~学園イベント・コト~
「珍しいな、今日はコトが食堂の料理当番か?」
「たまにはねー。そりゃいつもソフィに任せっきりってのも気が引けるし。
料理できないなら仕方ないけど、できるのにずっとやらないのもね。めんどいけど」
「そう言われるとな。我も何か手伝おうか?」
「……料理できんの?」
「あれだ、料理のさしすせそなら知ってる」
「へー、それトミクニの言葉だと思ってたけどこっちにもあるんだ。言ってみ?」
「さしみじょうゆ、しょうゆ、すじょうゆ、せうゆ、そいそーす、だろう?」
「……はいジェニファー厨房立ち入り禁止ー。全てを黒に染める気か」
「いや、冗談―――」
以上。記憶喪失のくせに変なネタばっかり覚えている転生幼女。
もう、戻らない日々。それでは第八章スタートです↓
新生ヴァルムバッハ・グラーゼル帝国樹立。皇帝はゼクト。
グライフ3世が倒れ、大陸に名だたる大帝国、ついでにそれと同等の領土を有する教皇領が瓦解した先の反抗戦。
一つ間違えればそれは、新たに湧いて出た新領土の切り取りを目指して諸国が競い合う更なる戦乱の発端にすらなりかけたことだろう。
聖樹教会が力を保ったままなら、帝国側で参戦しておきながらちゃっかり調停役を名乗り出て、なんの罰も受けずにのうのうと戦後の体制に食い込むと同時にその安定性を担保する役割として変わらずに他国から手の出しにくい権力者のままで居る、なんて―――血管にヘドロでも流れてるんじゃないのかそのまま詰まらせてしまえ―――真似も出来ただろうが、そんな都合の良い話がそうそうある訳もなく。
顔面ズタズタの状態から無事回復魔法で復活した教皇は順当に教会の権益を厳しく制限する起請文に署名し、各国の監視のもと大人しく飼われるだけの存在に成り下がっている。
というか、帝国の暴虐の裏側にいた『黒幕』扱いされている中そんな図々しい振舞をしようものなら諸侯の殺意がいい感じに爆発するだけだ。
そうすると調停者となり得る者が不在のように思える。
けれど、煽動幼女によって散々こき下ろされた聖樹教会の悪行(?)の最たるものとして、『世界を手中に収めるべく皇帝を唆して戦禍を煽り、そのような汚い信仰を捧げられたため世界樹が炎上した』というものがあった。
聖樹教会を信仰していたか否かに拘らず世界樹に畏敬の念を抱いている、というのはこの世界の人々に共通しているため、このタイミングで聖樹教会の二の轍を想起させかねないような野心を表すのは大義名分が立たな過ぎる。
みんな、戦争に疲れていた―――そんな綺麗事で全てが片付くほど易い話ではないけれど、それでも反帝国同盟の参加者達は、話し合いで帝国領と教皇領の分け前を決められる程度には理性的でいられたのだった。
反帝国同盟の盟主として皇都を預かったゼクトが上述のように新たな皇帝となり、世界は安定の兆しを見せかけていた。だが、未だに傷は根深く残る。
特に、幼女が盛大にデマをばら撒いた聖樹教会の者にとっては、辛酸を舐める日々の始まりだった―――。
「ですからクリスティン=ケトラ上級神官、私共にどうか御力をお貸しください」
「私も重要な使命を帯びて旅をしている最中なのです。申し訳ありませんが、協力できるようなことは………」
「そんなことを言わずに!あなたが口添えしていただけるだけでも、反応はずっと違う筈なのです」
大陸南部の砂漠に位置する、交易を主とする国家ハジャーズの太市。
今は戦後復興景気で賑わうこの街だが、そのお祭り騒ぎとは裏腹に異様な風体を醸し出している一角があった。
壁にはスラングだらけの落書き、建物の周囲にはゴミが散乱した小汚い施設。
これが、『ジェニファーの告発』までは日々救いを求める人々が祈りを捧げる為に訪れていた聖樹教会の礼拝堂の姿だ。
そこに半分情報収集、半分同輩の苦境を見かねてという形で話を聞きに行ったクリスが見事に捕まってしまっていた。
ぺこぺこと自分の倍以上の年齢の神父達に頭を下げられる彼女だが、期待されているようなことは何も返せないのが正直な話。
流れ的に『教会の過ちに一人立ち向かった勇敢な聖女』として一部で持ち上げられてはいるものの、外から見れば同じ聖樹教会の一味、という認識が多数だろう。
この街にもジェニファーのゲリラ映像と演説は流れている。
民衆からすれば野心に駆られて戦争を起こし――それも他人を唆すやり口で――残虐にも一つの村を略奪し滅ぼした危険な宗教団体という実態(?)が明らかになった(?)以上、彼等を見る目は嫌悪と不信に満ちていた。
ここハジャーズでは交易都市の都合上様々な人種や価値観が流入し、教会の教えを信奉する者が比較的少ないのも影響している。いや、熱心な信者がデマに踊らされた場合これまでの信仰の分が裏返って教会を激しく憎むケースもある分まだましなのか。
「お布施の額もほぼ絶えてしまっております。未だに聖樹教会があのような行いをする筈がないと信じてくれている方々もおりますが、このままでは数か月と経たぬ内に……」
(いや、あの異端狩りは実際やってたでしょ……)
魔術師ラディスが内心呆れたようにツッコミを入れていた。
世界樹の炎上の原因云々はともかく、あのトラウマ映像の原理を知る者としては、あれがジェーンの確かな記憶だというのは明言できる訳で。
一方で、その小さな頭を僅かに横にして疑問を口にしたドワリンの銃兵イリーナに、放埓の女王ギゼリックが気の抜けた声で答えていた。
「しかし、信者がまだ居るというなら、何故お布施が急に全てなくなることになるのですか?」
「そりゃ、一般の信者が払える金額なんてたかが知れてるしね。
一方大抵の金持ちが払う教会へのお布施ってのは、別に熱心な信仰心の表れって訳じゃない。
『自分はこんなに篤志家なんだよーせこくてケチな金稼ぎじゃないんだよー』ってアピールさ。特に領主なんかは、教会を信仰する民衆に対して信仰心に溢れていることを示すのは手軽な慰撫策で、下手な減税なんかよりよっぽどコスパがいいことだってある。けど今は、ね」
「逆効果ですね。民衆に見放された聖樹教会を援助してもイメージダウンにしかならないなら、高い金を払う価値などどこにもない。
むしろ嬉々として援助を引き上げて、騙しやがったな金返せ賠償しろとでも言っている頃合いなのでは?」
「………うう。教会の寄付金って、そんな生々しい話だったんですね」
「まあ、純粋に信仰心から私財を擲っていた有力者も居たのは否定しませんが」
「そ、そうですよね!みんなが損得勘定だけで動いてたわけじゃないですよね」
「しかしそういう者達も、ジェニファーのアレで果たしてどれほどが教会を信仰し続けていることやら」
「――――」
「パトリシア殿ー!!顔が虚ろな笑顔のまま固まっております、戻ってきてくださいパトリシア殿ー!!」
「フォローしたいのかトドメさしたいのかどっちなんだいベア先生……」
「講義しただけです」
ギゼリックの後を継いで先生メイドが修道女を上げ下げして遊んでいた一方で、クリスに助力を求める神官もヒートアップしていた。
「何故私達がこんな目に遭わなければならないのです。上層部の野心など関係なく、誓って民衆の為に模範的な行いをしていたつもりです。
世界樹が炎上するような醜悪な企てに与したことなど、一度も―――」
「それはっ」
「―――はい、ダウト」
怒りにかられ、理不尽への愚痴になりかけていたところで女王は仲裁に入る。
まあ真面目に働いていた末端からすると今のこの状況は理不尽極まりないだろうが、どれだけ的を射ていようが表に出してはならない不平というのはある。正確には、表に出せば更に炎上する類の発言が。
そして咄嗟にクリスがそれを押し止めるべく何か言おうとするが、一方的とはいえ期待を掛けていた彼女に正論でやり込められると軋轢を生むと考えてギゼリックは割って入ったのだった。
「企てに与してようがいまいが外から見たら知ったこっちゃないさ。あんた達がその上層部の野心のおかげで得た聖樹教会の地位の恩恵を、一度も受けたことがないなんて言わせない。おいしいとこだけ吸って都合が悪くなったらボクちゃん無関係ですなんてのは、ちょい虫が良すぎないかねえ?」
そう、正論は人を救う為のものではない。人を殴りつける為のものだ。
「なっ……急になんなんですか、貴女は!」
「んー、名乗ったらまためんどいから…この街に来るまでに、冥王の祠を通ってきた者って覚えといてくれたらいいよ。
―――いや、いつも通り壊され放題荒れ放題だったね。あれ、誰の所為だっけ?」
「それは!……教皇様が、世界樹を燃やした邪神を崇める邪教と言ったから」
「ふーん、世界樹を燃やした邪教なら神殿壊して族滅させて構わないんだ?
……で、今はあんたらがその邪教だけど、なんで壁に落書きされただの寄付金くれないだのそんな程度で騒いでんの?」
「違います!私達は邪教なんかでは!」
「それを決めるのは、あんたらでも教皇サマでもなかった。それだけのことだろ」
むしろナイフで刺していた。キレッキレの正論で思いっきりざくざくやっていた。
そして、結論もまた彼らの耳に痛い話で―――。
「諦めな、一発逆転の冴えた方法なんか無い。
………治癒の神聖魔術くらい使えるんだろ?グチグチとどうにもならないことでクダ巻いてないで、地道に治療院でもやって人の信頼をちょっとずつ勝ち取っていくしかないのさ」
「「………」」
それだけ言うと黙り込む教会の神官達を置いて、クリスを促しギゼリックはその場を立ち去る。
他のアイリス達と合流し、十分に距離を取ったところで上級神官は静かに礼を言った。
「ありがとうございました、ギゼリックさん。
結局あなたが最後に言ったとおり、地道にやり直すしかないのです……」
「それでもあんたの口からそれを言っちゃ角が立つだろ。ま、憎まれ役は慣れっこだから気にしない」
「しかし―――いえ。それにしても…」
そっと振り向いて、荒れた礼拝堂を寂しそうに目に焼き付けるクリス。
そして、同じ気持ちを共有するパトリシア。
「聖樹教会の自業自得とはいえ、教会があんな酷いことになっているのはやはり辛いです」
「ジェニファーさんは、壊された冥王の祠を見るたびこんな気持ちだったんですよね……」
ギゼリックは一発逆転の方法はないと言ったが、冥王に掛けられた世界樹炎上の冤罪を幼女が戯言フルバーストで擦り付け返したのが現状である。
真犯人を突き出すことが出来るのなら、少しはましになる見込みがあるのだろうか。
ユー?
「………っ。はい、なんでしょう冥王様?」
クリス達に合わせてしんみりする一行の中で、心ここにあらずな精霊少女を冥王は気に掛けていた。
あの帝都決戦から、ずっと様子がおかしいのだが、問いかけてもはぐらかされるだけだった。
そして今回のここに訪れた目的を踏まえれば、彼女にかまってばかりもいられない。
「冥王様」
おかえり、ラウラ。どうだった?
勝手知ったる故郷ということで別行動――むしろこちらが本命の情報収集に出ていたミューリナの少女が、屋根伝いに移動していたところをしゅたっと降りて来る。
そして、事前の情報とそれに対してラディスが訴えた“嫌な予感”が当たっていたのを告げた。
「この街の大聖堂、情報通り爆破されてた。―――犯人は、黒髪のドワリンの魔術師だって」
「やっぱり!まな板、動いてたのか……!」
「あと、なんか、こう……」
「ラウラ殿、何か言いにくいことですか?」
「たゆんたゆんしてたんだって。おっぱいが」
「まな板じゃ、……ない、だと…!!?」
そういうことらしい。
ニアミスと呼ぶべきか、そう遠くない場所に二人の少女は居た。
方や成長が止まる種族、方や異界の転生者。
外見相応に少女と呼んでいいのかは疑問だが、それ以上に砂漠で黒ずくめという怪しい二人にも拘らずすれ違う人々は注目することもない。
特殊な術で気配を消しているのか、―――あるいは、本能的にその気配に関わってはならぬと視線を向けることすら拒絶しているのか。
「由緒あるこの街のシンボルである大聖堂が爆破されたというのに、民衆は慌てるどころかばちが当たったとでも言わんばかりに無責任な噂話に夢中。聖樹教会も嫌われたものですね」
「先日までなら大騒ぎして大混乱だったかもな」
「あなたのおかげで楽が出来ます。本来なら深淵で強化暴走させたモンスターを街にけしかけ、その混乱に乗じてというつもりだったのですが」
「これまで誇りと信念を持って精励していた仕事が、一転民衆の冷たい視線に曝される。
大聖堂付きの騎士達も疲弊していたし、我と貴様が居れば無駄な労力を消費して小細工するまでもあるまい」
「ええ、全くもって論理的な結論です。―――そこに貴女の感情が差し挟まれていないかは、知りませんが」
「…………」
魔導士の少女は値踏みするような視線を向けるが、その先の胸元を妖艶に開いたドレス姿の少女は黒いヴェールで隠した目元から何も読ませない。
「まあいいです。貴女が多少手温(てぬる)かろうが、私のやることに変わりはない。
全ては真理という輝く星を掴み取るため。地上を深淵で満たすため、為すべきを為すだけなのですから」
それで人が何人死のうと知ったことではない、と。
悪と評する他ない意思を隠す事なく漏らしつつも、憚ることなく己の欲望だけをその濁った瞳に映している。
そして次の目的地へと向かうべく、闇を媒介にした転移魔法を使うナジャ。
傍目には忽然と消えたように見えるその光景を視界に収め、軽く嘆息するダークアイリス。
「輝く星、か。我に言わせれば、手温いのはそちらの方だ。
ナジャ、所詮貴様は―――」
続きを口にする前に、彼女も闇を纏って忽然と消える。
そこには、ただ雑然とした市場の賑わいだけが残っていた。
何やら邪悪なことをしてるっぽいが実は原作よりも被害が少なくなってるという。なんでだろーねー(棒)
ちなみに今回もサブタイ回収するつもりです。
………特撮好きには謎の人物ダークアイリスが今後何やるかちょっとヒント。いや、精神崩壊エンドとかする気はないけども。