「お前はシード枠だから予選は出場しなくていいみたいだな。ま、どーんと構えておけ」
セコンドであるクラウスが自分と一緒に控室にいる。どうやらヴィクターもシード枠に認定されているらしく、予選を自動突破して別の控室にいるらしい。その為、その姿を今日はまだ確認していない。そしてステージの様子も今は確認できない為、控室で暇を持て余していた。まぁ、考えてみれば今回の参加者の中で自分は軽くトップの実力はあると思っている。シードされるのもやむなしかなぁ、と思っている。ただ、それとは別に犯人をあぶり出す為にこういう事をしているんだと思うけど。
今日は母さんが観客席で応援に出ていて、父さんは警備の方に出ている。なんでも教会の騎士も、ヴィヴィオも観戦に来ているので近衛も来ている他、聖騎士も来ているらしい。聖騎士の方は元々仕事として此方に解説等で参加予定だったらしいが。
そんなわけで出番が来るまで、控室で出番を待っている。早く終わればいいなぁ、なんてことを考えながら部屋の壁にずらりと揃えられた装備を再確認しつつ、着替えを終わらせた。他の人たちみたいに、バリアジャケットや武装形態が出せるわけではないのだから、そこそこ頑丈な装備をしていくしかない。
いや、自分の場合は肉体の方が強いから服が破れにくいのであればそれで良いのだが。
だからジーンズに破れても捨てられる白シャツ、そしてその上から茶のジャケットという格好になる。それ以上の装備も服装も邪魔になるから必要がない。どうせ戦っている間に破けるし。だったら最初からボロボロになって良い物のセットを纏っておいたら良い。ジャケットも後でどうせ脱ぐ。
装備の方も、どうせぶっ壊す前提で使う。今並べられているものは刀が4本、大剣が2本、槍が3本、弓に矢が8本、ナイフが20本という風になっている。試しに一つ全力で使ってみたが、握力だけで柄を握り潰して破壊している。これで一本ダメになってしまったが、どれだけ力を籠めれば壊れるかというのが代わりに把握できた。ディザイアはこれを失敗作だと言っていたが、クラス2のデバイスとしては上等すぎるほどの性能をしていた。
ぶっちゃけ、このままお店に出してもまるで問題のないレベルのクオリティだ。それを失敗作と評価して捨て値同然で売り出すのだから、やっぱりちょっと解らない。とはいえ、助かるもんだから別に良いのだが。
ただそうやって準備を終えてしまうと、どうしても暇になってしまう。
自分の出番が来るまで、ひたすら待っているだけなのだから。
「あー……ぽんぽん痛くなってきた……震えてきた……」
「まったく、本当に情けない奴だなぁ、お前は」
そんな自分を、クラウスは呆れていると言いつつも絶対に見捨てない。そういう所は本当に感謝しているが、それでも現実逃避したくなる。何故ならクロゼルグ直々に星詠みでこの先は無理だって事を伝えられたのだから、色々と気がそがれるのもしょうがないという奴だろう。ぶっちゃけた話、やる気は現時点で底を切っている。もうこれ以上ここで頑張ってもしょうがないという気持ちがある。何をしても無駄なら何もしなければ良いんじゃないか、という考えが頭をよぎる。
「……なら、フケるか?」
クラウスが壁に寄り掛かりながらそんなことを言ってくるが、頭を横に振る。
「ヴィクターが楽しみにしてるし頑張る……」
ぐでん、と座っているベンチに倒れ込みながら息を吐く。どうして、こんな事になってしまったのだろうか。なぜ、もう少し好きに生きる事が許されないのだろうか……? 少しだけでもいいから、僕の人生に希望というものを見せて欲しかった。なのにやってくるのは大人の都合ばかりだ。それが全部、自分の意思とは関係のないものを引き連れてくる。
それがどうしようもなく殺したい程に憎いのだ。
「なら胸を張れ、シド。お前はそういう卑屈な所があるのが悪い。お前は何も悪い事をしていないし、間違った事をしていない。悪いのはお前じゃない―――世間と社会、その仕組みだ」
言い換えればアレだな、とクラウスが言う。
「
「それ、どうしようもないじゃん」
「それはお前の選択肢次第の話だ―――いいか? 俺の祖先のクラウスはオリヴィエ・ゼーゲブレヒトに恋をしていた。だが究極のヘタレだった奴は国とか立場とかそういうのを理由にそれを告げる事もなく別れ、そして死別する事となった」
「……」
クラウスはそれを語る。
「覇王流はいわば
クラウスは腕を組みながらそれを評価する。
「
クラウスは言う。
こいつ、クソダセェ、と。
「だけど、古代の覇王様ってアレでしょ。王族だったんだから―――」
「王位なんて他の奴に任せばいいだろう? そもそもオリヴィエ・ゼーゲブレヒトは不具の女だった。ベルカ聖王家からはいらない存在扱いだったんだ―――そんな相手に恋をしたのなら自分の何もかもを捨てても良いから手を取れば良いのに、それをしなかった。究極のヘタレ野郎だ。俺はそれが純粋に気に入らんし、その根性を子孫代々受け継がせようという情けなさも気に入らん」
「ぼろくそ言う……」
「ぼろくそも言うわ」
クラウスははっ、と軽く笑う。世間一般では偉大とさえ評価されるベルカの偉人の一人に対して、だ。
「所詮は奴もただの人だった訳だ。悩み、迷い、苦しみ、そして
だからこそだ、とクラウスは言葉を続ける。
「俺は思う―――重要なのは納得する事だ」
「……納得」
「あぁ、納得だ」
結局のところは、とクラウスは言葉を続ける。控室の壁に寄り掛かりながら腕を組んで、此方の事を気にかける様に話をしてくれる。
「持っているもので納得の行く選択肢をするしかない。現実がすべてを受け入れてくれるなんて夢だ。だったら自分の行動で変えていかない限りは何も変わらん。ご先祖様ヘタレウスはそこらへんがダメダメのカスだった。だがその記憶からそれは勉強できた。故に俺は悔いが残らないように常に生きている。自分が納得できるように選択肢生きている……お前はどうだシド?」
「……」
「納得しているか? 満足しているか? してないだろうなぁ……お前は基本的に流されるばかりだからな」
クラウスのその言葉に少し、イラっと来る。
「じゃあ、俺にどうしろって言うんだよ」
言葉が少し荒くなるのを自覚しつつ、睨むようにクラウスへと視線を向ける。じゃあ、俺にどうしろって言うんだ。選択肢なんてものはほとんどない。自分が教皇庁の都合の良い人形として振舞う事が求められているのが見えている。父さんも母さんも優しくて、出来るだけ選択肢を残そうとしているけど教会の権力が強くてどうしようもない。そもそもからして一般人とは呼べないほどに素質が欠落している。
「俺に、他に選択肢があるってのかよ」
「お前は、感情的になると直ぐに言葉に出るよな」
「おい」
クラウスは茶化すように言葉を零してから笑った。何時もの挑発的な、挑戦的な笑みだ。
「簡単な話だろう? 全力で抗え」
「無駄なのにか」
「それでもだ。男としての格好良さが違うだろう。すぐに諦めるヘタレと、全力で抗ってから爆散するのと、男としての恰好良さが違うだろう?」
「お前さぁ……」
クラウスのその言葉の何がひどいか、と言えば。そもそもそれで成功するとは欠片も言っていない事だ。第一前提として失敗する事が来ているのだ。この状況から抗ってどうにかなるとは言っていない。だがそれはそれとして、運命に抗わずにそのまま受け入れるのが単純に男としてダサいと言っているのだ。それ、完全にお前がどう思っているかだけだよな? と言いたくなるほどの暴論だった。
「お前は我慢しすぎだ。抱えている物を吐き出せ」
クラウスは言う。
「別に間違えていても良いだろう。どうせ俺達は世間一般じゃ子供なんだ―――少しぐらい間違えても、許されるだろうさ」
間違えても良いのだ、と。
我慢する必要はないのだ。
「お前は馬鹿の癖に難しく考えすぎだ」
それで話を切り上げるクラウスはホロウィンドウを出現させ、状況の確認へと移った。そんなクラウスの言葉を聞いて、ちょっとしたもやもやというものが自分の中に生まれた。
果たして、本当に我慢をしなくて良いのだろうか。抑えているこの気持ちを開放しても良いのだろうか。その考えがずっと頭を悩ませる。
出番が回ってきても、それが常に頭の中を悩ませる。
足は控室から体を運び出し、通路を抜けてステージの前までやってくる。爆発するような歓声と怒声が聞こえてくる。頭上からはスピーカーを通して実況と解説者の声が聞こえる―――確か聖騎士が今日は解説者をやっている筈だ。あんまり、興味のない相手だ。ただ大きなイベントなだけあって熱狂を肌で感じる事が出来る。
前へと進む。
何を、どうすれば良かったのだろうか。何が正しく、そして何が間違っているのだろうか。それが解らない。父さんと母さんは選択肢をたくさん残してくれようとした。残す為に頑張った。だが結局のところ、自分が取れる選択肢は少ない。最終的に聖王教会に頭を下げるか、それとも夢を諦めるか、それぐらいの選択肢しか残らないのではないのだろうか? だってどう考えても、それしか何も残らないではないか。
正面、ステージの上に乗ると反対側から出てくる姿が見える。どこかで見た事のある姿―――何かを此方へと向けて言っている。興味がないので言葉を頭の中からシャットアウトしている。だが罵倒し、見下しているのは理解する。ここまで来た所でソレしかできないのだろうか? 人としてあまりにも悲しすぎないだろうか。
「はぁ―――どうして、こんなにも自由がないんだろう」
何もかもすべてが決められている世の中。クラウスは社会そのものが悪いのだと評価した。そもそも社会とマッチングしていないのだと言われた。だから―――だからどうすればいいのだろうか? 何もかも忘れて暴れれば良いのか? それでは迷惑がかかるじゃないか。父さんに、母さんに。自分なんかの為に一生懸命頑張ってくれている両親に。
あぁ、だけど無性に暴れたい。
暴れたくなる。
何もかもぶっ壊して潰して轢きたい。
圧倒的な暴力で蹂躙したい。その欲望が胸の中でクラウスの言葉に刺激され、燻っている。あぁ、解っている。そんな事をしたって無駄だという事が。暴れた所で結末は見えている。ファビアに予言された未来が待っているのだ。だからどれだけ頑張った所で無駄なのだろう。
―――悩んでいる間に試合が始まる。相対する敵が剣と盾を装着している。見下すように、そして無遠慮にゆっくりと近づいてくる。何も警戒しない、不用心な動きだ。隙だらけでその顔面を今すぐにでも砕けるレベルの雑魚だ。
だがそれをした所で意味はないのも解っている。
だとしたらそれをする意味は?
もう、考えるのも面倒になってきた。やっぱり諦めようか。
『あるん、じゃないかな』
頭の中を流れる黒い思考の流れに、それを断つ声が聞こえた。眠っていないのに、夢の中じゃないのに聞こえる。もしかして、ついに狂ってしまったのかもしれない。まぁ、そもそも最初から自分の正気なんて怪しい所だ。だったらもう何もかも諦めてそれで終わりで良いんじゃないだろうか。
『そんな事はないよ……だって、ほら』
声がする。聞こえないはずの声が。その声と共に少しずつ視界がクリアになってくる。頭の中がすっきりし始める。彼女の存在を、直ぐ背後に感じる。それに振り返る事もなく、正面を向いたまま、ゆっくりと剣を振り上げて来る姿を見た。
『少なくとも、私はシドの勝つ所が見たいかなぁ、って』
背中に触れる様な温かみを感じながら―――認識した。
首に向かって剣が振るわれる。
「―――嘘でしょ」
イリス・セブンフィールドはその瞬間を両目で捉えていた。
ステージ上でシドを挑発し、煽り、そして見下していた少年はゆっくりとシドに近づいてから剣を振り上げ、それを首に振り下ろした。それを防御する様子もなく、回避する様子も見せないシドの首筋に向かって剣は振るわれ、無能者である少年の怪我を心配して観客が息を飲んだ。だが次の瞬間に生まれた結果にまた別の意味で言葉を失った。それはステージ上部に設置されたホロの掲示板が問題であり、DSAA同様クラッシュエミュレートによって発生しているエミュレーションに沿って仮想設定されたHPを管理している。それは個人のステータスを通して受けたダメージなどを算出しており、
これが本当に無能者であれば、今の一撃で容易く即死する程度のダメージが出ただろう。
普通の人であれば、その防護なしでは首が折れるかもしれない。
魔法を、魔力を纏った攻撃とはそういうものなのだから。
だが、ない。
存在しない。
「……冗談だろ?」
その様子に、ジョン・ドゥも困惑の声を上げていた。ビールを飲んでいる手の動きも止まっており、それを見たジェイル・スカリエッティが面白そうな声を零した。イリスもまた見た事のないジョン・ドゥの様子にちょっとした驚きを抱いていた。
「へぇ……流石にアレだけ体が頑丈なのは予想外だった訳?」
まぁ、確かに人体改造が施されている訳でもないのに記憶にあるエルトリアのフローリアン姉妹を凌ぐ身体スペックを誇っている。本当にあの少年が天然の人間なのかどうか、イリスには怪しく思えてきた。だが時に人の狂気が理屈を超越するという事実をイリスは知りもしていた。故に納得しようとして、
「どうしたんだいジョン? 中々面白い顔をしているけど」
「ありえん」
「何がだい?」
アロハの言葉に、名無しが答えた。
「あの小僧、既に片鱗を覚醒させてやがる」
首に剣が当たったまま、動きを止めている。目の前にいる雑魚がそれを見て困惑している。盾を装着している手も柄に合わせ、両手で剣を握り、それを再び首筋に叩きつけてくる。少しだけ痛みを感じて設定されたHPが減る。だがそれだけだ。微々たる努力。まったくの無意味。砂漠の砂をコップで掬い取ろうとする行いだった。剣を首筋に当てた状態のままで、動きを停止させていた。
「は……? な、なんだよこれ、ず―――」
言葉を続けさせる前に、首筋に当てられた剣の刀身を掴み、
そのまま、片手で握り潰した。
硬質なデバイスの感触が手の中で砕けて、鉄くずとなる。バラバラになって砕け散るその様子をえーと―――あぁ、そうだった、先輩、上級生だった。そんな感じの相手が震える手で目の前まで持って、砕けている姿を眼前で確かめる。
「は? え? あ……?」
「脆い」
手の中に残っていたデバイスのかけらを口元へと運び、それに噛みついて引きちぎり、吐き捨てる。それを見ていた上級生の姿が完全に停止する。武器なんてものは抜かない。右手を開いて、閉じて、開いて、閉じる。後ろへと向かって逃げるよう数歩後ずさった相手に少しだけ近づく様に左半身を前に、右拳を後ろへと引いた。
「《カルマギア式》、シド・カルマギアだ―――一生戦えなくなる恐怖をその心に叩き込む」
「ひっ」
漸く、相手がこちらを脅威だと認識した。隠れるように盾を前に出す姿を見ながら右拳を振るう。素早く叩き込まれる拳は
その代わりに盾から手を引き抜き、そのまま引きちぎるように盾を引きはがす。
「あっ、はっ、あぁ、ひっ」
「どうした、所詮ただの無能者じゃないのか? さっきまでの威勢はどうしたよ―――いや、変に嬲り続けても恰好悪いか」
意趣返しはこれまでにしておこう。
引きはがした盾を捨てながら前へと一歩進む。恐怖の表情を浮かべた上級生が後ろへと向かって一歩下がろうとするのを、足を踏んで止める。そのまま足に力を籠め、ステージの足元を粉砕しながら足を砕く。実際には砕けていないだろう。クラッシュエミュレートによってその苦痛とダメージが再現されているだけだ。
……貫通されない限りは。
だから
痛みで悶える顔面を掴む。それをそのまま引っ張りながら膝に叩きつけて鼻を折る。跳ね上がる頭から一歩後ろへと向かって下がりながら回し蹴りを頭に叩き込み、その姿をステージの反対側へと向かって蹴り飛ばす。ステージを砕きながら体がワンバウンドする姿を足元蹴って飛び出し、一気に追いついて回転する体を片手で掴む。
それをフレイルの様にステージに叩きつけて、再びバウンドさせる。
「Auf Wiedersehen」
バウンドして目の前に跳ね上がった体―――上下逆さまの姿―――を右拳を腰にまで持っていき、構え、一瞬の構えから拳を内臓へと抉り込むように叩き込む。纏っている戦衣装が破れ、壊れ、砕け散りながらダメージを強引に体内へと叩き込む。
ぼろ雑巾同然の姿がステージ上部からはじき出され、ステージ端の壁に衝突して陥没する。
当然の様に、その体の動きはない。
作っていた拳を解きながら両手を叩いて埃を落とす。
「弱い、弱すぎる。せめてその10倍は強くなってくれないとまともに殴れない。その脆さを何とかしてから強さを語ってくれ」
勝利のコールにスタジアムが一瞬で静寂に包まれた。だが次の瞬間に発生する勝利の歓声を背に、ステージを後にする。スタジアムを満たす観客には興味はなかった。興味がある声援はただ一つだけだ。
―――君がそれを望むのなら。
ただ、勝利するだけだ。
友人家族の万の言葉よりも、女の言葉一つで動く男。
いやぁ、ついに始まっちゃいましたねぇ……ベルカ一残虐王決定戦が……。