あいミス二周年おめでとう!!
何度傷ついても、倒れても立ち上がる。
よく歌われるし、詠われるフレーズではある。それだけ汎用性に富み、人の心を惹きつける美しさを秘めている姿勢なのだろう。
そして今この瞬間にもそれを真っ直ぐに体現できるアイリス達だからこそ、寄る辺のない戯言幼女が未練がましく“試練”などというものを作って後戻りの余地を残している。
それは当然のようにか細い道で、臆すればすぐに進めなくなるような溢路だが、ジェニファーを取り戻すためという理由だけで彼女達はがむしゃらに突き進む。
「あと一つ……」
「あと一歩――」
無数の浮遊剣の猛攻に耐えながらも、確かな手応えは感じていた。
そもそもの話、天上人を敵に回すと豪語するだけあって、今のダークアイリスはマリエラやナジャすら歯牙にも掛けない能力を秘めていることは間違いない。
それこそ防戦一方とはいえアイリス達が食い下がれていることが“不自然”と言える程で、そうである以上“何か”がある。
「―――めて、ください……」
その“何か”が完全に埋まればという、形も不確かな光を掴むべく抗うことを止めない少女達。
そのひたむきな姿勢を傍から見ていて……それでも彼女の心に湧いて出たのは、“悲嘆”だった。
「もう、やめてぇっっ!!」
「ユーさん……」
傍から見て、というのは正確ではなかったか。傷を負い、ぼろぼろになっていくアイリス達を見るに見かねて、闇から逃げるように白い衣を纏った元女王はただ乾いた地面に視線を落としていたのだから。
その紅の瞳も、涙がぼやかして焦点が定まらない。もう目の前の現実を見ていたくない、という想いからそれを拭おうともしていなかった。
「こんなの、違います。全部私が悪いんです。なのになんであなた達が傷つかなくちゃいけないんですか?
戻ったっていいじゃないですか。陽だまりを歩いていいのは、どう考えたってジェニファーさんじゃないですか。
………嘘つきの私が、罪人の私が、こうやってのうのうと見ているだけなんて。そんなの、赦されていい訳ないじゃないですかっ!!」
だから罰をください。全てを背負って闇に沈む役目を、取らないでください。
それを取り上げられて、皆を騙していた報いは、深淵の封印を解いてたくさんの人を悲しませた罪は、どこへ行けばいいというのだろう。
戦う力もなく、権能も失われ、無力でちっぽけなニンゲンもどき。なのにジェニファーが解放される数千年後まで、あてもなく答えを探し続けろとでも言うのだろうか。
重く沈み続ける自罰、自暴自棄、自縄自縛な思考が、ただ深淵の大地に澱みのように吐き出されるだけ。今も戦い続ける者達には決して届きはしなかった。
だから。代わりに隣でそれを聴いていた冥王は、慰めの言葉を探しておろおろするリリィを優しく遠ざけ……ユーの額を押して顔を上げさせる。その指には、有無を言わさぬ強さを込めて。
――――恨み言でも、愚痴でも、助けを求めるのでも、……手を差し伸べるのもだけどさ。
「めいおう、さま……?」
――――“それ”は違う。前を見ろ。相手を見ろ。言いたいことがあるなら、俯いてないでちゃんと話せ。そうでない奴の言うことを、誰が聞くと思うんだ?
「………っ」
遥かな時を生きた偉大な冥王の言葉は、しかしどこまでも当たり前のものだった。当たり前だからこそ大切なことで―――言われたユーも、辛さを押し殺してジェニファーの方を見る。
相変わらず涙で視界は濁っているけれど、つい先ほどと同じように自罰的な言葉を繰り返そうとして、……喉が動かない。
顔を上げた、前を見た、たったそれだけなのに、どれだけ言っても足りないと思っていた自分を責める言葉がまるで声にならない。
ああ、なんて最低なんだろう。
代わって出て来るのは、勝手で、わがままで、図々しくて、願う資格がない言葉で、なのに。
「“みんな”と、もっと一緒にいたい」
「私は!!もっといろんな場所を冒険して、思い出を作って、笑い合って!
――――全然足りないんですっ!まだまだいっぱいやりたいことがあるのに、……そこに私が居ないのも、ジェニファーさんが居ないのも、嫌なんです!!
だからッ!!“みんな”でいっしょに、冥界に、学園に、帰りたいんです!!」
“何か”が繋がる。
ユーが叫び切ると共に、ガラスの砕けるような音が幾つも鳴り響いた。
世界樹の種子で強化されている筈の浮遊剣を、アイリス達が次々破砕する音だった。
紫紺の結晶が煌々と散乱させるように、淡い光のラインが少女達の胸元から走っている。
「私たちの、《種子》が……!?」
アイリスの仲間達―――“ジェニファーを含めた”―――の間を行き交うように光のラインは幾重にも走り、少女達に宿った種子が強く輝く。
その光は、種子を持たないユーとリリィ、リディアにナジャ、そして冥王さえも結び付けていた。
「さっきのユーさんので、ちゃんと想いが繋がったんです!
《世界樹の種子》を介して、皆さんの全ての感情は私に届いてます。そして《深淵》は、正しく制御できれば想いを増幅してどこまでも力に変えてくれる媒介。それが皆で一つになって、ジェニファーさんに届いたなら……!!」
「え…と、つまり、どういうことですか?」
「今のジェニファーさんと同じだけ、絆で繋がった皆さんも強くなれるんです!!」
高揚して目を輝かせた金髪幼女が、世界樹の精霊として今起こっている現象を喜びと共に伝える。
良くも悪くも人の感情の源泉であり、呼応して力を与える《深淵》の満ちたこの空間で。
“想い”をリリィに届けるという世界樹の種子が幾十も同じ場所に密集していて。
そして、全員の心が一つの目的に繋がっていて、その対象がジェニファーだというなら。
ダークアイリスが深淵と共に力を無限に引き出しているのに呼応して、アイリス達も同じだけ自身を深淵で強化することができる。
「ふっ……だが、力を引き出すことが出来ようが、器たる肉体が力に適応できるかは別問題だぞ?」
試すように上から目線の――しかし口元を上げたジェニファーが指摘する。
許容量を超えて深淵を注いだところで振り回されて心身のバランスを狂わせるだけ。最悪肉体そのものが崩壊しかねない危険な状態だ。本来なら、だが。
「その為の試練で、この聖装なのでしょう?」
「ここで我に対して使われるのは想定してなかったがな」
衣替えしていた面々の服がそれぞれの元の衣装に戻っていく。
消えてしまったのではなく、本来の役割を果たして存在に融け込んでいったことで。
自身にもしものことがあった時、あるいは天上人が深淵の園に居て動けない自分を放置して地上や冥界に侵攻した時のため、深淵を引き出して戦える力を仲間に預けようと考えた結果があれらの衣装だった。
強い感情を込めて作成する必要があった為アイリスの中でも特に親しい人達の分しか用意できなかったのと、“多少”の遊び心は入ったが、着用者の肉体を深淵に適応させるという祝福さ(呪わ)れた機能は効果を発揮したらしい。
その上で、それとは別に、それ以上に。
「アイリスの皆さん、深淵はリリィを通して私が制御します。
だから―――信じてください。皆さんは絶対深淵には呑ませない」
「頼むよ、ユー。ここからはあんたの力が絶対に必要なんだ!」
「………はいっ!それじゃ皆さん、やっちゃってください!私は深淵に触れて来た年季が違うってとこ、あの幼女に見せ付けてやりますよ~!」
「くっ、ソフィの40倍は生きている相手となるとそこは認めざるを得ない……」
「ねえジェニファー様?なぜ今私を単位にしたのでしょう?」
自分にも、自分にしかできないことがある。そう仲間に頼られたユーは涙を振り切り、いつもの調子を取り戻す。それは彼女のみならず、相対しているジェニファーまでも普段のノリにさせる辺り、冥王一行のムードメーカー役も健在ということだった。
「せぇ、やッ!!よし、これで十個め。ふふーん、リディア様にかかればこんなもんなんだからっ」
「あら、私はこれで十四本壊しましたけど」
「むっ……まだまだこれからよ!!あんたなんかに負けてなんかいられないわちび魔術師。冥王にいっぱい褒めてもらうのは、私なんだからね!?」
「……ふふ。マリエラの下に居た時とは本当に変わりましたね、あなたも」
今までの苦戦が嘘のように、深淵を纏ったアイリス達は浮遊剣を撃ち落としていく。
特に堕天使と元闇堕ち魔導士の、種子も無しに深淵でアイリス達と渡り合ってきたペアが、適応が早かったのかその戦槌と魔術を如何なく振るい戦果を挙げる。
目まぐるしく視界を飛び交っていた紫紺の奇刃も、数を減らすにつれ加速度的に対応が容易くなり、ついにはその悉くが荒野に破片を曝すだけの状態になっていた。
「―――嗚呼、最高だよ汝らは!さあギアを上げて行こうかァ!!」
【九天ノ八(セット)、“崩灰炎幕(ムスペルヘイム)”】
前哨戦、暴威の剣軍を突破したアイリス達を――――障壁込のマリエラの百や二百は容易に消し炭にできる、国を呑み込む規模の劫火の渦が唐突に覆った。
漆黒の闇を赤々と染め上げる灼熱の波濤。ちっぽけな人が抗うと考えるのも馬鹿らしい、終末を想起させる天焦がす獄炎。
三秒くらい経ってジェニファーが『あ、やばいテンション上がってやり過ぎた…?』みたいな顔をしたが、その中心に居た者達は、火傷一つ負ってはいなかった。
「くくっ、楽しそうだなセシルッッッ!!!」
「はいっ!多分今、わたしジェニファー様と同じくらいわくわくしてます。
――――だって友達とケンカするの、初めてですから!!」
燃焼、炭化、蒸発、融解……そういった炎という現象に付随するだけの概念を取り去った、純然たる“火”のエレメント。そこにある全てを“炭(意味ノナイモノ)”に変換するジェニファーの炎と喰らい合いせめぎ合う純粋元素を操るのは、朗らかな笑顔に強い眼差しを秘めた緑髪の姫君。
余人が立ち入れば塵も残らない物騒極まりない“燃やし合い”をやっていながら、明るい声で―――しかし決して退かぬ意志を彼女はぶつける。
「初めての仲直りもするんです、私と貴女が出会ったあの学園で。
だから絶対、ぜったい負けません!!お願い、《イフリータ・ノヴァ》ぁぁぁーーーーっっっ!!」
彼女の操る精霊魔術は、内面での精霊との交信というプロセスを経るため意志の在り方が最も重要になる魔術だ。であるならば、世界を焼くこの炎を押し止め、逆に押し返さんとする彼女の内面は今どれほどのことになっているのか。
「もっと…もっとだ!!」
友の想いの丈を認めてなお、ジェニファーは止まらない。やがては押し切られる炎の世界に見切りを付け、新たな世界を呼び出した。
「【九天ノ七(セット)、“睡夢氷塒(ニヴルヘイム)”】」
深淵の闇が手招く、永久(とこしえ)なる眠りへの誘い。
相手の視覚聴覚嗅覚味覚触覚、五感全てを封じた上で体感時間を数万倍に引き延ばす、拷問を通り越して相手を手軽に発狂させるのが目的でしかない精神攻撃。
もののはずみのように繰り出す悪魔の所業。だがそれを乗り越えてしまうから、エスカレートが止まらない。
「例えどんな暗闇の中でも私達は一人じゃない。
何も見えない聴こえない、手に触れる温もりすらなかったとしても―――私は、笑顔を忘れない!!」
感覚がなくとも、身に沁み込んだ鍛錬は決して裏切らない。
天を突き上げる拳に乗せた想いが、睡りの霧を打ち払う。
「やはり強いな、パトリシア。信じるモノに何度裏切られても、汝は笑顔でいることをやめなかった。
………我は、どうなのだろうな。誰かに笑いかけることなどきっと忘れるのだろう、積もりし時の流れに圧し潰されて」
「私はバカだからそれしか知らないだけです。だからこそ、笑顔を忘れるって聞いたらこのパトリシア、意地でも黙っていられません!!」
己の属していた聖樹教会の闇を見せられ続けてなお、旅の中でにこにこ笑う努力を決してやめなかった武闘家シスター。彼女が仲間が笑顔を失うかどうかの瀬戸際で挫けることはあり得ない。
「その意地の果てに、どこまで行ける?」
【九天ノ六(セット)、“圧潰巨獄(ヨツンヘイム)”】
ジェニファーがドレスに重ねた紅の籠手を合わせて、その膨らんだ胸の前で組んだ掌に“黒”が生まれる。
闇の中に在ってすら黒色。その実態は、本来影も形もない力でありながら、光すら歪める域に達した為に可視化された重力球。聖樹教会渾身の結界を貫き遥か地底の世界樹の根を斬り刻んだ防御不能の“潰獄”がアイリス達目掛けて解き放たれる。
「軽い、ですわ。この身はパルヴィン王国が第一王女、ルージェニア・ハディク・ド・パルヴィン!!国を、民を、平和な世界を背負って立つこの姫が!たかが重力に屈するとお思いかしら!?」
防御不能―――重力は対象の内在する質量に働きかける性質の力である以上、如何な小細工を弄しても質量を持つ存在に抗うことは不可能な筈なのに。
王家の紋章が描かれた旗を掲げる赤毛の王女は、ただ仁王立ちするだけでその破滅の力を受け止めていた。
何故?どうやって?―――本人に訊いても、おそらく『姫だからですわ!』とか意味不明な言葉が返るだけなのだろうが。
「ククク……これがパルヴィン王女か」
「いや、ボクはできないからね?」
「やはり面白いな、パルヴィンという国は!!」
「ですから貴女も我が国に必要な人でしてよ、ジェニファー!!」
「我が祖国がなんかとんでもない異次元になろうとしてる気がする!?」
横で何やら騒いでいる妹姫プリシラはさておき、あろうことかルージェニアは握りしめた旗を振り抜き、その場に留めていた重力球をジェニファー目掛けて打ち返した。どういう原理かはやはり分からない。
ともあれ闇の王女であっても姫ではないダークアイリスに、防御不能の必殺の一撃が跳ね返って来る―――、
「【九天ノ五(セット)、“戒令時観(ミドガルズ)”】」
その“瞬間”、全てが静止した。
Q.厨二設定盛り過ぎじゃない?
A.どうせ敵キャラになったんだし、完全に自重のリミッター外した。結果ついテンションが上がって人間相手に核爆弾ぶっぱなすどこぞの大尉みたいなことやってるけど気にしない。
Q.さて、最強能力の代表格である時止めまでやり始めたんですが、これに対抗できるアイリスは誰でしょう?
A.次回更新にて。