「おー、堕ちた堕ちた」
その景色を近くの屋上からジョン・ドゥは見物していた。しっかりと、シド・カルマギアが一人目の少年を殺害する瞬間を。そこに何の間違いもなかった。完全に命の気配が途絶える瞬間を感じ取っていた。そして逃げ出そうとする二人目の少年を、シドは追いかけて狩り落としていた。掴んでは地面に叩きつけ、蹴り飛ばしながら門に叩きつけて、体を何度も何度も校門に叩きつけて変形させていた。凄まじいまでの悪意の見える行いだったが、そこに悪意の一切は感じられない。
ただただ純粋な殺意。それだけで構築されている殺戮を執行していた。その様子を見てジョン・ドゥは、少年が完全に畜生道に堕ちたのを確認した。シド・カルマギアの中にあった善性の心はこの瞬間に死んだのだ。だからと言って悪性の心が支配しているのではない。善も悪も、ストレスと怒りの果てに燃え果てただけだ。そうやって残されたのはただの怒りと憎悪と、そして本能の生き物だ。今のシド・カルマギアはただ、血と本能に従って思考する、理性を持っている殺戮兵器なだけだった。
もはやその絶望に歯止めは効かない。止められる人間はいるだろうが、少なくともこの学園の人間では無理だろう。唯一可能なヴィクトーリア・ダールグリュンはここにいない。つまりは、詰みだ。シドという少年の未来は、そして行いは完全に彼自身を詰みに追い込んでいた。無論、それをそういう風に誘導したのはジョン・ドゥ本人だ。そしてその事に対する罪悪感を、ジョン・ドゥ本人は欠片も抱いてはいなかった。
だが同時に、面白いと思ってもいない。
口では茶化すものの、その精神性はフラット、ニュートラルな状態を維持していた。
この程度のモラルの崩壊、既に見た事があった。
もっと凄惨な虐殺を見た事がある。
もっと派手に怒りに任せた殺戮を行った事がある。
ジョン・ドゥは、老人だ。そしてそれにふさわしいだけの経験と活躍を重ねてきた。その名前を捨て去って重ね続けた業はもはや余人が計り知れるものではない。故に誰かの悲劇を見たところで抱く感想はあぁ、まぁ、そうだよな―――程度の事でしかない。そして経験しているからこそ、適切にそれを巻き起こす手段を理解していた。だからシドの暴走を見て、ジョン・ドゥは判断する。
後一手、必要だと。
そしてその一手も既に準備済みだった。視界を横へと向ければ、ジェイルに頼んで作らせた義体が並んでいた。精巧に作られたそれは、本当の人間となんら変わりのない機能、感触、見た目を備えている。そんな義体、同じ顔が何個も並べられている様子はホラーとさえも表現できるだろう。準備は整っている。後は最後のひと押しをするだけで全てが転がり落ちる様に整う。
そうすれば、
「さぁて、今週はどこで詰むか、な……」
期待は適度にしておかないほうが精神的に健全であると男は知っていた。だが同時にできる事を全て、全力でやるからこそ成功の目は出てくるのだという事も理解している。だからこそ、手抜きというものは一切行っていない。シド・カルマギアはまだ壊れたばかりだ。だからもう一度直しながら壊す必要がある。もっと、徹底的にその心を容赦なく抉って、
故に、物事は全て想定通り、何も変わらずに進んでいる。
「まだかねぇ」
そう呟けば、屋上へと上がってくる学生服姿のイリスが戻ってきた。その片手には空っぽの小瓶があり、それを投げ捨ててくる。
「言われた通り興奮剤を散布して対立を煽ってきたわよ。おかげで面白いように暴走し始めたけど」
「ご苦労ご苦労。これで後はもう俺だけで十分だわ。お疲れさん」
そう言ってジョン・ドゥは懐にしまっていたデバイスを取り出し、イリスへと投げ渡した。それをつかみ取ったイリスは両手で握りしめ、視線を手の中のデバイスへと向ける。
「そん中にゃ、お前が求め続けてたあの日、エルトリアの研究所で発生した虐殺と悲劇、そのすべてが記録されている。無論、偽造でもなんでもねぇ本物の映像データだ。気が済むまで痕跡を探っても良いぞ? もちろんそんなもんは出てこないけどな」
「……今更疑ってないわよ。貴方、嘘はつかないでしょ、ごまかしても」
「必要ねぇからな」
実際、騙すような理由がないからだ。さっさとその真実にたどり着いて、良い声で絶望してくれ、と言葉にせずに告げる。イリスに届くことのない言葉。イリスは受け取ったデバイスを読み込むように目を閉じ、
「ぁ―――」
そしてその中身を読み取った。
エルトリアでの生活、その崩壊した理由にたどり着く。
「う、嘘よ」
震えながら、デバイスを両手から零して頭を掴む。その様子を哀れに思いながらジョン・ドゥは眺め―――興味をなくすように視線を外し、学校の方へと戻した。
「どいつもこいつも哀れでどうしようもなく救いがないもんだ……」
世の中にはどうしようもない悲劇が溢れている。それこそ、欠伸が出る程に。もはや絶望も嘆きも怒りも、全て見慣れてしまった老練の剣聖にとってはこの程度日常の一幕でしかなかった。されとて、無関心という訳でもない。必要な事ではあるのだ。故に、
「さーて、どうなるか」
背後から聞こえてくる少女の悲鳴と慟哭を無視して、物語を進める。
三人目。
引きちぎった頭を校門の外に投げ捨てた。体の方は流石にグラウンドの真ん中に置きっぱなしにしたら邪魔になるだろうし、皆に配慮して端の方へ蹴り飛ばしておく。
「あ……まぁ、いいか」
強く蹴りすぎて体が真っ二つに割れてショットガンの様に血肉が散らばってしまった。軽いグロテスクな光景が広げられ、寧ろもっとグラウンドが汚れてしまった。まぁ、後で清掃のおじさんが片付けてくれるだろうから、このままでいいや。カバンから肉片を払い落として校舎の中に入る。
「おはよう」
挨拶をしてみるが、返事はない。酷い、折角頑張ってみたのに。
まぁ、いいや。あいつらどの教室だっけ?
上の学年を全部試せばいいだろう。まだホームルームの時間もあるし、先生が来る前に始末すれば問題は何もない。
そういう訳で、階段を歩き始める。校内は嫌に静かで、普段存在する騒がしさは欠片も存在しなかった。まるで台風を前に布団をかぶっているような状態だった。防災訓練でもあったかなぁ? なんて考えて―――ちょっと、笑った。
階段を上がってみれば道を塞ぐように先生たちの姿が見えた。
「あ、おはようございます先生と先生方。丁度良い所でした。最近俺にちょっかいかけてた塵の事知りません? 半分は潰したんですけどまだ半分が残ってまして……。いい加減鬱陶しいから始末したいんですけど」
「―――」
声をかけたのに、絶句するように言葉が出てこない様子を先生たちは見せていた。だがその中で唯一、担任の先生だけがやる気のなさげな声で、頭の裏を掻く。
「あー、カルマギア。それ、やらなきゃいけない事なのか?」
「生かしておく理由がないので」
「ないかぁ……面倒だし後回しにしない?」
「宿題は先に終わらせるタイプなんで。ほら、生きているって事実があるだけで吐き気がするし。だから殺したいんで居場所がわかるなら教えてください。じゃなきゃクラスを片っ端から―――」
と、言葉の途中でバインドが体を縛り上げた。お、と声を漏らすと、別の教師が魔法を行使していたのが見えた。
「無駄だ、もうこいつは道を踏み外したんだ。無理矢理止めるしか―――」
「ははっ」
バインドを千切る。そのまま前に飛び出す。バインドを使用してきたという事は
死んでしまえ。
バインドを放った教師に飛びつく様に顔面を掴み、そのまま爪を皮膚に差し込んで顔面の皮を剥ぎ取る。絶叫で大きく開く口、その下あごを掴んで引き抜く。二度と閉まらなくなった口を捨てながらこれから死体となる男を蹴り倒す。足の下で胸が踏みつぶされるのを感じ取りながら、視線を横へ、此方に攻撃の矛先を向けようとする先生へと向けた―――えーと―――体育教師だったか? 接近と同時にアクションに入っている辺り、反応が早い。前に体を滑らせるようにシュートを回避しながら足で引っかけた死体を蹴り上げる事で即席の盾にする。回避した直後の動作を死体で阻止しつつ、後ろから死体を抑え込み、
体育教師の下へと潜り込む。死体を放棄しながらそのまま金的。玉を潰しながら落ちてきた首に中指と人差し指だけを伸ばした手で指を突き刺し、抉る。喉を横に引き裂きながら体を横に倒して転がる。次の攻撃に備えて素早く回避動作から次の攻撃の態勢に入るが、追撃が来ない。
視線を残された教師陣へと向ければ、ほとんどが顔面蒼白になり、吐いている者もいた。
唯一平気そうなのはクラスの担任だけで、何時も通りの気だるげな表情のまま、
「あー、カルマギア?」
「はい」
「お前が探してる奴、俺、知らないんだわ。悪いな」
「いえいえ、先生が知らないんじゃ仕方がないです。じゃあ探して殺してきますね」
死体を邪魔にならないように、廊下の端の方へと蹴り飛ばして退ける。そうやって邪魔なものがなくなったら。先生たちを置いて次の回へと向かう。確か上級生のクラスは上の方だった筈だ。正確にはどのクラスがどの学年だったなんて覚えてないし、相手が何年生だったかなんても覚えてない。
だけど、まぁ、適当なクラスに行けば見つけられるだろう。そう思って探し始める。
だがそんな必要はなく、階段を上がればすぐにその姿が見えた。
ガンガンと懇願するように教室の扉を殴る姿が。だが魔法によって強化されているのか、扉は開く事も壊れる事もなくその姿を受け入れない。足音を隠す事もなく階段を上がり切れば、上がってきた此方の姿を見て絶望したような表情を三人は浮かべた。迷う事無く一人は逃げ出したのに対して、残された二人は腰を抜かすのと、必死に助けを求めて扉をたたき続けていた。
「開けろ! 開けてくれよぉ! 開けてくれぇぇええええ―――!」
「嫌だ、死にたくない、死にたくない、死にたくない―――」
必死の懇願が心地の良いものとして耳に届いてくる。あぁ、そうだ、そういう悲鳴は心地が良い。散々見下してきた相手がこうやって必死を見せているのだ。良いぞ、怯えろ、泣け、そして喚け。それだけ無様な姿を見せればこの心も晴れやかになって行くだろう。
でも、まぁ、煩いから殺す方が優先だ。
直ぐ近くにある、校内の自販機を掴んで壁から引きはがし、投げる、必死に懇願していた生徒を一人轢きながらそのまま押しつぶしたまま廊下を滑らせる。赤く潰された線が廊下の奥へと向かって引かれて行く。それを無視して扉の前で涙を流しながら祈るように縋る言葉を零す姿を見た。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、助けてください、許してください、許してください―――」
壊れたように同じ言葉を繰り返す姿を見て首を傾げて、
「許すも何も、殺すだけだから大丈夫さ」
「ひっ」
頭を掴んで、それを扉に叩きつけた。そのまま扉を粉砕して、軽く体を放る。頭を下に、足を掴んで鞭のようにしならせて破壊した扉を完全に粉砕するように叩きつけた。悲鳴と恐怖の声が漏れる教室が開き、血だらけになった人型フレイルを軽く持ち上げて振る。
「ありがとう、おかげで捕まえられたよ」
感謝の言葉を告げてから壁に―――窓に叩きつける。
ガラスが割れて弾けて、顔面に大量のガラスが突き刺さったフレイルになる。頭蓋骨はそこそこ硬いし、鈍器として悪くないなぁ、と思いながら教室の壁を破壊するように奥へと逃げた姿を歩いて追う。
がす、がす、がす、と音をたてながら壁に、窓に叩きつけながら歩く。手の中にあった感触が叩きつける度に段々と削れ、変形し、壊れて行く。もう少しは持つかと思ったが直ぐに壊れてしまった。壊れたのならもう使えないし、握りつぶして投げ捨てる。
おしまい。
後一人。
殺せばホームルームだ。
小さく笑いながら歩いて追いかける。恐怖の匂いは空気に色濃く残っている。学校中から感じる恐怖の匂いの中でも最も濃厚で、そして死に近い匂い。これを逃す訳もなく、歩いて近づいてゆく。必死に逃げようとする姿は見えなくても、足音でどっちに向かっているのかは解っている。だから廊下の反対側へと向かおうとする足を止めて、窓の外へと視線を向ける。
そうすれば、グラウンドを横切るように走るその姿を見つけた。
「足が邪魔だな」
窓枠に手を伸ばして、レールを引きはがす。それを軽く握って整形し―――敷地外へと逃亡する姿目掛けて投擲する。
一瞬で加速を得た鉄の槍は狙い通りに走っている姿の足に突き刺さり、そのまま勢いを衰えさせることなく千切るように貫通して大地に刺さった。グラウンドから絶叫に近い悲鳴が上がり、学園から恐怖の色が濃く感じ取られる。良し、これでもう逃げられないな。軽く息を零しながら開いている窓からグラウンドへと飛び降りて、歩いて近寄る。
それでも生き延びようとする姿は両手で地面を這いずり、外へと向かおうとする。
その姿を、背中を踏みつけて止める。
「つかまーえた」
「や、止めろ! 止めてくれ!」
必死に足元で足掻く様にじたばたと動いている。まるで針に突き刺さった虫のようで気持ち悪く、哀れだ。こんな連中に見下されないといけない自分の人生にはうんざりだ。どれだけ力を持っていても、障碍者だと思われればずっと見下されて、こんな塵が直ぐに現れるのだろう。
「存在する意味あるのか、この社会……いや、俺か」
無価値、無用、無駄。魔法が使えないのであれば存在する必要はないとさえ思われる社会の中に、居場所なんてものは当然ないのだ。なら好き勝手やっても良いだろう。好き勝手されているのだから、好き勝手やり返す。生きているだけで不利になる社会の中で馬鹿正直にルールを守る意味がどこにあるんだ?
守る意味がないじゃないか。
「自分より弱い奴をいじめるのって楽しいだろう? 抵抗してくるやつを上から見下して、笑った、カスがって大笑いして」
「っ、そ、そんな事はないぞ」
「嘘だ。だって俺は今超楽しいもん」
「いぎぃっ―――」
足に力を籠めれば肋骨が折れる。背骨だけはおらないように力加減をしながら少しずつ圧力を上げて行く。口から汚い悲鳴が少しずつ、少しずつ大きくなりながら泣き喚いて許しを請う。それを無視して、学校中に聞こえる様に更にプレッシャーをかけて行けば、段々と足元から力の気配が消えてゆくのが解る。あぁ、こいつも死ぬのだ。こんなにもあっさりと。
あまりにも弱く、脆い。可哀そうなほどに。
「じゃあもういいや」
「びっ」
汚い声が漏れて潰れて死んだ。完全に背中が陥没し、貫通している。ちゃんと千切れる様に踏みつぶしながら、それを蹴り飛ばす。もはや死んでしまえばただの肉塊だ。魂はもうこの身には残っていない。無意味な行いではあるものの、
「はぁ―――すっきりした」
すっきりはする。
復讐に意味はないし、何も生まれてこない。
だけどそれはそれとしてすっきりするのは事実だ。だからやれるのならとりあえず皆殺しにしたほうがすっきりして気持ちが良いのだ、という知見を今回の件で得た。今度からは我慢せずにぶっ殺していこうと思う。
そうやってすっきりしていじめっ子を全て始末したところで、視線を校門へと向けた。そこには立ち尽くす、黒い姿が見える。今朝、別れた時とは違って険しい表情を浮かべた彼女は校門を抜けてグランドに出てくると、真っすぐと視線をこっちへと向けていた。
「シド―――なにやってるんや」
怒りとも困惑とも、悲しみとも見える表情を顔に張り付けた幼馴染―――ジークリンデ・エレミアの姿がそこにはあった。ここまで濃密な血と死の気配がするのだ、彼女であればかぎ分けられるのも道理だ。それに引き寄せられるように戻ってきたのだろうか?
どちらにせよ、
「あぁ、ジークか。逢いたかった」
彼女ならこんな糞みたいな自分の人生を終わらせてくれるだろう。
そんな願いを抱いて、彼女を見た。
いっぱいいっぱい殺しちゃったね……?
次回、vsジークリンデ。