殲撃と業式・絶が交差するのは一瞬だけ。互いに狙っているものは相手の命。故に馬鹿正直に正面からぶつかるような事はしない。殲撃は触れたものを消滅させるエレミアの固有継承技能からくる必殺の奥義。業式・絶はカルマギアの単純な超越的スペックを完全コントロールして放つ繊細な100%の威力での斬撃。単純に見れば殲撃の方が勝るだろう。だがそもそも、カルマギア一族は死に辛い。極限まで極まっている肉体素質は当然のように魔法に対する高い抵抗力を兼ね備えている。つまり、必殺の一撃である消滅が完全な形では通らない。
故に、自分もシドも、必殺を狙って攻撃を叩き込む。確実に叩き込める角度、速度、威力を載せて同時に叩き込む。
結果、腕が斬り飛ばされた。鎖骨が折れ、そしてあばらが砕ける。
そしてシドの胴体を引きちぎり、腸が零れていた。
互いに攻撃を分かち合った反動でのけぞりながら数歩後ろに下がり、動きが一瞬だけ停止する。だがそれも一瞬だけだ。即座に反応し、斬り飛ばされた腕を掴み、それを切断面に押し付けながら魔法を行使する。同時に有事に備え常に携帯していた高速回復薬をベルトから引きちぎり、ケースを開けることなくそのままかみ砕いて中の液体を喉の中へと流し込み、一瞬で腕を繋げ治す。こんなものは使われないのが当然一番良い。だが、使う時が来てしまった。
痛みを腕に感じながら、断線していた神経が再接続を果たすのを感じ取り、そして正面で動きを止めていたシドが腹から零れた腸を押し込んで傷口を無理矢理塞ぐ。ぐちゅぐちゅと音を立てながら内臓を押し込むとそのまま、その上から傷口を抑え込んで置き―――じゅっ、と焼ける音と共に傷口が塞がって行く。まるで焼いて塞いだようだが、そうではない。
ただ、単純に肉体の再生が早すぎるだけだ。
死という危機を前に、そして精神的な高揚を理由に、シドの肉体がついにリミッターを外している。再生速度のありえない上昇具合はそれが理由だ。カルマギア一族は異形だ。何せ
だから腸が露出した程度では痛い、とうめく程度のダメージしかない。再生、身体、意識力、精神性、そのリミッターが外れた状態に入ってからが本番。つまり今、この瞬間からが第二ラウンドの開始であり、
「さぁて、後は1回殺さなあかんな……」
シドに聞こえないように小さく呟き、《神髄》を開放できる段階まで完全に開放する。習得している数千の技能から、自分に最適化された技能のみを先祖の経験と記憶が自動的に導き、適応する。膨大なデータベースから思考して抜きだすのではなく、積み重ねられた経験から最適解を算出する。未完成で未熟、《消滅》を父のように完全に纏える訳でもない。だが最善最高、最強の状態で戦うのであればここからは常に《神髄》を纏う事となる。
肉体のリミッターを外したシドと、脳のリミッターを外した此方。
……どうして、こんな事になってるんやろな。
嘆くのは一瞬。その一瞬だけ。だがその思考を直ぐに切り捨てる。そうでなければ殺せない。
故に《神髄》のスイッチと回復薬による再生を終わらせて、殺す為に飛び出す。拳に必殺をこめて一瞬で間合いを詰めて打撃を正面からシドの顔面に叩き込み、殴り飛ばす。その姿は吹き飛ばされながらも中空で再生を完全に完了させ、突き抜けた隣のクラスの壁に着地すると、それを足場に此方へと飛んでくる。
今までの倍近い速度で。
それを感覚で迎撃する。
正面から―――迎撃すると、その反動で腕がもげる。故に威力を完全に殺すように、シドの動きに合わせて受け流しながら体の動きに合わせて打撃を叩き込む。だがそれを拒絶するようにシドが身を固めながら強引に攻撃を無力化して、今度は中空で攻撃を放ってくる。
連撃。
拳と蹴りを素早く連続で回避しながら交差させる。教室内が繰り出される一撃一撃によって粉砕され、砕け、そしてガラスが校舎の外へと向かって吹き飛んで行き、シドが最後に繰り出す蹴り上げで天井が粉砕されて上の階へと繋がる。そのすべてを紙一重で回避しつつ接近する。攻撃によって巻き上げられた机や椅子を足場にすることで空中を何度も跳ねる様に、普通に飛行するよりも遥かに視覚では捉え辛い動きを取る。
《神髄》により神速の技能を身に纏う。行動は最速最短を進むだけではない。空気の流れを読む事で、風の通り道に乗り、合間の空間を空気抵抗を載せないように進める事で風に逆らわないように進む事で小数点以下の秒数で動きが縮まって行く。これを常に最適化して行う事で速度は飛躍的に上昇し、
時折、脳が反応できる領域を超越する。
故に純粋な速度でシドに勝らずとも、技巧の差で詰めて、先手を取る。
接近と同時に素早く五連撃、拳で放った一撃がシドの姿を一気に上へとカチあげるも―――ダメージを受けた瞬間から再生して行く。そして攻撃を受けながらものけぞらない、怯まない、動きが続く。
攻撃を受けながら放たれる。足場を蹴りながら回避するも、その衝撃と余波で壁が抉れ吹き飛び、体が押し出されて窓を割って抜ける。
廊下に転がるように着地しながら、天井を突き破るように上から落ちてくるシドを回避する。バックステップで距離を開ければ大型ロッカーを二つ、鈍器としてシドが振るってくる。肉体に劣るその強度は拳で迎撃可能、即座に破壊しながら大ぶりな一撃の隙間に割り込んで胸に拳を叩き込み、殴り飛ばそうとして、
―――そのまま飛び込むように衝突された。
引きちぎられたロッカーと一緒に体が吹き飛ぶ。空中で体勢を整える様に一回転を加えながら魔力で足場を生み出そうとして、
シドの拳が顔面にあった。
「っ、ぁ―――!」
無理矢理体を引きはがして回避する。かすれた拳が頬の肉を引きちぎって抉る。だが伸び切った腕を掴み、組み付き、一瞬でへし折りながら体に回転を加えて床に叩きつけて粉砕する。頭、首、腕を同時に破壊しながら貫通した床の下へと投げ込んで殲撃を上から叩き込む。
消滅の一撃が穴を穿ちながら落下するシドを追撃するも、その下から生命力の爆発がはなたれ、相殺しながら鉄パイプが鞭のように振るわれる。校舎の外へと逃げ出して廊下を両断するように振るわれた一撃を回避し、窓枠を掴んで廊下の中へと飛び込み戻る。そこにシドの姿はない。恐らくは奇襲の為に姿を隠したか。
「救ってやる……って言えた義理やあらんけど、他の連中にそんな顔は見せられへんのや」
あの日常が戻るかどうかは解らないが。
この場、この場所において。
皆の心を、或いは未来を守れるのは自分だけだ。
その思いが、傭兵としての誇りが今の自分を支えている。
故に、動く。風を読み、空気の流れを読み、
だが―――何とかする。
壁が5か所同時に吹き飛ぶ。どこから侵入するというのを読ませない手だ。だがシドはこういう時、直球で勝負を仕掛けてくる。一番最初に爆ぜるのは背後の壁、二番目が前、そして続く様に横、背面、横。だがシドが来るのは正面からと、その性根から理解して対応する。
正面から来る姿に相対するように拳を持って応対する。放たれる拳をぎりぎりでよけずに、受けてから流すようにダメージを軽減する。ここまでくると回避した方が追い詰められて必殺につながる。相手はともかく、此方は一撃でもクリーンヒットした瞬間に終わる。
だから距離を殺す。
接近して素早く叩き込む。
消滅を纏った拳を顔に、腕に、肩に、腹に叩き込んで肉と皮を削いで削り、その血を浴びて行く。だが一瞬で再生するそれは生命力と寿命そのものを削っている。命削りのリミッター解除は後先を考えない手段。だがそれを取るまでに理性が吹っ飛んでいるとも表現できる。
―――まだや……!
拳と蹴りの応酬がその場で続く。その反動で床がはがれ、廊下が崩れ、落ち始める。だがそれに気にすることなく崩壊する足場で殴り合いを続行する。加速し続ける拳と蹴りを体で受け流しながら力を削ぐ。だがそうやって受け流せるダメージは完璧ではなく、発生するたびに肉が抉られ、骨が軋む音が響く。苦痛に対する耐性を保有していなければすぐにでも絶叫しそうな痛みを堪える。
既に連撃の間に腕の骨は一度折れている。相手のように瞬間的に再生させることは無理だから、折れた個所を鉄腕のカバー領域を増やし、そのまま鉄の棘を差し込むことで固定化することで応急処置とする。それでもまだ殴り続け、削り続ける。
何もかも吐き出すように。
ここで、絶対に負けてはならないから。
だが壊れるのは当然此方のが早い。フィジカルの差を技術で埋めるも、それが有利になるのは素早く戦闘を終わらせる前提だ。
戦いが長引けば長引くほど、状況は不利になる。攻撃を叩き込んでいる回数では此方が数倍を上回る。それでも状況はシドの有利に転がり始める。即死させられないのが原因で、首への攻撃を使えないのが理由だ。なら無理矢理状況を動かすしかない。
隙を、決定的な隙を作る為に。
そう判断した瞬間、シドが全力で床を踏み抜いた。両側の床が挟み込みように隆起し、そのまま閉じようと迫ってくる。これを破壊して居座るか、それとも回避するのかどうか。その一瞬を離脱するほうに思考が判断する。
このまま居座った所でイニシアチブを奪うのは難しい。必要なのは状況の変化。
即座に跳躍して離脱し、言葉も継げないほどに酷使している肺に空気を送り込んでまだ働かせる。血と共に汗を流しながら上の階へと着地、そのまま壁と床を蹴って上へと逃れる。
そのまま窓から外へ、外のパイプを掴んで体を上へと放り投げて屋上に着地する。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ―――」
両手を合わせて呼吸を整えなおす。全身を痛みの熱が支配している。それを強制的に冷却させながら痛みのノイズを脳内から除去し、一瞬で今出せる最高のコンディションに自分を整える。拳を握りなおして軽く構えを取り直し、神経をとがらせる。
―――どこや、どこから来る……?
瞬間、聞こえるのは耳障りな鉄の音。
視線を素早く駐車場へと向ければ、そこにシドの姿が見えた。
その片手は無造作に駐車場に停めてあったものを―――トラックを掴んで、持ち上げた。
「あー、それで殴られたら流石に死ぬかもなぁ」
シドが咆哮しながら
だったら、雑にそこらへんにある壊れ辛いものを使った方が簡単にダメージが出るだろう。
だがそれでトラックを鈍器に使うというのは流石に引く。
「まぁ、やるで」
魔力強化を更に一段階引き上げる。肉体が悲鳴を上げる。レッドゾーンには既に突入しているが、無視して跳躍する。
直後、トラックの一撃が屋上を吹き飛ばすように薙ぎ払った。その破壊力は武芸の乗ったものであり、屋上にある建築物を容赦なく砕きながらトラックに原型を保たさせていた。完全に振りぬいた姿勢でも筋力で即座にトラックを戻せる辺り、モンスタースペックの名に偽りはない。
だがそれを自由にさせる程甘くもない。
加速、襲撃。
トラックを振るった姿へと突貫する。中空で拳と、迎撃の蹴りがぶつかり合う。そしてそのまま、拳が砕ける感触を我慢しながらシドの足を掴んで校舎へと向かってその姿をトラックごと、叩きつける様に投擲する。空中で一回転する姿が壁を足場にトラックを此方へと向けて投げつけてきた。
飛んでくるトラックの空いている窓、その中へと素早く姿を滑り込ませ、反対側の窓からトラックをすり抜ける様に通過する。そのまま反対側にいるシドへと向けてトラックの窓枠を蹴って一気に加速し、反応が体に追いつく前に一気に急降下キックを首に叩き込み、へし折りながら校舎を貫通させるように吹き飛ばす。
「だ、らっ、しゃああ―――!!」
渾身の一撃を叩き込んでクラスを五つ分貫通させたのを確信しながら、今の一撃で足が折れたのを実感する。度重なる戦闘に耐えきれず髪留めが千切れて、纏めている髪が落ちてくる。喉にせりあがってくる血の塊を吐き出してから腕を大きく回す。
吹き飛ばされたシドが傷口を塞ぎながら起き上がってくる姿を見て、その耐久力に嫌気が差す。不死身すぎる相手はやはり即死を狙うしかないが―――いや、隙を見つけた瞬間に叩き込むしかない。
まだ、戦える。
この身はエレミアなのだから。
黒、そして鋼。折れず、曲がらず、砕けず、染まらずの信念が体を突き動かす。未だに未熟でも一族の者として、そして何よりも幼馴染として、敗北する事だけは出来ない。
だから踏み込める。折れた足を鉄の棘で補強して踏み出す。前へと向かって、ボロボロに崩壊した校舎の中を。土煙の中から立ち上がって歩き出してくるシドへと向かって。あの哀れで愛しい人を止める為にも。止められるのが自分だけだから。
必ず、勝利する。
その決意を胸に抱いて一気に踏み込む。神速を持って一気に押し込む。対応するようにシドが踏み込むために拳を作って腕を引いた。守ることを完全に捨てた溜めの動きを作ろうとして、
「―――」
その目が、見開く様に此方の背後を抜けた。言葉を失い、動きが停止した。何かを見た。何かを察した。何かが背後にある。
だがそれを確認する暇はない。
この瞬間こそが唯一無二の勝機。
「神業」
《神髄》から神業と呼ばれる極技が引き出される。大昔、どこかの誰かが生み出した究極とも呼べる、曲芸とも呼べる技。エレミアだからこそ継承して再現できる、本来であれば唯一無二故に失われる筈の技術。
動きを止めて、攻撃する事を一瞬でも停止させてしまったシドの現状には、刺さる。
到達するのは一瞬。右拳をシドの心臓の上に添える。そこまで来ても、まだシドはこちらを見ていない。奥へと視線を向け、片手で顔を覆っている。まるで親に叱られた子供のように恐怖の表情を見せながらも、血に飢えた獣の様な気配は消えず。
一撃で戦いは終わらせる。
「これで―――終わりや」
ゼロインチ・パンチ、予備動作を必要としないゼロ距離攻撃。それがシドの心臓に叩き込まれ―――その
心臓の動かなくなった体は力が抜け、ゆっくりと倒れる。
「ちが、うんだ、ヴィクター……」
その言葉だけを残してシドは倒れる。その姿を抱きとめる様に支えながら即座にシドの言葉を確かめる様に振り返り、
そこに呆然と状況を見つめる、ヴィクトーリア・ダールグリュンの姿を見た。
シドがヴィクターの事がどれぐらい好きだと言えば、オリヴィエの次に好きでストレートに告白されたらまぁ、全部諦めてもいいか……って思えるぐらいには好きという事実。