Disruptor   作:てんぞー

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Belka - 3

 廃墟都市の瓦礫をフードを被ったマント姿の男が踏み崩した。フードの合間から見える姿は若さを失いつつあり、白に毛先が染まり始めていた。顔の皺は増え、そして加齢を感じさせる顔の掘りがあった。だが瓦礫をブーツで踏みしめるその歩みは強く、老いを一切感じさせない物があった。男は初老を過ぎてもなお、その力を衰えさせる事無く健在であるのを示すかのように足場の悪いこの廃墟を飛ぶ事もなく、その二本の足だけで歩いて進んでいた。

 

 その数メートル背後をまだ10にも満たない少女が追随してくる。その表情はどことなく苦し気であり、初老の男の歩みについてゆく事に苦労しているのが見える。赤髪のサイドテールを歩くたびに揺らしながら、片手でボロボロの壁に手をついて足を止める。その気配を察した初老の男が振り返りながら少女へと視線を向ける。

 

「おいおい、最近の若者は体力がねぇなぁ。この程度のハイキング軽くこなしてくれよ」

 

「う、るさいわね。こんな貧弱な体を用意したあなたが悪いんでしょ! フォーミュラの量を増やしなさいよこのっ!」

 

「増やせばエルトリアの博士にバレるんだろう? 大人しくその貧相な体で頑張れ。何、使っているうちに愛着も湧くさ」

 

 そう告げると初老の男は背を向けて歩き始める。時空管理局を警戒して痕跡が残りそうな物を使用しない二人は再び歩き出す。瓦礫の影に身を隠すように進みながら、基本的な隠密行動を守っている。管理局の探索範囲から大きく離れているとはいえ、それで楽観する程甘い性格を男たちはしている訳ではなかった。

 

「で、目的地まではどれぐらいなの?」

 

「さて、もうそろそろだとは思うが?」

 

「……二時間前も同じことを言ってたじゃない」

 

「ま、俺にとっちゃほとんど変わりのない距離だからな」

 

「ほんと、こいつ……!」

 

 歯を強くかみしめる事で口の中からあふれ出しそうな呪詛を少女はぎりぎり抑え込んだ。それを軽く横目で確認しながら男は笑い声を零した。

 

「良い子だ。欲しいものがあるならちゃんと我慢しないとな―――イリス・セブンフィールド?」

 

「私の、名前を、気安く呼ばないで」

 

 おぉ、怖い怖い。男はおどけると正面へと視線を戻し、マントの内側、ズボンのポケットへと手を差し込んで地図を取り出す。電子的ではない、紙製の地図は今更使う人間がほぼ存在しないアナログ―――否、骨董品だ。だが魔力の反応を残さず、簡単に燃やして処分できる紙の地図は密会をする為に利用するにはちょうど良い道具だった。

 

 少なくとも、真っ当ではない人にとっては。

 

 管理局を、そして人目を避けて通るイリスと男の存在は、そのカテゴリーに入った。

 

 ミッドチルダに点在する廃墟都市はかつて行われた無計画な拡充によって生み出されたことであり、都市機能を移動させると同時に放棄された町並みは当時の姿を残して廃墟となっている。その為、時折まだ使える機械の類が存在している場合がある他、まだまだ機能する家屋も多く残っている。

 

 それはつまり、死角が多いという事でもあり、隠れるにはうってつけの場所でもあるという事だ。

 

 当然、ミッドチルダの治安を担当する管理局もそれを理解している。その為、魔法を使ったサーチャーや、陸戦魔導師を投入する事である程度見回っている。

 

 だが広大過ぎる廃墟はマンパワー不足の管理局では、見回り切る事が出来ない。

 

 その為、管理局から逃げようとする者達は必然的にここへと流れ着く。

 

「ふむ」

 

 そうやって廃墟の中を進んで行く中で、男が地図と今の居場所を照らし合わせる。

 

「ここか」

 

「んー……? あっ、地下の方に生命反応があるわね」

 

 廃墟の中へと二人の姿が進み―――そして廃墟の中へと消える。

 

 

 

 

「―――ふぅ、今日もクソみたいな一日だったな」

 

「ははは」

 

 建設途中で放棄された廃墟ビルの屋上、骨組みしか存在しないその鉄骨の上にクラウスと二人で並んで座っている。学校が終わった後で特に用事のない日は、ヴィクターだけを先に帰らせてクラウスとこうやってアジトで待ち合わせる。ベルカだけではないが、このミッドチルダという次元世界では割と、こういう廃棄された建築が多い。なぜか、は興味はないし、知らない。ただ、自分やクラウスにとっては世間の目を気にせずに遊べる場所であり、そして本音で話せる場所でもあった。それにジークリンデも、ヴィクターもいない。クラウスはここに来るときはハイディを置いてくるし、ここはフラっと突撃してくる約一名を除けば、男のアジトだった。

 

 そんな鉄骨の上に足をぶら下げるように座り、二人で並んでサイダーを飲んでいる。

 

 喉を焼く炭酸の感触と甘いサイダーの味が一日の疲れを剥がしてくれる。ここには面倒な視線も、小うるさいやつもいない。

 

「聞いてくれよ。実は今日、告白されたんだ、俺」

 

「ほほう」

 

「まぁ、もちろん断ったが。俺はそこらへんまったく興味ないしな。それに相手は家の方で決めてくれるだろうし」

 

 そう言う所、クラウスは結構ドライだよなぁ、と呟く。

 

「まぁ、結論から言うとこいつは親に言われて俺を篭絡して来いって言われた娘だったさ! いやぁ、人間不審になるよなこれ」

 

「ごめん、僕はそこらへん経験した事がないから」

 

「ぺっ」

 

 クラウスが横を向いて唾を吐き捨てた。行儀が悪い。

 

「だが、まぁ、話はこれで終わらないんだ」

 

「知ってた。クラウスこういうの嫌いだもんな」

 

「あぁ!」

 

 良い笑顔と返事がクラウスから返ってきた。

 

「だから屋上から大声で告白された事とフッた事を叫んでやった」

 

「嘘だろ」

 

「本当だぞ」

 

「やりやがったこいつ……」

 

 クラウスのドヤ顔がうざいので軽く肘を叩き込んでやると、サイダーを吹き出しそうになったクラウスが肘を強めに叩き込んでくる。まぁ、この程度で痛く感じる事はないのだが。ただ、こうやって気安く話せて、接せる友人の存在は貴重であり、助かる。どこもかしこも生活しているだけで息が詰まる。こうやって、クラウスといる時か、

 

 後は―――彼女と夢の中で逢っている時だけが、自分の救いだ。

 

「俺に近づこうとする方が悪い」

 

「いや……まぁ、完全にそれはそうだけど。そこまでやるかぁ?」

 

「は? 何を言っているんだ貴様。俺はただ単純に俺を利用しようとする全生命を全力で煽りたいだけなんだが?」

 

「解ってたけど最悪だよ!」

 

 ははは、と笑いながら空になったサイダー瓶を持ち上げて、逆さに振ってみる。中に入っているビー玉がストッパーに引っかかって落ちてこない。もう、ビー玉は結構なコレクションがあるからこれを割ってまで取る価値はないかなぁ、なんてことを考える。だから沈む夕日に向かって瓶を掲げる。陽が差し込む瓶の中は万華鏡のように輝いて見える。

 

「お前は良くそうも思い切りがいいよなぁ」

 

「寧ろ俺はお前がどうして外ではそこまで我慢していられるかが不思議だな。面倒だし、気持ち悪いし、面倒だし、つまらんし」

 

「今面倒って2回言わなかった?」

 

「ああ!」

 

 人生の9割が勢いみたいな奴がクラウスだ。だけどそれは、自分に素直という事でもある。そういう点ではクラウスの事は羨ましく思っている。なぜならこの男、どの場所―――学校、家、公共の場でも一切このスタイルを崩す事がないのだから。裏も表も存在しない。見せているすべてがクラウス・J・S・イングヴァルトという男なのだから。その素直さは、自分には存在しないものだ。

 

「お前ももう少し素直になれば良いだろう。少なくとも今ぐらいの調子で学校に通っていれば多少は友達っぽい取り巻きも作れるだろう」

 

「言い方酷くない?」

 

「俺は嘘が言えない男だからな」

 

 クラウスと視線を合わせ、軽く笑い声を零してからはぁ、とため息を吐く。それをクラウスが横目で見ているのが解る。だからこっちも軽く視線を送ってから、夕日に染まって行く街の姿を見る。もう、12月に入ってすっかりと暗くなるのが早くなってきた。5時になる頃には完全に夜の暗さをしているだろう。遅くなる前に帰らないと心配させるだろうなぁと両親の事を思い、冬は少しだけ早く帰っている。

 

「僕さ」

 

「おう」

 

「あんまり、本音でしゃべるのは得意じゃない」

 

「まぁ、そうだろうな」

 

 喋ったところで本当に伝わるとは限らないし。会話しているようで言葉が通じない奴だっている。相手がXXだから、という理由だけでまともに会話する事ができなくなる奴だっているのだ。だったら話す事自体が不毛だ。だったらもう、自分の言葉を口にする必要もないだろうと思う。少なくとも、自分の様な無能者が何かを本気で伝えようとしたところで、それを受け入れれるものは少ない。だから、本気で話せる相手は少ない。

 

 少なくとも、心の底から全てをさらけ出せるのは―――オリヴィエだけだ。

 

 だけど、

 

「雑に扱えるのはクラウスだけ、かな」

 

「そうか」

 

 そのクラウスの声は、ちょっと嬉しそうだった。まぁ、雑に扱えるというのはそれなりの信頼があるという事だ。そうじゃなきゃ雑には扱えない。自分にとって、興味のない、身内ではない他人に対して本音や素直を通すことはかなりカロリーの消費が激しい事だ。元から無意味な事だと解っているのに、そこで押し通そうとして一体何になるというのだろうか?

 

 だから、まぁ、関わらないのが楽だ。

 

「だがシド」

 

「うん」

 

「何時までもそうは居られない。解っているだろう? 俺もお前も何時かは大きくなる。そうなったら家を継ぐ必要がある。そうなれば黙って身内とだけ過ごすなんて事も出来なくなる……そうだろう?」

 

「……うん」

 

 まぁ、とクラウスは言葉を置きながら空になったサイダー瓶を掲げた。

 

「焦る必要は欠片もないけどな」

 

「……どうだろうなぁ。変わる必要はあるんだろうけど」

 

「だが今日じゃない。明日でもない。変わりたい。そう思った日なんじゃないか?」

 

 そうなのかもしれない。そうじゃないのかもしれない。色々と悩んだり、考えさせられたりすることは多い。自分の事ととか、これからの事とか。正直、自分たちの年でこれから先の事を考えている奴なんてあんまりいないのだろう。だけど僕たちは特別だ。ベルカの古き血を継いでいる、僕たちはこのベルカではある意味特別だ。そしてそこには義務と責任が存在している。それを聖王教会で教わった。

 

 だけどそれは、今の話ではない。だから考えてしまうのだ、

 

「どうしよっかなぁ」

 

 と、いう風に。主語の存在しない呟きだったがそれだけで何を悩んでいるのか、大体をクラウスは察していた。だからにやり、と笑みを浮かべた。

 

「なんだ、ヴィクターに格好良い所を見せる為に頑張るのかと思ったぞ俺は」

 

「なんだそれ」

 

 夕日に沈む街並みを眺めながら、クラウスが話を続ける。

 

「なんだ、違うのか? やっぱり男としては女の子にモテたいのが本音だろ? いや、本音で話してみろよ。ヴィクターとかいう許嫁がいて正直気分が良いだろうお前?」

 

 クラウスの言葉に腕を組んで、うつむきながら目を閉じて数秒程考えこんで、羨ましそうにこちらを見ていた上級生の姿を思い出し、

 

「ああ!」

 

「頑張る理由なんて、そんなもので良いだろう。俺達が夢だとか、未来だとかを語るには早すぎる。もっと即物的な何かの為に動けばいいのだ。その方が子供らしい、という奴だ」

 

「この会話、頭から大概子供らしさのかけらもないけどな」

 

「それな。まぁ、俺ら天才だからしょうがない」

 

 また一つ、この世の真理を示してしまった……と、クラウスがキメ顔をしていた。その姿に小さく笑い声を零しながらそうだなぁ、と呟く。

 

 クラウスの様な、適当さが自分には不足しているんだろう。そんな適当な理由で行動できるクラウスの頭の軽さがちょっとだけ羨ましく思えたけど―――まぁ、絶対にこいつの真似はすまい、と心の中で硬く誓った。

 

「今、貴様俺の事を心の中でディスらなかったか? ヴィクターに言いつけるぞ貴様」

 

「どんだけ手段が陰湿なんだお前」

 

「一番強い所に媚を売るのは当然だろぉ……?」

 

 煽ってくるような表情のバカに、視線を合わせて軽く笑い声を零す。やっぱり、こうやって自分の身内の誰かと過ごす時間が一番楽しい。こういう楽しさがあるからこそ、普段のあの虚無的な苦痛にも耐えられている気がする。

 

「それはそれとして、正直前から気になってたんだが、ヴィクターの事お前どう思ってんだ? やっぱ好きなのかアレ? ラブ?」

 

「黙秘権」

 

「何が黙秘権だ! 貴様良いようにヴィクターに世話をされて。恥ずかしく―――はないな! 寧ろ悩ましく羨ましいな! そこらへんどうなんだ貴様? おい」

 

「黙秘権を行使します」

 

「吐け……吐け!」

 

 立ち上がって襲い掛かってくるクラウスから逃れるように鉄骨の上を軽く転がり、笑いながら下の段へと向かって落ちて、指で鉄骨を掴んでスイングし、反対側へと飛ぶ。それを追いかけてくるように飛び降りたクラウスが魔力で強化した体を使って空中を蹴り、追いかけてくる。

 

 笑い声を零しながら段々と暗くなる空から逃げるように、

 

 建設途中の床の上に着地し、現場を去るように走る。

 

 また、何でもない一日が終わる。




 クラウスは悪友/親友。おそらく現代において一番本音で語り合える相手。女の子相手には格好つける為に何も言わないのが男の子という生き物なのかもしれない。

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