(ん、ん~……ここは……どこだ?)
朦朧とする意識のなか、瞬夜は目を開けた。まだ意識がはっきりしていないからなのか、周りの背景がぼやけて見える。しかし、紅葉樹が一本生えている事は分かった。
(変な空間だなここ。まるで精神世界だ。俺はあのあとどうなったんだ?病院ベッドの上か?棺桶の中か?どっちにしても、ここが現実ではないことは確かだ。それよりも……あれ?名前が思い出せねぇ!ショックで記憶が吹っ飛んだか?まぁあいつが助かってくれればなんだって良いけどよ)
瞬夜は心のなかで思い人の無事を祈っていた。すると突然、若い女性の声がこの空間に響いた。
「あなたに力を授けましょう……その力を使って第二の人生を歩むのです……」
あまりにも突然だったので、瞬夜はしばらく唖然としていたが、ふと我に帰り女性に質問を投げる。
「お、おい、ちょっと待ってくれ。聞きたいことは山ほどあるんだ。まず、ここはどこだ?」
しかし女性は質問に答えず、ただ黙っていた。瞬夜は不信を抱き、少し苛立ちながら口を開いた。
「おいあんた、質問にはちゃんと答えようぜ?あんたが誰だか知らねーが、こっちは半分幽霊みたいなもんなんだ。冥土の土産に聞かせてくれよな」
それでも女性からの返答はない。瞬夜はもしかしたら返答しないのではなく、もう消えてしまったのか?という疑問が頭をよぎった。その時、頭に電撃のような痛みが走り、彼は再び意識を失ってしまった。
「ん、んぐぅう~……ん?今度はどこだ?」
目を覚ますと今度は精神世界のような場所ではなく、青空が見える自然溢れる森のなかにいた。
「ま~た夢の中か?しかし、さっきみてーな気持ちのわりぃ場所より何倍もいいぜ」
重いからだを起こし、瞬夜は辺りを散策しはじめた。途中、リスのような動物を見かけた。他にも、少し変な見た目をしているが、見たことあるような動物がたくさんいる。この辺りは小動物が多く生息しているようだ。
「ん?……あれはリスか。お、他にもたくさんいるぞ!やっぱりいいな~動物は。見てると和むぜ。お?あれはなん……」
ふと中肉中背の動物が視界に入る。しかし、頭はとがっていて爪と耳が長い。少なくとも、あんな生き物は生まれてこのかた見たことがない。
(な、なんなんだあれは……珍獣か?なんにしても、関わりたくないぜ)
瞬夜は忍び足でその場をそっと離れる。しかし不運にも、彼は枝を踏みつけてしまい、ベキャゴキッとまるで骨が折れるような音をたててしまった。もちろん、あの化け物は聞き逃さなかった。
化け物はくるりとこちらに振り向き、全速力で向かってくる。本能的に危険を感じた瞬夜は奴に負けないくらい速く走り出した。
(クソォォォ!なんでこういうことが起きんのかなぁ!?もしかしてさっきの謎の女のせいか?恨むぜ全く!)
瞬夜は憤慨したが、それを口に出している余裕などない。それもそのはず、化け物はもう瞬夜の肩に息がかかるくらい接近している。そして奴は右腕を振り上げ、手の爪で彼の背中を切り裂いた。
「ぐぉお!!」
背中に熱と痛みが広がる。その感覚に思わず足がもつれ、転倒してしまった。化け物が今度は両腕を振り上げる。万事休す、もうだめだと目を瞑り死を覚悟した。
「……ん?」
瞬夜は身構えていたが、化け物が攻撃する様子はない。恐る恐る目を開くと、なんと奴に分銅鎖が絡み付いていた。
「な、なんで……なんでお前が!?」
瞬夜はその声ではっとした。小さい頃から何度も聞いた声だ。彼は声のする方を振り向いた。するとそこには、今まで2週間ほど行方不明になっていた幼馴染みの姿があった。
「な、なぜお前がここに……お、俺だ俺!おまえの親友の……っ!」
瞬夜はそこで詰まってしまった。思い出せないのだ。自分の一番の親友の名前どころか、自分の名前さえ。
「分かってる。名前、思い出せねーんだろ?俺もそうだったよ。わけわかんないと思うけど、とりあえず俺のことは[ポールモール]と呼んでくれ」
ポールモールと名乗った彼は慌てる瞬夜を諭そうと思ったが、間髪入れずに瞬夜が口を挟んだ。
「そ、それよりお前の体、どうなってんだよ!か、体から鎖が……」
行方不明のはずの親友、目の前の化け物、親友から伸びている鎖。非現実的なその現象達は、彼を混乱させるには十分すぎた。
「説明は後だ。それよりこいつは……ゴブリンか。転生したての頃は世話になったな」
ポールモールは、自分の過去を思い返しながら冷静に鎖の絡みを強くする。化け物相手に余裕を見せる彼に瞬夜は不安を感じ、注意を促す。
「おい、そんな呑気にしてる場合かよ!こいつの爪はまじでやば──」
瞬夜が言い切る前に、彼はゴブリンを鎖で締めて潰してしまった。そして黒いもやのような液体が辺りに飛び散る。もちろん瞬夜にも液体が降りかかった。
「え……え……え」
瞬夜は目の前の光景に唖然とし、ただただ座り込むことしかできなかった。
「言っておくけどこの世界は今までの世界の様に甘くはないぞ。やられる前にやる。ほんとにこうしないと死んじまうからな」
彼は悟った目で瞬夜を見つめた。その目を見るだけで彼がどんな過酷な環境を生き抜いてきたかが分かる。
「とりあえず街まで行こう。そこでゆっくり話をしよう」
ポールモールに連れられ、瞬夜は歩きだした。未だに頭の整理ができてないため、道中の記憶は全然なかったが、背中の傷の痛みがなかなか引かない事とそこそこ長い道のりだったことは覚えていた。
異世界に行きました