あいりすペドフィリア   作:サッドライプ

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 アイリスランドは正直ちょっとだけアシュりんの登場を期待した。
 でもまあルージェニア様が楽しそうだったので何よりです。

……そして今回は(も?)本当にごめんなさい。




冥き茨の簒奪者7

 

 

 眼前に迫っていた超重力の凶弾。防御不能のそれを跳ね返されたジェニファーが次なる能力を発動した瞬間、術者である彼女自身の視界が完全な闇に閉ざされた。

 

 何も聴こえない、視えない―――自滅技という訳ではない。

 時速千二百キロメートルの音波はおろか、時速三十万キロメートルの光すら1ミリも進めない停止した世界において、外部刺激に反応する尋常の知覚手段など意味を為さないというだけの話だ。

 周囲の情報はそこら中に滞留する《深淵》を介して得ることができるし、悠々と彼女は歩いて“圧潰巨獄”の軌道から己の位置をずらす。

 

 そしてアイリスの居る方向を向いて、ここからどうすべきか一瞬思案した。

 

「―――考えるまでもない、か」

 

 時間停止というのは我ながら反則だとは思うが、これに対処できないのは“しょうがない”なんて、ジェニファーが求めたのはそんな言い訳ではない。

 ここまで食い下がってくれただけでも嬉しかった。この能力を使わせてくれただけでも、アイリス達の実力と本気の程は測れた。

 

 しかし、幕引きだ。

 

 時の流れが止まるのに合わせて停止してしまったアイリス達に再度浮遊剣を虚空より出現させ、至近距離で突き付けて降参させようと操る―――その“瞬間”だった。

 

 

「海は幅広く無限に広がって流れ出すもの、水底の輝きこそが永久不変。

 永劫たる星の速さと共に今こそ疾走して駆け抜けよう」

 

 

「………いやいや」

 

「どうか聞き届けてほしい。世界は穏やかに安らげる日々を願っている。

 自由な民と自由な世界でどうかこの瞬間に言わせてほしい」

 

 止まった時の中で、聞こえる筈のない音。

 間延びしがちながらもよく通る役者向きのその声が詠うのを聞き分け、ダークアイリスは顔を引きつらせて首を振った。

 

 別に時の止まった世界に入門してくること自体は構わないが……“それ”は色々な意味でマズいしダメだろう、と。

 

 そんな今までの所業を想えば人の事を決してどうこう言えない転生幼女の焦燥など何の意味もなく、『ヤツが動く』。

 

 

 

「時よ止まれ―――ロリは誰よりも美しいから」

 

 

 

「事前にオチが予想できていたわ畜生め」

 

「永遠のロリに願う、私を高みへと導いてくれ。

 流出―――“新世界へ語れ法律の物語”」

 

「流出したのは違法ポルノか?」

 

 投げ遣りなツッコミをした幼女に、気の抜けるような笑顔を浮かべたロリコン画家エルミナが手を振っていた。

 

「ふふふ……絵画魔術ここに極まれり。

 もともと絵とは静止した一瞬を描くもの。絵に描いたものを現実にする私の魔術の行き着くところとは、即ち時の止まった世界!!」

 

「理屈はそれでいいから、もうちょっと詠唱なんとかならなかったのか」

「え?なんかダメでした?いつものジェニファーのを参考にしてみたんですけど」

「訴訟も辞さない」

 

 ロリコンと厨二では音楽性が違ったらしい。

 そんなどうでもいい事実が明らかになったのはさておき、ジェニファーは召喚し直した浮遊剣の切っ先を全てエルミナに向ける。

 

「で、どうする?汝一人がこの止まった時の中で動けたところで、我に勝てるとでも?」

「怖い顔しないでくださいよー。パトリシアじゃないけど、幼女は笑ってるのが一番です」

 

 全く荒事に向かない華奢な細腕の絵画魔術師は、魔術師の天敵たる魔剣使いと対峙してもその陽気で敵愾心を削ぐ空気を決して崩さない。

 対抗手段があるからこその余裕という訳ではない―――もともと戦士でもない彼女にとって、目的は相手を倒すことでも打ち負かすことでもないというだけのこと。

 

 

「止まった時間も、光届かない暗闇も、描いててこんなにつまらないものはないです。

 こんなとこにじっとしてないで、思わず絵に描きたくなるようないいもの、いっぱい見に行きませんか?大丈夫、きっとなんとかなりますよ!!」

 

 

 アイリスとして示し続けていた“諦めない意思”とは異なる、どこまでも楽天的な言葉。

 それでも不思議と彼女の笑顔と雰囲気には、どこか否定しづらい“光”があった。

 

 そしてエルミナの握る絵筆が振られ―――世界を描くべく、“時が動き出す”。

 

 正常な時間の流れに戻って来た二人は、傍から見れば瞬間移動しただけに見えただろう。

 だが闇の女王の表情は頑なに、氷のように冷たくなっていた。

 

 

「ならば描き切ってみせろ。この狂った世界で、綺麗なものだけを描き出せるか汝はッ!?」

【九天ノ四(セット)、“飛風割空(ニダヴェリール)”!!】

 

 

 少女達の髪が暴れる空気に踊らされ乱れる。

 深淵の園で、荒れ狂うのは風ではなく、空間そのもの。

 

 歪んだ次元が周囲を巻き込んで全てを引き千切り、何処とも知れぬ果てに連れ去られる誘いの手。

 無形の猛威を阻むのは、薄紅色の煉瓦の城壁だった。

 

 

「悲劇の端緒を担う者として烏滸がましいと分かっています。それでも受け止めましょう。道に悩むなら、共に迷いましょう。

――――それはそれとして、いっぺん悔い改めましょう、ジェニファーさん?」

 

「「「ひっ……!!?」」」

 

 

 磔にされても揺るがぬ信仰心を抱く聖女の祈りは、現実に具象化し多次元の護りという奇跡を現出させる。

 それを為す稀代の神官少女クリスは、笑っていた。

 

 まさに聖女のようなといった風情の、慈悲に溢れたアルカイックスマイル。

 その完璧な微笑を見たアイリス達が―――何故か彼女からじりじりと距離を取り、そして相対するジェニファーも警戒したように摺り足で後退る。

 

「クリス、もしかしてキレてる?」

「いいえ、キレてないですよ。私をキレさせたら大したものですよ、うふふ」

 

 嘘なんてつきませんと言わんばかりの清廉さたっぷりの表情なのに何故か欠片も納得できない。そうですね、としか問うた仲間は返事できなかったが。

 

 一方怒りの原因に心当たりがあり過ぎる幼女の脳裏には、普段温厚な人間ほど怒ると手が付けられない、という当たり前の真理が過っていた。いや、キレてないらしいけど。

 

 

「貴女の苦悩は仕方ありません。そこまで追い詰めたのは私達の責任であることも否定できません。―――でも、それはあの悪ふざけとは全く、これっぽっちも関係ないですよね?」

「………いや、その」

 

 

 可哀想な美少女なら何をしても許される……そんな訳はない。

 “試練”で罰ゲーム同然のシチュエーションに直面させられたクリスの怒りに、ばつが悪そうにそっぽを向くジェニファー。当然それは彼女の怒りに油を注ぐ。いや、キレてないらしいけど。

 

 

「ジェニファー=ドゥーエ。懺悔の用意は出来ていますかっ!!

―――撲滅の 浄 冽 執 光 弾(エクソストリィィーーーーム)ッッッ!!!」

 

 

 次元の風を防ぎ切った奇跡の防壁、そこに残る神秘の力を破邪の光へと変換し、クリスは全ての邪念を絶つ神聖魔術による砲撃を放つ。

 さながら竜の吐息(ドラゴンブレス)のような光の瀑流は闇の女王を浄化すべく解き放たれた。

 

 

「……まあ、汝についてはつい興が乗り過ぎた節はあった。悪い」

【それはそれ、これはこれ。―――九天ノ三(セット)、“魔装封陣(ヴァナヘイム)”】

 

 

 そう、神聖“魔術”。残念ながら魔剣使いには届かない。再召喚した浮遊剣に全て吸い取られ、光の奔流は輝きを失って霧散する。

 

 

「―――いい加減、そのふざけた魔術殺しも破ってやろうと思ってたんだ」

 

「っ、!?」

 

 間髪を入れず撃ち込まれた雷の収束砲、それが魔術を吸収する紫水晶の刃を僅かな抵抗の後に砕き散らす。

 

 ジェニファーが相手の魔術をいいように利用する原理は、要は深淵による浸蝕によるものだ。

 自前の魂を持つ生物相手にするのと比較して、術理という無機質でシステマチックな方法論で魔力(エテルナ)を変換している《魔術》を掌握して乗っ取るのに、時間や手間は―――少なくとも《深淵》に桁違いの親和性を持つジェニファーがやる分には―――大して必要ない。

 裏を返せば、精神論ではなく純然たる意味で“魂のこもった”エテルナ変換に対しては、少なくとも攻撃に対して行うにはリスクが高すぎる程度には難易度が上がるということで。

 

 

「つまり――― 気 合 で 撃てば、吸収はされない!!」

 

 

※ただしそれを魔術と呼んでいいのかは不明。

 

 結論に目が行き過ぎて方向性を迷走している魔術師ラディス。

 だがまあ、この場に限って言えば、望む結果が得られることが何よりも重要という意味では細かいことはどうでもいいのかもしれない。

 

 その叡智の限りを尽くして、望む結果は、そう。

 

 

「どれだけのことができたって、所詮あんたも流星(にんげん)なんだよ。

 空に輝く星座なんかにならなくていいから――墜ちて(もどって)来い、ジェニファー!!」

 

―――約束したんだ。あんたがいつか闇に呑まれても、あたしが引き摺り上げてやる、って。

 

 

「………ッ!!」

 

 遂に護りを突破して、魔術に対しては無敵を誇っていたジェニファーに初めてまともに直撃した雷の奔流。

 これまで幼女に相対した魔術使いの誰もがなし得なかった快挙に、しかし矮躯の魔術師は少しも表情を緩めなかった。

 

 

「【九天ノ二(セット)、“妖雷裂華(アルヴヘイム)”】」

 

 

―――アレは普通の生物なら黒焦げの炭になる魔術が当たった程度で、沈んでくれるような可愛げのある幼女ではないのだから。

 

 果たして、ラディスの撃ち込んだ雷が爆発的に増殖する……と、そんな表現が正しいかは微妙だが、大気にバチバチと焦げ臭いイオン臭を撒き散らす稲妻がそこかしこに散らばり地表に網を作る。

 眩い稲光に包まれる荒野。そのどこにも幼女の姿はなくなっていた。

 

「ジェニファーは!?」

 

「たぶん、この雷そのものがジェニファーなんじゃない?……おっと、当たり?」

 

 一歩踏み出したコトが素早く横にステップすると同時、彼女のいた場所を電光の顎が喰らっていく。

 これまでの比喩ではない正真正銘の雷速、肉体を電子へと置き換えた不死身性と偏在性、今の幼女は伝説に謳われる雷神そのもの。

 

 だが鋼の刀を緩やかに持ち上げる着物の女侍に、気負いや臆する色は欠片もない。ただその琥珀の瞳に静かな光を讃えて佇んでいた。

 

 

「―――春陽翳つ歳星の霹靂、抜き合わせたるは千歳の儔(トモガラ)」

 

 

 不規則に稲妻の網を神速で伝いながらも八双に構えた桜色の剣士に狙い定め、落雷にも等しい熱量とそれを対象に余すことなく伝導する殺傷力が人間の反応速度を超えて襲い来る。

 

「千鳥や千鳥、斬り咲かせ。金気を以てここに剋す」

 

 絶死の領域に立ちながらも、剣聖の域に踏み込んだ天才女剣士の得物は果たして淀みなく閃いて。

 

 

 雷を、切る。

 

 

「サムライとしてはいっぺんやってみたかったんだよねー、雷切。

 で、ジェニファー。そんなに浅くは斬ってないけど、まだいけるんでしょ?」

 

 

「―――当、然ッ!!」

 

 

 コトの刀に袈裟に斬られた傷から深淵の靄を噴き出しながらも、戦意は欠片も衰えていない。

 もとより痛みなどとうに慣れた身。人間の分限を超越したジェニファーが止まるにはまだ足りない。

 

(でもさ、ジェニファー気付いてる?そうやって一生懸命何かを求める姿はさ、誰がどう見たって死に損ないなんかじゃないよ?)

 

「皆さん、あと一つです!!」

 

 小さくコトが呟いた言葉は、ユーが士気を上げる為に叫んだ声に被せられて誰にも聴こえない。

 一方でユーの叫びは、他ならぬジェニファーによって否定されるのだった。

 

 

「残念ながら、あと“二つ”だ」

【無天の法(イクステンド)、“屍修羅城(グラズヘイム)”】

 

 

 闇の女王が天に掲げた拳に呼応するように、黒い空に影が次々浮かび上がる。

 

 その無機質な存在は、深淵の園に入ってからここに辿り着くまでに見かけた天使達の残骸。深淵を詰め込まれジェニファーの操り人形となっている哀れな天庭の尖兵達は、今限界を超えてその深淵を増幅・暴走させられていた。

 

 後先など全く考えないブーストは、そう遠くない内に天使達を完膚なきまでスクラップに変容させるだろう。だが代わりに、“一度体当たりさせるくらいなら”、どんな砲弾よりも貫通力の高い凶悪な特攻兵器の出来上がりだ。

 

 その数、千。全天全方位を埋めるに余りある数が、今アイリス達の周囲に展開される。

 早くも崩壊の兆しを見せて鋼のボディが軋みを上げる音が断続的にあちこちから聞こえ、嫌でも不吉な予感を駆り立てる。

 

 本来、何かに使えるか程度の思惑で残していた天庭の侵攻軍の廃棄品。

 結局はついでのように再利用された挙句、アイリス達との“じゃれあい”に浪費される運命で。

 

 

「【星よ、降り注げ(メテオレイン)】」

 

 

「ちょっ―――」

 

 黒い流星群となって、全てがアイリス達目掛けて殺到するのだった。

 

 

 






天使「トランザムッ!!」×1000

 どこぞの自称イノベイターの真似までやってんのどうなの。


 割とネタまみれですが、最終決戦なんだからシリアスやり通せよと言われればまったくその通りなのでちょっとどうするか悩んではいました。前回いつものノリでプリシラがツッコミ入れただけでも「うーん…」ってなる読者さんが居たみたいですし。

 ただ、掲載開始から今までこの作品がやってきたノリと、あと原作の空気を考えても、この形が「らしい」のかなと思ってこの形に。
 何はともあれいよいよもって最終回近いかと思うと……うん。


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