「外式―――業・兜砕」
スタンした体にブロイエ・トロンべの柄を叩き込み、体を持ち上げながらそのまま回転させ、手元へと顔面を引き寄せる。容赦なくガントレットに包まれた片手でそれを掴み、雷撃を顔面から流し込みながらそのままその姿をステージの大地へと叩き込む。一連の流れに躊躇も、容赦も挟み込まない。事務的に、流すように完全に処理する。無論、叩き込んだ後で完全に意識を奪う為に、追撃としてレギンスに包まれた鋼鉄の足でステージに叩きつけられた頭に踵落としを叩き込む。ここで追撃を忘れるとジークとクラウスに、
『お? 舐めプかぁ? さっすが大貴族様は慈悲深くおられる』
『はぁー、ヴィクターの優しさが五臓六腑に染み渡るなぁ』
と、盛大に煽られる。なのできっちりとトドメを刺す。確実に落とした、そう確認できるまで絶対に気を抜かず、追撃も封殺も抹殺も全てが瞬間的に実行できるように意識を保ち続ける。この容赦のなさは最初、難しい事だった。だが皆と交流を重ねているうちに、これぐらいやらないとまるで意味のない相手がいる、という事を理解した。特にフィジカルのスペックが怪物的なジークとシド。
遠慮、情け、容赦、そんなものを差し込んだ瞬間には逆に狩られる。だから一片の慈悲もなく、確実に殺すつもりで攻撃を繰り出して制圧する必要がある。故に一切の加減なんてものは入れない。
……これが、割と馬鹿にできない。
特に拮抗した実力での戦いは、どちらかのミスを誘発させるかというのが重要な点になってくる。
だからマウントとるのは間違っていない―――他のみんなは少々、やりすぎだと思うが。特にジークとクラウス。隙さえ見つければ常に挑発と煽りが飛んでくる二人はそこらへん、徹底していると思う。それはともあれ、足元で踏んでいる姿はもう動かず、気絶しているので足を退ける。
『決着―――! 勝者、ダールグリュン選手! 初戦からこの準決勝戦まで、全試合完封! ノーダメージで勝利を収めました!』
『流石ダールグリュンですね。あらゆる面で隙がなく、完成度が高いです。相手の動きを確実に見切って電撃によるスタンを誘発、動きを止めたところで確実に仕留める。戦術が完成されているのが非常に恐ろしく感じられますね』
『そしてこれによって決勝戦のカードが決まりました! ヴィクトーリア・ダールグリュン選手、そしてシド・カルマギア選手! どちらも全試合無傷で勝利してきたまさに怪物として表現できない実力者! 他にも年長の者は多くいましたが、まさか最年少二人が決勝に残るとは……!』
『まぁ、僕はこの結果は必然だと思っていますけどね……ですがここからは予想が出来ないですよ』
勝利のコールに応える様に手を持ち上げ、観客へと向かって笑みをと共に手を振る。軽く頭を下げてからステージ端へと向かえば、ジークリンデの姿がそこにあった。片手にタオルとスポーツドリンクを用意しており、ステージから降りるのと同時にそれを手渡してくる。
「ほいさ、お疲れ様ヴィクター。
「解っています。実戦で試したい事は試せました。後はシドに全部ぶつけて勝つだけです」
「おぉ、勝つ気満々やな」
控室へと向かって歩き出しながら当然です、とジークリンデに返答する。
「―――勝っても、何も得られないなんて悲しすぎますから。私がここでシドを倒せばまだ、傷が浅く済む筈ですから」
あまりにも、残酷すぎる。それに向かって行くシドも。それはまるで
彼を好きな人として。
そんな苦しい生き方は絶対に―――許せない。
生まれが、周囲が、生きる道が……だから苦しい。その名の如きカルマをシドは背負い続けている、生まれたその瞬間から。そして今、自分の見える所で彼はそれに押しつぶされつつあった。それを見過ごせる程人でなしではない。だけど何か、その運命を変えてあげられるほど力を持っている訳でもない。自分にできる事はあんまり、多くはない。
将来的にダールグリュンを継ぐ者として、相応の教育を受けているからなんとなく、どういう事なのかは解っている。そしてシドの立場が複雑で、どうしようもない所にあるというのも。
だからせめて、私は私にできる方法でシドを助けたかった。
ただ、それでさえ意味があるかどうか怪しい。結局、私ができる事は彼と結ばれることぐらいなのだろうから。
「ヴィクターは優しいなぁ」
「優しく在れればよいなぁ、とは思います。ですが、これで本当に優しく在れているかと言えば……解りません」
「そこらへんは深く考えんでええと思うよ」
控室に到着し、中に入りながらジークリンデが話を続ける。
「結局のところ直ぐにどうこうならない事は深く考えた所でドツボにハマるだけの話よ。だったらいったん実行できる事は実行して、その先の事を忘れたほうがはるかに健全やわ。悩めば悩むほど心を病むんやからなぁ」
ジークリンデはそこまで言うと、腕を組んで少し俯く。
「まぁ、正直シドの事が心配ってのは解るで。シド、馬鹿なのに変に賢いもんな。考えて考えてドツボにハマってくタイプよ。正直もっとバカになれば人生楽になるのになぁ、って思ってるんやけど。言った所でこういうのって治らんから問題なんよなぁ」
「……」
シドが常日頃、何か感情を抱えながら過ごしているのは身内は解っている。仲間内でも察している。だけどそれを中々、口にしようとしない。きっと……それが、格好良いんだと思っているんだろうと思う。それともこちらを気遣っているのか。どちらにせよ、本当はどう思っているのかを悟らせてくれない。だったらもう、こういう手段しかない。逃げられない場所、隠せない所で。
正面から引きずりだす。
そして、
「良いですわ。私が正面から叩きのめして全部吐かせますから」
その決意に、ジークリンデが笑う。
「ほんま、シドが好きやなぁ、ヴィクターは」
言葉に笑みで答える。
「えぇ、勿論ですとも―――大好きですよ」
その気持ちと言葉は、はっきりしている。
「ふぅ―――」
頭が痛い。壁に寄り掛かりながら軽く頭と目を休めようと目を閉じて天井を見上げる。だがどれだけ心を落ち着けようとしても、体の中にたまった熱が抜けない感覚がする。こんな大舞台で武を振るうのなんて初めてだから、どっかアクセルを踏みちぎってしまったのだろうか? 戦闘時に得た高揚が抜けない。高揚を引き継ぎながら次から次へと対戦者を蹂躙してきてしまった。自分の本性が交戦的な破壊者である事は自覚していた。
なのに戦えば戦うほど、自分が纏う虚飾が引きはがされてゆく感触があった。嫌な感じだ。自分が必死に纏おうとしている物がするり、と指をすり抜けて消えて行く感覚。戦う上では何も問題はないだろう。だが戦いが終わっても高揚が抜けないのは無理だった。心が、血が、戦いを求めている。自分の闘争本能というものをまるで抑え込めない状態が続いていた。
「大丈夫かシド? 今日のお前、少し調子が悪そうだぞ」
流石に、こちらの様子に気が付いたクラウスが確認の声をかけてくる。頭が多少痛いのは事実だが、それでもパフォーマンスに影響する程ではない。
「寧ろ体の調子はいいぐらいなんだよ。力が滾るというか……今まで以上に派手にカマせそうな気がする」
「本当にか? ……いや、お前がそう言うならそうなんだろう。ただ少しイケイケすぎる気もするがな」
「たぶんアガってるのか、場所が場所だからテンションが高くなってるか」
或いは、これほどまでにテンション上げていないとやってられないか、だろう。次はヴィクターとの対戦だ。だが戦った所で得られるものは? と言ったら厳しい。勝った所で得られるのは勝利の栄誉と、ヴィクターと全力で戦ったという事実だけだ。いや、それだけでも十分なのは確かだ。だがその先にあるものが何もないのだ。その虚無感を考えると吐きそうになる。
何にせよ、ここまで来た以上は手ぶらで帰る事は出来ない。最低限、勝利という土産を家に持ち帰るつもりではある。何よりも、ヴィクターと本気で戦えるというのはかなり楽しみにしている事でもある。普段、身内では全力で戦う事を禁じている。無論、理由はそれで確実に怪我の類をしてしまう事実があるからだ。だがエミュレートによって最低限までダメージを抑え込める以上、全力で暴れた所で何も問題はないのだ。だから今日だけは、全力で何もかも吹っ飛ばせる。
……頭が軽くずきずきする。
それを振り払うように口を開く。
「うっし……後はヴィクターだ」
「ま、出来るだけの対策は事前にやってきた。後はどれだけ詰めれるか、という所だ。あっちもあっちでその手のエキスパートがいるからな。互いの手札をどう切るか、の勝負だ」
ヴィクターとの付き合いは長い。お互いに何を学んで、何を練習し、何を習得してきたのかという事を良く理解している。例えば自分が《雷帝式》がどういうスタイルなのかを良く理解し、その肝や奥義、秘儀と呼ばれるものを知っている。ヴィクターの保有する固有技能がただの雷の変換資質ではなく、《神雷》と呼ばれる固有の効果を加えた雷である事も知っている。それがどういう影響を生み出すのも知っている。
逆にヴィクターは《カルマギア式》を良く理解している。どういうスタイルであり、どういう風に戦うのが得意であり、どの範囲まで対応できるのかという事も理解している。またその肝が
だから自分もヴィクターも、互いの手札は良く理解している。ヴィクターの雷は雷としての性質ではなく、それに付与される追加の性質と操作が本命であり、それを警戒しなくてはならない。
逆にヴィクターは自分が魔法を使えなくても自己強化ぐらいならできるという事実を知っている。
だから、ヴィクターとの戦いはどれだけ互いの手札を知り、そしてそれをどういう風に切ってくるのか。それを予測しながら戦略を組み立てるのが重要だ。
馬鹿でも力があれば勝てるというのも嘘だ。
強さを発揮するには頭もいる。何も考えずに全力を出した所であっさりと敗北するだけだ。どれだけ才能があっても考えずにそれを振るうだけではすりつぶされるだけだ。
武芸者にも学と教養は必要だ。
だから戦い熱狂に体を任せながら頭は常に冷静に―――というのが最も大事だ。
特に、強敵相手は。
「まぁ、勝つのは僕だけどね」
クラウスの表情を見れば、笑みが浮かんでいる。
「お前が普段からそれぐらい自信満々なら何も問題ないんだがな―――いっそ、キャラ変えてくか? 卑屈に悩む方よりもこっちのほうがらしいぞ」
「冗談辞めてくれ。俺は世間じゃ大人しいキャラで通してるんだから」
「身内の前でまでキャラ保っててもしょうがないだろう? まぁ、いいか。ほら、さっさと勝って終わらせて、祝勝会やりに行くぞ」
「各種パイを準備しておくのを忘れずにな」
結局は、この大会も長い人生における一瞬だ。その一瞬で頭が狂いそうになるのもおかしな話だ、とクラウスと話していると思う。この先まだまだ色々とやってくるのに、こんな出来事一つで躓いてはいられない。そう思えば多少は気が楽になる。
だから、もうちょっとだけ軽く考えよう。これはただの戦う場所。
全力で戦う場所。
そうとだけ考える。それだけに思考を集中させる。
何もかも、他の事を忘れる。どうせ、戦う事以外の能力がからっきしなのだ。だったらそれだけ考えて将来の事とかは今は忘れる。今は、それでいい。そのあとの事は勝ったり負けたりした後で良い。
「あー……楽しみだなぁ」
「貴様は、いい加減何か別に趣味を見つけたほうが良さそうだな。今度モールで趣味探しでもしてみるか?」
「えー、鍛錬してるの楽しい」
「行くぞ!! 人生を失いすぎだろう貴様は!」
えー、と声を零しながら軽く笑い合い、
試合までの時間を待つ。
本日、最後の戦いを。
天才的な音楽家の演奏を聴くと以降「じゃあ、俺がやる必要は……?」となって道をやめる人やスランプに陥った人が多々あるとか。シドやエレミアと戦うという事はそういう事。
ヴィクターはシドが大好き。次回、怪物勝負。