―――誰や、ここまで大事な人をぶっ壊した奴は。
絶対に許すものか、という怒りと殺意を全て胸の中に抑え込んで飲み込む。これはシドへと向けるべきものではないからだ。彼をこういう風に壊した相手にこそ向けるべきものであり、そして同時にこの状況をどうにかしなくてはならない、使命感というものを背負った。自分が今日というこの日、一番近くにいてこの結果を止められる一番身近な人物だったのだから。この事態を見過ごした者としての責任がある。
だけど同時に、どうしてこうなってしまったのかが全く分からなかった。
自分が知っているシドという幼馴染は、確かに強いと言えるほどの心の持ち主ではなかった。だが友達にも、家族にも恵まれていた。そして日々のストレスなどに関しても軽減され、癒されている。言ってしまえば環境的に恵まれている。ここまでぶっ飛んで壊れるだけの理由が存在しない生活を送っていた。少なくとも、多少夢が潰れた程度で壊れる程弱くはないし、弱ってはなかった。夢がつぶれた程度で壊れるのなら、今頃ミッドチルダという世界は世紀末だ。いや、ある意味で世紀末レベルで治安の悪さが問題にはなっているが。だからシドが壊れるという原因が解らなかった部分がある。
だけど結果を見ればシドは壊れてしまった。人を殺し、それを見て楽しそうにしている。
……いや、暴力振るうんの、楽しいよなぁ。
ある意味それはシドが抑圧されていた自分のパーソナリティなのかもしれない。エレミアでは人の殺し方も壊し方も記憶の継承を通して学ぶし、そうじゃなくても若いうちに戦地に連れていかれて人殺しを覚える。そして誰もが鍛え上げた暴力を振るう事の楽しみを覚え、それを抑え込むための訓練を覚える。だけどそんな生活とは無縁だったシドなのだ、自分の全力を振るう事への抑圧は日々高まっていただろうし、それを一気に開放した時の快感は絶頂に達するモノすらあるだろうと思う。だけどそれが出来る様な人間じゃない。少なくとも、人を殺すという発想に至れるだけの強さはない。彼は本質的に、弱く、そして優しい人間なのだ。自分の為に力を振るうという事が出来ないタイプの人間だからこそ、騎士というスタイルには誰よりも似合っていた。
少なくとも、それが自分の知っているシドという幼馴染だった。
だけどそれは自分の知らない何か、どこかで確実に狂っていた。
少なくとも、どこかで狂わなければこうはならない。
だからこの件には犯人がいる。確実に裏がある事を確信できた。だがその姿が確認できない。そしてそれを調べるのは今やるべきことではない。今、己がやるべきことは、この優しすぎる少年が本当の意味でボロボロになってしまう前に、その凶行を止める事だ。もはや命が失われてしまった事実に変わりはなく、どうしようもない。だがこれ以上の犠牲が出る事を止める事は出来る。
ここで、それを成し遂げられないのなら何の為の力だ。
何のためのエレミアだ。
「シド……」
「ジーク」
名前を呟きが返答が返ってくる。シドは血に濡れた表情でこちらに笑みを向けてくる。その痛々しい姿を見て、胸が痛む。どうしてこうなる前にどうにかできなかったのだろうか。いや、そう考えるのは己の傲慢か。力があろうが万能ではないことは500年前に証明されている。
「ずっと、思っていたんだ」
「何を、や」
「いいよな、ジークは。力があって、才能を持っていて、自由を持っていて。好きに生きられるだけのものを持っているのが」
「……」
「ずっと、ずっと妬ましく思っていた。それだけ強いのに魔法も使えるの、ずるいよなぁ……って。なぁ、なんでジークはそんなに持っているのに俺はこんなに持ってないんだ? なぁ……なんでだよ、なぁ」
「……」
「……」
シドの本音に、何も返答できずに目を閉じ、拳を握る。鉄腕を展開しながら口元まで持ってゆく。拳に軽く勝利を誓う様に口づけを落とす。こういう事を彼に言わせてしまっている事実に心が痛む。いや、本当にだ。こういう事を言える様な人間じゃなかった。少なくとも、普段の彼は誰かを傷つける事を恐れる様な人だった。だから、
「ごめん……とは言わんでシド。生まれ持ったものをどうこうする術はないんや。何よりも謝るのはシドに対して失礼やろうからな。それにウチは好きやで、ありのままのシドの事」
「そっか、そう言ってくれるのは嬉しいよジーク」
嬉しそうにシドは答えた所で、拳を握り、左半身を前に出すように構えた。
「じゃ、死んでくれ―――ジークが生きている間ずっと、劣等感に苛まれるのは嫌なんだ」
そんな、脈絡もない言葉と共にシドが踏み込んできた。泣きそうな気持ちを置き去りに、踏み込んできたシドに対応するように前に出る。真っすぐ突っ込んでくる拳を片手で受け、横へとそらしながら蹴りを叩き込む。素早く叩き込んだ一撃に反応し、シドが吹き飛びながら空中で一回転し、校舎の壁に両足で着地する。
その姿へと目掛けて素早く追撃する。校舎の壁に立っていたシド目掛けて地面から跳躍して加速し、拳を叩き込んで壁を粉砕する。だがその直前にシドが横へと避ける動きを作り、校舎の壁に立ったまま回避を行った。そして拳を叩き込んで硬直する瞬間を狙って拳を叩き込んでくる。だがそれは見えている。叩き込んだ拳を軸に、体を引き寄せて壁ぎりぎりに体を滑らせるように走らせながら、拳の範囲から逃れる様に体を片腕で投げた。
投擲するように跳躍する。
壁から出っ張っている鉄パイプを掴んで、そのまま距離を開けようとする。だがシドが校舎の壁を蹴り飛ばす。地面をひっくり返すように、蹴り上げた校舎の壁、その面を逃げた先へと蹴り叩きつけてくる。逃げ場を殺してから、破壊しての追撃であるのは見えている。
故に回避せず、魔力と技能を持って正面から突破する。迫りくる面に対して正面から校舎の壁を蹴って飛び出す。使うのは拳ではなく肘。迎撃する人体箇所で肘が一番硬く、迎撃に向いているからだ。故に左肘を叩き込むように壁の向こう側に来るであろうシドの存在に備えて壁を粉砕し、
「受けっ―――!」
頬に肘を叩き込まれるものの、最初から受けて立つことを前提として動いていたが故に、その身へのダメージは薄い。問題なのは引き込まれるように攻撃を受けられたことであり、ここから回避も防御するのも絶対に間に合わないという事実だ。
音を越えた拳が振るわれる。必殺にも匹敵する、人体を完全破壊する為の一撃。振るわれるものに容赦も油断も、手心も存在しない。シドは殺す気で拳を振るっている。その事実が何よりも悲しく、そして絶対に他の連中には見せられないと確信する。
そう、血を見るのは自分ひとりで十分―――昔からその役割はエレミアが担ってきたのだから。
「がっ、ぐっ」
拳が入る。だがその瞬間に《神髄》が自動的に発動した。瞬間的に全身が脱力し、衝撃が入るのと同時に水の中を伝播するように衝撃が体をすり抜けて背面へと通った。完全に殺しきれる威力ではないものの、それで殺人的な衝撃は大ダメージ程度のレベルまで落ちた。そのまま殴り抜けるシドの拳を硬気功で防御を固めて殴り飛ばされつつ、
その瞬間に蹴りを喉へと叩き込んで潰す。
死の瞬間に対する自動発動として入った《神髄》が1000を超える技能から必要なものを最適解でピックし、肉体に適応させる。その結果として致死を免れ、激痛を感じ、窓を貫通しながらも五体満足で教室内に両手足で着地する。
「かはっ、こほっ―――容赦あらへんなぁ……!」
今のはまともに喰らいかけた。ちゃんと入ってれば胸を貫通するだけの一撃だった。油断、していたという訳ではないが……それでも、心の底では殺されないと思っていたのかもしれない。その考えが今の一瞬を終わらせかけていた。反省やなぁ、と胸中で呟きながら《神髄》の咄嗟の発動に感謝した。今の介入がなければ終わっていた。そして今のは覚えた。もう二度と同じ手には乗らない。
エレミアは成長する。戦いの中でも。殺しそびれる度にまた一歩。
だから今の経験を糧に成長する。対シドを想定して自分の戦術と技能を組み替える。魔力の身体分配を入れ替える。攻撃力と防御力に多対する割り振りを変える。より最適に、より勝てる様に自分の肉体を一時的に改造強化する。その変化を一瞬で完了させ、両手足で床を踏んだ状態のまま、急いで人が減って行く教室に窓から入り込んでくるシドを見た。
「良いざまだなジーク」
「なんや、悪い趣味でも覚えたんかシド―――おしおきやで!」
武装形態換装。ジャージから一瞬で戦闘用の服装へと変化させる。そこからシドの呼吸を読み取って、踏み込みやすいタイミングに接近した。超反応とも呼べる感覚でシドが反応し、片腕を防御のためにガードに回し、もう片手を殴る為の拳にしている。それはさながら盾と剣を構える騎士のようであり―――それから最も遠い闘い方でもあった。
「安易に防ごうとすれば折ることになるで!」
拳を叩き込み、シドの体を持ち上げる様に殴り飛ばしてから宣告する。そしてそれを実行するように、ガードに入ったシドの腕をへし折る。カウンターとして同時に放たれる拳を回避しながら、殴り飛ばしたシドを追撃するように一気に接近する。殴り飛ばされたシドが中空で受け身を取ることもなく、周辺にある机を蹴り飛ばして牽制してくるのを、同じように投げつけて弾き、接近する。
シドが壁に衝突し、動きが止まる。接近しながら床に罅を入れる様に踏み込みに力を入れる。そのまま魔力を拳に集中させ、下から抉り込むように拳を叩き込む、が、
届かない。
シドがそのまま後ろへと向かって
普通に考えればそんなありえない回避方法は取れない。だが圧倒的なフィジカルを保有するシドだからこそ実行できる手段だ。いや、魔力による強化込みで実行できる者はいるだろう。だが実際にそれを実行するような発想に至れる人間が少ない。当然だが、壁は壁だ―――体を押し付けて回避するなんて発想は、基本的に
故に完全なる奇襲。誰も浮かばない発想。回避するにしたって左右か上かのどちらかという発想を粉砕するような回避の仕方。わずかに踏み込んで攻撃を繰り出そうとする此方の一撃が、わずかに届かない距離を調節している。
そして入るのは腕よりも長い脚による一撃。
即ちその全体重を、そして上半身が放つ一撃を支える為の支柱である下半身―――蹴りの一撃。
それに反応した。
当然、反応する。
この身は
命中する直前にまで迫った蹴りに反応し、防御をすることなくその足を踏み台にする。だがそこはシド、卓越した反射神経で即座に意図を理解して体を更に引こうとするも、遅い。足を踏み台に更に接近し、加速しながら両手を広げる様に腕と首を掴みに行く。
壁を貫通し、反対側へと突き抜けながら首と腕を極め、ホールディングに入る。完全に極めた状態に入りながらも身体能力だけでシドが抜け出そうとするも、上から身体強化のプレッシャーをこめてロックを強固なものにしつつ、
「おっ、ち、ろぉ―――!」
加速を、慣性を殺す事無く倒れる中で一気に回転させる。
血液の流れを止め、急加速と回転を加える事で
倒れながら高速で回転し、その姿を床へと向けて叩きつけようとし―――首に痛みを感じた。
「がっ、ぐるるっ……がぁ!」
首の肉が食いちぎられた。流石の衝撃と痛みに一瞬だけ極めが緩み、そこから抜け出すシドが片腕で床を掴み、体全体を振るう様に蹴りを放つ。両腕を交差して吹き飛ばされながら、片手で食い千切られた首筋を掴んで魔法で止血と治療を開始する。だが終わる前にシドが一瞬で接近した。拳を片手に、もう片手には教室から強奪された剣型のデバイスが握られている。だが既に、握ってる時点で罅が入っている。シドの一撃で壊れるだろう。いや、壊すように使うだろう。
「ちぃっ!」
「おぉ!」
シドの拳を横に滑って回避しながら素早くカウンターを叩き込む。だがシドの姿は後ろに僅かにスウェイしながら素早く姿勢を低くしながら再接近しながらアッパーを繰り出してくる。バク転で回避しつつサマーソルトで拳を蹴り上げて、着地しながら素早く、
「殲」
消滅の鉄拳を放つ。触れたものをシミュレーターの保護があったとしても、容赦なく消滅させる必殺の拳。エレミアに継承される殺す為の奥義を放つ。防御すればその瞬間に敗北が確定するその奥義に対して、
シドは正面から踏み込んできた。デバイスを片手に、息を吐き出しながらも鋭く、
「業式―――」
かちり、と直感が一瞬の危機を察知する。一秒前に死を予感させる直感が自動的に《神髄》を発動させ、最適解を自動で導く。
「撃」
スローモーションにも見える視界の中で、消滅の拳が真正面、シドの握るデバイスをとらえ、
「絶」
カルマギアの剣術、その極技が放たれた。
前半戦