▼まちカドまぞくのSSを書きました。

▼強くなろうとする人間はそれだけで強いですが、強い人間がずっと強い訳じゃない話です。

▼アニメ最終話Bパート~Cパートの終業式のあいだ辺りだと思って下さい。

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神の講より年の劫

1.

 今回の顛末は夢オチである。そう気が付いたのは、歩き始めて四歩目の時点だった。

 数千年切望した、己の足で歩みを進める行為。在るはずだから在る、在ると仮定して在る、在ると確信して在る足場ではなく、ただそこに存在する大地。それを我が身で踏み、移動する事。剥奪された権利の中で一番長く堪えたものは、世界の歩行である。

 そんな幽霊なら成仏してしまいそうな満願成就の瞬間に、違和感を看過せず、看破した冷静さは余ならではのものだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 言うまでもなく、当たり前なのだ。近所の家の塀を思い出してみて欲しい。長さくらいはなんとなくわかるだろう。高さも、自身の身長と比較してみれば案外思い出せる。色や大まかなデザインは風景の一部だ、覚えやすい。

 では、柱の本数はどうだろうか。積み石のものならば石の数。生垣ならば何本の木が絡んでいただろうか。汚れている場所、苔の厚さ、隙間から見える敷地内。…………まあ、無理であろう。よしんば一件分が妙に印象深く、あるいは偏執的に覚えていたとしても、数百件すべてをつぶさに記憶するのは常人には不可能であろう。

 科挙の時代に故郷の街並みを全て再現できると息巻いておった奴がいたが、試験に関係あったのだろうか。普通に落ちていたしな。

 さておき。

 とにかく、作った人間ですら翌日には忘れているような事を。住んでいる者ですら把握していない細部を。明確に()()する事はできない。という事だ。

 それは闇の一族の始祖にして、夢を司る魔女。余においても覆せないルールである。だからこそ気にされない細工をしたり、でっち上げたりで誤魔化すのがだまくらかす肝なのだが。

 その辺りの技術を知らず、しかして大規模な夢見をよりにもよって専門家、控えめに言って右に出る者の居ない余に仕掛けてくれたのは、どこの誰なのだろうか。長き時の中で逸れた亜流や、同質の権能を持つ種が数名頭を過ったが……考えても答えの出ない事は、考えないのが長生きのコツだ。予想より解答を見る事が世の正着である。永劫の退屈は、前向きさを習得させてくれた。

 ……もし仕掛け人が様子を見ていて、危害を加えるつもりならば、正気に返り、術中から抜け出そうとしている今こそが絶好の襲撃タイミングだろうと思い、無防備に突っ立っていたのだが。動きが無い。もしや、衰弱するのを待っているのだろうか。夢魔が、夢の中で?

 そうだとすると臍で茶を沸かせる類の浅はかさなのだが。しかしてその場合、見に回っていては千日手である。いきなり後手を踏んでしまったのだ。今度はこちらから仕掛けてやってもいいだろう。

 何をするか決め、ちょっと躊躇いもしたが、まあ、構わないだろう。夢の中に法は及ばぬと、太古よりそう定めている。

 思い切り膝を上げ、振り下ろす。踏みしめる。踏みつける。

 イメージするのは槌。大槌。神の持つそれ。 

 全力で振るえば星さえ砕く力を、加減する感覚。

 世界を均らし、見通しを良くするッ。

 女の細足によってサンダルを叩きつけられた地面から、天地を揺るがす轟音が響く。

 周囲の地面が盛り上がり、件の塀は倒れ、家は地面に飲み込まれ、また向こうへと波及していく。

 もし空を覆った分厚い雲から観察すれば、同心円に破壊が広がる様を記録できただろう。目算にして三百歩先にまで効果が届いた辺りだろうか。せいいき桜ヶ丘(を、モチーフにした精神世界である。いま確定した。現実にやったら流石に殺されるだろうし、出来もしない。)を平らにするべく放った一撃は、しかし役目半ばに進撃を止めた。

 封印明け一発目、というか、正しくは封印中だろう。不調不手際で加減を誤ったのかと思い、二撃目を加えようとしたが、どうやら様子がおかしい。遥か遠くで半分ほど倒壊した住宅が、再建されて……否。時を遡るように、再生している。

 今度は先程とはさかしまに、再度地面が隆起して、土から建造物が生えてくるが如く、元あった風景に回帰していく。それは余の足元まで波及し、何事もなかったかのように舗装道路を修復した所で立ち消える。相も変わらず、整然と積まれた石の数は数えても数が分からない状態ではあるが。

 ……先程、技術を知らない浅はかな奴だと下した評価は、撤回しよう。これは余を欺き、なんらか危害を加える為の場所ではない。

 何らかの理由があって強固な桜ヶ丘を作り上げ、維持することに全てを注いだ結果の産物である。

 こうあっては、物理的というか、少なくとも場所に対する暴力的な手段では解決できまい。そういう仕組みなのだ。人の子が星の上まで行けるようになれど、天井まで物を落下させる事すら出来ないように。

 差し迫る脅威ではないと分かった瞬間、うすら寒い恐怖を覚えた。途方もない何かが、そこにあるというだけ。なにより扱いに長けていた筈の材質で、枯れた山、夜の海、無限の砂漠と同質の何かを提示された不快感。

 不安。

 不安。

 不安。

 ――――不安に構うの、おわり。

 考えてもわからない。知ればわかる。歩けば知れる。お得じゃないか。一石二鳥とはこの事だ。

 ここが誰かの策略の中で、現実ですらなくて、解決の糸口すら見当たらないにしても、だ。

 自由に動ける時間は、それだけで値千金なのだ。

 

 

 

2.

 いくらなんでも、あてどなく彷徨って黒幕と出くわすことを期待するほど楽観的では無いが、何か確信的な当てがあるわけでもない。

 だから、まずは万が一の可能性を潰していく事にした。ここではないだろう。あいつではないだろう。居たら手伝わしてやろう。くらいの感覚で。

 まさか、いくら精神世界に干渉する余と同質の能力を持ち、不完全とはいえ桜ヶ丘の主要部を想像できる程度の土地勘を持っていて、闇の一族の末裔にして当代であるとは言え、だ。

 シャミ子だもんなあ。

 シャミ子の企みに気が付かず、わずかな間であろうと術中に落とされ、なお今もって騙されているとしたら、末代までの恥だろう。むしろ語り継がせてやる。

 と、かつて栄華を極めたような気がした我が一族最後の領土、木造二階建てアパートに足を運んだ訳だが、何か様子がおかしい。

 風が吹いても倒れそうな普請と言い、掃除では補いきれない経年劣化と言い、概ね間違っていないとは思うが、さて。

 まあ余にしてみても、この建物を隅々まで検分する機会があった訳ではない。それに、もしここに住んでいない誰かが、違和感を持たない者相手に作る創作としては十分なのだろう。

 二階に上がり。自宅のドアノブを捻る。初めての経験だ。鍵はかかっていない。扉を開け、誰かおるか、と口に出しかけた瞬間。

 光線が頬を掠めた。

 「だ、お、お、お?、お!?」

 武器を構えた存在が見えた瞬間、かろうじて身を捻り回避する事に成功した。子供だ。年端も行かぬ子供が、確実な殺意を持って攻撃をしてきた。

 たたらを踏み、第二射が来る前に後退し、廊下に身を隠す。光の巫女……いや、性別までは判別できなかった。とにかく、光側の戦士なのは間違いないだろう。

 ボロアパートの壁程度ではとても攻撃を防ぐ事は出来ないだろうが、姿を隠す遮蔽物にはなる。先程頭を狙ってきたことから屈んで壁越しの射撃に備え、左手に()()を構えながら、交渉を試みる。

 「待て!戦う意思は無い!我はリリス!この街の魔法少女、千代田桃とは友好的な関係にある!話を聞け!」

 壁の向こう、直線距離にして二歩分も無いだろう位置だ。声は届いただろう。

 やけに長く感じた数秒後、わずかな戸惑いと、強い怒気のこもった口調で返事が返ってくる。

 「何?……適当を言うな、魔族め!千代田桃なんて聞いた事も無い。それに、魔族と友好的な魔法少女なんて、いるわけが無いだろう!」

 バカにするな、と。吐き捨てるように言った声からは、真剣な怒りしか感じ取れなかった。

 ……状況は理解した。いきなり始まった命のやり取りだが、まあ、慣れたものと言えば、慣れたものだ。

 最近の数か月が異常であり、本来、光と闇との関係性は()()である。

 魔力――現代ではエーテルと呼んでいたか――によって身体を構成している存在は、精神の形で肉体を象っているのだ。故に、精神世界での負傷は、少なからず現実に影響を及ぼす。仮初でさえ肉の無い余なら尚更だ。

 勿論、相手取る光の戦士もそうであろう。精神世界に作られた仮想の人格なら構わないが、現実に存在する魂だとして、殺してしまえば夢の中の話では済まないだろう。先程の地均しは地形への攻撃だが、戦うとなれば害意を持って、相手を破壊しなければならない。

 そうすれば、あの日常は失われる。

 いやだな。と、ぼんやり思う。

 嫌なことはしない主義なので、やらない事にした。

 殺意を無傷で制圧する。何、ここは曲がりなりにもホームグラウンド。たかが高々累計二千年程度戦い続けて、一度も勝てていないくらいの相手だ。肩慣らしにはちょうどいい課題だろう。

 「そうか。悪かったな。じゃあ望み通り、当たり前のように、殺し合おう。」

 固唾をのむ雰囲気を感じ、やることを決める。夢魔は色々なことを咄嗟にできるような、前線向けの性能をしていない。

 おそらくビームの連射は効かないのだろう。万全の待ち伏せをしておきながら、追撃が無かった事からそう考えていい。

 そこで自分そっくりのデコイを()()、放り込む。それが貫かれたら飛び込んで、杖をひったくり、背中を撃たれない状態で逃げる。

 その前に相手が飛び出して来たら、死なないように祈って攻撃するしかなくなる。殺すのは嫌だが、死ぬのはもっと嫌だ。

 じゃあ、十秒後にしよう。あんまり待って、しびれを切らした相手の遮二無二に付き合うのが、一番くだらないからな。

 よし、やろう。腰を浮かせて、象りを済ませて、五…………三……二

 「ヤス!そいつは分が悪い!引くよ!」

 地面を蹴ろうとした瞬間、部屋の奥から静止の声が響く。間を外され、こちらも動けなくなってしまった。つんのめらず済んだのは幸運だった。

 こちらは間違いなく女性の声だ、シャミ子たちと同年代だろうか。

 「でも、姉ちゃん!」

 「でもじゃない!いいから!」

 今までの一挙手一投足を探るような(こちらとしてはそんな戦闘用の感覚は持ち合わせていないので、やっているフリだが)睨み合いが嘘のように、騒然とした足音が聞こえる。

 そして窓が乱暴に開かれる音を最後に、シンとした静寂が返ってきた。

 一応罠かとも考え、創りかけたデコイを完成させ放り込んでみたが、部屋の中でドタバタと走り回り、消滅するまで何のリアクションも無かった。恐る恐る足を踏み入れてみたが、何かが発動する気配もない。本当に出て行ったのだろう。

 部屋の中に二人目が居るとは全く気が付いていなかったので、考案したプランでは普通に負けていたのは間違いない。こちらとしては命拾い以外の何物でもないが。名乗りで無条件に逃走を選ばせる程、そんなに余は悪名轟かせているのであろうか。ちょっと誇らしくなってきた。

 とか考えながら部屋の中を一周歩いてみたが、とりあえず、最悪は無かった事に安堵する。

 同胞(はらから)が一人でも死んでいたら。四、五千年の生を終わらせる覚悟を持たなければならなかった。

 本当に、よかった。

 ……と、いうか。ここはどうやら、吉田家の住処では無いらしい。調度の質は変わらないが、その内訳はまるで違う。平成の世にみかん箱を机代わりにするような、酔狂も見受けられない。

 一歩外に出てみて、先程の違和感の正体に気がついた。光線の流れ弾で穴の開いた扉に、陣の切れ端、どころか結界の残滓すらが無いのだ。

 当然、住む人が変われば建物の雰囲気は変わる物だろう。しかしそれ以上に、魔力的な要素がまるで違ったのだ。

 慎ましやかな平穏を享受するべく存在するアパートが、血気盛んな戦士の根城となっている。

 魔族との徹底的な抗戦が個人的な見解でないならば、そもそも、光と闇が共存する、歪だが平和なまほろばは存在しないのかも知れない。

 いよいよもって謎は深まるばかりだ。何を目指して作り上げられたのだろう。創作者の顔が見えてこない。バトルマニアが壊れない町と、戦える状況でも望んだのだろうか。他所でやってほしい。

 しかし、どうしたものか。頼れる人間が多い生活はしていないのだ。ここで顔見知りに出会えなかったのは、地味に痛い。

 次に行くべきは、人が集まる場所だろうな。

 

 

 

 

 3.

 何者か……おそらく、千代田桜によって調停され、光と闇が共存する不思議な土地となった桜ヶ丘だが、その中でも一等異質なのが、この桜ヶ丘高等学校だと思っている。

 いくら同じ土地で争わず、共に暮らしているといっても、その不可侵はお互いの住居に設けられた結界ありきで成立している節がある。重ねて、余が観察した範囲では、生活圏も重なってはいない。

 余の見られる風景とは即ち、シャミ子の行動範囲に大きく依存している。その中で、『ノラ光の一族』と出くわしていないのはつまり、人と、魔。その中でしか生活しないようになっているのではないか。という予想がある。それが無意識にか、あるいは教育されてかは定かではないが。

 勿論、闇数千に対して光の巫女一で制圧可能なパワーバランスがあり、かつ光の戦士の絶対数が少なく、被らないように配置されている可能性もあろう。

 しかし、だ。

 引退した光の戦士や、光の一族の関係者と一人も面識が無く、かつ、千代田桃の弱体化という好機に誰一人として動かなかった事、弱体化に際しての応援が千代田桃個人の判断による、交友関係に頼ったものだった事を考えると、やはり。一線級ではなくとも、一定数の関係者は在住していると考えて不自然ではないだろう。

 そんな中、公然と『千代田桃という魔法少女が居る』という状況にあり、かつ、吉田優子の覚醒や、始祖たる余を平然と受け入れるこの学校は、緩衝地帯――干渉する場所として、設けられている可能性が高い。

 それは、偏見の薄い子供たちに、いまだ馴染めない大人たちの代わりをさせる為であり。子供たちの作る未来を、より両者が擦り寄った形とする為でもあって。

 もし、魔族と魔法少女が争っている世界となっているのならば、最も変化が大きいのはここだろうと予想はしていた。

 想像していた。

 更に、想定通りだったが、しかし。どうにも、正直に言うと、堪えた。

 校門で出くわした……アンリ、だったか。シャミ子の学友であり、同じ湯を浴みた仲だと気を許していた。

 ここで目覚めてから初めての知った顔で、住人全てがすげ変わっている孤立無援ではないという安心もあった。

 そんな相手に顔を見るなり、いきなりだ。押し殺した悲鳴を漏らされるのは、年甲斐もなく傷ついてしまう。

 よくよく考えてもみれば、余の顔は知らぬのだろう。だから……でも、ないな。魔族であるという事がもうダメなのだろう。仮に、余だとわかっても、()()()()()()()()でも。恐怖は立ち消えまい。

 闇に潜み人に畏怖と欲を与え、魂を吸い上げる者としては、むしろガラクタ扱いされているよりも余程望ましい筈なのだ。まったく。如何ともし難い。

 足早に、刺激しないようだろうか。精一杯の早歩きで去っていくアンリと、蜘蛛の子を散らすように立ち去る生徒たちの背中を為す術なく見送っていると、一人、逆に向かってくる影があった。

 長髪の、眼鏡をかけた女子生徒。きっちりと着た指定の制服に、仰々しい黒いマントを羽織っている。なんて奇怪な出で立ちは、コイツ以外に居ないだろう。

 「こんにちは。直接お会いするのは初めてですね、リリスさん。小倉しおんです。……ここじゃ色々となんですし、私の研究所で話しませんか。」

 頼りになるやら不安になるやら微妙な気持ちではあったが、ようやく会話が可能な相手に出会えたのだ。おとなしく、ついていく事に決めた。

 

 

 

 

 

4.

 校舎を回り込むと見えてきた、無許可で建てられた怪しげな研究施設。

 そう言ってしまえば、あのプレハブ小屋と変わりはしないだろうが……いや、変わるな。

 ほんの十畳に満たなかったあそことは違い、大規模商業施設程はあろうか。一切全容の把握が出来ない、巨大な研究所へと姿を変えていた。

 「ここに歩いてくるまで道から見えんかったし、なんなら校舎より大きいだろう、これ。」

 「ええ、見えなくて当然ですよ。『校舎裏にひっそりとあるラボラトリー』なんですから。」

 「おぬし、相変わらず好き勝手しとるな……」

 鉄製で内部が見えない自動ドアを通り、近くのドアを開けると、そこが応接室のようであった。

 机の上に置いてある二杯のコーヒーの前に、机を挟み込む形で座る。

 不思議と淹れたてだった。

 こうも巧妙に状況を活用されていると、初手から力業で突破しようとした余が妙に短絡的に感じられ、恥じ入る所が出てきそうな気すらするのだが。

 っていうか、こいつが犯人なのではないか、という疑いすら持ちそうになってくる。

 「えっと、突然ですが、私が黒幕です。大規模な精神空間が発生して、そこに桜ヶ丘の住人が常識を改変された形で生活し、あまつさえリリスさんですら現状手に負えない状況に陥っているのは、ほぼ私のせいです。ごめんなさい。」

 「…………………………そうかー。」

 喜劇よろしくコケるべきか、怒り狂うべきか、人類の為にこの小娘を殺しておくべきか迷っていたら、間の抜けた返事しかできなかった。

 まあ、いいか。

 これで疑念を晴らす為の駆け引きだったり、バトルだったり、そういうのが省けて解決したのならば、いいか。

 気が抜けてしまった。

 「じゃあ、さっさと状況を放棄してくれ。それだけで不自然は自然に返る。安心しろ。余は寛大だ。正直に言ったから黙っててやるし、謝りたいならついていってやるから。」

 「それが、出来ないんですよ。私は引き金を引いただけの黒幕ですし、原因ではあっても根源ではないんです。第一、私にこんなこと出来ると思いますか?」

 「それはほら、怪しげな科学技術で、薬剤を散布するとかそういう……」

 いや、できないのか。小倉しおんという学生は、類稀なる知能と探求心を持ち、それを満たす事に躊躇いを持たない才能――欠格を持ってはいるが、財力や権力的には一般の域を出ないのだ。だから(現実では)リスクを冒してまで、学校の一部を間借りした研究所を構えているわけで。

 「そう。できないんですよ。私はシャミ子ちゃんに相談を受けて、それに乗っただけで。」

 「え、マジ?末代までの恥じゃん、ウケる。」

 うっかり若者言葉が出てしまった。反省。

 元より小倉しおんが黒幕だというのは、薄い可能性だとしても、ゼロではないと思っていた。

 人類の進歩を曲がりなりにも眺めてきた余だからこそ、体系化されていない分野の研究をして、一定の結果を出し続ける。というのは、本当に突出した才能だと感じている。

 しかし、実際に手を下したのがシャミ子であり、シャミ子が主導権を握っている状況というのがどうしても理解できない。

 小倉しおんがシャミ子の頭に電極を差し込み、能力を悪用している。みたいな状況ならまだわかる。その場合は流石に痛い目にあってもらわなければならないが。

 だがそうではないらしい。基本の魔力操作すら余の補助なしでは上手くやれないシャミ子が、どうやって。

 「……そうだ。どうやって、だ。小倉しおん。隠さず話せ。どうなっている。」

 「わかりました。でも、初めに言っておきますけど、シャミ子ちゃんの相談内容だけは話せません。契約なので。」

 「状況によっては破棄して貰うがな。先祖権限だ。まあ、とりあえずは良いだろう。」

 話せ。と促すと。なんでもない出来事のように喋り始めた。

 

 

5.

 「リリスさんや、シャミ子ちゃんが使う、他人の精神世界に干渉する能力。あるじゃないですか。とりあえず便宜的に『夢渡り』としましょう。」

 「夢渡りの話を聞いて、千代田さんは悪用の百や二百は簡単にできる、と言っていたらしいですが、なんて事を言うんでしょうね。自分が精神攻撃への耐性を持っていて、かつ、使い魔、ですか。防衛システムを備えているからその程度の認識なのです。」

 「できないことは無くて、善悪の基準が夢渡りの上に成り立っている。そう私は考えています。」

 「それを十全に振るえたリリスさんを封印出来たことは正直、申し訳ないですが人類として最大の快挙だと思いますし、逆に、その原因も察しが付きます。」

 「全能感です。……慢心ではありません。油断があったかどうかは重要ではなく、他人、人類への共感力が不足したことが敗因だったと捉えます。」

 「能力があったから能力をうまく扱えない、というのは何とも皮肉ですね」

 「ええ。能力に数多の制限があるのは知っています。バイタルの状況と睡眠時の限定……これはシャミ子ちゃんの練度もありそうですが……そして何より、対象との縁。ここを最大の制限だと思っているでしょう。」

 「無いんですよ。」

 「何がって、そんな障害が、です。日本人は八代遡れば全員親戚、だとか。知り合いの知り合いを繋いでいけば全世界の誰でもたどり着ける、だとか。その程度の関係性を軸に、夢渡りは発動します。」

 「逆に言えば、リリスさんは隣人愛が極端に希薄、という事です。その人格にカウンターを当てる形で作られた教えが――と、言うのは行き過ぎた推論でした。」

 「能力の制限についても仮説でしたが、これは実証されましたね。シャミ子ちゃんの知り合いの知り合いの知り合い、くらいまでで、桜ヶ丘は術中に落ちました。」

 「さて、手段についてはこれが全てです。最初は私をバイパスに、少ない友人で実験するはずだったのですが、一度繋いだ回線を閉じるだけのノウハウも、魔力も私たちにはありませんでした。最初に持たせた指向性だけ頼りにして、広がっていって。」

 「吉田家に課された呪いも、祝福も。見るからに人為的なそれですから。誰のどこに、あるいはどの集団にトリガーがあったのかはわかりませんが、人の心が書き換わっていくどこかの段階で外れました。制限されていた分の魔力で回線を補強し、この世界が完成した次第です。」

 「もう私にはどうしようもありません。ごめんなさい。助けてください。」

 「……?ええ、世界征服ができたというか、筋道を示せただけですけど。はい。可能です。」

 「結局はシャミ子ちゃんですから。桜ヶ丘の範囲に限定して、認識を少し弄るに留まっているだけで。先ほど言った通り、日本からエジプトまで、邪魔が入らない限りは全人類を掌握できます。」

 「その上で、お願いします。今回は世界征服を諦めて、シャミ子ちゃんを止めてください。……いえ、罪の意識とかは、本当のことを言うと、一切ありません。」

 「完全に自分本位の望みです。私は、自分が世間から外れている事を認識した上で、その事について何も思わない人間でした。」

 「そうだと思っていました。」

 「でも杏里ちゃんに避けられるのは、取り残された感覚がしました。」

 「様子のおかしくなっていくシャミ子ちゃんを見て、なにかがざわつきました。」

 「異常を優しく受け入れてくれているこの街の形に、その価値に、初めて気が付きました。」

 「私の差し出せるものならば全て差し出します。ですから、どうか、どうか。お願いします。」

 「シャミ子ちゃんはせいいき記念病院に居ます。…………それと、千代田さんのお家に立ち寄っては貰えませんでしょうか。それで、全てが把握できると思います。」

 

 

 

6.

 決して人の子の涙に屈した訳でも、世界征服が目前に迫った事で怖気づいた訳でもないが。一部利害の一致と、余に相談もなく事を起こし、あまつさえ侵攻に巻き込んだ子孫へ制裁も加えなければならない為、今回の話は引き受ける事にした。

 せいいき記念病院――シャミ子が幼少の頃に入院していた場所だったか――に向かいがてら、提案に従い、千代田家の前を通りがかった。

 

 気味が悪かった。

 

 

 

7.

 せいいき記念病院に近づく前から分かっていたが、とても強固な結界が張られている。

 未だ心のどこかでは信じ切れていなかったが、結界の構築様式が魔族の物だ。制限が解けて自分で張ったものか、干渉した魔族ゆかりの者から引き出したのかはわからないが。やはり、あそこにシャミ子は居るのだろう。

 事を為すに際して、万全の守りを固めるとか。そんな当たり前をちゃんとするなんて、シャミ子のくせに生意気だぞ。

 生半可な手段では突破できなさそうな結界だけではなく、門番まで置いておくなど、準備万端が過ぎるではないか。

  高層の病院の周辺は不自然なほど平地で、その周辺を卵型の結界で取り囲み、更に外側で仁王立ちする千代田桃。

 その服装は魔法少女のコスチュームであるものの、色あせた灰色となっている。

 「どうした!この前は断ったが、やはり眷属になりたくなったか!」

 デザインはそのままに、配色だけを変えたような手抜き、余は認めんぞ。

 「いや、そうでもないよ。そもそも、私は私じゃないし。本物は町の外とかで、みんなで平和に暮らしてるってさ。」

 偽物なんだと、桃は名乗った。

 「平和に暮らすのに邪魔であろう魔法少女としての権能を剥奪し、脱色された残りの方、って感じかな。」

 芯が無い。色も無い。力しかない。そういう存在だと言った。

 「シャミ子のイメージする、一番強いモノが私だったんだろうね。役割は、想像ついてるでしょ。」

 簡単に言ってくれるが、こちらとしては想像したくもない。

 「ここを通りたくば、私を倒していけ。……ってやつか?」

 「そう、それ。ベタだよね。」

 いつもより幾分素直に感情を出し、苦笑しながらも視線は切らない。コスチュームと同じく脱色されたステッキには、おぞましい程の魔力が溜まっているのがわかる。

 「それで、どうする。戦っていく?」

 「おい、余を誰だと思っている。闇を司る魔女にして、闇の一族の始祖。そして何よりも夢魔の王、リリスだぞ。いくらあの千代田桃と言えど、あまり余裕は無いのではないか。」

 「いや、多分大丈夫。どちらかと言えば純度が高い絶好調の状態だし、勝つよ。」

 そうだろうな。という気持ちしかない。第一、精神世界で戦ったくらいで光の巫女に勝てるのならば、二千年負け続ける事も無いだろうに。

 「あまり侮るなよ。なに、引くというのならば深追いはせん。ここは一つ、素通りさせてみるのはどうだ。なんなら、シャミ子に良いようにやられて腹が立っているというのならば、共同戦線を張ってやらん事もないぞ。」

 「そうだね、それ採用。」

 今なんて言った?と聞き返す暇もなく、桃は振り向きざまに背後の病院へステッキを向けるや否や、目が焼ける程の光量を解き放った。

 着弾まで0秒。魔力同士の衝突が起こす特有の甲高い音を刹那響かせ、数瞬遅れて余波がここまで到着する。

 爆風に煽られ尻餅をつく。両手で踏ん張り、後ろに転がっていく事だけは何とか阻止した。

 ホワイトアウトした視力が復活してみると、卵の殻にナイフを突き立てたような大穴が空き、結界を完全に破壊していた。

 「……助かったぞ。今のを食らえば、流石の余でもただでは済まなかった。」

 言葉通りの意味である。本当に恐怖より、戦わずに済んだ安堵が先に立つ光景だった。

 木端微塵ではない。チリすら残らん類の出力。

 「そう。……じゃ、後は、任せた。」

 そう言って、電池が切れたように。受け身も取らずにバタリと後ろに倒れる。後頭部を地面に打ち付けた、鈍い音が響く。

 「お、おい。どうした、というか、なんで。」

 「えっと……門番である私は役割をもって生まれてきた物だから。放棄したら、生きてはいけないよ。それに、それがわかっていたから、一発に全力を乗せた。ガス欠でもあるね。」

 抑揚なく語るその姿は平時のようであり、また、生気が急速に失われていく姿にも見える。

 「重ねて言うぞ。助かった。魔族は受け取った対価を忘れん。望みを言え。」

 「いや、いいよ。リリスさん、シャミ子を止めるために来たんでしょ。……じゃあ、それを果たして。」

 もう、ほとんど存在感が無い。

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()。シャミ子によって作られた私が、シャミ子の命令を放棄して、反逆している。つまり、千代田桃がそういう存在だと思われているって事でしょ。」

 間違っているかもしれない自分を、止めてくれる宿敵だと。

 あるいは、友人だと()()()()()()()()()()()()()

 「この前の事もあったし、今回の件はこれで貸し借りなしにしよう。ね、」

 そう残し、初めから何も無かったかのように。煙より気配無く立ち消える。

 砕けた殻の残骸だけが、数分の邂逅を証明する全てであった。

 

 

 

8.

 案内板を見る限り緩和治療に使われるらしい、十三階建ての最高層に()()は居た。

 院内には人の姿が見えず、人が転がして移動させるであろう器具だけがひとりでに、慌ただしく移動しているのみであったが。

 名前もわからない無数のそれらに繋がれて、病床に横たわる()()は、普段の頼りなく、愛くるしい風貌からはかけはなれていた。

 肌に血の気は無く、髪も荒れ放題で。右の角は不自然に発達して横に伸び、おそらく自力で頭を起こすことはもう不可能だろう。

 逆に左の角は巻きが鋭くなり、先端がこめかみに突きたてられている。サーベルタイガー絶滅の逸話を思い出した。

 呼吸器、というのだろうか。半透明のものが口に付けられていて、会話すら可能なようには見えない。

 そうでなくても、どう声をかければいいのかわからないような状況だというのに。

 病室のドアを開けた状態で立ち尽くしていると、こちらに気が付いたのだろうか。左の片目が薄く開いた。

 爬虫類のようになった緑の虹彩を見つめていると、脳内に声が響く。

 『ごせんぞ。なにしに来たんですか。』

 『生意気に、念話まで使えるようになったのか。……決まっているだろう。褒め称えに来たのだ!』

 『……え?』

 薄くこちらを見ていた目が、わずかに大きくなる。

 驚いた筈なのに、その程度の反応しか返せないのか。なあ。

 『よくやったぞ我が末裔!桜ヶ丘を手中に収め、宿敵千代田桃は放逐!ミカンとやらも姿を見せないという事は、とうに討ち果たしているのだろう。闇の一族五千年の悲願だ!始祖として誇りに思うぞ。』

 瞳から感情が失われていく。お前がそんな目をするなよ。

 『なあに、話によると世界征服だって容易いそうではないか。桜ヶ丘で課せられた呪いだけではなく、長年蓄積したものもいずれ解けるだろう。……清子らも、裕福そうではあったしな。』

 千代田の家には、吉田家の面々が住んでいた。ヨシュアと、清子と、良子。三人でいる様が、窓の外からでも良く見えた。

 こやつの事だ。『豪邸』という想像があそこしか湧かなかったのだろうな。

 『そうですか。よかかかかかかかかかかかかかかかかかかか――――』

 突然体が跳ね、体から繋がる計器が異常を示す。駆け寄る事も出来ずにいたが、発作は数秒で収まったようだ。

 徐々に呼吸を戻しながら、念話を続けて来た。

 『――ごめんなさい。ちょっと頭の調子がおかしくて、なにがなんだかわからなくなっちゃう事があって。だいじょうぶです。それより、みんなは元気そうでしたか。よかった。』

 ……我慢の限界だ。過ちを認めて、白紙に戻してほしいと小倉何某のように頼めば、情状酌量を与えてやろうと思ったものを。

 『元気な訳があるか阿呆。お主、大概にしろよ。なあ。あやつらに、幸福を押し付けただろう。』

 おいしいものを食べて、良いところに住んで、両親揃って。親子三人。()()()()()と。

 「ふざけるなよ。子が一人消えて、その犠牲の上に生きて。安眠できる親がどこにいる。」

 幸福を演じる奴隷のようであった。笑えと。笑わねば命は無いと刃物を突き付けられた奴隷を見ているようで、直視に堪えない代物だった。

 『そうですか。でも、一緒にはいたんですね。――なら、それでもいいです。』

 少し残念そうに、しかし、心底受け入れているように。

 なんで、そこまで。

 「先程、お主に作られた桃に会ったぞ。歪ではあったが、理解されていたと喜んでいた。何故、あやつらの気持ちも汲んでやらん。」

 『なんでといっても、それが限界だからです。私はまぞくであって、神様じゃないから。全部は救えない。代償を調整して、分配するのがせいいっぱいでした。』

 曰く、人為的にかけられた呪いなら、人心の変更によって解けるはずだと。

 曰く、吉田優子の運命操作に使った()()()()()である父は返還される事となり。

 曰く、その操作に全魔力を賭した千代田桜もまた、因果の逆流に巻き込まれて還る可能性が高い。

 しかし、その行為によって千代田桜が築いた平穏は無に帰す事になる。魔族がその権能を使って好き勝手するのだから当然だ。

 ならば、家族を初めとする魔族が迫害に合わないよう、本格的に支配をするしかない。

 その戦いに巻き込まないよう、そして同じ轍を踏まないように、千代田家は力を封じて一般人として暮らしてもらう。

 そういう筋書きだと、いつになく順序だてて説明をした。きっと、幾度となく考えて出した結論なのだろう。

 『私と、私の知っている中で一番あたまのいい小倉さんと、ふたりで頑張って考えた、私の周りのみんなが、不足していても本来を取り戻す、唯一の形です。』

 言葉も出ない。

 そこまで考えて、決断し。行動したのならば、生涯何も為し得なかった余が言える事は無い。

 現に、地方都市の一角とは言えど、支配下に置いて見せた領主に、封印の身である余が、どう口出しできよう。

 責務を果たし、代償を以て栄華を手にした者のみが正しい。日和って、安全圏から事後に文句を言う奴のなんと浅ましい事か。

 だが、それでも、誠実に不正で、生まれついての悪で、敗北だらけの我が身だからこそ、もし一つだけ言わせて貰うとするならば。

 それは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9.

 「バーーーーーーーーーーーーーーカ!!!何が頑張って考えた、だ!間抜けめ!鏡を見ろド阿呆!

 半可モンが一丁前ぶるなガキ!悪党はな、高笑いして、勝ち名乗りを上げて!それで初めて勝ちなんだ!

 ボロカスの枯れ枝が絡まった搾り雑巾みたいな見た目で自爆テロして満足か!頭のいい小倉さんとやらは間違いを認めて謝ったぞ。好き勝手した結果より、友達と仲良くしてる方が良いってな!」

 「なっ――」

 歩み寄りながら罵詈雑言を口にする余へ反射的に何かを言いかけて、激しくむせる。発声すらできる状態ではないのだろう。

 「悔しかったら言い返してみろ!その有様が本懐か!何がしたかったんだお前は!」

 『じゃあどうすれば良かったんですか!このままどう進んで、どう解決を見たって、元には戻らないことが多すぎます!』

 「知るか!それがわかっておればやっている!もういい!強引に連れ帰る!」

 もう、女帝の見習いですらない。呪いを振りまく人形と化そうとする吉田優子の頭をわし掴み、構造を把握する。

 一番近いものは、なんだ。例えようが無い。百冊入る本棚へ、本を裁断し、溶かして千冊詰め込み。そこから棚を歪めてさらに倍といった感覚。

 感じ取るだけで背筋が凍る。これが頭の中に入っていて、人格を保っている事が信じ難い。

 というか、あと半日保つかどうかといった所だ。今が一般的に夢見の最中として、現実で目覚める頃には廃人だろう。

 かき回し、砕いて再構築する感覚。結局はこれも洗脳だ。脳を洗うんだ。得意分野だろう、多分!

 『やめてください!止めないでください!これしかないんです!せめてまくしたてるだけじゃなくて、ちゃんと話してください!』

 「嫌だな!ガキの駄々は聞かなくてもいいと、メソポタの頃から決まっているのだ!」

 『本当に!止まってくれないと、何しちゃうかわかりませんから!』

 「今度は脅しか!何をするつもりだ!いいぞやってみろ!お得意の輪ゴム鉄砲か!」

 

 『いえ、こうです』

 

 声色が変わった事に気が付いた刹那、後方から破裂音が聞こえて、背中を殴られるような感覚があった。

 後ろから銃器の類で攻撃されたのか、と気が付く前に、数百の銃弾が背面全てを蹂躙した。

 分断された上半身が病床を越え、反対側の窓ガラスにぶつかる。壁から突撃銃がハリネズミのように生えて、その全てがこちらを向いているのが見えた。

 床にべちゃりと顔から落ちる。冷えた床が、火照った頭に気持ちがいい。血の気が抜ける。

 『ご、ごせんぞ!?だいじょっ、いえ、こんなことするつもりじゃなくて、あの、ほんとうに!』

 「気にするな。魔族は銃じゃ死なん。」

 嘘である。普通に死ぬ。

 ただし精神世界では、その限りではない。

 何事も無かったかのように、何事もなかった自分を想像して立ち上がる。

 「気が済んだか。じゃあ続けるぞ。」

 再度頭に手をやって……どこまでやったかな。以前にも増してパーになったらすまん。死ぬよりはマシと諦めてくれ。

 『え、そうなんですか、よかったー。……とかではなくて!やめてくださいと言ってやめてくださいとやめてくださいとやめてくださ』

 壁にびっしりと生えた銃の隙間から、今度は大砲が生えてきて。躊躇いなく爆音を上げて発射された、人を殺すには過剰な質量はまっすぐと余の体に突き刺さり、砕けた窓ガラスごと肉片になった魔族が弾き出される。

 余だったものが拡散して、先程桃と感動の別れを演じた辺り一帯に撒き散らされる。

 「それも、無駄だな。」

 再生できないように砕いて、遠方に撒き散らしておく。たしかに、普通に考えれば有効かもしれんが、普通に脳味噌を使っている内は精神世界じゃ勝てない。

 三度、ベッドの隣に立つ自分を想定して、復活する。驚いた雰囲気を感じるなあ。今日は驚かされてばっかりだったから気分がいい。

 「余はな、そんなありきたりで怪物を突破しようとする凡庸さより、輪ゴム鉄砲と食器で魔法少女を討ち果たそうとする、想像を絶した愚かさの方が、よっぽど恐ろしかったぞ。」

 床と天井に高速で挟まれてすり潰された。先程と発想が大して変わらなかったので何事もなく復活した。

 杭が床から生えてきて串刺しにされた。吸血鬼ではないので復活した。

 コンセントから電線が伸びてきて体に突き刺さったが、骨が透けて見えるコミカルな演出で済ませてやった。

 刃物も、鈍器も、火も水も毒も。手を変え品を変え。他人の体だと思っていろいろ試してくれたが、全て無に帰してやった。

 『いい加減にしてください!』

 「こっちの台詞だ!」

 化け物っぽいことをしているとテンションは上がるが、スプラッタは見ていて好きではない。もっとキラキラしたボスキャラになりたい。

 「……にしても、しかし、だ。数万人から吸い上げた無尽蔵の魔力と、数万人に裏付けされた微に入り細を穿つ創造力。本当に強いな。これは本気で恐れ入った。今まで、知る限りで、今のお主より強い子孫は居なかったよ。」

 本音である。ここまでの事が出来れば、魔族を束ねるに足る性能は持とう。しかし。

 『……ありがとうございます。この力なら、夢の中でなら。魔法少女にだって敵うはずです。それで相手を撃退し、支配と平定をものにします。ですから。』

 ため息が出る。そんなことだろうとは思っていたが。

 まあ、こればかりは見せてやらねば納得しまい。

 「さっき言った、最強の称号は嘘ではない。始祖リリスの名をもって保証しよう。――でもな、無理なんだよ。それでは魔法少女には勝てん。」

 『なんでですか。また適当言ってるんじゃないですか。』

 「いいや、いまのお主を含む、子孫と比べて誰よりも強い余が、生涯勝てなかったから、だな。」

 あまりの大言に呆れているのだろうか。何の返答も無かった。

 いいだろう。証左を見せる。

 右手に、意識を集中する。創造する。題は強いもの。さっき見た千代田桃の一撃必殺を基に、強い想像を積み重ねていく。

 徐々に作られていく概念を見ているのか、いないのか。相も変わらず動きの無い子孫の、焦った念話が聞こえてくる。

 『なんですかそれ。何をつくっているのですか。』

 「さあ?なんかつよい武器だ。」

 ハッタリを効かせる。見ただけで戦意を失うような異常を。例えば、表裏が見える板――弱いか。全ての面が見えてしまう三角錐。しかも透明なのに視認できるとか、これでいこう。

 音も派手に鳴らす。何かが溜まっていると誰でもわかるような唸りと、高音。適当に光らせて、風を起こして。

 威力は最高。創造できる上限、なんてない。一億倍とか、それくらいで。

 「腰を抜かすなよ。行くぞっ!」

 思い切り、上空に向かって解き放つ。七色に光り輝く極太エネルギー砲。

 しかも百万連射が出来る!

 一発で天井と残りの上層を蒸発させて、病室を屋上にして。

 もう一発で雲を吹き飛ばし、晴天にして。

 九十九万九千九百九十八発は余ったので、一秒で全て発射し、ブラックホールとかを砕いておいた。

 「折角の夢の中なのだから、これくらいはしておかないとな。……それで、壁に生えてる豆鉄砲、どうする。」

 「しまっておきます……あれ?」

 あれ?

 

 

 

10.

 いつの間にか、身体におびただしくついていた無数の医療器具も、悪趣味な拷問部屋かのように自生していた武器の数々も見当たらなくなっていて。

 マンドラゴラのようだった風貌も、徐々に普段のものへ回帰していっている。

 無意識に会話を口頭で行ったという事は、発音機能の回復と同時に、魔力操作の喪失も意味しているのだろうか。

 「あれ?まだ、余、これから張り切って治すか―って気持ちだったんだけど。自分で戻れたの?」

 「いや、そんな事はないはずなんですけど?なんででしょう?」

 突然の出来事に戸惑いを隠せない様子だったが、こちらもそれは同じである。施術も半端ならバトルも半端で、不完全燃焼だ。

 今までのナンセンス芸術作品感が嘘のようにひょいと起き上がり、顔をぺたぺたと触る。

 角までひとしきり撫でて、ようやく現状をそのまま受け取るだけの理解はしたようだ。

 あ~~~~~。と間の抜けた声を上げながら、再びボスンと横になる。

 「なんか、ダメになっちゃったみたいですね。」

 「そうだな。束の間のまおうモードも終わりだ。どうだ、楽しかったか。」

 問いかけに、考え込むように押し黙ったけれど。余にはわかるぞ。考えているフリだろ、それ。

 「楽しくは、なかったです。……でも、なにか方法を見つけて、またやらなきゃいけないんですよ。私。」

 ゆるふわな雰囲気でも、覚悟は真剣で。

 ああ、やっぱり、こっちの方が難儀だ。

 「まだ言うか。……理由を話せ。共犯者は、ついぞ核心を吐かなかった。」

 何を言おうとしたのか口を開き、閉じて。それを数度繰り返し。言葉より先に大粒の涙を零して。

 枕に顔を埋め、うめき声を上げながら、もごもごと喋り始めた。

 「だって、私が全部の原因じゃないですか。

 桃は、お姉さんが原因で、私の家がおかしくなったと言っていましたが。逆でしょう。いえ、逆どころじゃないでしょう。

 桜さんも、お父さんも、うちのことも。ぜんぶ私一人との交換じゃないですか。

 偉そうに、何かを言う資格なんて無かったんじゃないかって。

 謝るべきなのは私だったんじゃないかって。

 消えるべきは、私なんじゃないかって。

 ……そう思ったんですけど、なにか、間違っているでしょうか。」

 「間違っているよ。お主だけじゃない、全員がだ。ヨシュアも、千代田桜もな。」

 結局、己の何かと引き換えに、欲を満たそうという発想全てが間違いに過ぎない。悪魔との契約がすべて悲嘆で終わるように。

 代償の上に成り立つ幸福は、次善であっても最善ではない。

 理想を追わず、目の前のわかりやすい手段に飛びつく気持ちが、心の隙間だ。

 我々魔族がつけ込むべき隙なのだ。

 それを自爆に使うとは、結果から見れば、なんともシャミ子らしいと言える。

 「もう一度聞くぞ。お主、何がしたい。」

 「だからそれは、さっき言った通り――」

 「違う。今回やったこと、楽しくは無かったのだろう。悪の親玉になりたくば、がめつけ。」

 顔を上げ、それでいいのかと伺うようにこちらを見た。

 首肯する。なに、誰も咎めない。

 「……みんなで、いたい。桃がいて、桜さんと暮らしていて。学校のみんなもいて。お父さんが帰ってきて、――私も、居て。」

 誰も彼も、吉田優子の原風景に魅せられたのだ。

 「みんなで仲良く、していたいです。」

 「それでいい。忘れるな。」

 夢魔のくせに、夢の覚えが悪いやつだ。起きたらほとんどを忘れているだろう。

 まあ、いい。無意識に刷り込んでおけ。これもまた、洗脳だ。

 身の丈に合わない無茶すぎる理想を抱えて、生涯清々しく負け続けるがいい。悪役なのだからな。

 「これにて一件落着!あとは片付けておくから、帰ってよし!」

 今度は安堵だろうか。大声を上げて泣いていたので、ベットごとひっくり返して無理矢理起床させておいた。

 前転しろと言っても、出来なさそうだしな。

 

 

 

11.

 さて。片付けておくとは言ったものの。どうするか。正味の話、計画が無い。

 山を樹木の根が固めるように、ネットワークが張り巡らされる事で成立していた大規模な共有世界が崩壊を始めている。

 このまま放っておけば全員目覚めるだろうが、暗示は残っちゃってるよなあ。

 光側にそういうのが効きやすい奴がいたり、バレちゃってたりしたら本当にマズい事になりそうだ。

 シャミ子が元の形に戻っていたという事は、呪いについては元通りとなっているのだろうが。

 ……そう言えば、何故唐突に『戻った』のだろう。

 心が折れて、接続を解除し、変更を取りやめて、再度制限をかけたられたのだと勝手に思っていたが。

 その後の様子を見るに、どうやらそうでも無いらしいしな。どんなからくりがあったのだろうか。

 「私がやりました、ってやつだね!どうも!」

 背中からいきなり、底抜けに明るい声をかけられる。

 考え事をしている最中だったので、飛び上がるほど驚いてしまった。

 本当に、人のペースに合わせない奴ばかりだな、この町は。

 「あなたの町の――……って、これはいっか。あなたを助けに来た訳じゃないしね。」

 いつかちゃんと挨拶に行くから、それまでは内緒にしていてよ。と、白い影は言った。

 「ああ……なるほどな。わかったよ。我が名に懸けて誓う。この事はしかるべき時まで心のうちに仕舞っておこう。」

 解答が向こうからやってきた。――否、そこにあったのだ。

 青い鳥というのは、こういう時に使う例えで合っていただろうか。

 「助かる!話が早いね!今回の事は私の監督不行き届きでもあるからさ、後片付けを手伝わせてよ。」

 「頼む。わりと手段を選んではいられない状況だ。」

 妙な突発的呉越同舟もあったものだが、何故だか信用できる。

 間違っていても、無根拠でも、何故か信用してしまうのは、人柄だろうか。

 「いいや、実は技術と、才能だね。主人公をやるのに必要な能力だったから、頑張って習得したんだ。」

 人繋ぎだと、そう言った。技能として定義することでフェアに扱おうとするのも、コツの内だったりするのだろうか。

 「それが優子ちゃんに変な感じで、遺伝?違うな、浸食というか、共鳴、しちゃったのかな。他人と仲良くする才能とさ。」

 それが極限まで高じると、こんな惨事を引き起こしちゃんだから、善し悪しだね。参ったもんだ。と。

 笑い事ではないが、笑い事にされてしまいそうな雰囲気が小気味いい。

 ――――いや。違う。

 違うぞ。無条件で好んでしまう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。強くいないとほだされる。生きているだけで基準がブレる。天敵だ。

 もしかして、今日いちのピンチ、ここ?

 「まあそういうわけで。みんなを繋いだ残滓が残っているいま、残った魔力が潤沢にある状況で、プロのあなたと一緒にやれば、元に戻すくらいはお手の物なのさ。

 エネルギーは使い切っちゃうからこんなふうにでしゃばる事は出来なくなるけど、二度とこんな事が起きないよう、目を光らせてはおくよ。猫だけにね。」

 姿は相変わらず見えないが、二カりと笑っている顔が容易に想像できた。

 こちらを全面的に信頼して作業を開始するその姿に、千年来の相棒かのような錯覚を覚える。

 「……おお。じゃあ、始めるぞ。」

 ああ……シャミ子、もし明日から余が爽やかな善人になっていても、笑わないでいてくれ。

 

 

 

 

 

12.

 当初の宣言通り夢オチなので、後日譚も何もあったものでは無いのだが。形式上必要だろうし、翌日以降、何があったのかは付け加えておこう。

 シャミ子は青い顔をして目覚め、頭痛に耐えながら這って便所まで辿り着き、二度ほど嘔吐してから一日を始めた。二日酔いの様相だが、まあ、そのまんまだ。魔力酔いというやつだな。

 ただでさえ不慣れな魔力を大量に魂へ通し、管理して、扱ったのだ。その程度で済んで良かったと心底思うべきではあるのだか、これは単なるラッキーでも、事後の対処が良かっただけでも無いのだろう。

 おそらく、扱えば身体の強化に扱える魔力を、健康との『交換』に盛り込むなどという回りくどい事をしたのは、ヨシュアか、桜かはわからんが、これを見越しての事だったのかも知れない。

 貯留できない構造こそ、残留せず、綺麗に排出できるようにした表裏一体の予防措置だったのでは無いかと思う。考えすぎかもしれないが、結果としてはそれで助かったのだ。そこをイジるのは今後控える事にする。

 原因もわからず(案の定、会話ができるようになる頃にはさっぱり忘れていた。腹が立ったのでテレパシーで騒ぎ頭痛を促進させてやった。)不調に苦しむのは、まあ、半日くらいだ。体調不良には慣れているだろうし、放っておけば元気になるだろう。それでいい。終わり。

 良子は悪い夢を見たとへこんでいたが、体調が地獄じみた姉を見て、走り回っている内に忘れたらしい。

 桃は朝に会った時、妙に晴れ晴れとした顔をしていた顔をしていたが、下手に突くと藪蛇も良い所なので何も言わなかった。

 もし覚えているとして、どちらの記憶なのだろうな。遠心分離で振り分けたような話をしていたが(桃だけに)、魔法少女の姿は精神そのものなのだから、部外者がそう易々と行える事でもないだろうに。

 アンリはいつも通り、怪しげな像にもやかましい挨拶をして行った。それだけで、いつも通りだった。

 小倉何某は体育の時間、教室に置いて行かれた余の元へ来て、なにかが自分にあったのかと尋ねてきた。うろ覚えの、夢の異常に勘づくとは、才覚の欠片をうちの子孫に分けてやって欲しいものだ。

 魔族に何でも差し出すと約定を結んだ愚かさにとことんつけ込んで破滅させてやろうかと思ったが、やめた。よく考えたらこやつ、うちの被害者寄りな気がしないでもなかったからだ。少しは自重しろ、何かあったらシャミ子を助けてやってくれ。とだけ頼んでおいた。まあ、落としどころとしては上々だろう。

 そして晩、清子により供えられた夕飯が、余の分だけ何故か豪勢であった。どうしたと問うても、いいえいつも通りですよ。と、答えるだけだった。相変わらず底知れん奴よ。

 

 こんな所か。

 シャミ子は、明日は終業式で、明後日からは夏休みだとはしゃいでいた。

 余と比べれば刹那の生涯だろうが、まだ人生の先は長い。結論を急ぐな。よく食べ、よく眠れ。

 誰にも描けなかった大団円を実現してくれる日が来るよう、余も、心待ちにしているからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 御閲覧ありがとうございました。
 久しぶりにドえらくハマった作品でした。
 
 一般的なオタクとして良識に対し斜に構えていたいのですが、アニメ視聴後は「いまの時代を作った先人に感謝」とか「今日という一日を当たり前に思わず大切に生きよう」とか「永遠に生きるつもりで夢を抱き、今日死ぬつもりで生きろ」とか、正しすぎて鳥肌の立つ言葉が脳内で乱舞し気が狂いそうでした。
 なんとか持ち直したので妄想を叩きつけました。許してください。

 重ねてありがとうございました。またの機会がありましたらよろしくお願いいたします。
 失礼します。


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