Ancient Belka - 1
―――吐き気がする。
「うっ、くぅっ」
あの爺、何時か絶対に殺す。その殺意だけは絶対に忘れないようにしなくてはならない。そう考えながらも感じるめまいを振り払う。少しずつ覚醒する意識を確認するように
だが肉体の診断を走らせ、完了したらエラー個所を修正する。そこから体を動かし、目で物が見える様にする。
良し……動く、問題なく。
「くぅ」
苦悶の声を漏らしながらゆっくりと目を開けて両手で目の前の大地を押した。感じる感触は土等ではなく、古い木造の床の感触だった。先ほどまでいた屋上とはまた別の場所―――思い出そうとするだけで頭が痛くなる。
「クソ、あの爺共……!」
怒りの言葉が口から洩れる。だがそれも後だ。あのキチガイ共の事だ、既に手の届かない場所にいるはずだ。その上で絶対に何時か、接触してくる。問題はそれが何時、どこで、だ。だがあの連中は絶対に意味のない事はしない。すべての行動に意味をつけている。だから今は、この怒りを飲み込んで体を持ち上げる。
「衛星も電波も確認できない……断絶してる、んじゃなくて存在しない? 最初から騙してたわけねあの爺……!」
確認するようにつぶやきながら体を押し上げて、立ち上がる。まだわずかに感じるふらつきに顔を軽く片手で抑えながら目に入ってくる景色を認識した。
そこは廃屋だった。いや、一瞬廃屋に見えたが違う。広げられた空間にはいくつか腐り、朽ちた木の長椅子が見える。そして振り向けば割れたステンドグラスから日差しが入り込んでおり、草花がところどころ床板の隙間から生えている。その景色からここがどこぞの教会、それも廃れて使われなくなったものだと理解した。飾られている宗教的シンボルは見覚えのないものであり、最近見慣れているベルカ聖王教会の剣十字でもなく、知らないものだった。いったい、どこに飛ばされた来たのだろうかとそれを見て首を傾げる。
「でも、間違いなく別の世界か……別の時間」
別の時間。その考慮を忘れない。あまり考えたくはないが。あのキチガイ爺―――ジョン・ドゥは初めから時を操れた。その事は先ほどまで繰り広げられていた筈の様子を見ていれば解る。問題はあの少年が虚の中へと放り込まれたと思ったら、
今度は自分がその目の前にいたという事実だ。
「何が”じゃあ、罪を感じるなら手伝ってみろ”、よ……クソ」
そう言って毒づくしかなかった。自分の行動は全て空回り。意味なんて全くなく、その上で間違っている。それどころか自分の意味もない行動が理由でまったく無関係の人間を地獄に叩き落して壊してしまった。……いや、後悔は後だ、と振り切る。少なくとも今は。別にやる事があるはずだ。少なくともここに放り込まれたのは自分ひとりではない。
「探さなきゃ……」
呟き、魔力に頼らないセンサーを稼働する。体はほとんど人間と同じ機構だ。だがその代わりにナノマシンであるフォーミュラが実装されている。その数は諸事情もあり制限されており、多くはない。だがそのおかげで物質の変換、変形、再構築が小規模ながらできる。流石にエクスカベータみたいな大物を作る事は不可能だ。だが両手で抱えるクロスボウ程度であれば作成するのもそう複雑ではなく、今のフォーミュラでも演算と作成ができる。故に迷う事無く床板を材料にクロスボウを作った。弦は―――近くにあった錆びた釘を材料に鋼材から鋼線へと再構築する。たったこれだけの作業なのに少しずつ消耗するのを感じた。
カロリーとエネルギーの消費効率が良くない。
……体に、何らかの細工が施されているかもしれない。
元々この体もキチガイアロハとキチガイソードマンが用意してきたものなのだ。何かしらに細工が施されていてもおかしくないだろう。いや、そもそも最初からこの状況に叩き込む可能性だって考慮してたのかもしれない。じゃなければここまでスムーズに物事を運びはしないだろう。それを考慮に入れたら、自分の体も最初からそれをベースに構築したものかもしれない。
……頭の中が直ぐに思考で流される。
悪い癖だ。
とりあえず、サーマルセンサーで教会内にもう一つ人型の熱源があるのを察知する。持っていたはずの銃がいつの間にか喪失している事実を認識しつつも確認する為に廃教会の中を進んで行く。開けっ放しの窓から風が入り込んでくる影響か、埃はあまり溜まっておらず、ところどころ利用されているような形跡がある。定期的に人の出入りがあるのかもしれない。
だがそのおかげで通れない事はない様になっている。
邪魔そうな瓦礫は横に退けられ、そして奥へと進みやすいように通路は開けられている。それでも扉が所々壊れていたりするのは根本的に誰もメンテナンスする気がないからだろうか? この手の施設は誰かが維持するか取り壊すかというのが普通に思えるのだが。いや、これも余計な思考だ。考える必要はない。
まだ新しい蜘蛛の巣をクロスボウで軽く払いながら奥へ、まだ扉のある部屋を見つける。この向こう側にある気配。その存在をほぼ、確信している。そしてなぜ、自分がここにいるのかも解ってしまっている。嫌でも理解できるのはこの頭脳の性能の良さ故の事。本当に……本当に嫌になる。かつては博士に、父に―――マクスウェルに作られた命、体だ。だがその優秀さを今では半ば呪っている。
「……っ」
扉の前で手を伸ばし、ドアノブに触れるか触れないかで動きを停止する。これを開けるべきか、それを悩んでしまう。恐らくこれを開けてしまったら最後、自分がここから去る事は出来なくなるだろう。そしてそれはおそらく、あの老害共の思惑に乗るという事でもあると理解している。自分の中にある子供らしい一面がここは無視して去れと言ってくる。
あのキチガイ共は間違いなく、あの少年をサポートする為の人員として自分を選び、そしてハメたのだろう。最初からすべての真実を利用した上で行動している。だから怒っている。だから憎い。殺してやりたいとさえ思っている。だが自分のあの思いが、憎しみが、一度は絶対に何をしても復讐するという憎しみが植え付けられた、見当違いなものだと知って。
それが原因でまったく関係がなくて、傷つける必要もなかった人が傷ついて。
その原因が完全に自分にあって、また同じように何もかも無視して復讐に走れるかと言えば―――難しい。
何もかも拭い去って情動のままに走りぬけようとした結果がこれなのだから。
「それさえも理解してこうしたのなら、相当性質が悪いわよあの連中」
世の中、
「ぐっ、ぎぃ、ぐぁ……ぁ……」
「っ」
扉の向こう側から掻き毟る様に痛みを抑え込む声が聞こえた。知っている声に向こう側にいる人物が誰であるかを確信し、そして声を聴いた瞬間に無視するという選択肢が消滅した。迷う事無く扉を開け放てば見えてくるのはこの教会の中でも比較的に損傷が少なく、窓も無事な部屋だった。ぼろい、しかしまだ無事なマットレスの敷かれているベッドの上ではぼろぼろの衣服を纏った一人の少年の姿が転がっていた。その特徴的な金髪を見間違う事はない。先ほどまでは狂って暴れまわっていたが、確か最後に正気を取り戻していた筈だ。
だがその姿は今、必死に首を、体を掻き毟る様に痛みを堪えていた。苦悶の声を押し殺すように歯を食いしばっているが、ベッドの上でのたうち回りながら苦しんでいるのが一目で解る程暴れっぷりは酷く、消耗している。いや、消耗しているのは事実だがここまで酷く苦しむような要因には頭が思いつかない。
「だ、大丈夫!?」
なんと言葉をかけようか。それを一秒だけ迷って出てきたのがそんなトンチキな言葉だった。もっと、何か言うべき言葉があっただろうと口にしてから自分の頭の悪さを呪う。
「あぁ、ぐっ、うぅ……」
だが少年からの返答はない。まるで体中が燃えているように悶えている。
「……ごめん」
罪悪感からの言葉か。それとも触れる事に対してか。自分でもどっちの意味で口にした言葉なのか良く理解できなかった。だが今自分がやるべき事はこのどうしようもなく哀れで、救いがなく、そして苦しんでいる少年を助ける事だった。だから手を伸ばして額に触れ、熱を感じ取った。まるで燃え上がっているような熱さに顔を顰める。汗も凄く掻いている。熱の症状にも似ているが、短時間でここまで一気に発熱するとは思えない。何か、体に干渉を受けたのかもしれないが、
「医療は専門じゃないのよ……!」
生体工学、生態学、植物学、地質学、エルトリア再生の為に覚えた事はたくさんある。多少の医療知識もあるが専門的な知識は薄い。それに今、手元には使えそうな薬もない。少数のフォーミュラを駆使できるが、それで何とか出来る範囲でもない。
「医者に見せなくちゃいけないわね、これ」
次の目的が出来る。この少年を医者に見せなくてはならない。どうにかして医者を見つけてこの少年を見せるのだ。そうやって自分の中で目的を、ミッションを作って行動すればその間は頭を空っぽにして行動できる。落ち着いて現状について考えるのはそのあとで良い。今はとりあえず……誘導されているのが非常に気に食わないが、
この少年、シド・カルマギアに対して罪滅ぼしを行わなくてはならない。
「……少し、待ってて」
クロスボウを手に、ボルトをフォーミュラで生成する。もうちょっとまともな武器が欲しいと思いながらシドが苦しんでいる寝室を出て来た道を戻る。そうして再び教会の聖堂にまで戻ってくる。そこで先ほどは気づかなかったものに気づく。聖堂、その一角。そこだけ床板が外れて地面が剥き出しになって砕けている所がある。だがそこにはかつて焚火をしたような跡があり、その横には薪の様に詰まれた床板の姿があった。
「一晩の宿としてそこそこ利用されてる……って感じ?」
少なくとも定期的に誰かが利用してるっぽい痕跡ではある。それはつまり人が通る場所にあり、人里へと繋がっているという事でもある。それがここから見える場所にあるのが一番嬉しい事になるのだが、あまり高望みは―――いや、無駄に最初から変なところに放り込むとは思えないし、或いは人里に近い場所に放り出されたかもしれない。
だから開け放たれている教会の入口、そこから差し込んでくる強烈な日光を片腕で遮りながら外へと踏み出した。
瞬間、淀みのない新鮮な空気が駆け抜けた。
冷たく、涼しい風は冬の空気そのものだ。痛いとさえも表現できるそれは透き通って、まるで汚染という概念を知らないかのように肺から体に澄み渡って行く。芯から冷えて行く感覚に口を閉ざし、即座にフォーミュラで肉体の保温を行う。一面の雪景色に世界は白く染まり、陽光が反射して目に痛いとさえ表現できる輝きを見せている。だがその景色は一切、高層ビルや高速道路という建築を見せない。アレ程大量に放棄されていた都市の残骸でさえ見える範囲には存在せず、気配もない。
ただここは丘の上にあるらしく、ここからは遠くまでは非常によく見えた。
どこも白く染まり、そして遠くでは飛空艇が飛行しているのが見える―――なんて前時代的なデザインだ。もしかしてレトロなデザインが今の流行りになったんだろうか? なんて現実逃避を一瞬とはいえ行ってしまう。
「どこよ、ここ」
電波が出ているのであればフォーミュラを通してジャックできる。衛星があればそれを使って現在位置を把握する事だってできる。少なくともミッドチルダレベルの科学力であればエルトリアの科学力で圧勝できる。制限されたこの体でもハッキングとクラッキング程度であれば鼻歌交じりに成し遂げるだけの自信はあった。
だがどちらもない。空間に漂っていないとかそういうレベルではなく、存在しないというレベルで感知する事が出来ない。いや、
道か、人里か、建造物か。
他に何もないのか? それを求めて―――見つけた。
「白くて見づらいから見落としそうだったけど」
遠く、白亜の城壁を見つける。その向こう側にも雪に染まった街並みがあるようで、そこから伸びる建造物も見えた。光の反射具合と雪によって何もかも白く染まっている影響で見逃しそうになってしまっていたが、だがそこには確かな街が、いや、規模からいえば都市と言えるレベルのものがあった。しかし中央にあるのは間違いなく、
「城、よね……あれ」
城、或いは王城。そう呼べるものが見えた。ここから見ても特徴的な建造物なのだ。近づけば更に大きく見えるだろうが。
無論、そんなものはもはや普通の国や世界では稼働していない。となると、本当にあの爺によって古代に送り込まれたと考えられる。
―――その考え方に一瞬、違和感を感じる。
脳に走るノイズを検知するが、対処している時間も惜しい。
「都市なら医者も居るはず」
そう呟き、雪景色に背を向けて教会へと戻る。
ここがどこなのか、何時なのかは解らない。だが自分は彼を、シドを、医者の所まで連れて行かないとならない。
それが今―――自分、イリス・セブンフィールドに唯一許されている事なのだから。
という訳で古代編、始まりました。オプションにイリスを付けたから頑張ってねという粋なプレゼントもある。これは間違いなくイージーモードですね。間違いない。