あいりすペドフィリア   作:サッドライプ

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 思いついたので10.5章。

 今になって考えるとナジャせんせーは体を張ってお約束を守っていたんだなーって。



星辰瞬く夜

 

 ジェニファーの壮大な家出事件が一段落して間もなくのこと。

 

 謝罪と謝罪してんだかおちょくってんだかよく分からない挨拶回りに幼女がてってけ奔走していたのと同じ頃、後始末という意味ではもう一人触れなければならない人物がいる。

 

 ドワリンの大魔導士ナジャ。

 深淵に心を蝕まれ暴走、その意思に“同調”して地中深くから闇の力を世界中にばら撒く為に旧世界樹を傷つけ、その過程でエルフィンの森と各地の大聖堂を襲い甚大な被害を齎した。

 

 公的には旧世界樹が黒く染まったのもその後一瞬魔物が世界規模で活性化したのも、直後にダークアイリスなる人物の宣戦布告が世界中に響いたのでそいつが元凶ということになっている……が。

 いやダークアイリスって誰だよという当たり前の疑問から、人々は別なところに原因を求めようとしていた。

 

 

 これも聖樹教会のしわざか、と。

 

 

 世界樹を炎上させたのは聖樹教会だから、それから数年も経たない内に世界樹が黒くなってしまったのも関係がない訳がない、とかなんとか。

 かつてその場しのぎで冥王に濡れ衣を着せた結果どんな目に遭ったか身に沁みている教会が、今度の異常事態に対しお茶を濁すような声明しか出せなかったのも一層信者離れを起こす原因だったが―――まあジェニファーがやらかして聖樹教会が致命傷を負うのなんて今更の話なんで大したことでもないか。

 

 そんな人々の心が正式な宗門から離れ、そのうちあくどい誰かが新興宗教を始めて儲けようとしそうな今のこの世界の宗教事情はさておくとして。

 

 ナジャの主な罪状である大聖堂襲撃は人々の支持を失った聖樹教会に対するテロなのでそこまで非難する声が大きいという訳ではないし、エルフィンの聖地での狼藉は森があるピルヴゴーデンの国内問題なので他国でどうこうという話ではない。大聖堂襲撃の為に陽動で各都市を魔物の群れやゴーレムに襲わせるという計画は、ダークアイリスが共犯になったことで実行されなかったのだし。

 開き直ってしまえば実はそんなに生きにくくなってはいなかったりする。しかし生憎と、正気のナジャは責任感の非常に強い女性だった。

 

 贖罪の為に《アイリス》の種子回収と世界樹の精霊の守護という役目に協力したいと彼女は申し出て、冥王達との交渉の結果学園の非常勤講師として就任することとなった元闇堕ち魔導士。

 そんな彼女が、正気を失って暴走するまではエンデュラシアの《魔術塔》の顔役だったのに放り投げてしまっていたので一度残務を整理して正式に辞任して来たい、と申し出た時のことである。

 

「ラディス、汝はナジャに付いていた方がいいと思う」

「何でさジェニファー。まな板がまた変な気を起さないか心配?それに今の色々揺らいでるあいつを一人にするのが不安ってのも分からなくはないけど……」

「いや、それもなくはないが―――」

 

 らしくもなく煮え切らない様子で銀髪幼女が、ナジャの弟子の魔術師に曰く。

 

 

「―――なんか改心して仲間になった直後に単独行動し始めた元敵って、酷い目に遭う確率が高いという知識が……」

「はぁ?」

 

 

 言ってる本人も論拠として微妙だとは思っているのか歯切れも悪かったが、他に挙げた理由もあるため結局ラディスはナジャに付いて一時地上に行くことになる。

 言い出しっぺのジェニファーも同行するべきでは?という気がしないでもないが、あいにく幼女は出奔していた間サボった(扱いになった)授業の分ベアトリーチェが補習をみっちり詰めていた為、学園を離れられなかった。

 

 そしてその数日後―――。

 

 

「クリス居る!?誰か、早く呼んできて!!」

 

 

 頭から血を流して昏倒しているナジャを、ラディスが担いで冥界に戻ってきたことで、ジェニファーの予言は的中したことになったのだった。

 

 

 

…………。

 

「で?倉庫に物を取りに行ったら自分で設置した警備ゴーレムに殴られて重体になったって?」

「………いや、まあ。長期間《深淵》に浸蝕されたまま暴走してたんだから、認証が外れるくらい体質が変わってたのもおかしな話じゃないんだけどね。

 まったく、あたしの認証は生きてたから気付いてすぐに離脱できたからいいようなものをさぁ」

「しかしその事実に思い当たらなかったのは不可抗力としても、長期間メンテもしないで放置した警備システムの誤作動を一切警戒してなかった辺りはな。

 なんというかアレか、汝への試練が正規でない手順でクリアされた件といい、大事なところでポカをやらかすタイプなのか汝の師匠は?」

「どうしよう否定できない。頼もしい師匠、だとは今も思ってるんだけどなー…」

 

「うっかり体質か。同志と見込んだ人間に裏切られて後ろから刺されそうだな」

 

「素でボケてるのかツッコミ待ちなのか分からないから真顔で言うのやめてくんない?」

 

 

「………?我はちゃんと前から刺したぞ?」

「なるほど確かに。―――って、いやいやいやいや」

 

 

「あの、二人とも。怪我人の枕元で悪化させるようなやり取りするのやめてもらえませんか?」

 

 特に眠り続けたままということもなく無事意識を取り戻したナジャの見舞いに、保健室に来たジェニファーとラディスのやり取りがこれである。

 頭に包帯を巻いて横になったままのまな板ドワリンが布団の中で、かつて同志と見込んだ闇堕ちロリ巨乳に裏切られて前から刺されたお腹に気分悪そうに手を当てているのは関係ないだろう、多分。

 

 直前まで眠っていたが二人の入室で目を覚ましたばかりなのだろう、軽く目を擦ってからナジャはジェニファーと二人で話がしたい、と切り出した。

 憂鬱と真剣を足して割らないような表情に込み入った話になるのを察してラディスが退室し、去り際の任せたというアイコンタクトを受け取った幼女が簡易イスに座って病人と向かい合う。ちょっと足が届かなくて床から浮いていた。

 

「それで、あの時の恨み言か?」

「いえ。それなりに苦痛を伴いましたが、あれは私の体から《深淵》の大部分を抜き取って正気を戻させるのに必要な処置だったのでしょう?むしろ感謝しています」

「なんだ、張り合いがない」

「……偽悪的にされなくても結構ですよ。あなたに八つ当たりして気分を晴らすような性分でもありませんので」

「そのようだな」

 

 軽く挑発するようにして水を向けるが、逆に苦笑で返されて肩透かしを喰らう。

 そんなジェニファーを真っ直ぐに見据えて、ナジャは話を切り出した。

 

「夢を見ました。貴女と手を組まなかった夢。暴走するままに一人で世界を敵に回し、現実に私がやった以上の悲劇と惨劇を各地にばら撒いたもしもの夢を」

「………」

「夢の中での私は、犯した罪の重さに堪え切れずにそこでも夢に逃げ込むのです。眠ったまま、現実に向き合うこともできなくなって」

 

 静かに言葉を紡ぐかつての共犯者に対し、黙って続きを促す。そんなオッドアイ幼女に彼女は疑問を投げかけた。

 

「もしかしてなのですが……戦争の後も私と手を組み続けたのは、私がラディスの師匠だからですか?自分の不都合にならない範囲で、ラディスの為に私が少しでも罪を犯さないようにと?」

「……買い被り過ぎだ。あの時汝がしようとしていたこと、それが我にとっても都合が良かった、それ以上でも以下でもない」

「そうですか。そういうことにしておきます」

 

 

「ただ、まあ。あの時汝と我は共犯者だった。罪があったとするなら、それは汝一人で負うものでもないだろう。

 だから贖(あがな)いがしたいなら、手を貸しても構わん。我の不都合にならない範囲でな」

 

「――――」

 

 

 ジェニファーの答えに、自責に駆られる魔導士は何を思ったのか。

 ただ見開かれた菫色の瞳を見るに、聡明な彼女の意表を突いたのは間違いなさそうだった。

 そのことに達成感を覚えた様子もなく、「話は終わりか?」と淡々と無言のうちに問う幼女巫女。

 

 魔術塔の賢人は告解を終わらせ、しかし最後にもう一つだけ問いを投げかけた。

 

「参考までに問います、ジェニファー=ドゥーエ。あなたは自分が犯した罪に、どう向き合っているのですか?」

「別にどうとも。考えるだけ無駄だからな。いつか因果が巡るかも知れん、その程度の話だ」

 

 罪には罰が与えられるべきとか、殺した相手が全て殺すに足る相手であるべきとか、ジェーンの惨劇から荒野の冥王の祠における戦いの日々という陰惨な経歴を持つジェニファーにとっては幸せ者の贅沢でしかない。

 ただ、その幸せ者の贅沢こそが人として真っ当な姿だし、それが守られるのに越したことはないとも思うから。

 

「まだ正式に切ったと口にした覚えがないから―――汝にその気があるなら今も我は共犯者だ。重荷に飽いたら、罪悪感とは無縁の悪党に全て押し付けるのも手だぞ?」

 

 クリスの時と同様、決して選ばれないであろう選択を戯言に乗せて言い残し、邪剣の幼女は席を立つ。

 その小さな制服姿の背中に向けて、聞こえないようにナジャは呟く。

 

「私とあなたは今でも共犯者……ですか。

 なら、そう言ってくれるあなたに因果の刃が振り下ろされる時が来たら、私も共にそれを受けましょう」

 

 やり取りを終えて、不思議と正気に戻って以来かつてなかった程に胸が軽くなった気がする。

 深淵の園でのジェニファーを取り戻す戦いは、ナジャにとっては義務感とラディスの為を想って付き合った旅路だったが、自分も参加して良かったと今では思う。

 

 そして、己が罪を犯した現実に向き合い続ける気力も自然と湧いて出ていた。

 

「所詮私も流れ星。いつか墜ちる運命(サダメ)と知って、それでも燃え尽きるまでは―――」

 

 一人きりになった保健室。病衣と包帯姿の魔女は、今度こそ上を向いて生き続ける決意を固めるのだった。

 





 原作より罪状も罪悪感も幾分か軽めなので夢の世界はなし。
 もし夢に入った場合、「ですの☆」ないつかの衣装と口調が再登場して姉姫が滅茶苦茶いい笑顔でそれを愛でる展開とかあったかもしれない。


 それはさておき。

 ツイッター漁ってたら(ROM勢)この作品紹介してくれてた人がいて、ほっこりしながら紹介文読んで一瞬ツボった後真顔になった。

<地獄のような名前をしているが
<地獄のような名前をしているが
<地獄のような名前をしているが

 主人公を幼女にすると決めた時点で二秒でテキトーにつけたタイトルだったけどそこまでひどいかなぁ。

 ひどいか……。


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