ちょっと場面転換多めで書いてみた。
アイリス招集編最終回。
―――学校を作ろう。
世界樹の導きか、冥王陛下がそういう手管に長けているためか、身も蓋もないメタ話をすると需要と供給の問題か………何故か(少なくとも見た目は)少女ばかりが集まるアイリス達。
いやまあ冥王を慕う女性が4、5人集まったくらいの時点で、そのハーレムの輪の中にお邪魔したいと考えるような男性が現れ得るかという観点からすれば、以降の新規参加が女性ばかりになるのもそこまで不自然という程ではないか。
それはさておき。
もともとアイリスは戦闘集団として動くことを想定していたこともあり、訓練施設を寮に併設してはいたが、実際に揃った顔ぶれを見て学校を作ろうと考えたのは彼女達をただの戦闘集団で終わらせたくはないという冥王の想いだった。
故郷や家族を失い他に行く当ての無い子達がいる。世界を見て回りたいと希望を持った子達がいる。そんな彼女達を単純な戦力として“使う”のではなく、様々なことを学び、経験し、血肉として成長していく中で共に戦う。
そういう集団として在りたいという冥王の理念に、否を唱える者は居なかった。
斯くして王立エディア・ローファ樹理学園、冥界の地に設立。
自らも戦力となるため志願して種子を体内に移植したベアトリーチェを教師役とし、アイリス20名及び世界樹の精霊ユーが生徒として開校メンバーに名を連ねる。
“芽吹きを待つ者”達に祝福を。
知啓の土に強い根を張り、身に降る試練の水を糧として、願わくばやがて大輪の才の華を咲かせんことを。
祝詞のような冥王の短い訓示で締められたささやかな入学式と、盛大な入学パーティーの大騒ぎにより、アイリス達の学生生活は始まったのだった。
これはそんな学園風景の一場面。
「お願い!このとおり!」
この日の組まれた講義が全て終了し、思い思いの時間を過ごすべくアイリス達が動き出す時間。
息抜きと称してふらふらと学園の廊下を歩いていた冥王が出くわしたのは、ピンクブロンドのよく手入れされた髪を波打たせる美女が幼女に詰め寄る場面だった。
すわ事案か、と一瞬身構えさせる構図の二人は共に制服姿。
モノトーンと暗色の配色ながら地味な印象を与えない、意匠の凝らしたデザインも然ることながら、各々の体型に合わせて全員分を仕立ててみせたベアトリーチェの完璧な仕事が光る一品である。
ただ、一方は扇情的で腰のくびれから脚のラインまで日夜磨き上げられた女性らしいシルエット、一方はつるぺったんで随所にシルバーアクセサリーを身に着けた厨二スタイル。
同じ服でも着こなし次第で受ける印象が大きく変わってしまう好例がそこにあった。
ジェニファーに何か頼み事をしているらしい女性の名はフランチェスカ。異国の貴族すら観賞に赴くほど人気の、ある劇団のスターだった踊り子だ。
自らの踊りが世界樹の種子により魅了の効果を持っていたことを知り、また誰もが拍手喝采したにもかかわらず冥王だけは素気ない反応だったことにムキになり、主に後者の理由でアイリスに加入したかなりエキセントリックな性格の持ち主である。
それで、フランチェスカはジェニファーに何を?
「冥王?そうだ冥王からもお願いして欲しいの、ジェニファーが知ってる舞を私に教えるのを」
ジェニファーの舞……?あ、あー……。
居合わせた冥王に気づくと、アイリスの中でも特にジェニファーは冥王に従順なのを勘定に入れて説得の協力を要請するフランチェスカ。
だが冥王の反応があまり芳しくないことに気づくと、艶やかな唇を尖らせて不満そうにぼやく。
「何よー。私がダンスを教えて欲しいって頼むの、すっごいことなのよ?」
「光栄の至り、とでも言っておくさ。
が、そも何故我から舞を教わりたいのだ?」
《ジェーン》の記憶によるものだが巫女の倣(なら)いとして知っている舞はあるし、少しだけ皆の前で披露したこともある。
だが所詮田舎巫女の舞を、トップスターの踊り子である彼女が知りたがる理由をジェニファーは訊ねた。
するとフランチェスカは若干答えづらそうに間を詰まらせながら話す。
「………スランプよ。最近どうにもしっくりする踊りが出来なくて。
脱出するために色々新しいことを試したいし、それがなくたってどんな踊りでも完璧にこなしてみせるようにならなくちゃ」
向上心に満ちた回答であった。
己の人気に胡坐を掻くことなく更なる高みを目指す姿勢は、素晴らしい物ではあるだろう。
だが、ジェニファーの舞の意味するところを知っている冥王は、その熱意が明後日の方向に空回りすることを危惧する。
それを警告として形にする前に、ジェニファーが承諾の意を伝えた。
「いいだろう、教えるのは得意ではないが、見て覚えるというなら好きにするといい」
「ほんと!?やったー、ありがとうジェニファー!それじゃあ後で着替えて鍛錬場ね!」
喜色を浮かべ、約束を取り付けながらその場を歩き去る背中。
…………いいの?
「いいも何も。正統性という意味なら他人をとやかく言える身の上でなし。
何よりフランチェスカの熱意は本物だ。継承されない文化など無価値に帰すのみなれば、多少歪んでいても繋いでくれる誰かに伝えることに意義はあるだろうよ」
自嘲雑じりにそう笑うと、ジェニファーもまた運動着に着替えるべく歩き出す。
冥王もまた、顛末を見守るべく小さな歩幅に合わせて付いていくのだった。
ジェニファーの舞は、力強くも繊細なものだった。
常に持ち歩く“水晶”の大刀―――一族に伝わる祭具でもあるその武具を振りかざしながら踊るため、非常に重心が不安定になる。
それを勢いで誤魔化すことなく、常に流れるような動きを心掛けなくてはならないのだから、極限まで繊細な体幹制御を要求される。
逆にそれさえ何とかなれば、祭具の重量により力強い舞として観客の印象に残るだろう。
もともと動き自体はそう複雑なものではないので、一通りジェニファーが舞ってみせただけでフランチェスカは振り付けを覚えた。
今はフランチェスカが覚えた動きをなぞり舞ってみせているところだが。
「………これじゃない」
うーん。
「これで十分だろう。我が教えられる部分は全て教えた」
上からフランチェスカ、冥王、ジェニファー。
プロダンサーが踊ってみせた巫女舞に違和感をひしひしと感じる上二人に対し、巫女幼女は感慨もなくそう言った。
実際、表現力や踊りのキレといったところでは当然ながら踊り娘に圧倒的な軍配が上がる。
問題は言葉で説明できる範疇を超えた感性の部分の話で、そういう意味ではジェニファーが言った『教えられることはもう無い』というのも練習を切り上げる方便ではなくただの事実でしかない。
少なくともフランチェスカのスランプ脱出という目的に資する結果は残らなかった、ということだ。
「あーもー、余計もやもやする……」
「悪いな。変にこちらの思惑を挟んだ所為で余計に汝を混乱させたかも知れない」
「一族の舞を失伝させないため、でしょ?それならむしろいいわよ、これでも芸術家の端くれだもの。文化の継承に文句を言うつもりなんてない」
「………我は外す。主上、弱った女性を口説くには好機と存じ上げる」
よし来た!
「ぷふっ!?も、もう二人とも変な冗談挟まないでよ」
気を遣ったつもりが逆にフォローされた幼女は、自分には出来ないと判断したケアを冥王に任せるため鍛錬場を立ち去り男女二人きりにさせる。
任された冥王は徐に俯くフランチェスカを後ろから優しく抱きしめ、温かい励ましの言葉を贈ると、顔を赤くしたピンク髪ヒロイン(つまりいn―――、
※※※好感度イベのパターン的にここから《お楽しみシーン》が入りますが、R18タグ付けてないので残念ながらカットします※※※
事後。
「よく考えたら9歳の子供に変な気を遣われたのよね……?」
すごくいけない気分になるなあ。
「もう、バカっ……」
練習の疲れと、子供の教育には大変悪そうなあれやこれやのせいで動かなくなった足腰を冥王に預けながら、フランチェスカは照れ隠しに重なった相手の肩を優しく叩く。
可愛く拗ねてみせる美女の癇癪を受け止めながら、繊細な手つきで彼女の緩く波がかった桃髪を梳いていた冥王は、ふと何かを思いついた様子で腕の中の女に悪戯げに提案した。
明日の早朝、シラズの泉でデートしないか。もしかしたら大事なものが見つかるかも知れない―――と。
怪訝そうにしながらも、フランチェスカは承諾を返すのだった。
ちなみに、お楽しみの最中に余人が近づかないよう鍛錬場の周囲で見張り番をしていた幼女が一名。
ものすごく変な気を遣う9歳児なのであった。
………。
シラズの泉。
肉体の死した魂が転生まで漂う場所であると共に、魂の記憶を洗浄しまっさらな状態でやり直させるための儀式場でもある。
世界樹の麓、七色に輝く泉であり、ほの白く明滅する魂達が尾を引きながら不規則に宙を遊泳する幽玄な情景は、文字通りこの世の景色ではない幻想的な美しさを醸し出していた。
生者の身で踏み込むことが躊躇われる神聖さ―――なれど、一度死した“彼”にはいっそ相応しい場所なのか。
水面(みなも)の上に素足で立ち、ジェニファーが舞う。
常の黒衣は喪を示していたのかと思う程に神妙に引き締めた表情。
巫女の美しい銀の髪と、魔を吸奪する水晶の刃が、泉の彩光を反射して妖しく煌く中、光を弾かぬ黒の外套が翻る。
鮮血に塗られた紅の左眼と幽世に繋がる虹の右眼は、茫洋として何を思い何を映すのかも定かならぬ。
死と転生を司る冥王ハデスを奉じる巫女が歩を刻む度、円に拡がる波紋が冥界の泉を揺らめかせ、揺蕩う生と死をその狭間に顕さんとする。
つい昨日のこと、覚える為に見取りを行い目に焼き付けていたものと同じ筈の巫女舞を見守っていたフランチェスカ―――その瞳に、涙が溢れて止まらない。
舞台の美しさの違いの所為では当然ない。これはもっと心の奥底の想いがこぼれた情動の涙だ。
だが果たして。己の舞が種子の力で増幅され、観衆が刻みつけられた感動により流してきた涙はこんなにも冷たいものだったろうか。隣の冥王が肩を抱いてくれなければ、背筋に走る寒さに凍えてしまいそうになるほどに。
今この時のジェニファーの舞を見て、彼女は理解した。ここ最近の己の不調の理由と、己が巫女舞を踊っても不自然にしかならなかった理由を。
表現にすれば陳腐だが、舞に込められた想いの違い。………この場合においては、“祈り”か。
この場の魂達が歩んできた生き様に想いを馳せ。善人も悪人もなく、等しく訪れた死を分け隔てなく悼む。苦痛と煩悩を祓い、輪廻の先に良き生を得られるよう祝りを添え。廻り巡る命の循環に畏敬を惜しまず。
そうした“祈り”は――――しかし。
所詮肉の檻に囚われ、限りある生にもがき続ける定めの命が抱くには、余りに度を越していた。
―――あの子の魂は、死に寄り添い過ぎている。もちろん、だからすぐ死ぬとかそういうことじゃないけれど。
「………分かる。私がジェニファーくらいの年の頃、人が死ぬっていうのがどういうことかも実感できなかったのに」
冥王が語る言葉に、震える声で同意する。
最初期からの参戦であるが故に、ジェニファーの経歴をよく知らないアイリスも多く、フランチェスカもその一人だ。
だがそれは知る機会がないとか関心がないとかそういう訳ではなく、あんな幼子が親元を離れ剣を振ることになった経緯など、容易に踏み込むべからざるろくでもない事情でしかないと察しているからだ。
天涯孤独という意味ではドワーフの少女がもう一人居るのだが、尚且(なおか)つ幼女の身で騎士や傭兵出身のアイリスと張り合う武技の使い手という時点でどうしても血生臭い想像になってしまう。
踊り子として磨いてきた繊細な感性が、ジェニファーの舞から感じ取った祈りを受けて、想像は確信へと補強される。
巫女幼女に降りかかったであろう悲劇に震えながらも……フランチェスカは涙を拭い、そして決めた。
「冥王。私、あの子にも色々な踊りを教えてあげたい。恋の踊り、お祭りの踊り、祝福の踊り。
いつかアイリスの旅が終わって世界が救われた時、あの子と一緒に劇団の舞台で踊れるくらいに、ね!」
“死”を正面から見つめて寄り添うなら、“生”に真剣に向き合い続けることだって出来る筈だから。
生きている限り体は動き続ける―――それが原始の舞であり、踊ることとは即ち生きているということなのだ。
―――その時は、特等席で見させてもらうよ。
楽しみにしている、と冥王。つくづく思うのは、縁とは不思議なもので、アイリスには他人の為に一生懸命になれる魅力的な女性ばかりが集まっているということ。
時に誤り、時に道を見失うのはヒトの未熟さだけども、学び、支え合い、やり直すことができるのもまたヒトの強さ。
いつか彼女達が全員笑顔で学園を卒業できる日まで。導き、その歩みを見守っていきたいと思う。
アイリス全員が愛すべきヒロインであり、可愛い教え子であり。
冥王にとってジェニファーもまた、その内の一人であった。
「………うぅむ」
そして当然ながらこれだけ喋っている覗き見には気づいた厨二幼女。
だが彼女視点では、たまに早朝目が覚めた時に軽い運動代わりにやってる巫女舞――ビジュアルと演出には無駄に気を遣っているが――を見て、何故かガチ泣きしたかと思うと何やら決心した様子のお姉さんとそれを頼もしそうに見る冥王陛下である。ちょっと意味が分からない。
なんと声を掛けたものやら、あるいはさっさと自室に帰った方がいいのか。
珍しく困惑させられる側に回って、次の行動に迷う暗黒幼女なのであった。
無事学園が開校したので、次回からメインストーリー並びにイベント開始。
未登場のアイリスもばんばん出していく予定です。
Q.前話で武器にしがみついた怨霊に容赦なかったけど?
A.転生の列に並ばずに生者に迷惑かけるような魂はただのモンスター扱い