食堂には大きめのラウンドダイニングテーブルに様々な種類のピザが並んでいた。バンテージが席に着くと、他の住人も次々とやって来た。六人でテーブルを囲む形だ。バンテージの隣にはセーラムとポールモールがいて、彼はささやかながら幸福を感じた。
「それじゃ、新しい仲間に乾杯!いただきます!」
ピースが挨拶すると、他の人も彼に続き乾杯した。それから各々が食べたい種類のピザを取る。バンテージが最初に取ったのは、ごく普通のマルガリータだ。熱々の蒸気を肌で感じ、口の中に入れて噛み締める。すると、舌が火傷しそうなほど熱い感触が口の中に広がり、思わずピザを唇から離してしまった。どうやら、熱かったのはピザそのものではなくピザに乗っている二分割されたプチトマトらしい。
「あっちぃ~!このトマト凄まじく熱いぞ!?」
舌を出しているバンテージにピースは笑いながらそのトマトについて説明する。
「かはははは!そいつはトマグマトと言ってな、トマトの中にまるでマグマのように熱い実が詰まっていることからそういう名前がついたんだ。食べるときは気を付けろよ~?」
バンテージはマルガリータを食べ終えると、次はチーズピザに手を伸ばした。チーズのほのかな甘い香りが鼻腔をくすぐる。頬張るように口に入れると、チーズのもちもちの食感が口に広がる。しかし、不思議なことになかなか噛みきれない。ピザを口から離すように引っ張ると、驚いたことにチーズがゴムの様に伸びたのだ。バンテージが驚愕の表情をしていると、その反応を待っていたかのようにポールモールが口を開いた。
「おお、いい顔。それはラバーチーズっていうんだぜ。もちもちの食感がたまらないんだよなぁ~!」
彼はジェノベーゼ風のピザを片手に笑顔で呟く。バンテージは、異世界には現実にはない変わった食材があるんだなと思いながらピザを頬張り、笑みをこぼす。すると突然、セーラムが「あのピザを取ってほしい」と頼んできた。彼は快く承諾し、ピザを取って皿に置こうとした。しかし既に皿にはピザが二枚乗っていたため、置場所がなかった。そのため、バンテージは彼女に直接手渡しした。その様子を見てピースが何の気なしに呟く。
「セーラム、お前女なのによく食うなぁ。こりゃ食費が大変だぞ~」
その言葉を聞いてセーラムは恥ずかしそうに俯いてしまう。それを見たバンテージがピースを睨み付けながら口を開く。
「今時、女だからあーだこーだ言うのは正直言って、無いと思うんすけど?これもセーラムの個性として……可愛いと……俺は思いますけど──」
「そうですよピース先生。女性にそういう事を言うのは感心しませんね。こいつが正論を言うのは正直以外でしたがね」
バンテージに続きラークも便乗する。
「いくらピース先生でも、俺の友達の事悪く言うのはやめてほしいですね」
「ピース先生!少しはデリカシーを持ってください!モテませんよ!?」
ポールモール、最後にキャメルとピースを除く全員がセーラム側に着く。
「あれ、なんか俺肩身狭くね?」
そんなやり取りを続けている内に、全員夕食を食べ終えたようだ。
満腹になったバンテージはリビングの革製のソファにポールモールと一緒に腰をかける。そして、先ほどラークが言っていた事について尋ねた。
「そういや、さっきラークが遺伝子(DNA)がどうのこうのっつってたけどさ、遺伝子(DNA)ってなんなの?」
「遺伝子(DNA)っていうのは簡単に言えば漫画とかアニメでよく見る特殊能力って感じかな。お前がゴブリンに襲われてた時に俺の体から鎖が出ていたのを憶えているか?」
彼の質問にバンテージはハッと思い出した。
「色々あって忘れてたけどやっぱりあれ見間違いじゃなかったのか!ということは、それがお前の能力なのか?」
「その通り。俺は鎖の遺伝子(DNA) を持っていてね、体から分銅鎖を出したり、体を分銅鎖にできるんだ。転生者なら誰もが持っているからお前も持っているはずだよ?」
彼にそう言われ、バンテージは有頂天になった。
「ま、マジか……俺、特殊能力があんのか!!なんだろう!?天候操る系がいいな!それでぶちギレるとコントロールが効かなくなって大災害が巻き起こるみたいな!なぁなぁ、ポールモールは俺の遺伝子(DNA)なんだと思う!?」
遺伝子(DNA)の話に花が咲く。時間を忘れて話している内に、夜も更け始めてきた。ポールモールはふと時計を見て、バンテージに風呂に入ろうと提案した。
「え、風呂ってお前と一緒に?まぁいいけど」
「オッケー!でもお前と一緒じゃ狭いかな?ま、ついてこい」
バンテージは彼について行き、脱衣場で服を脱ぐ。彼は小さな風呂場だと思っていたが扉を開けた瞬間、仰天してその考えは塵となった。
「うっわ!でかっ!なんだこの無駄に広い風呂場は!?」
その風呂場は大人数でも余裕で入れそうな程広く、風呂場より大浴場と呼んだ方が正しかった。そしてなにより驚いたのは、中央に生えている桜だった。その桜は花びらを散らし、花びらは湯船へ降り注ぎ続けている。
「どうだ驚いただろ!ちなみにこの桜は風呂の中でも咲く桜なんだ。だから最高の湯加減で桜吹雪を味わえるんだぜ!」
そして二人は頭と体を洗い、湯船に浸かる。その心地よさにバンテージは思わずほぅと安堵の息を漏らした。
「はぁ~まじで最高だな~。あ、そういや着替えどうしよ」
「あぁ、それなら俺がピース先生にお前の服の用意をお願いしといた」
「お~!まじサンキューな!お前って昔っから人のために気遣うの得意だよな。でも、自分の事になると雑になるんだよな。どーせお前の部屋、汚ねぇんだろ?」
「うぐ、じ、自分が住めるんだから別にいいだろ!?逆にお前が綺麗すぎるんだよ!お前も昔から変に几帳面だよな」
バンテージに図星を突かれ、彼は動揺した。二人はしばらく会話を楽しんだ後、風呂を上がり、リビングへ向かった。
(ふぅ~いい湯だった。そういや俺らが最後だったんだな)
彼はソファに腰掛けようとしたが、そのソファから異変を感じ取った。さっきは革でできていたのに、今はベルベット調の様な上品で柔らかい手触りの材質でできている。座らず警戒していると、ラークが液体の入ったコップを持ってやって来た。
「ソファの材質が変わってる事が気になるのかい?君は知らないだろうけど、そのソファ、実は生きてるんだよ。しかもそれ、温度差で材質が変わるのさ。今はさっきより冷えてるから暖かい材質に変化したって訳」
ラークは彼にそのソファについて説明した。そして彼は突然、コップに入っている液体をテーブルにわざとこぼしはじめた。
「お、お前なにやってんだよ!後片付けが大変じゃねーか!俺は知らねーから……え?」
なんと、こぼしたはずの液体はきれいさっぱりなくなっており、こぼす前の状態に戻っていたのだ。
「いちいちうるさい奴だな。このテーブルも生きてるんだよ。これはソファと違ってエサが必要なんだけど、こぼしてもそれを吸収して養分にしたり、脚を握りながらグッと押すと高さを変えられたりできる。おまけに衝撃も吸収するからこのテーブルの上で物を落としても壊れないんだよ。死ぬとそれができなくなるからこうして一日一回エサを与えなきゃいけないんだ。理解できたかい?」
バンテージは、当たり前にあるこの家具が実は生きていると知り少しおぞましくなった。
「ちなみに、ここの照明も生きている。人がいなくなると自分で感知して灯りが消えるんだ。これは電気を餌とするから餌やりの必要がないんだよ。そしてこの部屋は生物家具があるからリビングリビングなんてふざけた名前になってるんだ」
「な、なんて都合の良い生き物なんだ……」
バンテージがそう呟くと、彼は憐れむ様な顔で言葉を返した。
「そりゃそうだよ。こいつらは人工的に作られた人工生命体だからな。人間の勝手で生まれて、人間に一生こき使われて、それで死んだらポイだ。ほんと可哀想な生き物だよ。でも、ここにこうしてある以上、しょうがないと思って使ってるんだよ。ま、なんやかんや言って便利だしね」
バンテージはその言葉を聞いて激怒した。
「ふざけんじゃねえよ!!そんなの人間の道徳に反してるし、それにかわいそうって思ってんならなんで何もしねぇんだよ!かわいそうって思いつつも便利だから使ってるお前のその思考が理解できねぇ!この自己中野郎!」
彼は怒りのままにラークに言葉をぶつける。それを聞き、ラークは眉をひそめながら彼に反論する。
「バンテージ君、自分勝手な正義を振り回すのはやめてくれないか?こいつらが可哀想だからどうすんだい?いっそのこと今ここで楽にしてやるのかい?こういった人間の都合だけで生まれてきた人工生命体は他にいくつもある。これをどうにかしたところで世界は何も変わらない。そういうのを偽善って言うんだよ!どうせ君は明日になればそんなことも忘れて使ってるだろう。そんな下らない思想を抱くより、本来の使用用途通りに使ってあげた方がこいつらも浮かばれるんじゃないの?」
「く……!」
バンテージは何も言い返せず、踵を返し、リビングを出て自室へと早足で戻ってしまった。
自室に着いた彼は、ベッドに倒れこみ、拳でスイッチを殴るように押した。ドリームドリンクの口が閉じて、そこは月明かりさえも届かない暗闇と化した。そして彼は今日起きた様々な出来事を頭の中で整理する。
(今日はほんとに疲れた……化け物に襲われたり、ポールモールから鎖がでたり、あいつが……セーラムがこの世界に来てたり、ラークがうざかったり……それから不思議な食べ物とか家具とか風呂の中に桜とかラークの腹立つ思考とか、他にもラークとかラークとか……だめだ、ラークばっかり思い出しちまう。というか、ほんとに元の世界の名前って憶えてないんだな。自分の名前も、親友も好きな人も家族も何にも憶えてない……父さんとか、今頃俺を探してたりしてるのかな。いや、案外なんとも思ってなかったりしてな……あ~やめやめ。疲れてっから何でも思考がマイナスになっちまう。それより俺の能力ってなんだろな。明日、確かめてみようかな!なんやかんや、この世界はこの世界で楽しいかもな)
バンテージは目を閉じるとすぐに深い眠りへと落ちていった。