Disruptor   作:てんぞー

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Anger and Hatred - 6

「―――一体、だれがこんな展開を予想したでしょうか! まさか、まさかの不具者が圧倒的な力で蹂躙するッ! 確かに相手は若く、まだ初等部を抜けきれないウェルテイン選手! ですが、それよりも若いカルマギア選手に一切ダメージを与える事すらできずに大敗してしまうとは、予想できなかったッ! 大番狂わせ! まさに大番狂わせ!」

 

「いやぁ、カルマギアの人間ですからね。アレぐらいは出来て当然だと思いますよ、僕は」

 

 解説席、隣で観客の熱狂を呷るようにマイクに向かって声を送り込む実況役にそう言葉を男は送った。白い服装は単純な私服ではなく、特定の騎士団が装着する鎧の下に着る防護用の装備であり、それにはベルカでは大きな意味を持つ剣の十字が描かれている。騎士の中でも特定の者にしか与えられない栄誉。解説席の男はこの現代ベルカにおける騎士としての最大の栄誉を手にした男であった。古代ベルカには存在せず、時代の移り変わり、聖王家が没落した事で生まれた聖王教会と教皇庁、その最大戦力の称号。

 

 即ち聖騎士。

 

 男は聖騎士であった。

 

 新たな世代、将来の騎士達。彼らの前に姿を現し鼓舞、激励するのには意味がある。将来目指すべき頂点というものを見せる事で少年少女たちは目指すべき場所がわかる。どれぐらいの高みにあるのかが理解できなくても、憧れというものは解りやすい原動力となって突き進ませるに足るものとなる。故に聖騎士の仕事の一環として、この男は出席していた。微笑を浮かべ、向けられるカメラに対して愛想の良い言葉と相槌を入れながら、

 

 内心、溜息を吐く。

 

 ―――一般人がアレに勝てるわけないだろ……!

 

 男―――聖騎士ロランは教皇庁で教皇に仕える、聖王教会の騎士である。その管轄の区切り方はヴィヴィオが抱える近衛騎士に近い。近衛騎士がヴィヴィオの直轄で、他の指揮系統から外れた騎士であれば、聖騎士はその教皇のバージョンとなる。つまり他の指揮系統から外れた、教皇直轄の騎士になる。他の部署や役職では聖騎士に命令を出す事は出来ない。聖騎士に命令を出す事が出来るのはその時の教皇だけであり、聖王の位置に収まるヴィヴィオでさえ口を出す事が出来ない。そのうえで聖騎士は教皇の手足として働く為、大きい権限を抱えている。

 

 聖王に選出される近衛騎士、そして教皇に選出される聖騎士。

 

 この二つこそが現代のベルカにおいて最も高き栄誉の証。

 

 それを目指す事こそが子供たち、ひいては騎士達の夢になる。

 

 ロランは、その聖騎士に若いながら選抜された者であった。つまり騎士としての頂点、その一つに到達した存在である。まだ20代という若さで聖騎士に至ったその技量、実力、家柄共に申し分はなく、人々の憧れとしてベルカに見られる存在になる。

 

 だがその心は憂鬱の色に染まっている。

 

 ……いやぁ、本当に頑張るなぁ、シド様は。

 

 シド様。

 

 聖騎士の中では、そういう風に呼ばれている。ロランもそういう風に認識していた。ヴィヴィオ・ゼーゲブレヒトに夫を作るのであれば、それは色濃く聖王家の血を残している人物でないとならない。それが教皇庁の意見であった。教皇本人に仕えるロランもそういう風に認識している。報告から聞けばヴィヴィオ本人と仲が良いのだ、仲の良い二人が結ばれるのが一番に決まっている。カルマギアは元は武門で家柄も良いし、本人も性格が良い。優秀で、血と家柄も問題ないのだから何も文句は出てこないどころか大プッシュできる。教皇本人も、

 

『ヴィヴィオ様! シド君、ベストマッチ!』

 

 とか言ってガッツポーズを決めていたぐらいだ。

 

 なのにダールグリュン家と婚姻を結ぶ準備を進めているという話なのだから、

 

『どうしてそんな事するんだよ! 余が何したって言うんだよ! ベストマッチだろうが! おい! 血と家柄も良ければ仲が良いんだからこれ以上の相性の良さはないだろ! おい! ダールグリュンからはなんて言われてんだよ!』

 

『え? 猊下、聞きます? ―――はは、ザマぁ。だそうです』

 

『ファック』

 

 という話が出てきた所で教皇は大荒れしていた。これでカルマギアがそのまま武門であれば何も問題がなかったのだが、

 

 問題はカルマギアが武門から一般へと帰属した事にある。

 

 つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが問題なのだ、とロランは認識していた。

 

「おや、ロラン様はどうやらカルマギア選手の肩をお持ちのようですが?」

 

「当然ですね。カルマギアと言えば代々騎士団長か聖騎士の家系ですよ。それも世襲制ではなく実力だけで取得している家です。あそこは強さを保ち、継続して積み重ねる為に婚姻とかも厳選してやってる所ですからね。真面目な話、単純な身体的スペックはベルカで上位から数えて良い家ですよ」

 

「ですが、魔力の使えない不具者ですよ……?」

 

「まぁ、そう考えてしまうのは仕方がないですけど。それだけを価値観として持つのは危険ですよ?」

 

「という事は?」

 

「見た通りですよ」

 

 あまり深く説明するとなると、面倒な話をしなくてはならないので、それ以上シドの事を口にする事をロランは諦めていた。家の問題とか、血筋とか、積み重ねとか。そういう話はあまり、一般にしていい事ではない。古代ベルカが行ってきた人体改造と血の積み重ねの話は一般的ではないのだから。それで人権問題とか持ち出されても困る。

 

 しかし、見た感じ、ロランはシドの実力の圧倒的な物を感じた。今年の選抜はかなり良いのが出てきているが、その中でシドを止められそうなのは一人か、或いは二人程度だろうとみていた。現状、彼が優勝する可能性は非常に高いと踏んでいる。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であった。

 

 ―――クッソぉ、あそこでじゃんけんにさえ負けなければ……!

 

 完全なる罰ゲーム。誰が好き好んでこんな仕事をやるものか。古参から完全に仕事を押し付けられた形のロランは、ひたすら憂鬱であった。大人の事情で子供の夢をつぶさなければならない事実に対して思う事がない―――と言えば、嘘になる。それでもダールグリュンへの牽制や此方へと誘導する為にも色々とやらなくてはならない事があった。

 

 ロランはまだ、若かった。仕方がないからと全てを諦められる程まだ大人ではなかった。

 

 だが年長の聖騎士の中には狂信者もいる。強制的に婚姻を結ばせれば良いと言っている者もいた。魔法が使えないなら種馬としての価値もないと言う者もいた。聖騎士団内部でも過激派が混ざっている。その事実を考慮すると、まだ若くて頭が柔らかい自分がこうやって仕事を任されたのは慈悲だったのかもしれないと思っていた。

 

 過激な奴が来ていれば、開始前から大荒れしていたであろう。

 

 そういう意味ではロランが来たことはある意味救いではあったが、

 

 ロラン本人にとっては罰ゲーム同然の出来事だった。

 

 彼の視点からすれば、シド・カルマギアの優勝は当然の事だった。それだけの実力とスペックを備えている。彼が不具者である事も関係はない。リンカーコアのあるなしに関しては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。だからリンカーコアの保有者と非保有者で子供を作った場合、リンカーコアが子世代で発現するだろう。だから血筋を考えてあてがう事に問題は何もないのだ。

 

 だが問題はダールグリュンとの婚姻関係だ。

 

 このまま何もせずに放置すれば確実にダールグリュンにカルマギアの血がとられるだろう。それは避けたい。ヴィヴィオの相手が必要というだけではない。聖王家の血筋が拡散すればそれだけ聖王教会の権威が薄まるからだ。もう既にヴィヴィオと教皇で、トップが二つに分かれている状態なのだから、

 

 それをこれ以上増やさない事の重要性をロランは理解していた。

 

 だからこそ、カルマギアの血筋を聖王家に戻す事で血筋を一本化させたい意図がある。

 

 それにはシドが一般の身のままであるのは困る。だが騎士となっても困る。従者という身分を入れれば聖王教会の所属になるだろうが、そうなればヴィヴィオが自分の下に連れてきて保護しようとするのが見える。シドの存在が聖王教会や教皇庁に保護や囲い込みを行われていないのは、単純に彼の存在が一般というカテゴリーに入っているからだ。

 

 これでまだ武門であれば教皇庁からの命令でどうにかできた。そして従者になれば、残念だがヴィヴィオの方がフットワークが早い。あちらに取り込まれてしまうだろう。

 

 ヴィヴィオはアレでかなり、善性の強い人物であると理解されている。無理矢理結婚するような事はしないと認識されているから、話が間違いなく拗れる。

 

「カルマギア選手はロラン様の一押しですか……まさか魔法を使えない少年が今大会のダークホースになるとは思いませんでしたね!」

 

「そうですね……あの強さなら優勝はほぼ間違いなしだと思いますが……さて、それを他の選手たちが許してくれるからどうか、でしょうか」

 

 ……お願いだから途中で負けてくれないかなぁ。心が真面目に痛むんだけど。

 

 自分の仕事の出番が、表彰台でやってこない事をロランは必死に祈っていた。

 

 

 

 

「しかし圧倒的だったわね。ちょっと同情しちゃうレベルで」

 

 先ほどの試合を思い返す。正面から攻撃を受けたうえで全部意味がないと証明し、それを正面から踏みつぶす。クラッシュエミュレートが起動していたが、いくつかのダメージは余裕でエミュレートの防護を貫通していた。全身打撲のダメージは試合が終わったところで消えないだろうし、アレではもう二度と逆らう気も戦う気にもなれないだろう。自分より下だと思っていた存在が怪物だったのだ。

 

 戦う事そのものが怖くなるレベルだろう。

 

「ま、私としてはそれなりに見ごたえのある試合だったよ。人間、天然ものであれだけやれるんだなぁ、って良い参考になったよ」

 

 ビールを飲み終わったアロハが今度はワインを取り出した。こいつ、そんなにちゃんぽんしちゃって酔わないのだろうか? なんて事を考えながら視線をアロハからジョン・ドゥへと向けた。酒を飲む手は先ほどよりもペースは落ちていて、何かを考えるかのように先ほどの試合からずっと無言を保っていた。その姿が普段目撃する陽気な様子とは違い、声の掛けづらさを見せている。だがアロハはそんなジョン・ドゥの様子にお構いなしという形で、

 

「で、ガバチャートが崩れたりしたのかい?」

 

 等と言い出す。このアロハに恐れという概念は存在しないのかとも一瞬思うが、

 

 ジョン・ドゥはその言葉に軽く噴き出した。

 

「はは、確かにまぁ、ガバチャートか」

 

「失敗すればリセットすればいいだけだしねぇ、気楽なもんだ……それで?」

 

「ん? あぁ、いや。別にこれぐらい誤差だしな。どうとでもなる。……ただな」

 

 そこでジョン・ドゥは言葉を区切った。先ほどまではシド・カルマギアが戦っていたステージを見て、修復が済んだそれに次の試合の為に選手たちが昇ってくる。興味もなさげにそれを眺めている。

 

「まぁ、羨ましさだな」

 

「ははーん? 私たちには見えない何かが見えた、訳だ」

 

「そんなところだ」

 

 そう呟くとジョン・ドゥは空になったビール缶を捨てて、次の缶を開けた。つまらなさそうに繰り広げられるステージ上の戦いを見ている。子供としては中々にレベルの高い闘いではあるものの、純粋な力が先ほどの少年には届いていない。これでは蹂躙されるだけだろうと判断する。もうちょいマシな手合いが出ない限りは優勝間違いなし。

 

「……オリヴィエ

 

 何か、小声でジョン・ドゥが呟くも、頭をすぐ横に振った。

 

「いや、寧ろ好都合か」

 

「問題はどうして、の方だろう?」

 

 アロハの言葉にそうだな、とジョン・ドゥが答える。

 

「確かその時計を使わないと覚醒しない……って話じゃなかったかしら?」

 

 ジョン・ドゥの懐に指さすと、ジョン・ドゥが懐中時計を取り出し、それを確認してから戻した。その言葉にジョン・ドゥは頷いた。そもそもからして、その懐中時計が何なのかを理解していないのだが。

 

「こいつは固有技能を覚醒させるための補助輪だよ」

 

 視線がアロハへと向けられる。ワインボトルを片手に、アロハはそうだねぇ、と声を零す。

 

「特殊な技能、固有技能を使える者と使えない者では脳構造が微妙に違うって話、知っているかい?」

 

「え、そうなの?」

 

「おや、知らなかったか。まぁ、固有持ちとソレ以外では脳の構造や一部、体の機能が違うんだよ。それは人間というベースに対して、元々あるスペックや機能に対して新たなソフトウェアをインストールする場合、元々のハードじゃ容量かフォーマットが正しくないから備えられないって問題が出てくるわけなんだけど」

 

「つまり、特殊な力を行使するにはそもそもからして普通の体のままじゃダメ、って事でしょ」

 

「そうそう。で、そのメカニズムに干渉する方法は千差万別、能力に対してそれぞれ個別の干渉方法があってね。そもそも能力に合わせて脳の構造が違ってくるからね? だから一概にこれ! って手段がないわけだ」

 

「でも作れてるじゃない」

 

 時間干渉能力だったっけ? と口にするとアロハがそうそう、と頷いてくる。アクセラレイターなんて技術を使っているが、アレは時間加速ではなくて個人の超加速からくる時間の遅延だ。だから正確には時間に干渉していない。だから人間が個人の才能で時間に干渉する、という技術と理論はちょっと良く解からない。

 

「まぁ、現代の人間には無理だろうねぇ」

 

「現代……って事はまるで昔は出来た様な言い方ね」

 

「あったぞ。凄い昔の話だが。時間を支配し、管理していた時代が」

 

 古代ベルカの話だろうか? この次元世界において―――いや、魔法文明において古代ベルカは凄まじい力と規模を持っていた。それこそ今では解析不明なマジックアイテムや技術を大量に抱えるレベルで、だ。その事実からすると古代ベルカの様に思えてくる。

 

 が、違う、とアロハは首を横に振り、

 

「―――最も古き文明、原初の魔導文明()()()()()()()()()だよ。彼らは時間を支配し、生死を超越し、そして理にさえも手を染めていたよ。まぁ、滅んだけどね」

 

「時間能力の覚醒、干渉には連中の技術が必要だ。ジェイルはそれを修めてるからな」

 

「……どうやって?」

 

 その疑問にアロハが笑みを零す。

 

「ま、私はそこらへんかかわりが深かったからねぇ……さて」

 

 ジェイルが呟く。

 

「私たちの知らない所でアルハザードの遺物が彼の所に流れ着いたのか」

 

 或いは、とジョン・ドゥが呟く。

 

「まだアルハザードの生き残り共がいて、知らん所で干渉したか……どっちか、だな」

 

 どうあれ、それで計画が狂う様な事はないが、とジョン・ドゥは付け加える。多少の誤差が出たところで、坂を転がり落ちて行く石を止める手段はない。もう既に道は完成され、そしてそれを止められるような物はない。

 

 シド・カルマギアは、この大舞台で必死に茶番を演じている。

 

 その事実が、ただただ哀れだった。




 実は現代編は大体10話ぐらいで切り上げてさっさと古代ベルカ、イクゾー! とか思ってたんですけどね。なんか書けば書くほど現代に希望が見えないというか、お先真っ暗というか、何をどうあがいてもここで幸せになる事は出来ない大人の事情みたいなのが片っ端から噴出するというか。

 どうして……どうして……。いちゃいちゃも何も全部古代で待ってるのにどうして……。

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