Disruptor   作:てんぞー

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Anger and Hatred - 11

 結局、一睡もできなかった。

 

 一晩中、頭が痛かった。どうすればいいのか、何をすればいいのか、それがもう解らない。何が正しくて何が間違っているのかも解らない。ただ、ただただ苦しかった。優しい人たちが、善き人たちの善意が。それが苦しかった。彼ら、彼女らは何も悪くなかった。だけどただ、その好意が苦しかった。その好意が苦しかった。自分の様な破綻者にしてくれる優しさが、ひたすらに惨めに思えた。だって、そうだろう。自分は結局何も持っていない。必要な才能に欠如して、出来る事は上位互換が周囲にいる。そしてこの血と力だって、

 

 結局は、この家に生まれたから……というだけのものだ。

 

 生まれてこの方、一切、自分だけと言えるものを自分は得ていない。

 

 なのにこれだけ優しくされる価値があるのだろうか? 自分にはそう思えなかった。だから優しくされればされるだけ、気持ち悪さが募る。自分という存在に対する不快感だった。生きていれば生きているだけで怒りが積み上がって行く。自分という存在に対する途方もない怒りだった。憎い、自分という存在が憎い。何も成し遂げられないのに夢だけは追いたいと思っている自分が憎い。諦めて宿命を受け入れればいいのに、自分勝手なわがままな理屈でそれを受け入れられずにいたのだ。そのせいで、多くの人に迷惑をかけている。

 

 なのに、未だにそれを諦められていなかった。そのうえで、何とかしようとしてくれる人がいる。父が、幼馴染が、婚約者が、自分を愛してくれていた。それを受け入れるだけの自分という存在が、

 

 嫌で、嫌で、殺したくなる程嫌だった。

 

 そうやってぐるぐるぐるずっと、嫌悪感と怒りと憎悪が脳内と胸中を燃やし続けていた。昨日、選抜で勝利してから、そして父さんに助けを差し出されてからずっとずっとずっと、それが燃え上がり続けていた。今までにないほど、ブレーキが吹っ飛んだような怒りと憎悪が自分の中で燃え上がっていた。それが眠気を喰らい、消し去っている。到底眠れそうにはなく、そのまま朝をベッドで目を覚ましたまま迎えた。

 

 ありがたかったのは、オリヴィエの声が聞こえなかったことだ。

 

 今、彼女にやさしくされたらきっと自分は安らぎを感じてしまって―――それこそ、本当に自殺してしまうかもしれなかった。彼女が自分に優しい声をかけてくれなくて良かった。彼女の存在が今は感じられなくて良かった。

 

 優しさや愛なんてもの、自分にはふさわしくない。

 

 ならやるべき事は解っている筈だ。

 

 だがそこに踏み出す事も出来ない。

 

 中途半端で、クズで、そして無能だ。

 

 そうやって考えている内に、ベッドの中で朝を迎えた。眠れなくても疲れていない。眠っていなくても眠気はない。意識の覚醒状態を保った一晩は、ただただ不快で、長く感じられた。それでも朝はやってきた。体の傷ももう癒えている。大半は魔法で、残りは自然に体が勝手に治した。割れている膝も既に治っていて、問題なく動ける。

 

 学校には、到底行ける様な精神状態ではなかったが、それでも朝が来たのならいつも通り、学校へと向かう準備に入った。

 

 顔を洗って、歯を磨いて、着替えて、カバンを準備する。

 

 たった、これだけ。簡単にできる事だ。前日怪我だらけだろうと問題はない。

 

 朝の支度を終えて1階のリビングまでやってくると、母さんと父さんの姿がいつも通りそこにあった。キッチンで朝食を作っていた母さんは、少しだけ驚いたような表情で此方に視線を向けてくる。

 

「おはよう、シド。もう大丈夫なの? アレだけ怪我をしたんだから1週間ぐらい休んでいても文句は言われないわよ?」

 

「大丈夫だよ。もう痛くないし。休んでるほうが落ち着かないし……」

 

「そういう所はそっくりよねー」

 

「待ってくれ、それは俺が落ち着きがないって言いたいのか?」

 

 いつもと変わりのない朝だった。怪我は大丈夫か、と確認されるがそれだけだった。そうやっていつも通りの朝が来た事に安心感を少なからず、覚える。だが同時に苦しみもあった。あれだけの事があったのに、自分にとっては心が砕けそうな程辛い事があったのに。結局、何時も通りの朝がやってくる程度の事でしかなかったんだ、と。そう思わせられる。いや、これは勝手な苦しみだ。自分で勝手に苦しんで、恨んでいるだけ。父さんも母さんも何も悪くはない。だから思っている事、考えている事を絶対に顔に出さないように、何時も通り眠い表情を浮かべながら朝ご飯を食べ、出かける準備を終える。

 

 ヴィクターは流石に昨日の今日で動けないだろう。

 

 そう思いながらカバンを背負って登校の準備を整えたらぴんぽーん、と家のインターホンが鳴った。

 

 鍵を外して扉を開ければ、その向こう側に先日見たばかりの顔があった。

 

「おっす、おはよシド。可愛い可愛いウチのお迎えやで」

 

 

 

 

 ジークと並んで登校する。

 

 と言っても、ジークは本当に迎えに来ただけだった。服装も見慣れた紫と黒のジャージ姿で、送ったらそのままダールグリュン邸に戻るらしい。その足取りはいつも通りで、何か秘めているようなものは見受けられない。

 

「本当はヴィクターが今朝も行く言うてたんやけどなぁー。流石に折れたまま学校に行かせるわけにはいかんから、ウチが軽く締め落としてきたんだわ」

 

「朝から何やってるの」

 

「いやぁ、ウチがやらんかったらヴィクターのオカンがやってそうやったし。あの家の人間、結構ストロングスタイルなんよな」

 

 伊達に教皇庁に煽りメールを送っている訳じゃない、という事だろうか。まぁ、一人で歩くよりは誰かと歩いているほうが気が晴れるのも事実だ。屈託のない笑顔を見せるジークリンデが横にいるだけ良い。ただ、彼女が昨日ヴィクターのセコンドを務めていた事を考えると少し嫌になる。いや、かなり嫌になる。結局、一人でいたほうがはるかにマシだったのかもしれない。誰かといるだけでもう心がボロボロになって行くのなら一人になるしかない。

 

「いやぁ、しっかし昨日はほんっと惜しかったなぁ。ウチも出場する事が出来れば決勝でやり合えたっちゅーに」

 

「ジークはダメでしょ。いろんな意味で」

 

「まぁ、ウチは将来的にエレミアで傭兵稼業に専念する予定やしな。そうでなくともああいう舞台で戦うのは制限が多すぎてやってられんわー」

 

 エレミアの技は殺しの技だ。その神髄は徹底した効率的な殺戮。素手で相手を解体したり、環境や状況を利用して一人で100を超える兵士を殲滅する。潜入、工作、暗殺、正面戦闘、何でもできる器用万能の戦士がエレミア一族だ。無論、ルールありきの戦い方もできるだろう。だがその本質は殺人だ。結局のところ、殺し抜きでの戦いでは絶対に本気を出しきれない。

 

 だからこういう大会などに、ジークが出てくる事はない。そしてそういうのが理由で、エレミアの認知度は低い。知っているのはせいぜい騎士団でもそういう事情に詳しい連中や、雇う事を考慮するような立場の人間だ。

 

「シドと全力でウチもやり合いたいなぁ! ヴィクターが羨ましいなぁ!」

 

「100%殺し合いになる奴でしょ」

 

「そうなんよなぁ……教会もオトンも許してくれそうにないんよなぁ……」

 

 しょんぼり、という言葉が似合いそうな様子をジークが見せている。流石戦闘民族(エレミア)だけあって、戦う事を楽しんでいるし、命を燃やす事をも楽しんでいる。今の平和な世の中は、彼女にとっては少しやりづらいのかもしれない。だけど、それでも日常で常に笑顔を楽しそうに見せる姿には、

 

 ―――嫉妬を覚える。

 

 ジークの方を向かないように、言葉に軽い相槌を返しながら登校する。

 

 距離もそう遠くはなく、歩いていれば何時の間にか校門が見えてくる。今日もまた、憂鬱な時間がやってくる。面白くもない時間をまた過ごす必要がある事の憂鬱さを感じながら、校門の近くで軽くジークに頭を下げる。

 

「ありがとうジーク。そして……ヴィクターに、早く元気になって、と」

 

「あいあい。シドも適当にな? あんま抱え込まんでおいてなー」

 

「……解ってるよ」

 

 そう言ってジークに別れを告げる。心配させてしまっていることに申し訳なく思いつつ、抱え込まない事は不可能だろうなぁ、と思う。自分が既に精神的に限界にある事は自覚していた。自分の中で肥大化して行く憎悪と怒りの炎が燃え上がり続けて止まらない。頭が痛く、そして吐き気がする。それらを全て精神力だけで抑え込んでいる。自分でもよくやっているもんだ、と思う。だから大丈夫だ。まだ我慢できる。俺は、やれる。

 

 自分にそう言い聞かせながら笑顔でジークと別れ、そのまま校門を抜ける。

 

 そして抜けた先で、待ち構える姿を見つけてしまった。

 

「あー、いたいた。魔法が使えないから騎士になれない哀れな奴だぁー」

 

 見下すような視線で、侮るような声色で、そして蔑みの言葉を投げつけられた。校門を抜けた先で待ち構えるのは、ここしばらくで見慣れてしまったあのいじめっ子グループだった。こんな時に、会いたくはなかった。あれだけ酷く叩き潰した上で出てくるとか、ちょっと神経を疑う。良く見れば魔法で治療されているものの、完全に治ってないから包帯を巻いているのが見える。それでもこれを言う為だけに来たのだろうか?

 

 そのレイシズムへのモチベーションは無限大か。

 

「残念だったなぁ? まぁ、コネがあるからって設定を弄ってたやつにはちょうどいいざまだよな」

 

「そうそう、チートしてたんだから当然だろ」

 

「最初から騎士になれるわけなかった癖によくやったよ」

 

「……」

 

 相手を、しない。声を聴くだけで苛立ちが酷い。だけどそれを堪える。こいつらは結局、口しか出せない。本当は雑魚だってことは昨日証明したばかりなのだから。こんな雑魚に、かかわる必要はない。

 

 無視して止めていた足を動かして歩き出す。だがそれを遮るように目の前に立たれた。

 

「どこ行ってるんだよ無能くーん」

 

「お前、俺らに言わなきゃいけない事があるだろぉ?」

 

 鬱陶しい。このド低脳さはどこから来ているのだろうか? 周りにいる連中も見ているだけか、視線を合わせようとせずに素早く逃げている。助けようとする奴なんて一人もいない。それもそうだろう。誰もかれもが無関心だ。こんな厄介ごとにはかかわりたくはないだろう。存在しないと見たほうがはるかに楽だ。

 

 クソが。

 

「退いてくれ」

 

 なるべく短く、感情をこめないように言葉を吐き出す。だがそれを受けて相手は笑う。退くわけがないじゃん、と笑いながら此方を両手で押し出してくる。それに合わせて体が軽く揺れて、後ろへと押し出された。

 

「ごめんなさいはどうしたぁ?」

 

「ズルをしたんだもんな?」

 

 嘲るような言葉と表情で邪魔をするが、無視する。関わるだけ無駄だ。強引に横を抜けようと足を前に進める。

 

「おい、待てよ無能」

 

 無視(我慢)をする。

 

「少しは無能にふさわしい態度ってもんを見せないのか!?」

 

 無視(我慢)をする。

 

 無視すれば、乗り切れる。そう思って横を抜ける瞬間、その言葉が来る。

 

「―――生まれた事自体が間違いの様な奴がさ! 騎士になれるなんて夢を見てるんじゃねぇぞ!」

 

 足を止める。

 

 笑い声が聞こえる。

 

「お、怒ったかぁ? だけどそういう話だろ? だから騎士になれないじゃんお前。生まれた時点でリンカーコア持ってないもんなぁー。なら、もう生まれた事が間違いだよな」

 

 拳を握る。

 

『シド、ダメ』

 

「あの女も哀れだよなぁ。お前と幼馴染ってだけで一生お前の面倒見なきゃいけないんだから」

 

 歯を食いしばる。

 

『お願い、シド、堪えて……』

 

「あーあ、お前とかかわったやつが可哀そう」

 

「なんでお前平気な顔をしてるんだ? 周りに迷惑しかかけてない事自覚してないのか?」

 

 心にどす黒いものが満ちるのを感じる。好きな子の声が聞こえるも、少しずつ声が掠れて行く。意識的に声を追いやる。やがて、声が聞こえなくなり、憎悪だけが満ちるのを感じる。

 

「もしかして、お前さぁ……優しくされたから勘違いしたのか?」

 

「生きてる価値なんてない癖に」

 

「存在している意味もない癖に」

 

「なんで夢を見てるんだ?」

 

「騎士なんて成れるわけがないだろ?」

 

「普通以下の癖に」

 

「反則野郎」

 

「チーターが」

 

「カス」

 

「クズ」

 

「生きているだけで邪魔」

 

 満ちる。抑え込んでいたものが全て、五体を血管を通して流れ込むように満ちる。足を止めている間、投げかけられる言葉の全てを吸収して、それを変換するように熱量が体に満ちる。拳を握っている姿を堪えていると思っているのだろうか。俺が悪いのだと思っているのだろうか。俺に価値がないと思っているのだろうか。

 

 いや、俺に価値なんてきっとない。

 

 存在している意義もない。

 

 だけど、

 

「親に謝れよ」

 

「生まれてきたことをさ」

 

「価値のない命でごめんなさいってな」

 

 生まれた事実さえ間違いだと言うのなら、俺はどうすれば良かったのだろうか? 生まれた事そのものが罪なら、生きていてどうしようもないのが事実だ。じゃあ、どうしろって言うんだ。どうすれば良かったのだ。

 

 当然、答えなんてなくて、

 

 悩んでも、悩んでも、悩んでも、惨めなだけで、答えはない。

 

 罵倒されて、夢は否定されて、聖王教会にロックオンされた時点で個人としては終わり。

 

 必死に考えても、もうどうにもならない。

 

 なら―――なら、もう、どうしようもないじゃないか。

 

 俺の、存在そのものが。

 

「あぁ……」

 

 掠れるような声が喉の奥から漏れる。

 

 頑張って、頑張って、頑張った果てにこうやって罵倒されて夢を諦めなきゃいけないような人生に果たしてどれだけの価値があるのだろうか? 考えても解らない事を考える事にどれだけいみがあるのだろうか?

 

 考えて、考えて、考えて―――それでももう、解らないのなら、

 

「おい、無視してんじゃねぇぞ」

 

 なら、もう、

 

 ―――諦めちゃえ。

 

 そう思った瞬間、自分の中にあった糸が、ぷつり、と音を立てて切れるのを感じた。それを自覚した瞬間に、肩に掴まれる感触を得た。視線を向ければ、無視している此方を引き留めようと手を伸ばしている所だった。その感触を経て、口を開く。

 

「汚ねぇ手で触ってんじゃねぇよ」

 

「あぁ?」

 

 肩を掴む手を握りつぶす。手の中でぐしゃり、と音を立てながら手が変形した。指が曲がらない方向へと直角に曲がるのを確認しながら相手の顔を見た。何をされたのか、それを理解できないショックと痛みによって完全に思考が停止した間抜け面がそこに見える。

 

「はは」

 

 小さく笑い声を零しながら何かを叫び出す前に開いている手で顔面を掴み、そのままそれを地面に一回叩き落とす。反動で浮かび上がる顔面を蹴り上げながら、持ち上がった顔をまた掴んで、校舎へと向かって引きずる。

 

 その様子を、だれも止める事が出来ずに、呆然と立ち尽くしてみている。

 

「はぁ―――なんかもう、何もかもめんどくさくなったわ。ごめんな、無視してて。面倒だし殺すわ」

 

「へ、え、あ、あっ、ぁ―――」

 

 叫び声が漏れそうなので顔面を掴む手に力を込めて軽く歯を砕いた。引きずり姿をそのまま校舎の前まで持っていって、エントランスを突き抜ける様に投げる。砲弾の様に扱われる人体がガラスをぶち破りながら靴箱に衝突し、変形させる。無論、これじゃあ人間は死なない。だから靴箱にめり込んでいる姿を掴んで、その頭を一つ目の靴箱に叩きつける。

 

 顔面からあふれ出す血で靴箱を濡らしながら、まず一つ目の靴箱が粉砕される。扉を貫通するように開いている穴に頭が突っ込み、顔面の惨状が見えない。だからそれを引き抜いて確認する。

 

「おぉ、少しはかっこいい顔になったじゃん」

 

 笑いながら次の扉に突っ込ませる。

 

 穴をあけて次へ。

 

 また次へ。

 

 そして次へ。

 

 最初は反応していた体も徐々に痙攣してから動きを見せなくなり始める。そして完全に脈が止まったのを見てから靴箱に頭を突っ込んだまま死んでいる―――えーと、誰だっけか―――を放置して、再び校舎前のグラウンドに出る。

 

 まだそこに恐怖と共に足を凍らせている姿を、一人ずつ指さす。

 

「一人、二人、三人―――前見たときは後三人ぐらいいたよな? もう教室に行っちゃった? まぁ、しゃねーか」

 

 とりあえず、アレだ。

 

「おう、お前ら全員殺してから教室に行った奴始末すれば静かになるよな? という訳で今から殺すな」




 怒りと憎しみ。

 シドくんの自制心なんてものは既に消えている。肥大化する感情を抑え込む手段はない。唯一言葉で止められるであろうヴィクターはここにはいない。つまりはそういう事だ。

 リンネちゃんも参考にしようね……?
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