あいりすペドフィリア   作:サッドライプ

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 あいミスももう二周年かー。
 いえ、作者もラブリーショコライベントからやり始めたんで最初期からやってたわけじゃないんですけどね。

……初めてやったイベントがあれじゃなかったらあいミスにここまではまってなかったかも知れない。




冥き茨の簒奪者5

 

 

『ちょっとめがまわるけど、がんばって』

 

「うわっ」「ひえっ!?」「おおぉ…??」

 

 パンダ幼女が何枚目か分からなくなってきた看板を取り出すと、一行が居た広間に一層濃厚な深淵の気配が纏わりつく。

 同時に感じる浮遊感は、更なる闇の底への誘い。その出入口を開いただけで叩きつけるような浸蝕の風が下から吹き付け、咄嗟に皆が目を瞑る。

 

 そして、再び目を開いた瞬間、周囲の景色は一変していた。

 

 魂の根源たる深淵の滞留地として、歪ながらも溢れていた生命の息吹がここには一切存在しない。

 見渡す限りの一面荒野。地平線など存在しない代わりに果てまで闇が拡がる大地は、気を抜けば己の存在すら霞んでしまいそうな程の寂寥感を掻き立てる。

 

 但し―――。

 

「どうやら、ここが終着点で間違いないようです」

「お腹がずっ、って下がってるみたい。体の底から冷えそう……」

 

 ナジャが険しい顔で語り、ラウラが獣人の本能が察知する危険を感覚的に訴える。

 

 一緒にいよう、同じになろう、安らぎをあげよう……闇の誘惑はもはや呪縛に等しく、生身で一呼吸でも吸い込んだ時点で二度と戻っては来られない同化の檻に囚われることだろう。

 それを防いでいるのは冥王の加護―――と言いたいところだが、より危険な環境にありながら寧ろアイリス達の顔色は良くなっていた。

 特に、偽物を作られふざけた衣装を着せられた面々が。

 

「この聖装、まさか深淵を防いでくれている?」

「防いでいるっていうより、慣れるのを手助けしてくれてるような感じです。

 ほら、この通り」

 

 ライダースーツ姿のソフィが大斧を振り回すと、それに釣られて斬閃の軌跡から闇の力が飛び散る。彼女がかつてエルフィンの森で全精力を費やして深淵に抵抗した時のような苦しさは感じられない。

 

 果たしてそれが何を意味するのか、ふざけた衣装は愉快犯幼女の趣味というだけではないのか―――それを思案しはじめる、そんなタイミングで。

 

 

「来たか」

 

 

「ジェニファー……っ!!」

 

 闇の女王『ダークアイリス』が一行の前に姿を現す。

 

「何用か。……と問うのも無粋であろうな」

「当たり前でしょ!?ほら、冥界に帰るわよ?」

「ジェニファーさん、罰なら私が受けるべきなんです。こんなの、おかしいですよ…」

 

 こんな極限の環境に居ながらその主に対し聞き分けのない子供相手同然の態度を取るアイリス達と、罪悪感に陰気そのものの表情で懇願する“元”深淵の女王ユー。

 前者には複雑そうに笑みを溢し、そして後者には紅の瞳から温度のない瞳を向けて簒奪者は拒絶を示す。

 

「無理だな。我には確かめたいことがある。試したいことがある」

「何ですか、それ……」

 

 

「そも、我がはい分かりましたと言うとは汝らも思っていなかっただろう?故に話は単純に行こうか。

――――刃で語れ。魔道を示せ。智慧を掲げよ。拳に籠めろ。闇を切り裂く真なる光が在ると、此処に証してみせろ」

 

 

 傲岸な要求は、いくら生意気放題とはいえ今までジェニファーが仲間に向けたことはない類の言葉。

 表面的に捉えれば力を得て増長したのかと思うような命令口調は、多少成長したとはいえ未だ幼女と少女の狭間ほどの子供にされれば如何に温厚な人物でも苛立ちを覚えるだろう。あるいは、まともに取り合わないか。

 

 だが、言葉を紡ぐ彼女の紅眼を真っ直ぐに見つめ返したアイリス達は……。

 

「仕方ないわね、もう」「世話の焼ける……」「お仕置きですよ、軽くで済むと思わないこと」

「な、な……みなさん、なんで戦う態勢に入ってるんですか!?」

 

 苦笑しながらも剣を、杖を、あるいは各々の得物を構え、すぐにでも戦いに入れるよう態勢を整える。

 困惑するのはユーとリリィだけだった。冥王ですらも軽く息を吐きつつ口を出す気配がない。

 

 そして望む応えが帰ってきたことに、闇に染まりし乙女は凄絶に笑う。

 

「――――ククク。ああ、それでこそだ。どのみち汝らとは一度全力でやり合ってみたかった!!」

【………♪】

 

 半身の上機嫌に自分も楽しそうにしながら駆け寄った虹眼幼女がその懐に飛び込んだかと思うと、姿を靄に溶かして共有する肉体に戻っていく。色を交じらせ、朱彩の瞳を闇に輝かせる女は詠う。

 

 

「【我等、冥戒十三騎士が祖にして番外、『零の極冠』が名を襲い―――、】」

 

 

「させないっ」「もらった!」「やっちゃえっ」「今であります!」

「せぇい!!」「やらせません!!」「止まれぇ!」

 

 アイリス達は総出で掛け声、あるいは無言の内に詠唱を潰しにかかる。

 厨二幼女のそれが完成した瞬間、戦闘能力が跳ね上がるのを見て来たのだから当然の判断だ。

 が、しかし―――。

 

 

「汝らには言ってなかったか?―――我等の詠唱に、意味はない」

【装界・深淵征刃(ワールドエンチャント・アビスルーラー)

―――九天の九(コネクト)、“空極のヘルヘイム”!!】

 

 

 本人的には最大の禁忌……ないしとっておきのブラフを明かした厨二に毛ほども届かない。

 寂寞の荒野にあってなお這い延びる茨を連想させるが如く、稲妻型の刃が地から虚空から無数に出現しては《種子を宿す者》の総攻撃を容易く止めてしまう。

 

 担い手の居ないにも拘らず宙を自在に飛び交う紫紺の奇刃。それも今此処に喚び出されたのは、ジェニファーのとっておきだった。

 

「―――っ!!この剣、一つ一つが《種子》を!?」

「大盤振る舞いじゃない!?」

「!?もしかして、私の部屋に隠してたのを――」

 

 シーダーならば分からぬ筈がない、世界樹の力を移植され纏う深淵の力を増幅し、一つ一つが伝説級の聖剣・魔剣に匹敵する戦術兵器。

 それが幾十もの群れを成して女王を守る騎士のように立ちはだかる。

 悪夢のような光景は、種子の出所を考えれば正しく悪夢そのものに他ならない。

 

 

「此れより汝らが挑むは汝ら自身の旅の足跡。成長、達成、努力、栄誉、これまで汝らが掴んできた全てが汝らの敵。

―――心せよアイリス。愛と勇気と熱血と、不屈と鉄壁と魂とその他諸々の残量は十分か?」

 

 

 闇に装甲が燃え上がるかのように力と光を放つ。

 黒いドレスが殆ど見えなくなるほどの緋の閃光は、深淵をねじ伏せて支配するというジェニファーの在り方そのものである。

 

 天庭・地上・冥界に続く第四の世界と言っても過言ではない《深淵の園》。そこにただ一人君臨する者として、今ここに示すのはただ一つ。

 

 絶対なる“力”だった。

 

 

 

 小細工無用。術理も不要。ただ大量の剣がひとりでに襲い掛かる―――それは、質を突き詰めた時、つけ入る隙のない性質の悪さをただただ相手に押し付ける。

 弾いても叩き落としても、くるりくるりと舞い戻ってはその回転を斬撃に載せてくる。死角を殺気もなく縫っては四方から攻め立て、間断なく切り刻む刃が息吐く暇すら与えない。

 

 せめて担い手が居るならまだましだった。剣と同じ数だけの達人が仕掛けてくるならば、持ち主の方を仕留めればいい話だし、仕掛けてくるにも呼吸を合わせて連携しなければ互いが互いの邪魔になる分制限が大きい。

 そうは言っても現実はただ切れ味鋭く重い大刀が乱雑にしかし大量に降り掛かるだけ。数の暴力にあってその乱雑さが、下手な意図を含むよりもよっぽど対処を難しいものにさせていた。

 

「ジェニファーが、遠い…ッ」

 

 対峙した時よりも、一行とダークアイリスの距離は開いている。

 遠隔攻撃のために向こうが間合いを開けたのではない―――猛攻に耐え切れずアイリス達が互いに互いをカバーしている内に、気づけば圧されて後退させられていたのだ。

 

「どうした?ただ距離を取って終わりか?」

「まずいってことくらい、分かってるよ……!」

 

 アシュリー達近接組のアイリスは、まず相手に近づけなければ話にならない。今のままではただ刃を弾いて後衛を護衛するだけの壁だ。

 

 理想論を言うのであれば刃の群れなど無視してジェニファーを叩いてしまえばそれで終わりであり、それしか方法がないとも言える。リディアが全力で戦槌を叩きつけても、ナジャが渾身の魔術で捉えても、刃はなお健在のまま舞い戻ってくるのだから。

 

 刃全ての原型はこれまでの旅路でジェニファーの酷使に耐えてきた名刀であり、耐久力――特に対魔術――は異常なほどに頑丈の一言。しかも攻撃を加えられてもあまり無理に対抗しようとせずに吹っ飛ぶものだから、上手く衝撃が伝えられないのも大きい。

 それを破壊しようとするより司令塔である女王を叩く方が現実的ではあるだろう――それが容易いか、という問題は依然として残るわけだが。

 

「ああもう、埒が明かない。私が道を切り開く!!アシュリー、ラディスっ、頼んだ」

「それしかないか……っ」

「あたし!?――っ、そういうこと!?」

 

 パラディンとしてこれまで幾度もアイリス達を敵の攻撃から守ってきた大盾使いのクレア。それが中央で合わせる形の盾を敢えて左右に振り分け、勘と見切りを頼りに刃の嵐の中を突き進む。

 その真後ろに付いて駆けるのは紫髪の女騎士アシュリー。前方から来る刃はタンク役の元傭兵に任せ、左右や後方から襲い掛かるものを最低限の動きで躱し、弾いていく。

 

 だが如何に《エルハイムの鋼壁》の二つ名を持つ彼女といえど、あまりに強引な突撃は道のりの半分を過ぎたところで限界が来る。護りが間に合わずに刃が左の太腿を抉り、バランスを崩した彼女の体勢が崩れる。

 そこに殺到する刃たち―――、

 

「爆・ぜ・ろぉぉぉっっ!!!」

 

 紫電を伴った爆発が、その圧で浮遊剣の軌道を逸らしていく。

 ともすれば仲間を巻き込みかねない威力を込めて撃ち放ったラディスの電撃は、しかし閃光による目眩ましを伴って役割を果たす。

 

 そう、アシュリーがダークアイリスを間合いに捉えるまでに駆け寄る一瞬の機の為に。

 そして疾風の刃で斬りかかり、………折り曲げた人差し指と中指で白刃取りされて呆気なく止められる。

 

「―――ちょっと痛いぞ」

「なっ……ぐう――っっっ!!?」

 

 そのまま逆の拳がアシュリーの腹部にぶち込まれ、その衝撃で吹き飛ばされた彼女はせっかく詰めた距離を転がりながら逆戻りすることになる。

 アシュリーの聖装は未だにあのふざけた格好だが、その防御力は深淵産ということもあって常の鎧に勝るとも劣らない。だがそれを容易く貫いて、胃の中身が臓器ごとせり上がって来そうな苦しさを味わわされた。

 

 

「アシュリーさん、クレアさんっ!!」

 

 

「「まだ、まだだ……っ!!」」

 

 即座にクリスが治癒の奇跡で傷を癒すも、苦痛の記憶まで容易く消えるものではない。乾坤一擲の強襲も一蹴された。

 だが彼女達は立ち上がり、まるで心折れた様子もなく寧ろ一層闘志を燃やしていた。

 

「なんで、そこまで―――こんなの、何の意味があるっていうんですか」

 

 次第に追い込まれるアイリス達。癒しが追い付かなくなるほどに繰り返される負傷。その痛みに屈することなく、絶望的な戦力差に抗い続けるアイリス達。

 本人達よりもよほど痛そうな顔をして、涙声でユーが嘆く。

 

 

「意味なら作るの、これからッ!!」

 

 

 答えたのは、仲間の力を上昇させる力を秘めた踊りを、その自慢の柔肌に傷が付こうとも絶やさず舞い続けるフランチェスカ。

 

「本当に世話の焼ける子。生意気だし、迷惑掛けるし、時々うざいし。

………そんな“子供”だからかな。子供にあんな眼で見られたら、ね」

 

 継いだのは、あまり長い時ではないにしろ氷結の魔術で刃の動きを一つずつ拘束するという攻防の要となっているセイレーナのウィル。

 

「ジェニファーちゃんが記憶なくす前どうだったのかは知らない。でも、あんな眼するのは子供なんだよ。……子供には、夢を見せないといけないの。特にクルチャは、アイドルだからね!!」

 

 癒し手としてある意味誰よりも戦場を駆け回りながら、兎亜人(ラビリナ)の少女は弾けるような笑顔を忘れない。

 

「夢…?夢ってなんですか!!こんな、こんなことしないと見られない夢なんてっ」

 

 

「あやつにとってはそうでもしないと、なのだろ。確かめるのも、試すのも―――それだけのものを背負うと決めてしまっておる。そうさせたのは我らじゃ」

 

 

 訳も分からず叫ぶ玉座から逃げた元女王に、背の竜翼で飛翔することで他よりも多くの刃を受け持つシャロンが槍を振るいながら自嘲気味に教示した。

 

 

 背負うものは、深淵の氾濫と、天上人の悪意。

 そして確かめ試したい“夢”は。

 

「だからその身に教えてあげましょう、アイリスの教師役として。

―――ジェニファーがその荷を下ろしても、人の世は理不尽に負けはしないのだと」

 

 全体を掌握し、危ういところにあるメンバーを順次サポートしながら決定的なパーティーの崩壊を食い止めている黒髪の従者メイドが解に繋がる道筋を示した。

 

 

 ジェニファーが見たいもの―――それは、希望。

 

 

 世界は優しくない。半身は咎もなく全てを理不尽に奪われた。

 震えて祈っても安息の明日は約束されてなどいない。

 

 それでも、もし―――未来に夢を描くことができるなら。物語の結末をハッピーエンドに導いてくれる“正義のヒーロー”が居るのなら。

 全てを戯言でしか評せない半端者が出しゃばる必要なんて、どこにもないのだから。

 

 

「『信じさせて欲しい』、子供にそんな眼で見られてさ。

―――それでケツまくって、向き合うことにビビる大人ほどカッコ悪いもんはないだろうさ」

 

 

 将来の夢を見て、いいんだよね?

 正義のヒーローが居るって、信じていいんだよね?

 

 どんなクソガキであっても、いやだからこそ。

 そう期待して見上げてくる子供に対してどう応えるべきなのか、ギゼリックの言葉とアイリス達の姿勢が物語っていた。

 

 

「―――ああ、そうだ。我慾勝手は承知の上。

 それでも、見せて欲しいんだ。人の可能性を、理不尽を踏み越えていく本当の強さというモノを!!」

 

 

 それこそ甘えたガキの理論でしかない。けれど真摯に求めるものだから、アイリス達もつい応えようとしてしまう。

 そんな彼女達に甘えて―――己の全力をぶつける“幼女”であった。

 

 





 Q.つまり?

 A.諦めなければ夢は必ず叶うと信じてないアマッカス。


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