Disruptor   作:てんぞー

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幕間

 程よく品の良い装飾がなされ、飾られた執務室に一人の男がいる。

 

 人の黄金比とでも呼ぶべき美貌を兼ね備えた男は執務机に向き合い、積み重ねられた書類に目を通すも、そこには明らかに退屈な色が見える。肩ひじをついた状態で書類を眺めている。一枚一枚を確認する動作は早く、しかし熟読されている。単純に素早く読み込む技能を保有しているのが見て取れる。だが他に憂慮するものがあるのか、途中まで確認するとそれを机の上へと戻し、溜息を吐いて目を瞑る。

 

 そこに扉にノックする音が響く。待ち望んでいたように男は目を開き、

 

「失礼します、陛下」

 

「入れ」

 

 室内にまた一人、男の姿が増える。こちらは若く、その姿は二十台の青年の様に見える。魔術師の様なロープ姿の青年はしかし、その部屋には見合わない軽薄そうな雰囲気を纏っており、間違っても高貴な身分にある男と釣り合うような気配を持たない。だが長年の友人を迎える様な笑みを陛下と呼ばれた男は浮かべた。足を組みなおし、両手を机の上に置くと魔術師の青年に言葉を向ける。

 

「で……どうであった?」

 

「とりあえずオリヴィエちゃんの様子は落ち着いたよ」

 

「そうか……」

 

 安心したように一息を零し、その様子を確認していた魔術師が小さく笑う。

 

「いやはや、流石の陛下も末っ子の事は心配かな?」

 

「オリヴィエだけじゃないさ。エルクも、ハウザーも、ラインハルトも、フェドラも皆の事が心配さ。ただ、立場上それを表情に出してしまう事が出来ないだけだ」

 

「王様も大変だねぇ。あー、嫌だ嫌だ。王様になんてなるもんじゃないよ」

 

「いやはや、まったくだ」

 

 そう言って王は―――ベルカ聖王は笑った。宮廷でも数少ない、本音を零せる相手に疲れの溜息を吐きだして。今、彼の中では懸念する事項がいくつか存在していた。そしてその中の一つに、娘であるオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの事が追加されていた。

 

「いきなり錯乱しだしたと言われてちょっと驚いたけど―――今はもう落ち着いてるよ。確認したけど魔術、呪術的干渉も無し。何か干渉されてそうなった訳じゃなくて純粋に精神的な問題だったみたいだね」

 

「お前がそう言うのであればそうなのだろうが」

 

 そこで聖王は一度言葉を区切ると、

 

()()()?」

 

「あぁ、()()さ」

 

 ロープの青年はフードを下ろして銀髪を開放すると、部屋の中においてある椅子を引き寄せ、片足をその上に乗せる様に抱いて座り込む。

 

「悪意はないから放置していたけど、時折時間軸を越えた繋がりが見えているからね。たぶんそれを通してショッキングな景色を情報として取得しちゃったんだと思うんだ」

 

「時間関係の能力か……観測されてからオリヴィエの様子が良くなってきたから放置していたが、やはり切るべきか」

 

 それが益をなすのであれば放置する。だが害が出るのであれば当然の理屈として断ち切るまでの話だ。それは聖王と魔術師の間では認識されている事だった。

 

「さて、そこの判別は僕にはつかないかな。5歳の時、荒れ地同然だったオリヴィエの心を癒せたのは僕でも君でもないし、この城にいる誰かでもない。時を超えた彼女の繋がりの先にあるなにか、だ。オリヴィエちゃんが何と繋がっているのかは僕にさえ把握できない。それぐらい特殊なケースだ。大森林の神才なら話は別かもしれないけどねぇ」

 

「アレは調査の為に隣の大陸にエレミアらと一緒に送りだしてしまったからな。戻ってくるまでは数年はかかるだろう」

 

「あっちはあっちでかなり大変らしいしねぇ」

 

 溜息を吐いた魔術師の青年は、しかしどことなく楽しそうだった。魔術師の領分として、未知や自分の理解できない領域に触れるのが楽しくてしょうがないという様子が見て取れる。それを聖王も理解し、許す。それだけの信頼関係が2人には存在していた。

 

「……やっぱりオリヴィエちゃんは特別か」

 

「私がこの外で心配するそぶりを見せれば、それが贔屓に見えるだろう。オリヴィエは弱いが、能力はある。教育を行い、理由を与えれば怪物に育つだろう。私には既にその未来が見えている。だからこそ―――」

 

「あえて突き放さなきゃいけない、ね。ま、核を二つ保有しているから元々睨まれている子だったしね」

 

「はぁ……さっさと次に王位を渡したいものだ」

 

「頑張れ陛下。今、王様を万全にこなせるのは君だけだ。他の子たちには……そうだねぇ。まだ早いかな。僕の見立てだと後10年はかかるかな」

 

 二人の会話は1年や2年ではなくその更に先、10年や20年、或いは次世代やその次の世代さえも見据えていた。単純に今を良くする為にだれを次の王として選ぶのではなく、それがこの後の歴史や情勢に、どういう風に影響を与えて、どの血を残すかという話になってくる。王である以上、人ではいられない。人としての視野を持っても、王としての判断をしなくてはならない。

 

 それは、個を捨てる事でもあった。

 

 王は、人に非ず。

 

「あの子には、極力幸せになって貰いたいものだ」

 

「腕も胎もダメ。10になれば婚約者を探せる歳になるけど、流石にあそこまでぼろぼろだと嫁ぎ先さえも見つからないからねぇ」

 

「一生飼い殺しにする必要があるやもしれん」

 

 或いは、そう声を零しながら聖王が窓の外へと視線を向ける。その向こう側に広がる城下と空の蒼穹を眺め、

 

「彼女自身が己の道を見つけるやもしれん」

 

「ふむ……それはそれで楽しそうだね」

 

 聖王は己の子たちの能力を疑っていなかった。己の血から生まれた子たちなのだから当然だ。だが父親として、当然の様に彼ら、彼女たちを慈しんでいた。それぞれがそれぞれの道を見つけ、そしてそれを歩むことを本当は祈っている。だがベルカを治める聖王として、聖王の血筋として果たすべき責務というものが存在している。

 

 故に、

 

「ソロモン」

 

「はいはい、何かな陛下」

 

「オリヴィエの繋がっているその時の糸を断て」

 

 オリヴィエが保有する未来との繋がりを断て、と命ずる。その言葉に魔術師は試すように良いのかい? と聞き返してくる。その言葉に聖王は頷きを返した。

 

「何があったにせよ、錯乱する程に取り乱すという事はそれだけ依存しているという事だ。オリヴィエが真に自立するには己の両足で立って、意思を持つ必要がある。向こう側の何某には立ち直らせてくれたことは感謝する。だがそれだけでは彼女の為にはならない」

 

 故に、

 

「時を断て。アレは私の娘だ。苦しみ、悲しみ、嘆くかもしれない。だが必ず立ち上がる」

 

「貴方の仰せのままに」

 

 魔術師はそう答えると、蝶が舞う。銀色の羽を持つ蝶が魔術師の前を通り過ぎ―――その瞬間には魔術師が、初めから存在していなかったかのように消えた。その消失を見届けてから書類を手にする。そこに書かれているのはベルカ近隣諸国の動きであり、また海を挟んだ向こう側で戦場を広げている国家の事であり、そしてこの次元世界の事そのものでもある。ベルカという次元世界の大盟主として聖王には果たすべき義務がある。

 

 そしてそれは決して安らぎを与えない。

 

 王となった以上、もはや個人には戻れない。その任が終わるまでは。

 

 それが―――聖王という存在になった者の宿命であった。




 聖王と宮廷魔術師はズットモだよ……。

 幕間なので短し。電子版用原稿が今月までなので次回更新は月末になります。
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