「―――え? カルマギアは申し込んでないのか?」
放課後、職員室で先生に事情を話す。それを受けた先生は職員室で腕を組みながら首を傾げる。横にはヴィクターの姿もあり、口下手な自分に代わって色々と言葉を挟んでもらう為に居て貰っている。人に強く言い返したりするのが、あまり得意じゃないのだ。だからこうやってヴィクターがいてくれると凄く心強い。
「はい、そんな記憶が欠片もないです」
「だが聖王教会の方から出場確定が来てるぞ?」
そう言って先生がホロウィンドウを表示させてくる。それを掴むことは―――魔力がないので、先生側で触れられるように設定してくれないとできない。それが出来ているかどうか不明なので手を伸ばせないのだが、それを察してくれるヴィクターが代わりにホロウィンドウを掴んで寄せてくる。それに感謝しつつホロウィンドウの中身を確認する。そこには自分の名前、サイン、そして認証があった。ここまで話を進めるには少なくとも自分自身が聖王教会での大会受付で申し込みする意思を証明しなくてはならないだろう。少なくとも代理とかで出来る様な物ではない。そう、
自分自身が出場すると言わなきゃ出来る様なものではないのだ。
「だから先生、カルマギアが直接申し込んできたと思ったんだけどなぁ……」
「いえ、僕は正直まだ……」
迷っているし、悩んでいた。そして逃げようとも思っていた。だからこうやって出場することはまずありえない。だが目の前に出ているその表示の事実は覆らない。だからどうしたものか、と俯いていると横からヴィクターが声を挟んできた。
「先生、これはキャンセルの類はできませんの?」
「ふむ……カルマギアがあんまり乗り気じゃないみたいだしな。ちょっと待ってろ。先生の方で今出場を下げる事が出来ないかやってみよう」
「……ほっ」
「良かったですわね?」
胸に安堵を覚えつつ、ヴィクターの言葉に頷く。良かった、無理矢理出場するような事にならなくて。これで本当に出場するハメになっていたら頭がおかしくなる所だった。もう既にいっぱいいっぱいなのに、これ以上何かを抱えろと言われても無理だ。だからヴィクターに感謝しつつホロウィンドウを浮かべて操作する先生の様子を眺めていると、頭を掻きながら首をひねる姿が見れた。
「うーん……? どうやら直接聖王教会にまで行かないとキャンセルとかできないみたいだな……悪いけどまだ仕事が残っててここを離れられないから、そこはカルマギアがやってくれないか?」
「ありがとうございました」
「では行きましょ、シド」
当然の様に一緒に来てくれるつもりのヴィクターにもう一度感謝しつつ仕事をしてくれた先生に向かって頭を下げる。次に行くべき場所が判明したのならここに残っている意味なんてない。さっさと職員室を出て、下校してしまう。
しかし、疑問は残る。
「シドは申し込んでおりませんのよね? だとしたら誰が申し込んだのでしょうか……?」
「解らない……解からないし、解りたくもない」
理解できるのはそこに悪意があるという事だけだ。誰かしらの悪意が介在している。少なくとも善意でこんなことはしないだろう。システム的に本人が承認、申し込みしない限りは出場できないようになっている。それでも自分が出場している扱いになっているのは誰かがそうなるように、仕組んだからだ。正直身内でこんなことをしそうなやつはいないように思える。だからやるにしても自分の知らない誰かがやった……としか言いようがない。
ただし、悪意ある誰かだ。
善意があるとしたら余程ねじ曲がっているだろう。
ただ、こうなったらやる事は決まっている。聖王教会で出場のキャンセルをするだけだ。幸い、聖王教会の本拠は普段から出入りしている場所だ。どこで何をすれば良いのか、という事に関しては迷う事も間違える事もない。だからさっさと下校して聖王教会への道筋を行く事にする。
そうやって校舎を出て校門までやってくると、珍しい姿を見た。
「おやおやぁ、今日も二人で熱々の下校やなぁー?」
「あらジーク、貴女が迎えに来てくれるなんて珍しいですわね」
「普段はドラマ見てポテチ食ってる時間だもんなジーク」
「ウチかて偶には迎えに行かなバチが当たると思うんよ」
「いや……まぁ、うん。そうだよな」
「否定してくれへんの……?」
本当に飯食って体動かして戦うという生活の繰り返しであるジーク。働こうとダールグリュンでメイドのまねごとをしてみれば片っ端から全てを破壊して行く始末。根本的に整理とか整頓とか、そういう概念とは相性の悪い女だった。生物として戦う事に特化した弊害とでも言うのだろうか?
そんな失礼な事を考えているとジークがこちらの考えを察したのか、
「はぁ? シドだけはそんな事を考える資格あらへんよ。戦闘能力に全振りした結果コミュ能力死滅してるやんけ」
「それは言わなくてもいいから……な?」
「自覚あるんやなぁ、やっぱ」
「まぁ、そこは私たちで補えばいいですから」
「そうやって甘やかすのが悪いと思うんやけどなぁ……まぁ、ヴィクターがそう言うんならウチはそれでええよ。それよりも帰るんやろ? コンビニ寄って買い食いして帰るで!」
「しれっと買い食いを差し込んできたなこいつ……いや、そうじゃなくて。ちょっと聖王教会まで行かないといけないから付き合って」
「え、嫁入りして欲しいって!? ええよ!」
「付き合うって言葉で結婚まで飛躍しすぎですわよジーク? それにシドはうちに来るんですから」
「いや、シーフするのもええかなって」
「良くないです」
「せやろか」
「そ! う! で! す!」
ヴィクターが完全にジークに手玉に取られていた。その姿を眺め、漫才が終わるのを見計らったところでジークに自分の事情を話す事にした。勝手に従士選抜に申し込まれている事、そしてそれをキャンセルしようとすることに。それを聞いていたジークはほうほう、と腕を組みながら聞き、
「いや、まぁ、シドがそれでええならウチはそれで構わへんけど。ぶっちゃけシドなら優勝間違いなしやで、同世代で止められるのぶっちゃけウチかクラウスかヴィクター辺りだけやろ」
「そういう問題じゃないんだよ」
「ならどういう問題なんよ」
そう言われると、自分の心の恥ずかしいものを暴露しているようで……素直に口にすることはできなかった。
だからエレミア一族はどれも強靭な精神力を兼ね備え、そして成熟している。
なのでエレミア一族の例にもれず、ジークも非常に心が強い。そんな相手に自分の弱さを見せるのは……なんとなく、嫌だった。だから思わず口を閉ざしてしまった。それを受けてジークは腕を組んだままんー、と唸って空を見上げる。
「……まぁ、ええわ! シドがそう言うならウチもそれでええわ。特に不都合がある訳やないし」
「話がまとまったのなら行きましょうか」
「おー」
若干気の抜けるジークの声と共に、聖王教会へと向かう。一度職員室に寄って下校を始めたからか、他の生徒達は既に下校を終わらせていたようだった。おかげで変に視線を集める事もなく平和な下校を過ごせた。冬である事もあって、既に陽が沈み始めている。世界が夕日の色に染まって行く。その中を幼馴染たちと歩いていた。後はここにクラウスさえそろえば、何時もの4人組が完成したのだが、クラウスが通う学校は別にあるので流石にそこまでは願えない。
ただこうやって、日常的に一緒に過ごしている仲間がいるとどことなく、自分の居場所に安心する。
そんなことを考えながら歩いていると、ジークが少しだけ周辺を探るような気配を見せている事に気が付く。歩きながらジークへと視線を向ければ、ジークがこっちを見て笑みを浮かべた。
「なんやー? ウチに見惚れてもうたかー? まぁ、ウチも将来ないすばでーに育つ予定やし、乗り換えるなら今のうちやよ?」
「……」
冷ややかな視線をヴィクターが送りながら此方の腕を組んでくる。これは完全にジークに遊ばれているなぁ、と思いつつも腕を組んでくるヴィクターの事自身は、あまり悪くはないと思っていた。実際、嫌いではないのだ。
彼女にさえ―――彼女にさえ出会わなければ、もっと素直に喜べたのかもしれない。
そう思うと、ちょっとした罪悪感が湧き上がってくる。ここは完全に、自分が悪いのだから。
「はぁ、本当にヴィクターはシドの事好きやねぇ」
「当然です。好きでもない相手を態々許嫁だからって面倒見たりしませんわ」
「ほんとよう出来とるなぁ……そこらへん、シドは感謝せーへんとダメやで?」
「解ってるよ」
解ってる。だから、何かができるという訳でもないのだが。止めよう、そうやって頭を働かせると嫌なことばかり考えてしまう。だからそういう考えを頭から振り払って、今は自分のやるべき事をする為に聖王教会へと向かった。
「これはカルマギア様、私にお話しという事でしたが、なんでしょうか?」
「従士選抜の受付担当が神父様だと聞きました。その事に関して話したいんですが宜しいでしょうか?」
聖王教会に到着し、表側受付を通して従士選抜の担当をしている神父を呼び出した。初老の神父は柔らかい視線の中に、敬意の様なものがその視線に見られる。それは体の中に流れる血に対する、信仰心からくる敬意なのかもしれない。ともあれ、担当となっている神父に話を聞かせる。
「申し訳ありません、何らかの手違いでシドが従士選抜に申し込まれている事になっているみたいでして」
ヴィクターの言葉に頷く。
「僕は元々参加するつもりありませんでした。恐らく何らかの手違いか何か、かと思うのですが。神父様、どうか出場の願いを下げられないでしょうか?」
その言葉に神父は首を傾げた。
「それは……おかしいですね」
神父は困惑した表情で言葉を続けた。
「何せ私は
「……え?」
「それはおかしいで神父様。昨日シドは訓練した後教会でシャワー浴びて家に帰った筈やで」
後ろからそう言ってきたジークに対して素早く振り返った。
「待って、あってるけどなんで僕の行動を把握してるのジーク」
「趣味や」
「成程……成程? 成程じゃないが?」
「まぁ、聞き流してくれや」
「聞き流して良い事じゃないと思うんだけど??」
「おかしいですわね……そうなると二か所にシドがいたってことになりますわね……」
「ヴィクター!?」
軽く裏切られた気分だったが、神父の方も一切気にすることなく腕を組んで悩むような表情をしていた。
「受け答えもカルマギア様の声でしたし、魔力の反応もありませんでした。個人IDの提示もちゃんとしていました。少なくとも変装しただけでは無理な筈なのですが……」
「そもそもからしてシドを出場させることに何かの意味はあるんか、って話でもあるんやけど」
「……なんか、面倒な話になってきたなぁ」
少なくとも誰かが悪意を持って変装、出場届けを出したという事になる。問題はその全容が見えてこないという話だ。少なくとも自分が出場した場合、見えてくる未来は自分が勝ち進む様子と、そしてその果てには騎士になれないという現実を突きつけられる事実だけだ。それが誰かに対してメリットがあるとは思えない。
「少々、薄気味が悪いですね」
「何かが動いてるってのは解るんやけど、その何かってのが全く伝わらへんなぁ。つまり会場で何か起こすからいてもらいたいって事やろか?」
「どうなのでしょうか? 従士選抜そのものは新しい従士を見出す為の場ですがこれといって特別な背景があるという訳ではありませんが」
「うーん、確かシドの生誕日はその翌日ですわよね」
「加えて言うなら聖王オリヴィエの誕生日も翌日やな。後ヴィヴィ王のもせやな」
「本人が調子に乗るからヴィヴィ王はやめような」
「え、今俺様の事呼んだ?」
名前を呼んだ瞬間、天井から聞き覚えのある声がする。視線を上へと全員が揃って向ければ、そこにはセミの様に天井に張り付くヴィヴィオと近衛騎士ヴェルの姿があった。上を見上げた瞬間、だれもが動きを停止させ、神父が震える唇で何とか言葉を吐き出した。
「あの……殿下? 何をしてらして……?」
「脱走の新ルート開拓。このヴェルがさぁ、脱走は任せろって言うからさぁー」
「姫! 姫! 自分そんな事言ってないっす! 言ってないっすから! しかも無理矢理付き合わされてるっすよ自分!」
「そっかぁ……」
近衛騎士の仕事も大変らしい。就職するとしても近衛だけは嫌だなぁ、と思う。絶対にヴィヴィオのわがままに振り回されるのが見えている。
「よ、っと。それでえーと、兄貴が登録してもねぇのになぜか登録されていたって話だっけ?」
「最初から話を把握してる……全部聞いてたなこいつ……?」
「20分前から自分ら、人のいないタイミング見計らってスタンバイしてたっすからね」
「ぶっちゃけ割と辛かった」
「暇なんですか貴女方?」
まぁ、待てよ、とヴィヴィオが手を出す。
「ぶっちゃけ軽く聞いた感じ犯人の特定は難しそうな感じだし、ここで安全を取る為に兄貴の出場を取り消すのも簡単な話だ。だけどぶっちゃけ、その場合犯人が釣れなくて困るんじゃねぇか? 寧ろこのまま乗っかって、警備員を増員して見張らせた方が安全な気がするぜ俺は」
「それは……」
そうだが、だがそうなると自分が大会に出る必要が出てくる。
「ですがそれはシドを囮にする様な事にはなりませんの?」
「寧ろ兄貴をどうにかできる生物いるの? いや、カインとかのレベルの強さあるんならどうにかできるのは解るけどよ」
「マスターランクあるならぶっちゃけ、変に弱い奴よりも察知しやすいっすよ。完全に隠密してても第六感とかは防げないっすから」
いきなり人間を超えた理論を展開してきた。これを聞いているとどんなに新人で言動が軽くても、近衛は近衛なんだなぁ、というのを理解させられる。だが問題はそこじゃない。正直ここは棄権させてもらいたい所なのだが。
「じゃあ解った。ヴィクターちゃんも一緒に参戦すれば安心だろ!」
「成程……」
「成程じゃないが?」
「神父様! 私も出場登録をお願いしますわ」
「ヴィクター? ヴィクター??」
「ヴィクター、時折ポンコツになる所がかわいいんよな」
言いたいことは良く解かるけどそういう問題ではないと思う。ダメだ、ヴィヴィオが出てきたことで状況の収集が付けられなくなってきた。何をどうすればいいのか、その結論が出せなくなってしまった。ここからどうすればいいんだ、という気持ちに頭を抱えそうになっているところで、こっそりと近づいてきたヴェルが耳打ちしてくる。
「まぁ、安心するっすよ。こっちから上の方に連絡を入れて判断してもらうっすから。安全面に考慮したら残念っすけど、出場は諦めて貰う事になるっす」
「ヴェルさん……」
「あ、アイツ今の一瞬で大量に好感度稼ぎやがったな! クビだクビ!」
「首を取ればええんやな!?」
「はは、最近の若い子はバーバリアンが多いっすね!?」
混迷を極める状況の中、近衛の漏らした言葉に安心を覚えながらもどうなるのか、結果が出るまでそれがずっと頭を悩ませていた。
犯人不明のまま、判断は教会の偉い人預かりへ。
ヴィクターは明確に好きだと自覚しているし、それを隠す事もしなければそれを理由に手を抜いたりする事はない。好きだからこそ厳しくするけど、どうしようもない所は自分が助ければいいんだ、とも思うタイプである。
どうにかなる部分はケツを叩いて、どうにもならない部分は自分が手を出す。引っ張っていくタイプの人だと思っている。自己主張が薄かったり、一歩踏み出すのを怖がるタイプと相性の良い人。