「少し、我慢してて」
そう言葉をかけてシドをベッドから引き上げて背負った。何らかの乗せられるものを作る事も考えたが、結局は背負うのが一番動きやすいと判断した。そもそも今はフォーミュラの数が低下している影響でパフォーマンスが大幅に低下している。複雑なものを作る事が出来ないし、大規模な変換も行えない。同じ材質のものをどうにか変形させるぐらいが今の限界だろう。幸い、フォーミュラは自己メンテナンスが可能だ。だから使用していて損耗する、という事はない。だが根本的なスペックアップにはシステムのアップデートか、付属する道具を作成する必要がある。そして今の残量ではその複雑な作業を行えない。
最低限の補助器具の作成にはワークベンチに鋼材などの材料が大量に必要だし、安定した環境と時間が必要だ。少なくともここで行える様な事ではない。なのでフォーミュラの運用は半ば、諦めている。だがある程度便利な事であれば可能だ。
例えば肉体の活性化に伴った身体能力の強化や、自分の周囲の温度干渉によって熱を確保する、とか。冬のミッドチルダ・ベルカ地区にいた影響もあって一応コートを着込んではいるものの、シドの方は先ほどの戦闘でボロボロになっている。流石あの滅茶苦茶な身体能力とスペックを保有しているだけあって体の傷は全て塞がっているものの、服はぼろぼろでまともに衣服として機能していない。
これは最低限フォーミュラで繋げて修復した。足りない材料はベッドのマットレスを分解して使用する。その上でシドを背負い、そして残ったフォーミュラで自分中心周辺温度を上げて、温かくする。あの元の怪物的なスペックであれば風邪をひく事もないのだろうが―――少なくとも今、この苦しんでいる様子から油断する事は出来ない。できる事は最低限しておこうという考えから体を暖かくしながら教会を出た。
「……陽が出ている内に到着すると良いんだけど」
背中から聞こえる苦しそうな声を耳にしながら外へと向かって踏み出す。雪が光を反射して目を焼くのに顔を顰めながらも前へと向かってざく、ざく、とまだ跡のない雪に自分の足跡を刻む。まだ9歳―――いや、今日10歳だったか? になったシドの重みが背中に圧し掛かる。まだ若いとはいえ、此方の体も十分子供と言える範疇。それを丸々一つ背負っているのだから当然重い。これでフォーミュラのサポートなしであれば状況は絶望的だっただろう。最低限の備えがあったのは運がよかった。
それともこれも、残された……のだろうか?
「考えるだけ無駄ね」
丘を降りて行く安全な道が見えない。慎重に、しかしペースを落とす事無く進む。飛行は出来ない。それだけのフォーミュラがないし、シドを背負った状態で跳躍なんてしたら着地に失敗するであろう未来が見えている。だから堅実に、そして確かに一歩を踏み出して進む。一歩ずつ前へと進まない限りたどり着けないのだから当然だろう。
「あの連中のことはほんと理解できないし。何をしても掌の上の様な気がして……ほんと、苛立つ」
呟きながらシドの様子を肩越しに確認する。その苦しそうな姿、声は変わらない。何が原因というのもつかめず、治療する事も出来ない。故に運ぶことしかできない。さっさと道を見つけないと再確認し、怒りと苛立ちを自分の内側に募らせながら、
雪の丘を下って行く。
道路に出るまで二時間かかった。決して舐めていたという訳ではないが、雪の中を最低限のサポートで歩くのは予想していた以上に辛かった。何よりも明確に整備された道路がなく、道もほとんどが雪に埋もれていた。フォーミュラでセンサーを展開し、それで周辺の探知をかけながら歩いていて漸く発見したという次第だった。それでもまだゴールが見えているだけマシなのかもしれない。これで雪が降ったりしてたら相当厄介な事になっていただろう。だがそれも杞憂で済んだ。丘を降りたところで道を発見、
そのまま真っすぐと道路は都市へと続いている。今、踏んでいる道路も踏み均された痕跡があり、ちゃんと道路として利用されているのが解る。雪の中に細長い跡が刻み込まれているという事は、何らかの車両が通ったという事だ。ただし、
「車じゃ、ないわよね……これ」
少なくとも雪の下に見える痕跡は、タイヤのものではない。それ以外の車両のものだ。恐らくは鉄製か木製の車輪。馬車とかに使われているものだ。そう、馬車だ。そんな前時代の遺物は現代ではほぼ使用されていない。少なくとも相当発達していないか、或いは田舎にでも行かないと目撃する事はないだろう。だがこの道に刻まれている深い跡は、間違いなく車輪由来のものだ。それも何台も何台も頻繁に行き来してきたものだ。
そんな事を考えながら歩いていると、前方から進んでくる姿が見えた。避ける様に道を開ければ、都市の方から二頭の馬に引かれた馬車が雪に半ば埋もれる道を進んできているのが見えた。ただ一台ではなく、数台の馬車が列を成して進んでいる。恐らくはキャラバンなのだろう。歩きながら進みつつ、横を抜けて行く馬車には人も、荷物も多く乗せているようで、ただし速度はあまり出さず、その横を武装した男や女が歩いてついているのが見える。
あまりにも当然の様な、当たり前の景色。シドを背負って歩いている此方の姿を一瞥する事もなく馬車は雪景色の中へと消えて行く。
そして再び静寂が世界を満たした。
「ほんと、勘弁してほしいわ。正気でタイムスリップとか実現してる訳?」
マジなのかもしれないと疑っている心が3割。冗談であってほしいと思っているのが3割。残り4割がそんなの不可能だと思っている心。
だが状況を飲み込めば飲み込むほど、自分がどこか遠く、異質な場所に来てしまっているという事を理解する。だが考えれば考える程、胸中が掻き乱される。もし本当に過去へと渡る力があるのであれば……なぜ、あのキチガイ爺は最初からそうしなかったのだろうか? 何故最初から自分から変えようとしないのか? もしかして最初から全部理解して行動しているのであれば……アレは、自分の悲劇とかを知っていて放置していた筈だ。
エルトリアの虐殺も。
知っていて、アレだけの力があるのなら当然の様に止められた筈だ。
なのにやらないし、しなかった。
いや、本当にできたかどうかは解らないのだが。それでもタイムスリップをこんな簡単にやってのけてしまうだけの力があるのであれば。抑えられないほどに憎しみが増大してしまう。怒りと憎しみがあふれ出しそうになる。だがそれが爆発する寸前で抑え込まれ、自分の頭を冷静にしているのは今は背負うべき命があるからなのかもしれない。
「ユーリ……」
あの子に、一体どうやって謝れば良いんだろう。
「……」
過去はやり直せない―――そう、やり直せないんだ。やり直せてはならない。やり直せたらどうしろって言うんだ。じゃあ、今の自分はなんなんだ。存在する意味なんてないじゃない。やり直せるとしたらそこに今が存在する価値がなくなる。努力する意味がなくなる。自分がやった事が間違いでも否定してなかった事にしたら。
今を、生きる意味を失う。
死んで消えて誰かが勝手にやり直すのを待った方が建設的だ。
……過去が、変わる訳なんて。
否定する。否定されて欲しい。だが否定できなかった場合―――どうするべき、なのだろうか。どうしたらいいのだろうか。歩くのを止めず、足を前へと向かって運びつつその考えが頭の中をぐるぐると回る。だけど結局のところ、この舞台の主役は自分なんかじゃないのだと気づく。この場所は、世界は、全てこの背中の少年の為に仕込まれているものだ。
「私が結局悩んだところで意味なんてない、か」
あの爺も、自分の事を付属物としか認識してなかっただろうし。この少年を生かす為、助ける為のサポートとしか見ていなかっただろう。だから私をここに放り込んだ事自体、ほぼ意味なんてない。どちらにせよ益になると判断しての行動だろう。やっぱりムカつく。あの爺はいつか本当に殺してやりたい。何時か、きっといつか顔を出すだろう。だから殺すのはその時だ。
……到底、勝てる気なんてしないが。
そんな風に考えながらシドを背負い、歩く。
思ってたより都市は遠かった。馬車が通り過ぎてから更に数時間歩いている。最初は高かった陽も段々と暮れ始める。これほど遠い……という訳じゃなくて、忘れていたが歩くというのは純粋に時間のかかる行いなのだ。そして今の体は幼い子供の体。それに身体能力の強化も最低限。そんな状態で子供を背負って歩けば、時間がかかるのは当然と言えば当然になる。しかも足元は雪で、かなり悪い。横を通り過ぎて行く馬車は此方に偶に視線を向けても、足を止める事はなく通り過ぎて行く。薄情だとは思うものの、こんな得体の知れない子供二人の為に足を止める人なんか居る訳がないと納得していた。
だから数時間という時間を更にかけて、あの廃教会から都市の前までやってきた。まっすぐと道路が続いていたから迷う事もないし、治安も高く維持されているからトラブルもなかった。
到達した都市の外壁はそこまで高くはなく、雪の様な白さを誇る、美しい建造物だった。だがそれは装飾ではなく、外から守る為の防壁だ。それが都市をぐるりと囲んでいる。道が続く先にはその都市へと入る為の門が開く様に続いており、その脇には詰め所と兵士の姿が見える。統一された兵士としての服装のデザインは近代性からかけ離れた古いデザインであり、まるで昔の兵士たちが来ているようなソレだった。
だけど知っている。だって映画で見たから。
そう、
見た瞬間、げんなりとしてしまった。マジか、マジでか。心の中でそう呟く。こんなのを着て見張りしている世界なのか。いったいどれぐらい昔なのだろうか。いや、予測はつく。だが考えたくないのが事実だ。
だから考えを振り払う様にシドを背負ったまま、門の前まで近づく。見張りをしている兵士達……恐らくは門番たちがこちらに気づき、笑顔で視線を合わせてくる。
「やあ。こんな冬の日に外でどうしたんだい? 出る所を見てないと思うけど……どこから来たんだい?」
自動翻訳が効かない。データベースに登録されていない言語で話しかけられている。ヤバイ、何を言っているのかが解らない。焦りが生まれるのを感じる。
「あの! 医者を探しているんです、お願いします。中に入れてください」
懇願するように声を放つと、兵士が笑みを浮かべたまま、しかし困ったような表情を浮かべる。
「参ったな……難民か移民かな? 言葉が通じないぞ……」
「どうしたダリル、面倒ごとか?」
「あぁ、ヘンリー。ちょっと言葉の通じない子供が来てて。中に入りたそうにしているんだけど出たところを見てもないし」
「確かに門を出る所を見てたら忘れられない程度には整った顔をしてるな。格好も悪くないしどっかの貴族の姉弟か?」
「どうだろ……その割には身なりが少しぼろぼろだ。移民か難民かと思うんだけど」
「最近難民が生まれる様な事あったか? 最低で国境は超えないとないだろ」
「それもそうか……じゃあどこから来たんだ?」
「あー、嬢ちゃん。どこから来たのか解るか? 国名、言えるか? あー、ベルカ。ここ、ベルカ。解るか?」
片割れが足元を指さしてベルカ、と言ってきている。たぶんジェスチャーからここがベルカだぞ、と言っているんだろうけど話の流れが掴めない。後ろに背負ったシドが呻き声を漏らしていて、早く医者に見せなくてはいかないのに、上手くコミュニケーションができない。元となる言語のインプットがないから解析もできない。ベルカ、という単語が解る以上恐らくはベルカ系列の言語なのだろうが、インプットのあるベルカ語とはまるで言葉の音やイントネーションが違い、解らない。
「この子を助けなきゃいけないの。お願い、通して」
「なあ、言ってる事解るか?」
「いんや、さっぱり。ただ通りたいって意思は伝わるんだよなぁ……ごめんな、嬢ちゃん。ベルカ生まれ以外は入るのに通行料必要なんだよ。身分の証明できれば話は別なんだけどよ」
「つっても話は通じねぇしな……とりあえず上に連絡入れて詰め所の中にでも連れてくか。ここじゃ寒いし」
「どこから来たのかは解らないけどこのまま追い返して見殺しにするのは辛いしな」
こっちこっち、門の横の詰め所へと指さされている形、こっちへと来てくれという事だろうが、そこでのんびりしているような猶予はない。すぐにでもこの少年を医者に合わせなくてはいけない。だからもう、このまま走り抜けて一気に突破してしまおうかと考えた所で、
「おい、そこのガキどもの分は俺が支払っとくから通してやんな」
後ろから新たな声がし、振り返った。
そこには馬に乗った男の姿があった。ただしその服装はこの門を守っている男と立ちの様式とは大きく異なり、オリエンタルとも呼べる―――或いはルーフェン流とでも呼んだほうが馴染み深い恰好をしていた。長く艶のある女の様に美しい青髪を首の裏で一つに纏めたルーフェン風の青年は馬から降りると、此方まで近づいてきて顔を覗き込んでくる。
「フォゥ先生。いいんですか。明らかにここの子じゃないですよ」
「気にすんな。何かありゃあ俺が責任を持っとくわ。ほら、行くぞガキ共」
「全く……一応記録しておきますからね」
後からやってきたルーフェン風の男はポケットから硬貨を取り出すとそれを門番へと投げ渡し、そのまま此方へと近づいてくるとシド諸共持ち上げて肩に担いだ。
瞬間、ふわっと香草と薬草の匂いが男から香った。
そして次の瞬間、気づけば馬の上に座らせられていた。そこからは止められる事もなく、兵士に見送られながら都市の中へと入った。なんで、どうして、という言葉が頭の中をめぐるが、馬の手綱を歩きながら引く男は振り返り、
「気にすんな―――俺は医者だからな、患者を治すのがライフワークって奴さ」
「何を言ってるのか全く解らない」
これほど言葉が通じない事が不便で不安になるとは思いもしなかったが……どことなく、助かった。そう思えてしまうのはなぜだろうか。
ここはいったいどこナンダロウナー。
という訳で前週とはスタート地点も最初にエンカウントする人も違う。果たして同じルートに乗る事は出来るのか。それとも必殺のオリチャーが発動するのか。
なに? チャートなんてそもそもない? せやな。