Disruptor   作:てんぞー

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Ancient Belka - 3

 ルーフェン風の男はそのまま馬に私たちを乗せて都市の中に入り、進んだ。煉瓦に彩られた道路が雪の下から僅かに覗いているのが見える。良く作られ、そして街並みが美しい。中世の頃と言えば塵は捨て放題、街並みも臭くてとてもだが耐えられないというイメージがあったが、そんな事は一切なかった。静かで、綺麗で、整っており、何よりも住人たちは幸せそうに生きている。そんな景色が広げられている。

 

 そして城だ。門からまっすぐ続く奥には巨大な城が見える。この都市の一番奥に広大な土地を取って建てられた城は大きく、その全容が今の大通りからは捉えられない。何よりもそういう文化が通じる場所へと来てしまったのだ、というのが間近で感じられてしまった。本当に遠くへと来てしまったと、もう一度実感しながら白い息を吐き出す。

 

もう少しで到着するから待ってろ

 

「え、あ、うん」

 

 何か、此方に言ってきたのだが言葉がやっぱり解らないので、適当に返答しておく。どうやら助けてくれるようだが、なぜか、というのが全く解らない辺りが怖い。それにこの男、おそらくは凄く強い。もしもに備えて逃げ出せないかを考慮しているが、先ほど門の前で会ったときからずっと、常に此方を意識の端に捉えている。意識に対する隙が一切ない。絶対に逃げられないという事を確信させる程度の実力差が存在していた。なのでおとなしく、ここは従う事しかできなかった。

 

悪いようにはしねぇから安心しろって……良し、付いたな

 

 不安を抱えながらも馬を先導する男と共にやってきたのは、大通りから少しそれたところにある看板のある建造物だった。そこそこの大きさがある家屋は馬を入れる為の馬小屋も存在し、男のそれなりの裕福さを証明するものでもあった。片腕でシドを持ち上げて抱えると、もう片手で此方を下ろし、そのあと荷物を取る。そのあと馬の方は言わずとも理解しているようで、自分から馬小屋の中へと戻って行った。その間に看板を確かめれば、心臓と十字を示すエンブレムが掘られているのが見える。……医療関係のサインなのだろうか? 見た事はないが、大雑把には理解できるデザインだった。

 

 と、看板を眺めている間に男が馬の確認を終えて此方の背中を叩いてきた。

 

良い子だ。そんじゃ中に入るぞ

 

 ……あ、魔導錠(スペルロック)

 

 物理的なキーではなく、魔法の鍵で施錠してあった。魔法はハッキングとクラッキングが可能なので、現代では廃れた方法だ。物理的なキーも、魔法的なキーも結局のところ破壊可能だが、物理的な鍵の方が突破した時の痕跡が残りやすいので、基本的には物理的に施錠する事が好ましくされている。だがどうやら、ここではそうじゃないらしい。文化が違うなぁ、と思う。

 

 ちなみにエルトリアはカードキータイプでの認証が主要だったりする。ミッドチルダと比べて魔法が存在せず、科学力で発展した結果だったりする。

 

診察室にベッドがあるから―――あー、言葉が通じないんだったな。手話も通じなさそうだしなぁ。まぁ、勝手にやるか

 

 中に入った所で荷物を男は降ろすと、そのまま奥へと進んで行く。他にやる事もできる事もないので、大人しく男の後を追って進んで行けば、どうやら鏡や診察台、現代でも見慣れた医療器具の置いてある部屋にやってこれた。ただ普通と違うのは多種多用の薬草などが置かれている事で、どうやら調薬の他にも独自の医療手段を取っているように思える。所謂漢方と呼ばれるタイプの奴だろうか?

 

 まだ苦しそうに呻き、時折掻き毟るような動作を見せるシドを診察台の上に寝かせると、シャツに手をかけて脱がせた。

 

嬢ちゃんは適当に座ってな。まずは坊主からだ

 

 此方へと視線を向ける事はなく、室内のスツールを指さしてきた。言っている事は解らなくても、それが座っていろ、というジェスチャーであるのは理解できた。

 

 今はただ、この医者らしき男を信じる事しかできない。

 

 大人しく座り、男のやる事を眺める。

 

さぁて、こいつはどういう事かなぁ……んーん?

 

 モノクルを棚から取り出した男がそれを装着しつつ、指で胸をとんとん、と叩き始める。

 

体そのものに異常がある訳じゃないが気脈がぐちゃぐちゃだな。これじゃあ血管に鉛をぶち込んだ方がまだマシなぐらい苦しい筈だな。とりあえずは気脈を整えて、と……

 

 棚の方へと再び戻ると、男が香炉を取り出す。そこに良く解らない葉や粉を加え、火を入れた。シドの寝かされているベッドの横で香気を放ち始めた香炉をそのままに、男は顎に指をあてながら僅かに考える様に視線を巡らせている。

 

しかしこの髪色は……まぁ、後でルートヴィッヒに確認すりゃ良いか。アイツが庶子とか作ってるとは思えねぇけど。しっかしこれは原因がなんだ? 毒物の反応っても無けりゃあ身体そのものには異常はない。となると精神性のものか。ストレスかショックか……或いは……いや、違うか?

 

 とんとん、と何度か叩く様に胸、丹田、首を叩いて確かめて行く。その動作にフォーミュラが魔力の使用を検知する。魔力をソナー代わりに体に流し込む事で体内の状態を探っているのだろうか……? やはり見ているだけじゃ何も解らず、言葉も解らない。何をされているのかが理解できないから不安が解消されない。本当に自分は正しい事をしているのか、或いはされているのか。

 

 胸を焦がすこの罪悪感、どうやったら拭えるのだろうか。

 

ん? 魂魄が乱れてやがるのか。あーあー、解った解った。魄が切断されてるのか。そりゃあ苦しいだろうよ

 

 男は納得するような音を零すと、その手つきがもっとスムーズなものへと変わった。それまでは探るような丁寧で静かな手つきだった。今もその繊細さは失われてはいないものの、男の手つきは明確な目的を得たように動き始める。それまでは触れるだけだったのが周りに魔法に使用すると思われる陣をいくつか浮かべ、同時にホロウィンドウも出現させる。その様式はミッドチルダ式でもなければ、ベルカ式でもない、見た事のないものだった。だがそれを浮かべると何らかの魔法を使い、手に魔力を集中させるのが見える。

 

 そしてそのまま、その手で紋様をシドの心臓から広げる様に描く。

 

げっ、繋がらねぇ。どこの馬鹿だこれをやったのは……繋がらないようにやったのか? どんだけ殺意が高いんだよ。足りないところは足りる所から補うとして、魂の方からラインを伸ばす、っと……

 

 不安を抱えながらその様子を眺め続ける。だが男の作業が進みにつれて、少しずつだがシドの荒い息が穏やかな者へと変わって行く。苦しみの呻きも収束し、徐々に安らかな表情へと汗を浮かべたまま変わって行く。男が何をしたのかは理解できないものの、どうやらそれがシドに対して良い方向に転んだのは確かだった。安堵の息を漸く零す事が出来る。だがそれが原因か、或いは香炉からあふれ出す心地の良い匂いが原因か、一気に疲労がのしかかってきたのを自覚する。

 

「ふぁぁ……ぁ……」

 

安心して寝とけ。見える奴を救うのが医者の仕事だからな……まぁ、今回はそればかりじゃねぇけどな

 

 もう少し、意識を保っておきたいと思いつつも、圧し掛かる睡魔には勝てそうにない。自分が思っていたよりも精神的に追い込まれていたのかもしれない。

 

「……どうして私がこんな」

 

 心配をしなくちゃいけないのか。こんなの、理不尽だ。そう思いながらも自分からこの流れに飛び込んでしまった手前、本気でそう思う資格もない。

 

 ただただ、呪う。

 

 自分の愚かさを。

 

 自分の哀れさを。

 

 自分の、どうしようもなさを。

 

 呪い、憎み、そして―――眠りに落ちる。

 

 

 

 

 ―――痛い。

 

 だが僅かな痛みだ。それも感じた瞬間には消え去って行った。胸の奥に感じた痛み。それを振り払いながら目を開き、体を持ち上げた。体から落ちるシーツに僅かな寒気を感じる。そう言えば冬だったな。寒いよな。そう思いながら片手で顔を抑え、まだ混濁する意識を何とか掴もうとするが、やや頭がぐわんぐわんしている。まだ完全な覚醒には程遠そうだ。

 

 徐々に、徐々に視界が明瞭になって行く。そして視界に跳びこんで来るのは、見覚えのない景色だった。空気には薬草の匂いが香り、どことなくささくれだった心を癒してくれるような気がする。癒す、というよりは落ち着く匂いという方が正しい気がする。

 

「かぁ……ふぅ」

 

 欠伸を漏らしながらも、ここはどこだろう、と思い辺りを見渡す。視界に入ってくるのは香炉や薬品棚で、どうやら医療関係の場所に見える。だが聖王教会系列の病院、というよりはどっかの診療所とかに見える。何故、こんなところにいるのだろうか。それを考えて頭に手を当てて考える。

 

「えーと、最後に見たのはなんだっけな……」

 

 学校で暴れて、父さんたちが負けて、凍り付いて、あの剣魔に啖呵切って、そして―――そう、切られて力を失ったんだ。そしてそのまま、時を無理矢理超えさせられた。オリヴィエを救ってみせろ、と言われて。

 

「んな滅茶苦茶を言われても……」

 

 あの時はだいぶ脳味噌がヒートアップしていた影響もあって、色々と言っていたが冷静になってくるととんでもないことをした気がする。いや、したんだ。人をいっぱい殺してしまった。もっと生きられるはずの命をスナックを摘まむ感覚でつぶしてしまった。罪のない人をいっぱい。

 

 なのに、どうしてだろうか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは。

 

「ははっ、人でなし……才能があるのかもな、俺」

 

 溜息を吐きながらどうするべきか。そう思って俯いていると部屋の扉が開いた。その向こう側から出てくるのはルーフェン風の青髪の男で、此方が起きているのを見るとお、と声を零した。

 

お、起きたか坊主。大丈夫か? というか俺の言葉、通じてる?

 

 驚く事に、男の口から出てきたのは流暢な古代ベルカ語だった。それこそ現代では知っている人もいなく、喋る人もいない言語だ。幸い、オリヴィエとの交流があった自分はそれを良く知っている。そもそもオリヴィエから話し方を教えて貰ったからリスニングだけじゃなく、喋る事だってできる。ただこうやって、自分とオリヴィエ以外の誰かが古代ベルカ語を口にしているのを聞くと、驚いてしまう。

 

あ、はい。大丈夫です。えーと、起きました

 

お、言葉が解るか。そりゃあ重畳重畳。とりあえずはもう少しゆっくりしとけ。今飯と薬の用意しておくから

 

は、はい

 

 手をひらひらと男が振ると、扉の向こう側へと消えて行く。その姿が消えるのを見てから、息を軽く吐き出して窓の外へと視線を向ける。太陽の光が差し込んでくる景色は白く染まっていて―――しかし、見慣れない街並みだった。煉瓦の道路を進む馬車。古いファッションに身を包んだ人々。武装を手に歩く兵士の様な姿。籠を抱えて歩く少女。

 

 それらは少なくとも、現代ベルカで目撃出来る様な景色ではない。そして何よりも、自分の直感が()()()()()()()()()()()()()()()と告げている。本当に、直感というか感覚なのだが。自分の中にある何かがそう伝えてきているのだ。たぶん、それが時間干渉能力の素養とか素質とか、そういう物なのだろう。使いこなせる気はしないし、あまり触れたくもないものだった。

 

「……ヴィヴィ」

 

 彼女の名前を呟く。あの剣魔が本当に―――本当に自分をこの時代へ、古代ベルカへと放り込んだのであれば。ここはきっと、オリヴィエの生きる時代。同じ時代になるはずだ。同じ時を絶対に生きられないと思っていた筈なのに。今、彼女と同じ空の下にいると考えると、気が狂ってしまいそうになる。

 

「俺は……どうしたら……」

 

 逢いたい。

 

 狂おしいほどに好きで、逢いたい。

 

 だけど逢えない。逢ってはならない。

 

 自分の様な奴が、彼女に逢う事なんて―――。

 

「とりあえず、体を治すか……」

 

 なんで助けられたのか、ここがどこかとか。それはまだ良く解らない。だがまだ体に気怠さが強く残っている。この状態で何かができる訳でもない。だからゆっくりと目を閉じて、再びベッドの中へと倒れ込んだ。

 

 これから、どうなるのだろうか。

 

 そんな事を考えながら。




 古代編から会話とかアクションにギャグ多めになってくる予定です。もうちょっと先かなー。最近思い切ったテンポの良いギャグやってないからちょっと飢えてる部分ある。
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