あいりすペドフィリア   作:サッドライプ

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 あいミスのメインヒロインはアシュリー。作者には浴衣も酒場娘も着てくれないし、サンタもコイン交換だったけど!!




冥き茨の簒奪者8

 

 使い捨ての天使による数に物言わせた特攻。

 

 流星群というのは比喩の表現だが、しかしその一つ一つが隕石の直撃程度の威力はあっただろう。

 深淵の園の最奥部の闇すらも追いやるほどの土煙……というより遠目からはキノコ雲が上がっているのが観測できるほどの飽和攻撃。

 

 それを容赦なくアイリス達に叩き込んだダークアイリスは、彼女達が無傷でこれを捌き切れるとは思っていなかった。ただし……これで全滅するとも思っていなかった。

 

 

「ここに黎明と黄昏は交錯する」

【天に貪狼、地に大蛇(オロチ)】

 

「朽ち錆びし鉄鎖は砕かれた。駆ける怨讐、叛逆の颶風」

【凶兆告げし魔笛の号鳴を聴け。其は虚栄と傲岸の終焉】

 

「失墜せよ至尊の神威。我等『零の極冠』が名の下に、屍山血河を走破せん!」

【装界・深淵征刃・九天ノ一(ワールドエンチャント・アビスルーラー・ジエンド)!】

 

 

「【“決殲獄巫(イーダフェルト)”ォォッッッ!!!】」

 

 

 故に。ここからが正真正銘の、全力全開。

 

 

 万物を灰燼に帰す劫炎を、益荒男の魂狂わす睡霧を、質量全てを自壊させる重力を、微風も同然に揺るぎもせず。

 時の流れ、次元の壁、魔を禁ずる封縛、定まった形象からすらも解き放たれて。

 

 『力』、ただそれのみを凝縮した最終形態。

 

 完全に深淵を捻じ伏せ征服した闇の女王に、それらを呑む為の偽りの成長も最早不要。

 銀髪朱彩眼のあどけない幼子の肉体に戻りつつも、その全身の肌に禍々しい緋の紋様が刻まれた肢体は、黒と銀の拘束帯が巻き付いて妖しく闇に浮かび上がる。

 背には悪魔の翼のように紫紺の奇刃九振りが従う。そして周囲に纏う《深淵》の色は―――朱。

 

 生命を浸蝕し同化する闇を完全に己の色に染め上げ屈服させしその様は、紛うこと無き天を砕く覇王の姿。

 

 それに相対するは。

 

 

「アシュリー=アルヴァスティ、いざ尋常に、参るッ!!」

 

 

「アシュリーさん!!」「あと、お願いッ!!」「トチったら承知しないんだからね!?」「任せましたよ……全部託します!」「いっけぇぇ、アシュリぃぃーーーーっっっ!!」

 

 闇の荒野に燦然と輝く白銀。

 夥しい特攻の嵐に対して、アイリス達はただ一人を万全に送り出すべく死力を尽くして迎撃し、防ぎ、その身を盾にした。

 その信頼と期待と責任を一身に背負い、はじまりのアイリスが砂塵を突き抜けて覇王に挑む。

 

「趣味がいいな、アシュリー=アルヴァスティ!」

 

 想いと絆が力を生み出すこの戦場で、仲間全ての希望を託された女騎士の聖装に形となって表れている。

 一点の曇りもない白銀の剣と鎧は精緻な装飾が施され、その煌きを無二のものとして引き立てる。角飾りの宝石冠(サークレット)は紫色の長髪を乱れさせないよう引き締めて彼女の凛々しい美貌を戦場にあってなお損なわせない。純白の外套が翻る様は、勇敢な戦乙女が旗を振るがごとく見る者に鋭気を蘇らせる。

 

 『英雄』という概念が結晶化したような外装は、相対する覇王の鬼気にも見劣りしない。

 そして担い手がそれに相応しいか否かも、今更論ずるまでもない。

 

「断ち切るっ!」

 

 初手から最加速、疾風を超え閃光。

 すれ違い様に三度振り抜いた剣筋は、白い光条が鋭角に三本折り連なって突如現出したようにしか知覚できない。

 

「さあ、踊り狂おうかっ!!」

 

 なれど覇王幼女、閃光を砕く暗黒の具現。

 幻のように体勢を変えぬまま位置だけを剣の間合いの外へと転じ、右手に“水晶”と左手に“朱”の大刀を振りかぶり、交差して、

 

 叩きつける。

 

「―――ッ」

 

 轟くは世界の悲鳴。

 剛剣を受け切ったアシュリーはともかく、ついでとばかりに引き裂かれた時間と空間が遅れてその傷の痛みを“がなり立てる”。

 

 裂傷に喘ぎながら埋め戻そうとする世界の反動は、それだけで形ある者を破砕する振動の波となってあたり構わずばら撒かれた。

 

「ひゃぅぃ……冥王様、ありがとうございます……っ」

 まだ行ける―――だから遠慮なくやれ、アシュリー、“ジェニファー”!!

 

「感謝します、主!」

「……っ!主上……!」

 

 アイリス達が深淵からの浸蝕を受けぬよう防ぐ負担が軽減された分を、戦闘の余波からユーやリリィ、そして今は戦線離脱した者達をも護る力に充てる冥王が叫ぶ。

 ジェニファーが好きに全力をぶつけられるのは彼の存在あってこそ。

 

 裏切った分際で猶も甘える己の身勝手さに思う所がない訳もないが―――破滅の剣舞は止まるを知らぬ。

 

 二連、三連、五連、十一連、十六連、二十七連。二刀による止まらぬ斬閃を、しかしアシュリーは弾き、受け流し、躱し、時に合わせて反撃を見舞う武の極みを見せる。

 否―――無意味な仮定ではあるが、これがジェニファーでなければ彼女もここまでついて来れはしなかっただろう。

 

 剣圧も速度も比べることすら愚かしい、けれど。

 

「研鑽は、技に嘘を吐かない―――ッ!!」

 

 偽アシュリーに奇襲を成功させた時と同じ理屈だ。

 日々鍛錬と実戦を共にした後輩の太刀筋は百も承知。見切る以前に体が知っている。

 但し、それはジェニファーも同じこと。

 

「どこまでついて来れる!?」

 

 朱の深淵を振り撒きながら一撃一撃が万象に断裂を刻む斬撃。

 アシュリーもそれと同等以上の剣閃を返すが、見た目と周囲の被害の派手さとは裏腹に現状見知った技の応酬でしかない。

 

 隙を探り合う中で切り札を切るタイミングを計る、そういった神経張り詰めさせる持久戦の側面が発生しつつあるのだ。

 そうなれば、ユーの補助があるとはいえ深淵による強化に限界のあるアシュリーが不利―――、

 

「どこまで?……見くびるな」

 

 そんな訳はない。それだけは許せない。それは在ってはならない。

 

 

「お前の心が晴れるまでに決まってる」

 

 

「………っ!?」

「力と引き換えに深淵の浸蝕から自分を保ち続ける―――この辛さは、この苦しさは、お前がいつだって我慢し続けてきたものなんだから!!」

 

 だって、アシュリーはジェニファーの先輩を辞めたつもりはない。慕ってくれる後輩の期待を裏切る軟弱者になったつもりもない。

 いつもふわふわして、からかって来て、ある意味無邪気に振る舞って―――その裏で幼女がずっと耐え続けた苦痛から逃げ出すことなんて、出来る筈もない。

 

 この世に二つとない至高の領域での決戦を演じながらも、いつしかアシュリーの表情は涙を堪えて歪んでいた。戦いの辛さではない、悲しみが白銀の聖剣に載って交わす刃を通して伝わってくる。

 

「お前に、謝りたいことが一つだけあるんだ」

「何を……っ!?」

 

 

「なあ、ジェニファー。――――家族も、故郷も、自分の名前さえ思い出せないって、どんな気持ちなんだろうな」

 

 

「―――!?」

 

 ずっと抱え込み続けた、ジェニファーの心の一番やわらかい場所。

 そこにそっと手を伸ばした“先輩”の言葉に、太刀筋を乱した“幼子”は咄嗟に飛び退く。追撃の斬閃は飛んで来なかった。

 

「何も分からなくて、なのに知っているのはあんな惨劇の光景だけなんて。そんな子に、世界はどう見えたんだろうな」

「ぁ―――」

「憎しみに染まった子供と一緒に、教会騎士なんて恐ろしい奴らと、斬って斬られて殺意をぶつけ合って。それって、どんなに痛くて辛かったんだろうな」

 

 これまでの旅で、ジェニファーが傷の痛みに怯んだことなど一度もなかった。腕を銃弾に撃ち抜かれようが、深淵に神経を掻き回されようが、戦意を挫かれたことは一度もなかった。

 素直に凄いと思う反面―――どれだけの痛みを背負ってきたらああなれて“しまう”のかを考えるとぞっとする。何よりも、今までずっと傍にいながら思いも至らなかった自分の間抜けさに。

 

 

「お前は強くて優しい子で。ジェーンの為に、そんな理不尽の中で愚痴一つ弱音一つ言わなかった。それでも、って、世界に絶望しないでいてくれた。こうして今でも私達にチャンスをくれている。

 けど……あんなに一緒にいたのに、気付かないで良い訳、なかったよな……っ?」

 

 

 ジェーンの悲劇的な境遇にどうしても目が奪われるけれど、過酷という意味でならジェニファーとて気遣ってあげなければいけない相手だったろうに。

 どれだけ優れた戦士で、深淵の浸蝕に耐え続けるような規格外で、表面上の取り繕っただけの言葉で周囲を振り回すような食わせ者でも………人間だ。心が傷ついていない訳はなかったのに。

 

 

「お前は私が辛い時、支えてくれたのに、信じていてくれたのに……っ!

 駄目な先輩で、本当にごめんな……?」

 

 

 女騎士は剣を構えながらも、涙に震える声を振り絞るようにして吐き出す。

 遠目に見守る者達も、誰もが痛みに苛まれた顔に後悔を浮かべていた。

 

 そして、“幼女”は。

 

「やめてくれ……そんな貴女だから、あなた達だから―――」

「やめない。全部ぶつけて来い。全部受け止めてやる」

 

 

「っ―――ああああああああああああぁぁぁぁっっっ!!!!?」

 

 

 何も分からない。ただ意味もなく叫ぶ。そして刃を振り回す。

 駄々っ子のように、技も戦術もなく、ただし威力だけは籠ったそれらをアシュリーは全力で剣を振るって真正面からぶつけ合わせる。

 

 白銀の輝きと朱の残滓がその度に散っては闇に溶けていく。

 

「いまさら、今更!!優しくしないでよ!!縋りたくなるだろう、甘えたくなるだろう!?」

 

 戯言で張っていた虚勢。人が人たる為に歩むべき道があること。綺麗事。未来に希望を失った子供に見せてあげたいと願ったそれ。

 縋っていたのは、見つけることで救われると思っていたのは本当は自分で。

 

「折れるんだよ―――そんな弱さを抱えて進めるほど、本当は、強くないんだ……っ!!」

 

 世界は優しくない。ジェーンを都合よく救ってくれる正義の味方は居なかったし、ジェニファーの前にアシュリー達が現れたのも、幾度となく教会騎士達との殺し合いを乗り切った後の話だった。

 信じられるものなどなかったから、強がりだけを覚えてただ突き進んできた。“他にやることがなかったから”。

 

「いいやっ、……お前は強い子だ。だって、泣いてる女の子を、笑顔に出来たじゃないか。諦めなかったじゃないか!?」

「………っ!」

 

 無理に一振りの剣で二刀を迎え撃っているアシュリーは、受け損ねて傷を負い始める。

 拙い剣技で攻めかかるジェニファーも、少しずつ怪我を増やしていく。

 

 もはやどちらが勝つか負けるかの戦いではなかった。ただ刃に己の想いを乗せて、ぶつけ合うだけの。

 

 

「だけど、辛いなら頼ってもいいじゃないか。縋ってもいいじゃないか。私達は、仲間だろう?

 そんなことも許されない“強さ”なんて、そんなことが“甘え”や“弱さ”だなんて―――そんなの、悲し過ぎるだろうが!?」

 

 

 斬。振り切った剣は、ジェニファーを真芯に捉え吹き飛ばす。

 いつしか二人の外装はその威を失っていた。幼女のそれは銀装飾が散りばめられた黒衣に、女騎士のそれは旅立ちの前から愛用している旧主から賜った鎧に。

 

「はぁっ、はっ、…くっ……!」

 

 相対するは寂寞の荒野。冥王の祠はないけれど、深淵に満ちた闇の中ではあるけれど、それはまるで―――。

 

 ただ意地と気力をぶつけ合って消耗した果て、先に動けたのはアシュリーだった。

 

 

「最初から何一つ、変わってないんだ。いつだって。

 “どこにでもある悲劇”なんて、そんなものあるものか。このまま終わらせてたまるか。こんな寂しい荒野で、たったふたりぼっちで消えるだけなんて許せるか」

 

――――『私が剣を執るのは、子どもを化け物扱いして斬り殺すためなんかじゃ断じてない……ッ!!』

 

 

 

「私が剣を執るのは!目の前の子供が笑顔でいられる明日を掴むためなんだ……ッ!!」

 

 

 

 決然と言い放ち、女騎士は剣に光を纏わせて萌技を叩き込む。

 もはや深淵により肉体を変質させ切ったジェニファーには例え胴体を輪切りにされても致命とは程遠くとも、精神が限界だったのかあるいは緊張の糸がほどけたのか、幼女は気を失って崩れ落ちる。

 

 咄嗟に受け止めたアシュリーの懐の中、銀髪幼女は相応の無垢な寝顔で安らかに眠っていた。

 

 

【ありがとう、アシュリーせんぱい】

 

 

「ん……いいんだ。これは私がやりたいと思ったことで、やるべきと思ったことだから」

 

 結局ジェーンはどう思っていたのだろうか。どう転んでも半身と一緒に居る意思は変わらなかったけれど、もし救いのある結末であるのなら、と考えていたのだろうか。

 それは分からなかったけれど、幼女を抱き締めたまま、アシュリーは戦い終わって駆け寄ってくる仲間達に笑顔を見せる。

 

 文句も、お叱りも、腹を割って改めて話すことも山ほどあるけれど、今はただ二度とこのふわふわ幼女の手を離さないことだけ考えていればいいと思う。

 

 

「帰ろうか、冥界に。私達の学園に」

 

 

 そっと銀の髪をアシュリーが撫でる。幼女は身じろぎもせず、ただすやすやと寝顔を見せ続けているのだった――――。

 

 

 




 最終章完。次回で最終回かな?

………しかしこう、アシュリーにジェニファーの境遇並べさせて改めて見るとひっどいなこれ。本人の言動がアレだから誤魔化されるだけで、ジェーン並みの闇深ヒロインな気が。
 しかもバッドエンドだと、世界に失望したままそれでも世界を護る為に云千年孤立無援で戦い続けて擦り切れるという。

 サッドライプって奴はこの子が嫌いでしょうがないんだろうか………?(ぇ


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