「…………それで? 私に何をしろと」
燭台の蝋燭の火のみが辺りを照らす、閉鎖された紅魔館の大図書館。紅魔館の場所を借りているとは言えそこの主人はレミリアでは無い。気怠げな鬱蒼とした顔をした魔女__正確には魔法使いだが__こそが大図書館の主人なのである。
「そんな邪険にするなパチェ、親友の頼みだ聞いてくれるだろう?」
クククと笑いながら話しかけるのはレミリア。
「別に邪険になんてしてないわよ、ただその口調を何とかしてよね。聞いててイラッとくるイラッと」
「手厳しいな」
「
「そうだ、どうせなら赤い霧がいい……幻想郷を包む程の赤い霧だよ、生憎、日の下を歩けない身としては極東の秘境でも満足に出歩けなくてね」
できないのか? ニヤッと笑いながら挑発するレミリア。
「まさか、ただ、あの化物の相手をさせられるかもって思ってただけよ。私が、貴女の妹に施した封印と、五重に施した隠蔽をしてなおも感づいたあの狐のね」
「ははははは! アレは例外の存在だろう、それに主人の方も気付いていたみたいだしな、全く……よくもまぁ世界というのは今までその形を保っていたものだ」
「よく言うわよ、その気になればバイオハザードを一人で引き起こせるくせして……ま、赤い霧程度なら1日もせずに覆えるけど……本当に相手しなくていいのよね?」
「別にしても構わんぞ?」
「嫌よ」
パタンと本を閉じ、レミリアに視線を合わせる魔女。
「でも、もし貴女がそれに見合う対価を提示すると言うのなら、足止め位はしてあげるわ、七曜の魔女パチュリー・ノーレッジの名にかけて、どうスカーレット卿?」
「素晴らしい提案だ、不可能と言う点を除けばだかな」
図書館の空気が下がる、威圧、殺気、怒り……そんな物はなく、凍える様な静寂が辺りを包み込む。図書館で仕事をしている小悪魔は急激な温度差により気絶した。
「そ、そうよね……喘息持ちで満足に詠唱すらできない私なんて……」
「え、や、その」
「いいのよ、どうせ私なんてまともな働きもできない魔女よ」
「パ、パチェ?」
レミリアの言葉に項垂れるパチュリー。流石のレミリアも失言したかと口調を改める。
「パチュリー? あのね、貴女が役に立たないとかそう言う事じゃ無いのよ? 貴女は私の親友だし、そもそも見合う対価が用意出来ないし、無駄に命を散らすのは、その、い、言いすぎたわ。ごめんね?」
当主として出来るだけ威厳のある喋り方をしていたレミリアも普通の少女の様に焦りを見せた口調に変わる。
「いいわよ、口調もいつもらしくなったし許してあげる……けど、貴女がそこまで言う程かしら? 確かに強いと思うけど大悪魔や最上級妖怪にはザラにいるでしょう?」
ケロッとしたパチュリーの反応に、室内の空気は元に戻り小悪魔は意識を取り戻す。そんな親友の反応にレミリアは、やられた、と顔を押さえる。威厳ある強大な吸血鬼も親友の前では形無しだった。
「……まぁ、表層だけ見れば過小に見積もってもその位でしょうね。貴女ならその位の強さの相手なら足止め位は出来ると思うわ。けど私みたいに特異な力を持っていればその評価は変わるけどね」
「……運命を操る程度の能力だったかしら? 東洋風に言うと」
レミリアの能力、運命を操る程度の能力。運命を観る瞳を持った吸血鬼であるレミリアは観測した運命を自身が望む形で引き寄せられる。勿論その運命へと至る道が過酷なほど労力を要するが欠点らしい欠点はなく、擬似的な未来視も可能とする破格とも呼べる能力だ。強いて弱点を挙げるとするのなら運命と言うのは無数と言って良いほど枝分かれしている物で有り、完璧に望んだ未来と言うのを見つけるのはほぼ不可能と言うくらいである。
「そう、私の能力は運命を観る。選ばれなかった未来なんかもね。けれど、選ばれなかった運命、選ばれなかった世界にも同じ事と言うのは起こる、近い話では第二次世界大戦だったかしら? アレなんかは大体どの世界線の運命でも起きるわ、でも、どの世界線の運命にもと言ったけど極低確率、それこそ天文学的確率なんだけれど、第二次世界大戦なんて起こらなかったと言うIFの世界があるのよ」
「……それで?」
一呼吸ついたレミリアに説明を急かすパチュリー。それに対して「慌てないで、難しい説明なんだから」と紅茶を一口飲むレミリア。
「それらのIFには原因となった『特異点』と言うのが存在するのよ」
「……それがあの狐だというの?」
「そうね、あの存在は本来あるべき運命をねじ曲げ何かしらの強大な惨禍を引き起こす__もしくはもう引き起こした後なのかも知れないけど__そう言う存在よ。あの賢者が抑えているのかどうかは知らないけど、霊格で言えばルシファー様に匹敵するでしょうね」
「ルッ!? ……大悪魔中の大悪魔じゃないのよ。そんな存在を従えられるとは流石思えないのだけど……」
まさかの大物に匹敵する程の存在だとは信じられないと顔を引き攣らせるパチュリーにレミリアは機嫌を良くした様に笑う。
「ふふ、それもそうね。少し脅かしすぎたかしら」
「……取り敢えず異変を起こす準備はするわ、貴女の事だから何が起きても対処できるでしょ?」
「……ああ、勿論だとも」
「やめて」
魔女には不評の喋り方だったらしく、本気で嫌な顔をされたレミリアは渋々と自室に帰っていったのだった。