一番最初に切り込んだのは―――聖騎士ロランだった。
使用していた剣の代わりに取り出したのは、美しい装飾のされた純白の剣だった。デバイスの格納空間から封印されるように取り出されたそれが誇る魔力、或いは力の熱量はそれこそロストロギアと呼べるものだった。それを個人で保有、運用が許されるのは聖王教会の騎士の中でも、教皇直属の騎士である聖騎士ぐらいであろう。そしてそれを抜いたという事はつまり、
確実に殺す為か、或いは抜かねば勝てない相手が出現してしまったという事実でもある。
一瞬の加速からの衝突。
ロランの引き抜いた剣は、正面から交差するように防御に回ったジョン・ドゥの刀によって受け止められた。先ほどまでのように、問答無用で切り裂く斬撃がそのロストロギアを切断するような事はなかった。
「流石に……《極白の剣》までは問答無用で切り落とせないみたいですね……!」
「折れず、曲がらず、欠けず、朽ちず。永劫不変の不壊概念持ちの剣……デュランダルか。そうか、そういやそいつは教皇庁持ちだったな。いやぁ、イイもんを持ってるじゃねぇか」
ベルカ教皇庁に管理される聖遺物とも呼ばれる、古代ベルカの戦乱で王の一人が振るっていた剣を聖騎士は引き抜いた。概念としての不壊が存在しているが故に、他の装備同様問答無用で破壊する事がジョン・ドゥにはできない―――当然と言えば当然だ。彼の斬撃、破壊は根本的に技術によるものであり、概念を使った特殊技法ではないのだから。
故に《極白の剣》は折れず、ジョン・ドゥと拮抗する。刀を交差させる様に受け、そしてロランが押し込もうとする―――が、その拮抗からジョン・ドゥがすり抜ける。寸前までは確かに発生していた拮抗が消滅する。押し込まれる一瞬に力を込めて拮抗に
ジョン・ドゥからすれば、簡単な話だ。切断破壊できないのであれば回避すればいいだけの話である。
故に当然のように回避に入り―――ロランが攻撃を続けず、攻め込むことを放棄して後ろへと下がる。
瞬間、光の柱が叩き込まれる。逃げ場を拒否するように放たれる光の柱はまさしく
対処できないはずの攻撃に、既にジョン・ドゥは回避のための動作を作り、回避していた。
姿を丸のみするはずの光の柱は上へと向かって切り払われる刀の一撃によって真っ二つに割れ、そしてその間に生まれる隙間に身を滑り込ませる事で回避を成功させる事とする。そのままもう片方の刀を真っすぐ後方へ、攻撃を放った瞬間に硬直するヴェルへと投擲している。
それをインターセプトするようにジュードが割り込み、素手で刀身を掴んで握り潰す。その合間にも後方へと向かって切り込んでくるジョン・ドゥをカインが迎撃する。炎で編まれた剣を十数本生み出し、それが正面の進路を塞ぐ様に迫る。回避が不能である事を証明するように回避先を封じる様に多重に展開された剣をジョン・ドゥは正面から切り払う事で突破し、
その背後から飛んできた《極白の剣》を回避した。
そして、それをジュードが受け取る。
ジュードとジョン・ドゥが衝突し、そして剣魔の動きが抑制される。この陣営の中で最も防御に優れ、最も死に辛いジュードが不壊の剣を握ることで、漸くジョン・ドゥの動きが制限される。決してその猛攻を止められるわけではないものの、その足を唯一止められるのがこの組み合わせであった。故に自分の武器をジュードへと投げ渡す事をロランは躊躇せず、そしてそれを受け取ることもジュードは躊躇しない。その動きに迷いがなく成立するのは純粋に経験から来るものが理由だけではなく、
『―――やっぱりっすね』
この戦闘を、魔法で妨害と支援を織り交ぜながら解析する騎士がいるからこそ成立する。
『あの爺さん、攻撃を避けてるんじゃないっすよ。
即ち回避が不可能な状況か攻撃ではない限り、絶対に攻撃を当てられない。その事実を引き出す。そしてだからこそジュードが更に引けなくなる。ジョン・ドゥの前に立つジュードが聖遺物を両手で握り、それを通常のように構えるのではなく、防御寄りに動く為に自身の前に、盾にするように構えながら剣魔の攻撃に合わせ、対応する。
あくまでも守勢をメインにするために攻撃は消極的に―――ただし、完全に防御だけに回ればその瞬間に食い破られる。その為に攻撃と防御のバランスが求められ、それを神業と呼べるレベルで維持する。斬り込まれた瞬間にカウンターを出し、攻撃を受けて体を削られながらも破壊されない武器だからこそ絶命しないレベルで抑え、体を回避に動かさずに済む。
そこに魔法が殺到する。接近すればジュード以外は即死させられるという事実が踏み込むことを止める。避けられないように放たれる光と炎の魔法。その範囲は間違いなくジュードを巻き込むものであり、
剣魔の刀を抑え込むことを優先としているジュードは、その範囲から出ようとも防御しようともしない。
「やるな」
ただ一言、それを漏らした直後に光と炎が殺到する。空から降り注ぐ光の柱、足元から吹き上がる炎の柱。空と大地から同時に挟み込むように発生する一撃は逃げるには広すぎて、そして切り払うには武器が足りない。それがジョン・ドゥとジュードを同時に飲み込んで燃え上がった。
業火と爆裂が空間を満たした直後、その中からジュードの姿が吹き飛ぶように飛び出す。全身にケロイド状の炎症を被るも、それは音を立てながら即座に再生して行く。その結末を最後まで確認することもなく、ロランが斬撃を振るって薙ぎ払う。氷結の斬撃が光と炎を凍らせながらジョン・ドゥが先ほど存在していた空間を喰らいつくした。
状況は反転、凍り付いた炎と光の色に染まった氷で埋め尽くされた。
『あ、ダメ、まだ生きてるっすわ』
『追撃しろ……!』
氷が内側から砕け散り、マントがボロボロになったジョン・ドゥの姿が露出する。もはやその仕事を果たせなくなったマントを引きちぎるように投げ捨てながら引き抜くのは一本の大剣であり、闇を凝縮させたような輝きを刀身に纏う。
一瞬で再生を完了させたジュードが誰よりも早く突っ込み、攻撃を受け止める為に飛び込んだ。振るわれる斬撃に拮抗しようと極白を衝突させ、
黒の爆発がその姿を襲った。攻撃を受け止めるのと同時に発生した黒の爆発は炎等ではなく、純粋に凝縮された闇だ。それがジョン・ドゥに振るわれた大剣に合わせ、その刀身から爆発するように触れ出し、ジュードの身を焼いた。不壊の剣でその一撃を受け取るも、本来であれば重症として隔離されるだけのダメージを一瞬で受ける。
だがそれでもジュードは揺るがない。己自身を盾として、鎧として、絶望的な力の差の前に立つ。
「お前らもちょっと面白そうなもんを取り出したからな、俺も対抗心を燃やしてコレクションに入っているもんを取り出してみたんだけどどうだ……かっこいいだろ?」
「ふ、ざ、けるな……!」
ジョン・ドゥが笑いながら半歩踏み戻り、開けた距離を利用しながら大剣を振るう。超重量を誇るように見える大剣は体を回転させ、舞う様に遠心力と慣性を乗せて初速を出す事で重量を殺し、最初からそれに重量が存在していないかのように振るわれる。連続で振るわれるその巨大な姿に先ほどまでの鋭さはないものの、ジュードが攻撃を受ける度に発生する爆破は発生するたびにその体を焼き焦がしてゆく。それこそ、ここに追撃で魔法を打ち込めばジュードが即死するであろうように見えるレベルで。
故にロランが背面に到達した。少しでもその殴撃を削る為に背面から迫り、残された剣で攻撃を叩き込む。素早く、しかし力強い一撃は背面からジョン・ドゥを打撃しようとして、大剣の動きに阻まれる。衝突の瞬間に発生する闇の爆裂はロランをも焼き、その姿を弾き飛ばす。だがその動きを出現するバインドは強制的に停止させ、追加で発生する回復魔法が戦闘を継続させる。
無理矢理にでも戦わなければ戦闘が続かない。
だから命を削って戦う。
それでもそれを容易く老人の剣魔は超えてくる。
大剣を捨てれば今度は光を纏う剣を二本抜き放ち、それを前衛の二人へと向けて放つ。斬撃と同時に放たれる光波が2人の姿を飲み込み、抵抗の仕様もなく吹き飛ばす。一気にがら空きになった後衛へと向かってそのまま二本の剣を融合させるように束ねると、そのまま束ねられた光の斬撃を光波として放ち、一瞬で後衛までをも薙ぎ倒す。
「ほい、一人目」
だがその剣さえも投げ捨て、入れ替える様に霜をその周囲に生み出す凍り付いた剣を抜き放つ。起き上がって即座に守護に入ろうとジュードが飛び込むも、空中でその姿が静止する。ジョン・ドゥが放つ斬撃によって発生する氷結の風、それが彼を飲み込んで完全に凍り付かせた。氷塊にとらわれた姿は動かず、停止し続ける。
「二人」
ロランが止める為に全力で飛び込むも、一瞬で凍り付いて停止する。
「三人目、そして四人目」
一歩踏み出した瞬間には起き上がり攻撃を続けようとしたカインとヴェルの間に出現し、剣を二人の間に突き刺す。大地を通して二人の姿が凍り付き、他の二人同様氷塊となって動きが停止した。
これにより騎士達の戦闘は終了する。氷結の剣を肩に乗せ、溜息を吐いた。
「ま、悪くはないが所詮はこの程度か」
ジョン・ドゥの声にはわずかな不満げな色が混じっているが、そもそも戦うというステージに立てた時点で健闘したと言えるレベルの戦いだった。そもそもの話で、相対した時点で誰もがジークリンデ同様、格の違いと戦う事の無駄を悟る。それこそ特別勇気があるか、それとも愚かであるか。そうでもなければ戦う事が出来ない。
理不尽。
その一言に尽きる存在だった。この次元世界の中で揃えられる範囲で最も強い男達を下したところで、不満を示せる程の理不尽。
―――もはや、ジョン・ドゥという名無しの剣魔を止める事の出来る存在はいない。
誰も、何も、その凶行を止める手段が存在しない。
故に唯一許した侵入者を排除し終えたジョン・ドゥは、軽い跳躍と共に崩壊した校舎の中へと戻ってきた。半壊した教室の中、希望を持って戦いを眺めていた少年と少女の所へと戻り、そして少年を見下ろした。
「どうだ―――覚醒したか?」
―――何も、考えない。
何も考えちゃいけない。見るな、知るな、気づくな、理解するな。決して今起きていることを自覚してはいけない。自覚すれば最後、正気を失ってしまいそうになる。だから目をつむって全てをやり過ごそうとして、頭を掴まれる感触がした。
「目を開けろ。俺を見ろ」
無理矢理瞼を親指で押さえつけられ、広げられる。そうして無傷の男の姿が見える。そしてその背後のグラウンドにある、父さんたちの氷像が。負けた。アレだけ強かった父さんたちが、まるで何もできずに負けた。その事実がより重く、辛く、どうしようもない絶望を心に満たした。何をしても、何を想っても無駄であるという事実が心を殺す。
「そうだ、絶望しろ。そうすれば覚醒できるはずだ。お前は
何を言っているのか、まったくわからない。この爺さんは頭がイカレている。間違いなく頭がおかしい。だけど抵抗する力はない。勝てないと理解している時点で心が折れてしまっている。だから何も、抵抗しない。ただ他の皆の様に早く殺してくれという意思だけが残る。
「……ダメか。いや、既に目覚めているんだろうがなぁ……。何かが阻んでるのか? うーん……もうちょい心を突くかー」
懐中時計を取り出した男はそれを確認してから懐に戻し、まだ無事な椅子を取り出すとそれに座り込んだ。何かを待つように足を組んで座る姿に恐怖を覚えつつも、視線を瓦礫に座り込んで動かないジークリンデへと向ける。彼女も彼女で、かなり深いダメージを受けている。死んで、いなければいいのだが。だがその心配をするのすらおこがましいだろう。結局のところ、この惨状の大半は自分がやった事なのだから。
そう、何もかも、俺が悪い。
早く、死なせてほしい。
「―――シド」
そう思ったのに。
「助けて、シド」
良く、知っている声がする。首だけを動かせば、半壊した教室に似合わない綺麗な服装でたたずむ、ヴィクターの姿が見えた。
「聞く、な、シド! それは、本物、やない……!」
ジークリンデが必死に言葉を届けてくる。それが理解できる。こんなところにヴィクターがいるはずはない、と理性が伝えてくれる。だけど、目の前にいるヴィクターと同じ姿と声をした存在からは目が離せなかった。
「シド」
優しい声で、囁く様に声をかけてくる。本物じゃない、とは解っている。
「私を助けてシド。ねぇ、貴方がその中にある力を自覚して。お願い」
目を閉じる。
消えてくれ、消えてくれ、消えてくれ、消えてくれ―――頼むから、消えてくれ。
じゃないと、
「シド」
もう、無理だ。
体が飛び出す。正面のヴィクターの姿をしたナニカの首を両手で掴み、そのまま引き倒す。柔らかい。本物の人間と感触が変わらない。ヴィクターの首もこんな感触をしていた気がする。だけど止めてはならない。止めてはいけないのだ。これは彼女の存在を冒涜している。絶対に、絶対に許してはならない。
「シ」
「っ―――!!」
言葉が続く前に、手にこめて首をへし折った。途端、力を失ったヴィクターの姿のナニカから力が抜ける。もう、それが言葉を紡ぐことはなく、どこまでもリアルにヴィクターらしい姿は自己嫌悪と自分に対する憎悪を煽る。
だというのに。
「シド」
「お願い」
今、殺した感触に泣きそうなのに。
「助けて」
「目覚めて」
「覚醒して」
「自覚して」
「聞いて」
震える両手を堪えながら振り返れば。
「シド」
「シド」
「シド?」
「ねぇ、シド?」
ヴィクター、ヴィクター、ヴィクター、ヴィクター、ヴィクター。彼女の姿がそこに何人もいた。果たしてこれは現実なのかそうじゃないのか。何が本当で何が偽りなのか、頭がおかしくなりそうでどれがどれだか解らなくなってくる。だが唯一変わらない事実は、
こんなもの、許してはいけないという事だ。
醜い獣の様に吠える。手身近なヴィクターらしい何かを掴んで首をへし折る。なるべく、綺麗、汚くないように殺す。動かないそれを捨てて次のを殺す。
心臓を抉って殺す。
首を折って殺す。
心臓を止めて殺す。
息の根を止める。
殺して、潰して、止めて、壊す。喉から漏れる嗚咽を吐き出しながらヴィクターの姿をしていた人形を全て破壊して、殺して、動きを止めて、終わらせる。全部、全部殺しつくした。吐き出しそうになるものを全て我慢して殺し終わった。ここにはもう、何も残っていない。自分の手で終わらせたのだ。
「じゃあ」
なのに、
「シドは私を助けてくれないんですね」
最悪は終わらせた後にやってくる。ヴィクターを全て殺し終わった後で残っていたのは最後の一人、血だまりの中に立つ金髪の少女。歳の程は俺と一緒で、髪を短く束ねている。こんな場所には似つかわしくない、まるでお姫様の様なドレスを着ている―――太陽のようであり、月の様な美しさの少女。
「私の事、助けてくれないんだ」
振り返った先にいたのは、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの姿だった。
「ヴィヴィ……違う、違う違う違う! 違う! ヴィヴィじゃない、ヴィヴィなんかじゃない! ヴィヴィであるもんかぁッ!」
そうだ、違う。彼女ではない。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは既に死んでいる。この時代には存在していない。彼女は己の覚悟に殉じたのだから。彼女の献身があるからこそ、今の自分たちの時代が存在している。だから彼女は死んでいる。
どれだけ好きで、愛していて、触れて見たくても彼女とは生きている時が違う。
「なら求めてみろよ。同じ時を生きる事をよ。お前ならできる。その資格と才能がある」
剣魔からの声に視線を両手に落とす。
「そうだ、お前には唯一無二の才能がある。《時間操作》の素質だ。お前がリンカーコアを持って生まれなかったのはその才能が弾き出したからだ。不要なリソースとして、お前に与えられた天性の資質がそれを排除したからだ。お前が望めば、今この瞬間に覚醒できる段階まで目覚めは近い」
時を越える才能。
……気づいていなかった、と言えばウソだ。
明らかに、異質な才能を抱えている。そうでなければ正気じゃないとしか思えない出来事を経験している。何度も何度も重ねてきたヴィヴィとの夢。だがアレは夢ではなく、既に片鱗を見せていた力の一部だったとすれば―――男の言っている事は事実なのだろう。
だからオリヴィエの姿をした人形に飛び掛かった。首に手を合わせ、そのまま一気にへし折って体を地面に叩きつけた。問答無用で即死させてから吠える。
「ざけんなっ! ふざけんな! ざけんじゃねぇぞクソがぁっ!!」
そう、
「こんな力も! 才能も! 1度も望んだことはねぇよ! 誰がこんな風に産んでくれと頼んだ! 誰がこんな才能が欲しいつった! こんなもん欲しくなかった! こんな力も才能も全部いらねぇんだよ!!」
こんな才能欲しくなかった。こんな力欲しくなかった。特別じゃなくて良い。普通の男の子で良かった。特別強いわけでもなくて、ふつうに魔法が使える、ふつうの学生。クラスメイトに話しかける勇気を持てる、そんなどこにでもいる様な子供になりたかった。こんな才能がなければ苦しむこともなかった。
この才能がなければ、ヴィヴィと出会う事もなかった。
この才能がなければ、彼女を救えないという苦しみを味わう事もなかった。
もっと自由に、好きに生きられた筈なのに。
なのに力がある、血がある。それだけで自由のすべてを剥奪された。この力と生まれがすべての呪いの原因だ。これがあるから何もかも失った。これさえなければ何も苦しむことはなかった。だから欲しくない。欲しくなかった。ただ、何時も通りの日常で友達と笑いあえていればそれでよかったんだ。
だから、叫ぶ。
「求めるかよ力なんて! 欲しがるかよこんなもん! 覚醒? するかそんなもん! ふざけろ! 上から目線で知ったような言葉ばっかり並べやがって! いらねぇ! 全部いらねぇ! この暴力も! 変な才能も! 与えるな! くれんな! 吐き出させろ、この呪いの全てを!」
神様気取りのこの糞野郎に言葉を叩きつける。
「俺は! 何があっても、何があろうとも、絶対にこんなものを求めない……!」
それが、俺の答えだ。苦しくて、泣きたくて、そして吐きそうだ。正気を失ってしまいそうだ。いや、一度失った。狂気のまま人を殺した。それはいけない事で、そして悪い事だ。俺は悪いことをしたから償わなければならない。だから、
逃げちゃだめだ。
力を求めて、それに酔って、ご都合主義にだけ逃げちゃダメなのだ。
それはこの現代を、この今を作り上げてきたすべての人たちの歩みを否定するものなのだから。時を超える力? 救う? 変える? 何を? ふざけんな。そんな気軽にとらえていいもんか。ヴィヴィは、苦しみながら悩んだ果てにゆりかごに乗るという結末を選んだのだ。それを知らせたのは俺だ。
俺が、彼女に結末を教えてしまったのだ。
―――なら、俺がその責任を取らなきゃならない。
彼女が己の役割に殉じたように。俺も、生きるという事に真摯でなければならない。
だから、
「クソくらえ爺。お前の願いは絶対に叶えさせてやんない」
涙が出てくる。自分のやったことに。目の前で並ぶ知り合いの、好きな人の死体の姿に。人形だと解っていても辛い。だけどこんなことを許してはならない。俺がこの惨状を生み出したのであれば、ケリをつけるのも俺の役目なのだ。これから先、どれだけ苦難が降りかかろうともそれを受け入れて生きていかなきゃならない。
そうでなければ、俺はヴィヴィに永遠に顔向けする事が出来ない。
それが、
シド・カルマギアが思う、生きるという言葉の意味だ。
その意思を言葉に乗せて、剣魔に叩きつけた。
「―――」
その返答に剣魔は本当に驚いたような表情を浮かべ、その動きをしばし停止させていた。剣も抜かず、叫んで返した言葉をしみこませるようにたっぷり数秒動く事もなく此方を見つめ続け、
「お前は……」
そう、呟く様に言葉を零した。だが直ぐに頭を横に振る。椅子から立ち上がり、そして虚空から剣を引き抜いた。ゆっくりと此方へと向かって歩いてくる。
「成程、成程―――成程」
恐怖で足は動かない。生物としての次元の違いを本能が理解している。全力を出した所で勝てない。一瞬で肉塊になるまで解体される。そういうレベルの相手であるのを本能が察知し、戦う前から戦う事を諦めさせられる。だがそれでも膝を折らずに、震える体を支え、拳を作って、
せめて、睨む。正面からやってくる剣魔の姿を。
「吐いたな、小僧」
威圧する気配に心臓が止まりそうになる。だが立ち続ける。そして正面まで来るその姿を睨み返す。そうやって直ぐ前までやってきた剣魔は剣を握りなおした。
「なら良いだろう。お前の望みを叶えてやろう」
「え」
斬撃を認識できたのはそれが発生した後だった。苦しみに胸を押さえながら膝をつく。だがそれは斬られたような痛みではなく、内側から湧き上がるような苦しみだった。まるで自分の中でつながっている何かを断たれたような、そんな苦しみ。全身に力が入らなくなり、立ち上がる事さえできなくなるも、上から声が落とされてくる。
「お前の中にあった、力の源を断った」
「ちか、らの……?」
「そうだ。お前が心底嫌っているその身体能力の正体―――その根源だ」
「待っ―――」
それは、生まれ持った肉体のものではないのか? 力に源がある? 原理がある? この力は継承された才能ではなく、別のものだった?
そんな困惑を口にする前に痛みが口を無理矢理閉ざした。そして、同時に感じるのは空間のうねり。正面へと視線を戻せば剣魔の背後の空間が割れている。漆黒に包まれる空間は奈落へと通じているようにさえ見え、無限に落下し続ける底なしの井戸のようでもあった。
だがその奥底、そこには星空が見えた。
「試してやろう、小僧。お前がその吐いた唾を飲み込まずに運命に抗えるのかどうかを」
「う、ぐっ」
首元を掴まれ、体が無理矢理持ち上げられる。そしてそのまま、空間の断裂の中へと押し込まれる。剣魔に片手で抑えられているからこそ落下しないが、その手が開いた瞬間から落下するであろう事は想像するに難しくなかった。
「積み上げられたものを否定し、宿命さえも否定し、それでもなお乗り越える事が出来るのならば……お前が、本物で最後のシドになるだろう」
「な、に、を……」
言っているのか、意味が解らない。頭がおかしくなったのかこいつ? そう言ってやりたくても、苦しみと虚脱感からまるで体が動かない。普段はあんなにも満ちていた力が、今は一切体に感じられなかった。アレだけ破壊して回った力の全てが自分の身から消えているように感じる。
だがそんな此方の困惑さえも無視して、手が離される。
当然、体は星空の浮かぶ底へと向かって暗闇を落下し始める。
その向こう側、断裂が閉じ始める。その中で剣魔の声が聞こえてくる。
「さぁ、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの死の運命を変えてみせろ。それがこの次元世界の―――」
そこで言葉が途切れ、断裂が閉じる。
直後、八方から感じる空間の歪みに脳が揺さぶられる。方向感覚を一瞬で失い、落下しているはずが昇っているようにさえも感じ、正面が背面に見える。後ろでは落下している自分の姿が見え、そのまま左へと流れて行く。
時間が狂っているようにしか見えない空間の中、意識が限界を迎え―――途切れた。
これにて現代編終了。次回、幕間を挟んで古代編開始。
漸くチュートリアルが終わって本編を開始できる。