最近コラボ続きだったしイベントばっかりなのはいいんだけど、リリィが最後に喋ったのいつだっけ?ってなるのがちょっと。
………まじでいつだっけ?
墜ちる、堕ちる―――。
どこまでも深い闇の底、夜より暗き光届かぬ世界。
完全なる闇が支配するが故に、“濃い闇”と“薄い闇”の区別により視覚が機能するというそれだけで狂気の景色。
子供が好き勝手な書割をしたかのような、歪な無人の家が並ぶ様は“瑞々しく活気に溢れていて”、その場に留まるだけで不安に苛まれる悪趣味な前衛芸術。
路傍に生え放題の草や芝から発する、濃過ぎる生命の気配に中てられて眩暈と吐き気がしそう。
何よりも空気―――寧ろ空間そのものが、陽の当たる世界の住人を“歓迎している”。
安らぎをあげる、苦しみを消してあげる。甘い囁きで『一緒になろう』と好意を示してくる、そんな無垢なる毒。
「~~~~っ、ひっ、ぁ…!!?」
「ティー、一度息を止めなさい!静かに、ちょっとずつ吸って吐いてを繰り返して慣らして!!」
感覚の鋭敏なエルフィンの女狩人ティセが、それだけに強く影響を受けて過呼吸を引き起こす。
多少は深淵に触れた経験のあるダークエルフィンのソフィが介助に入るが、彼女も苦しそうに顔を歪めていることには変わりなかった。
「なんて場所……」
「全力の冥王が私達を守っていて、これですものね……」
おかげでいつも通りの村人A状態さっ。
冥界から直接空間を繋げてこの《深淵の園》に来たため、地上と違い冥王は天候も四季も自在に操り海すらも一瞬で創造する天上人の権能をフルに発揮できる。だが、そのほぼ全てをアイリス達が深淵に呑まれないよう聖装の守護に注いで、それでも彼女達の肌から冷えた汗が止まらなかった。
「みなさん、がんばってください……ごめんなさい、こんなことしか言えなくて」
「リリィが気にすることないですよ。それに私なんて、リリィの姿を見ているだけで、元気が湧いて―――むっはーっ!!」
「沸いてんのはあんたの頭だよ、エル」
「あ、あはは……」
平気なのは、深淵に適応した新たな世界樹の精霊であるリリィ。自らの使命を思い出した二歳児は、種子を通じて収集した情緒や知識を元に大人同然の振舞をすることができていて、今回の旅路にも付いてきている。
それでもアイリス達はこれまで通り、無垢な子供を相手にする優しい姿勢を変えていないことに、金髪幼女は安堵していた。誰とは言わないが約一名についてはもうちょっと落ち着いて欲しいとも思っているが。
そしてもう一人、元来ここの住人である為に悪影響など心配するまでもない者。
「ユー様は、ずっと長いことこんな場所に―――ぁっ、ごめんなさい!」
「いいですよ、セシルさん。私も“こんな場所”って思ってますから」
かつての闇の女王。世界樹を燃やした真犯人。そして冥王やアイリスを騙して世界樹再生に繋がらない種子集めの旅をそそのかしていた“嘘つき”。
旅の中でいつも空回りするほど元気にはしゃいでいた少女は、ずっと憂い顔で道案内を買って出ている。
「同情なんて要りません、そんな良いものをもらえる資格、無いんですから。」
「ユー、そんな言い方――」
「行きましょう。中心部はあっちです」
アイリスの皆は優しいから、恨んで非難してくる人は一人も居ないというのはユーにも分かっている。
けれど、自分自身が許せるかどうかなのだ。
世界樹を焼いて、ユーはこの暗闇の国からの自由を得た。遥か昔に一方的に姿を見てずっと逢いたいと焦がれていた相手―――冥王の傍に居られて、一緒に思い出をたくさん作って、幸せをたくさん貰った。それは少しずつ集まってくれたアイリス達全員に対しても同じだ。
けれど、そんな相手に自身が返したものはなんだ。
冥王は世界樹の火を消し止める為に力を振り絞って二年間の昏睡に陥り、目覚めたと思えば世界樹を燃やしたというユーの罪をスケープゴートとして被せられ信仰を失っていた。冥王と一緒にいる理由を作るため、自分が深淵の匂いを感知できる種子を集める必要があるとでたらめを吐き、決して楽ではない旅と戦いにアイリス達を誘った。
そして世界樹が燃えた、深淵が湧き出した―――そのせいで流れた涙も、失われた命も確かにある。『世界樹を燃やした邪神を崇める異端を狩る』名目で引き起こされたジェーンの悲劇なんてまさにそれで、下手人の聖樹教会と同じくらい、自分も復讐される理由はあると思っている。深淵に囚われたナジャやラディスの苦しみも、自身の欲望を優先して考えなしに深淵の封印を解いた自分に責任がないなんて口が裂けても言えない。
冥王が目覚めてからの冒険の日々は確かに幸せだった。そしてその分だけ罪悪感は溜まっていった。たとえ世界樹の意思がどうであっても、それはユーの罪を否定する材料にはなり得ない。だから深淵が氾濫するなら、闇の女王である自分ごと今度は永遠に地の底に沈める―――そういう結末でも納得できた筈なのに。
『汝は女王の玉座を捨てたのだろうが。ならただの凡愚として、為すべきこともなく地上で日に焼かれ続けていろ』
暖かい陽だまりの中に居ていいんだよ、って。
代わりに冷たい暗闇には自分が行くから、って。
(そんなの間違ってる。ジェニファーさん、あなたは“こんな場所”に居ていい人じゃない―――)
暗闇の中でずっと独りぼっちだった。辛くて、寂しくて、苦しくて、みんなが大切にしていた世界樹を燃やした。地上に深淵を振り撒いた。
その報いだと言うなら、自分は短くても最高に幸せだった夢(おもいで)を抱いて永遠の眠りにつける。
なのに、あの苦しみをジェニファーに押し付けて自分はのうのうと生きるなんて、絶対にあってはならないのだ。
権能は既にダークアイリスのものだ。深淵を操り、その恩恵を受ける闇の女王としての力は最早ユーにはない。無理に奪い返すことも不可能だ。
今彼女に出来るのは、深淵の影響を受けない原住民として、ジェニファーの居るであろう場所へと先導することだけ。
罪悪感のあまりに擦り切れそうな今の自分の心がまともじゃないことも、それを察して心配してくれている人がいることも分かってはいたけれど。
せめて罰なら私に与えてよ――そう願って、ユーは歩き続けることしか出来なかった。
そうして息苦しさと気まずさの中、闇の国を歩き続ける一行の周りを、無機質なシルエットが近づいては飛んでいく。
「あのバケツに腕の生えた変なの、なんなんでしょう?」
「……天使よ」
「えっ!?リディアさん、バケツに腕が生えてる人だったんですか!?」
「ぶふっ!?」
「んな訳ないでしょ!?あれは雑に作られた量産品の下級天使!っていうか今吹いたの誰!?ベア先生!!?」
「~~っ、だ、だって、あなたも下っ端天使でしょう。なら、バケツに腕……っ、ぷぷ…」
野生児ファムの無邪気なリアクションに水の天使がぶち切れ、意外とお笑いに弱いのかも知れない教師メイドが乗っかる。
場の空気を入れ替える、という目的もあってオーバーにリアクションした節もあるが。ただしリディアは言うまでもなく素だが。
「あーもー、なんであんたらはいちいち私を怒らせるのよ!?」
(いちいち楽しいリアクションするからじゃないかな?)
「リディアさん……」
「クリスも何よその優しい目は!?」
どこぞの戯言幼女のせいかは知らないがすっかりいじられキャラと化した元敵幹部についてフランチェスカが的確なコメントを内心に抱くもお口にチャック。一方でいじられ仲間を見つけたと言わんばかりにクリスがすごく好意的な視線をリディアに向けていた。神官が天使に向けて然るべき尊崇の念は全くのゼロであるが。
「それで、なんで天使がこんなとこうろちょろしてんのさ?」
「いいえ、ラディス。―――あれは天使の残骸に深淵を詰め込んで動かしている、ゴーレムのようなものでしょう」
「残骸……」
おおかたこないだのジェニファーの宣戦布告にキレて、片っ端から討伐部隊送り込んだんじゃない?あいつら無駄にプライド高いから。
「片っ端から?―――ああ、言われてみれば。軽く千はいるようですね、今はジェニファーの手駒になった天使が」
「「せんっ――!?」」
深淵に堕ちていた経験からか、この地上と勝手の違う世界でも難なく広範囲を探査できるらしいナジャがこともなげに呟いた言葉に、ラディス達が息を呑む。
襲い掛かってこないとはいえ、いざ戦うとなった場合にあの“バケツに腕が生えたの”に対してどれだけ手こずるかはなんとなく感覚で分かる。
同数で当たっても油断すれば痛手を被るだろう、という見立て。だがそれが物量で次から次へと湧いて出られたらどうしようもなくなる、という見立て。
そしてそれを難なく殲滅し手駒にしてしまった今のジェニファーの戦力を推し量ることすら厳しいこと。
天上人に宣戦布告した、というのが伊達や酔狂ではないのだと嫌でも分かってしまう。
そして。
「こっちを見るだけで襲って来ない。あたしらがここに来ていることはバレバレだし―――その上で、来るなら来いってことか」
ギゼリックの言うとおり、冥王一行が深淵の園に踏み込んだことはとうに知られていると見ていいだろう。かと言って手下を嗾けるような真似はしない。
直接ダークアイリス自身が出迎えてくれるのか……あるいは、歓迎の用意はもっと趣向を凝らしたものになる、ということなのか。
「皆さん、ここが深淵の園の中心……だった筈の場所です」
四半刻程度歩き続けて辿り着いたのは、鉄柵とそれに絡みつく茨で区切られた石畳の庭園だった。
迂闊に匂いを嗅げばそれだけで正気を失うであろう漆黒の薔薇が狂い咲くその中心に、ぽっかりと空いた広場が設けられている。
いかにも何かありますよと言わんばかりのその円型のスペースは、円周上に十二分割されてⅠとⅤとⅩで構成された記号――この世界の住人であるアイリス達には馴染みがないが、まあ数字を入れる時に字面をカッコよくしたい時に使うアレ――が描かれ、淡いシアンの光が中心から走って『Ⅰ』を指し示している。
その向こうには石畳の道が続いていて、振り返ればいつの間にかそれ以外に続く道が茨と鉄柵で閉ざされていた。
「あっちに進め、ってことでいいんですよね?」
「ジェニファーのことだから、私達を閉じ込める罠っていうより、条件を満たせば次に進めるみたいな仕掛けだと思うけど」
「………ねえ。記号が“十二個”あることに、ボクすごく嫌な予感がするんだけど」
「プリシラ、どうかしたの?」
「成程ね。ああ、そういえばリディアはまだあの時居なかったわね」
この空間の主のことをよく知っているアイリス達からすれば意図も察せられるわけで、自然と光の方角に従って進み始める一行。
薔薇のアーチで象られた通路を行き、辿り着いた先に見えた別の広間で一人の人影が彼女達を出迎えた。
「みんなー、今日は来てくれてありがとー!!
冥戒十三騎士が一の先駆け、『銀(シロガネ)の瞬士』アシュりん=アルヴァスっちだよー!!!」
「…………、は?」
「それじゃあいつものいってみよっか!はい、あっしゅりんりん☆」
「「「…?……???」」」
「ノリわるーい。やばーい。
どれくらいやばいかっていうと、まじやばいね!」
ダボついたクリーム色のブレザー、超ミニのフレアスカート。健康的な太ももの絶対領域の下にはニーソックスにパンプス。安っぽい輝きが妙に合っているビーズの装飾を散らし、金のエクステ付きの紫色の長髪には軽くパーマをかけてゆるふわっとさせている。―――そういう格好をしたアシュリーっぽいナニカが、唖然とする一同を置き去りにしてアシュリーっぽい声で何やらよく分からないことをしゃべっていた。
分からないと言っても難しいとかではなく、脳が理解を拒むとかそういう意味で。
ええっと、アシュりん?で、いいの?
「なぁに、どーしたの?だーりん」
「だ、だーりん……!?」
「えへへぇ。ねえ知ってる?アシュりんの『りん』はね、だーりんの『りん』なんだよぉ?」
「……うっっっっわぁぁ」
「ああ、ウィルさんがドン引きの見本みたいな表情と声しました!?」
やばかった。どれくらいやばいかと言うとまじやばかった。―――失礼、ナレーションすら語彙が崩壊しそうになる頭の蕩けた甘ったるい女の譫言(うわごと)に、ウィルなどは鳥肌を立たせながら後退る。
こういう時頼れるのは割とどんな相手でも会話に持ち込める冥王なのだが、下手にこのナマモノにぶつけるとさらに化学反応を起こしてピンクのよくない空気を撒き散らす危険性が想像できる。
ハイテンションなツッコミで前進ではなくとも取り敢えず話を進められるユーはシリアスモードなので不参加を決め込んでいる。というか浸蝕されないように聞こえない振りをしている。
となると三番手に上がってしまったのは、なんと二歳児リリィだった。関わりあいたくない相手に対するスルースキルが全くの未発達だったせいだが。
健気にも金髪幼女は、混沌の坩堝に叩き落とされてしまった場の空気をどうにかしようと材料を探そうときょろきょろ首と視線を動かす。それとは連動しないで腕をわたわたさせている仕草が可愛らしいのだが、残念ながらその可愛さは事態解決に何の役にも立たない。
それどころか、周囲を見回したせいで見てしまった。見つけてしまった。
「あ、アシュリーさん!!?白目剥いちゃだめです、起きてください!ただし現実を直視しないようにです!」
「――――」
自分そっくりのナニカが繰り出す言動に許容量を逸脱し、精神を明後日の方向に飛ばした女騎士の容体を。
「だめだぞアシュリーちゃん、アシュりんと同じ顔なのにそんな酷い顔しちゃ。乙女として、“可愛い”するのはいつだって油断せずにいないとだーりんに嫌われちゃうよ?もー、ぷんすかぷんっ」
「お願いです、ちょっとだけでいいので黙ってください……」
元凶が何かほざいたが、どう考えても永遠に黙っているべき存在にも容赦ない言葉が言えない優しいリリィなので、事態は全く改善する筈もなかった。
はいこの章がずっとシリアスで進むと思ってた人手上げてー。
深淵ゆうえんちキャスト第1号。アイリスのイロモノ枠がラブリーショコラだけなのは可哀相なので、もっと増やしてあげる厨二幼女の優しさ。
ところでウィルさんや、きみドン引きしてるけど作詞する時のアレさは正直どっこいごぼごぼごぼ……(溺死)