃない人間も少しは居て。

 そんな奴らは例外なく………信念があった。

 

 そこに無様に這いつくばっているアイリス達と同じように、譲れない何かの為に『命を懸ける』覚悟があった。

 死ぬのが怖くても―――それでも、と立ち上がる勇気があった。

 

 

「この天使リディア様が、人間ごときに劣るなんて“死んでも”お断りよ!!」

 

 

 絆された?勘違いするな。

 感化された?勘違いするな。

 過去の所業を反省した?勘違いするな。

 

 これはプライドの問題だ。天使である自分が、人間に出来たことを出来ないで無様に震えているだけなんてあり得ないという。

 

 だから勘違いするな―――このまま地上を滅ぼして天上人の理想的な世界を作るのは嫌だと思った、なんてことはない。たぶん!!

 

 

「だからマリエラ様。あんたをぶっ飛ばしに来ました」

 

 

 天使として、上位の存在に明確に敵意を向けるという致命的なバグ。

 それに対しマリエラはその美貌を無表情に固定したまま、淡々と手づからの破棄処分を決めて剣を向け―――。

 

「先手必勝ーーッッ!!」

 

「無駄です。私の障壁は貫けない」

「同じ天使である、私ならっ!!」

「格が違うでしょうに……、…ッ!!?」

 

 背に翼を拡げ真正面からの突撃。一切の躊躇いを捨て、その分最速で切迫し振り下ろされた鉄槌をマリエラは自慢の障壁で受け止める。

 世界を隔てるその障壁は一切揺らぐことはない――筈が、軋みを上げて波打ち始めた。

 

 リディアの振るう戦槌が、輝きを増しながらも清浄な水のエレメントのみならず《深淵》を纏い、世界そのものを砕く一撃となろうとしている。

 

「《水の聖槌【ウシュク=ベーテ】》!私の勇気、全部持っていきなさい!!」

 

「そんな、まさか―――」

「穢れたものが見たくないっていうなら、その目から潰してあげる」

 

 生み出されてから今まで、如何なる攻撃も通したことがなかった障壁が破れかけているという事態にマリエラが目を見開く。

 初めて見る狼狽の表情と、これを引き出したのが自分だという事実に昂揚を感じながら、リディアは更なる力を込めて振り抜きにかかった。

 

 

「光になれぇぇーーーーーーっっっ!!!!」

 

 

 確かな手応えと共に、マリエラの顔面をぶち抜いた感触があった。

 そのまま吹っ飛び、玉座を巻き込んで大天使が背中から地に転げ落ちて翼を汚す。

 

「ぁ、ぇ……」

 

 そして……流石というべきなのか、障壁が破られてから打撃の僅かな間に反撃として胸に処刑剣を突き刺されたリディアも、数歩ふらついて後ろに倒れ込み。

 

 とす、と。蒼い鎧を付けたままの躰にしては軽い音を立てて受け止められた。

 少し顔を上げると、そこには冥王の自分を真剣な表情で覗き込む瞳があった。

 

「みんな、好機だ!!最後の力を振り絞れっ!」

「リディアの覚悟を、無駄にしない――!」

 

 ギゼリックの鼓舞、宿敵ということも忘れて決死行に心を打たれたアシュリーの気合、そして障壁を失ったマリエラに追撃を掛けるべく走るアイリス達の足音、全てがリディアの耳に遠い。

 さしもの天使といえど、大天使の得物に胸部を貫通されては致命的で……刻一刻と命が零れ落ちて行く。

 

 死ぬのが怖かったリディアは、自身の死が間近に迫るのを感じ―――、

 

 

「……なんで、だろ。死ぬの、あんなに怖かったのに、すっごく心が晴れてるの」

 

 よく頑張った。しばらく、ゆっくり休むんだ。

 

「……!あ――、」

 

 

 死ぬのは怖かった。だが死んでも後悔しない行いをしたと誇れる――そう自分の心境を把握できるほど、彼女の“心”は成熟していなかったけれど。

 

 冥王が死にゆく者にせめてもと贈ったねぎらいといたわりの言葉。

 今まで上司であったマリエラに掛けてもらったことは一度もなく、それで当然だと思っていたのに――何故か心がすごく暖かくなった。

 

 だからもっと欲しいと思って、霞む頭で思いついた戯言が血と共に吐き出される。

 

「もし、天使にも生まれ変わりがあるなら……つぎは冥王、あんたの部下に生まれて。

 それで…、いっぱいいっぱい活躍するの。そしたら、もっと褒めてくれる?」

 

………約束する。

 

 何故か悲しそうな揺らぎを瞳に宿した冥王は、リディアの願いに真剣に頷いてくれた。

 だから心がぽかぽかともっと暖かくなって――ふわりと、どこかに昇っていく。

 

「よか、ったぁ…!やくそく、やぶったら……次は冥王をぶっとばす、から―――、……………」

 

 

 

 安らかな顔で、リディアは覚めない眠りにつく。

 その骸はきらきらと光の粒になって、薄く世界に溶けだしていく。

 

「リディアさん……」

 

 帝国城内、マリエラと最後の戦いが続く中、戦力外の冥王とユーだけが彼女の死を看取っていた。

 

………天使に魂はない。生まれ変わりはない。だから、あれは果たされない約束だ。

 

 そう呟く冥王だが、やるせなさに満ちた表情だった。

 傍からみていたユーも、リディアには怖い目に遭わされたけれど、それでも何か救いを求めて………けれど言葉に出来ずに口を閉じた。

 そんな二人を覆い隠すように、無垢の光翼が最後の輝きを放ち――羽を撒き散らしては霞んでいくのだった。

 

 

 

 そして、戦いは“順当”に決着する。

 

 悪の皇帝に挑んだ勇者達の決戦、皇帝の絶対の盾を破るというお膳立てまでされて、しかも最強の武器を持ち出してエルフィンの女王までも加勢に駆けつけた。

 それで敗れる筈もなく――だが仕留め損ない、逃げられた。

 

「まだです、まだこの《世界樹の種子》さえあれば―――」

 

 世界樹の枝から作られた矢による一撃、そして深淵纏いしリディアの全存在を掛けた一撃、アイリス達の総攻撃による全身の傷。

 本性を現した時の神々しさは見る影もなく、特に文字通り天上の美貌の半分が大槌により陥没した有様は見るに堪えず、ゆらゆらと安定しない飛行で皇都から脱出していく姿に威厳はない。

 

 しかし彼女の思考に諦めるという選択肢は存在しない。

 ニンゲンの皇帝という皮も帝国の敗戦で使う価値をなくした程度に過ぎず、最重要のものはしっかりと持ち出した状態なのだから、いずれ傷を癒してまた目的に向かって再起を図れば―――、

 

 

 

「――――良くないなァ?」

 

 

 

「が、ぐ、ぎ…ッ!!?」

 

 聖なる衣も襤褸きれ同然で、傷だらけの大天使の殆ど裸身に―――両肩・両翼の付け根・下腹部・両膝・両踝を、虚空から現れた刃が突き抉る。

 神々しい天使の翼が、それこそ鳥人間を拷問に掛けたただ悪趣味なオブジェのようにしか見えない状態で宙に固定される。

 

 その背後から掛けられたのは、どこか艶を帯びた女の声だった。

 

「貴様が始めた“戦争(ゲーム)”だろう?負けたのに“命(賭け金)”をバックレようなんてどういう了見だ。セメントで固めて海に沈められても文句は言えないな?」

「なに、が……」

 

 ざくり、ざくりと。冥い輝きを秘めた紫紺の奇刃が威厳をなくした大天使を抉り、そして彼女が持っていた数十ものリディア達手駒が強引に“回収”した《世界樹の種子》の入った袋を、細くしなやかな腕が掠め取る。

 

「罰則、追加徴収だ。全財産没収、ってな」

「かえせ……!!」

「そのザマでまだ口が利けるとは。活きのいい焼き鳥だ」

「黙りなさい!それは、完全な世界を作り直すための………」

 

「――――、くっ」

 

 嘲りに塗れた女の声が、満身創痍のマリエラの言葉を受けて引きつる。

 堪えられないとばかりに息が喉に掠る音。………そして、哄笑。

 

「あはははははははは、はははははッ!!?ちょっと、その顔と体勢でギャグを吐くのはやめろ、あははは!!」

「何が可笑しい……!?」

 

 天使――否、天上人すら侮辱する意図を感じ取り、苛立たし気に詰問するマリエラ。

 それに対し女は馬鹿にした声で丁寧に切り返す。

 

「何が、って。天上人自体、冥王ハデスの離反を許し、今の自分達が納得しない世界を招いた不完全な存在だろうに。

 不完全な者が完全なモノを作れるかよ。土台が駄目なところに立派な箱物を作ろうが、すぐに崩れてダメになる。人間はそれを砂上の楼閣と言うんだがな―――ふむ、天上人サマは知能は人間以下、ということか。積み木で遊ぶ児童レベル?」

 

「――――」

 

「くくくっ、……ああ、おかげで貴様に贈る手向けの言葉は決まった」

「取り消せ。主に対する侮辱を、今すぐ取り消―――」

 

 

 

「無駄な努力、今までご苦労さま」

 

 

 

 嘲りの言葉と共に、マリエラに突き刺さっていた刃が全て爆ぜる。

 それに引き裂かれ、大天使はその肉体をいくつものパーツに分解され、ぽろぽろと地上に落下する―――ことすら許されず、受け止めるように軌道上に発生した闇の靄がそれを呑み込んで喰らった。

 

「あらあら、えげつない。何か恨みでもあったのかしら?」

 

 そこに、先ほどの女とは別の声が掛かる。やや甲高い幼げな声、だが今の凄惨な処刑を揶揄うような口ぶりは、純真な少女とは程遠い。

 事実、見た目と年齢が一致しないドワリンの魔術師―――ナジャは、邪気に溢れた嘲笑を浮かべて大天使の死に様を反芻している。

 

「アレのやったことを知れば、大抵の人間が恨みを抱くと思うがな。ほら」

 

 軽く躱しながら、女は袋から種子を半分取り出して、袋の方をナジャに放った。

 

「確かに。―――『アイリス達とマリエラの勝負、どちらが勝とうとその消耗の隙にマリエラの持つ種子をいただく、種子は山分け』。ここまでが私達の協力条件でしたが、ここからどうします?」

 

 そんな邪悪な魔導士に水を向けられた女は、黒のヴェールで目元を隠しつつもやはり艶やかな唇を邪悪に歪めて笑い、掌中の種子を弄ぶ。

 エテルナの煌びやかな輝きを放っていた種子は徐に漆黒に染まり、そして胸元が大胆に開いた漆黒のドレスに包まれた、女の低めな身長に似つかぬ豊満な乳房の中心へと吸い込まれる。

 

「ん、ぁは……っ」

 

 瞬間、漏れだす濃密な闇を纏い、ドレスの各部を禍々しい紅の装甲が覆った。

 隠し切れぬ冷や汗を流しながらも笑みを保つナジャに、くすんだ銀髪の女はその圧力を減ぜぬまま口を開く。

 

「貴様風に言うなら、現状やろうとしていることがお互いにとって都合がいいらしいな、奇遇なことに」

「そうですか。では」

 

 戦禍の残り火に未だ煙立つ皇都を背景に、強過ぎる《深淵》を宿す二人が意思を交わす。

 

 

「こんごともよろしく――――『ダークアイリス』さん?」

 

 

 





 唐突過ぎる新オリキャラ……一体何ファーだというんだ……!?


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