まあ、負けイベントだし多少(の省略)はね?
とりあえず場を混乱させるだけのポリンと、ついでにうわごとしか言えなくなった枢機卿に大聖堂からご退場いただき、ダークアイリス達と冥王一行は改めて向かい合う。
「さて―――まずは、元気そうだな焼き鳥」
「リディアだっつってんでしょうが!あんたいい加減にしなさいよっ!?」
何よりも優先してアイリスの新顔をおちょくりに掛かる闇の女。
いつも通り、というよりは……流石のこいつも黙って居なくなったことに申し訳なさと気まずさを感じて、付き合いの深い仲間には話しかけづらいのかもしれない。
そういう悪ガキの心理など、表情を薄布一枚で覆っていたところでバレバレなくらいには理解されている。どこか気の抜けたような声でラディスが語りかけた。
「その様子じゃ、ナジャみたいに深淵のせいで正気を失った、とかじゃないみたいだね」
「………。いまのわれは《深淵》の使い。このせかいに深淵がみちる日のため、しめいにじゅんじるのだー」
「ジェニファー。怒るよ?ていうかもう怒ってる」
「本当にどうしようもない子なんだから……!」
とはいえラウラやフランチェスカのみならず、皆多かれ少なかれ勝手な真似をした彼女に腹に据えかねるものを持っている。
ノリで繰り出す戯言を受け流せるほど余裕のないアイリス達は、話を次に進めようとする。
「ジェニファーさん。あなたはどうしてこんなことを?なぜ私達に何も言わずに一人でっ」
「クリス。その辺りの詮索は後でもできます。まずはこの問題児を冥界に連行するのが一番でしょう」
「ほう?それで大人しく従うようなら初めからこんな真似をしていない、と分かりそうなものだがな、ベア先生?」
「………随分増長したようですね。その鼻っ柱、へし折ってあげます」
「「「……!!」」」
目的は単純、悪ふざけが過ぎる幼女にお灸を据えるだけ。とはいえ剣呑な雰囲気と生半可ではない“英雄”の実力を一番知っているアイリス達が、緊迫した表情で得物に手を掛ける。
俄かに漂うのは、触れれば着火しそうな一触即発の空気。
だが、その根底にあるのは―――ずっと旅を共にした仲間への親愛と心配で。
口元を心なしか寂しそうに歪めたダークアイリスが、その空気を散らす。
「我は一向に構わんが。
――――汝ら、ここで時間を浪費している暇はあるのか?」
「……どういうことですか?」
「どうもこうも。此処や各地の大聖堂があるのは、世界樹の根が表出している霊脈の要。
我とナジャがハジャーズから手分けしてそれらを破壊していき、このサン=ユーグバールが最後の一か所だった」
「大聖堂にそんな秘密が……っ、!?それよりジェニファーさん、どういうことですか!?世界樹の再生が、私達アイリスの使命だった筈――、」
志を共にする仲間と信じていた相手、その行動の意図への不信から狼狽するクリス。
かつてこの場で教皇にしたように、険しい表情で詰め寄ろうとしたその時だった。
「―――ッ!クリス、問答は後!!エルフィンの森……《聖扉》だ!!」
闇堕巫女のヒントから、何かに気付いた魔術師の張り詰めた叫びに被せるようにしてそれは起こる。
「何、これ」「気持ち悪い……!!」
「この感覚、あの森の時と同じ―――、っ!?」
最初はただの違和感だった。居心地が悪い、息苦しい、気だるい、そういった気のせいで済ませられる程度の軽い不調が、しかし確かな前兆であり。
そして、それとは別にこれ以上ない程の明確な異変が誰の目にも見えていた。
「冥王様、世界樹が!?」
な――っ!!?
世界樹の精霊ユーが悲鳴を上げて指差した先、『聖樹』教会故に建物内からも見えるようになっているこの世界の存在証明の巨大樹が。
かつての世界樹を信仰する全ての者に衝撃を与えた炎上の光景、それを上書きするかのように、漆黒に染まっていた。
冥王が火を消し止め、弱りながらも聳え立っていた筈の幹が、天上すら支える枝葉が、陽光の滲入すら拒む冷たい闇を湛えてさながら墓標のような有様と化している。
それを見て平然としていたのは、実行犯の協力者である黒衣の女のみ。
この世界の生きとし生ける者全て、世界樹による輪廻を通して命を授かった者として当たり前に持っている聖樹への畏敬―――それにより、冥王ですら心の奥底から戦慄を掻き起こしていた。
その尻を蹴飛ばすように、背を突き飛ばすように、女は言葉を失う一行に語る。
「ラディスの答え合わせだ。
この地上に深淵を蔓延させるべく、万物の中枢たる世界樹の浸蝕を試みている魔導士ナジャ。奴は今、地上で最もそれがやり易い場所に居る。
根を斬り刻まれ、更なる瀕死に追い込まれた世界樹への干渉は『前』より余程容易かろうな」
「―――ッ、セシル様、森です!私たちの、エルフィンのふるさとが!」
「!!た、大変っ」
最も敏感に反応したのは、当然ながら彼の聖域を守護する種族の者達。
他の者達も、それに釣られて我に返って動き始める。
「急げよ。かつてあの女が実験をしていた時の聖域の有様。
このまま放置すれば、あれがいずれ世界中に拡がる」
「~~~っ、ジェニファー、あんたほんと何がしたいの!?」
吐き捨てた疑問が晴れることは当然ないが、今は構ってる余裕がないと、冥王の祠を通して現地に急行するべく踵を返す一行。
それをその場に佇んで見送るダークアイリスに、一人後ろ髪を引かれるように振り返った少女が居た。
「……ジェニファー様。また、会えますよね?これが最後ってこと、ないんですよね?」
渦中に居るであろう民と家族が誰よりも心配であるにも関わらず、同じくらい『初めての友達』のことについても心を痛めている緑髪の姫エルフィン。
「そう遠くないうちにな」
「約束ですからね!?」
ひらひらと手を振る、その軽い仕草に納得した訳ではないけれど、それでも王族としての責務から故郷の窮地に赴かざるを得ない。
二十名分以上の慌ただしい足音が遠くなり、静寂を取り戻した大聖堂。
そこにまたぽつんと残ることになった黒いドレスの女。その侘しさを拭うように、彼女の足元に小さな命が駆け寄ってくる。
「お互い、難儀なものだ。なあ?」
『……にー』
一匹の黒い毛並みの子猫だった。
器用にドレスを伝いながら彼女の肩によじ登るが、懐いている訳ではないのか呼び掛けても顔を背けている。
ダークアイリス自身も大して良好な関係を築きたい訳ではないのだろう、ヴェールで覆った視線はアイリス達が去った大聖堂の入り口に固定されている。
暫しの沈黙、その間彼女の内心に走った感傷を推し量る術はなく、ただ軽い嘆息だけを吐き出す。
そして薄く漂う闇の気配に紛れるようにして、いつの間にかその姿を消失させ、伽藍洞の教会だけがぽつんと取り残されるのだった。
邪魔者に容赦しないと蹂躙され、多数の犠牲者が横たわるエルフィンの聖地の森にて。
深淵に心を同化され闇に堕ちた師匠に、世界の命運を賭けて弟子とその仲間が挑む。
禍々しい黒き木々の下で、狂気に囚われても真理の探究者を自認するナジャは語った。
《深淵》はかつて創造神が世界を生み出した際のプロトタイプ、その成れの果てであり、世界樹の根の下更に深くに押し込められた存在なのだと。
けれどそんな寂しいのは嫌だと、『生きていたい』と、その渇望はどんな命よりも強い。
神聖なる世界樹の根をそれでも這いずり上がり、輪廻転生のシステムを通して少しずつ地上の生命に同化していき、それでもなお誰にも気付いてもらえない悲しい存在を世に見せ付けると。
それだけ言えば聞こえはいいかも知れないが、その過程で出る犠牲―――現時点ですらナジャやダークアイリスの行いによって傷ついている人々が居る―――のことなど彼女はまるで考えていない、些細な犠牲だと言い切っていた。
その意思はもはやナジャ本人のものからはかけ離れているのだろう、深淵の操り人形も同然なのをラディスは確信していた。
無力感、罪悪感、絶望。殺意、悪意、憎悪。深淵が標的に選ぶ感情だと言っていた者が居た。
そんな心の闇に染められてしまった、自身の才能に舞い上がってばかりで大切な師匠の内心の悲鳴に気づけなかった後悔をぶつけながら―――既に幾人も倒れ伏した仲間達と同様、底を突きた魔力を絞り出してはかき消されて膝を突く。
「孤独の中で掴んだあんたのそれは、我執だ。
―――あたしは、世界を憎み続けなくちゃ生きていけないほど弱くない……ッ!!」
「見苦しい。追い詰められた者ほど戯言を弄して精神論に走る。
ああ、本当に不愉快。せめてもの手向けです、不肖の弟子には私から引導を渡してあげましょう」
無尽蔵の深淵を引き出し、街一つ鼻歌混じりで消し飛ばせる大魔術を連発するナジャに、大天使マリエラを追い詰めたアイリス達ですら手も足も出ない。
意識を残しているのは、非戦闘員の冥王とユーを除いて僅か数人だった。
それも全て満身創痍。ぼやけはじめた視界の中で―――黒いドレスと紅の装甲が翻る。
「装界・深淵征刃【ワールドエンチャント・アビスルーラー】
―――九天ノ三(セット)、“魔装封陣(ヴァナヘイム)”」
(ああ――魔術師があんたを敵に回すのは、相性最悪だったっけ)
「ダークアイリスッッ!!?」
「戯けが。暴力に恃み、その戯言を己の信念でねじ伏せられない時点で、心の弱さが露呈したも同然だろうが。だから貴様に天の星は掴めない」
属性が全て深淵に塗りつぶされただただ漆黒の魔力奔流がアイリス全員を呑み込もうとするのを容易く受け止める九振りの紫紺の刃。
掠めるだけでも原子に分解される闇の破壊光線を虚無に散らしながら、悠然とナジャへと近づいていくダークアイリスに、邪悪な魔導士は知らず腰を引いた。
「今更裏切るのですか!?貴女も地上を深淵で満たす目的は同じだった筈!」
「同じ?ああ、本当に手温いな。正確には、貴様の行いが我に都合がいい、と言っただけなのだがな?
安心しろ、殺しはしない。その視点の低さに相応しく、ただの人間として地べたを這いずり続けるがいいさ」
突然乱入しておいて、上から目線でここまでの協力者を好き放題酷評する鈍髪巫女の声はどこか優しく―――そして、浮遊する無数の奇刃を引き連れて駆ける。
うち一振りを手に握り、魔導士に肉薄するまでに要したのは刹那。その間に放たれた対生物の枠組みから逸脱したレベルの迎撃魔術は、悉く周囲の刃に吸い込まれて変換される。
それら魔導は全て深淵に同化。そして濃縮されたチカラを蓄えた刃を遠ざけ、手に握った刃―――いつの間にか透き通った水晶のような色―――のみを小さなドワリンの腹部に突き刺した。
「………か、はぁっっ!?」
「ナジャ、所詮貴様は流れ星!いかに輝こうとも、墜ちる運命(サダメ)にあったのだ!!」
サブタイ回収。というよりこのサブタイだった時点でこのセリフを使わなければという使命感に駆られた。
元ネタを言った奴は超のつくクソ外道だが、セリフだけは最高にイカした厨二だと思ふ。