肉。
野菜。
包子。
スープ。
料理、料理、料理! 並べられたるは料理! 凄まじいまでのボリューム! まるでフルコースの料理を並べられているようだった。いや、実際それは一種のフルコースなのかもしれない。山盛りになった炒飯、包子とセットで食べる肉の煮込み、見た事もないサラダ、これは野菜炒めだろうか? それに美味しそうな艶を見せる豆の料理まである。見た事のある料理もあれば、まったく見た事のない料理もあった。だがその全てに共通するのは、強烈なまでの匂いだ。それがテーブルに並べられているというだけで食欲が凄まじく刺激される。見ているだけでお腹が凄まじく空いてゆくのが解る。
食欲の中枢が匂いだけで刺激され、腹から食べさせろと可愛らしい音を鳴らす。思わずよだれを垂らしてしまいそうな程ごちそうな目の前には並べられている。
「どうした、遠慮なく食え。食うのも治療の一環だからな。ほらほら」
ルーフェン風の医者の男―――フォゥと名乗った男は、そう言うと此方の皿に一気に料理を盛ってくる。俺だけじゃない。すぐ横で座っている赤髪の女の子にもそうだ。食欲を刺激されているのは事実として、目の前の山盛りには自分同様、若干引いている物があった。起き上がって歯を磨かされて直ぐ、連れてこられたダイニングでこうやって山盛りの料理を見せられればそうもなるかもしれない。
「え、えーと……これ、食べてもいいの、よね?」
「あっ……うん。これも治療の一環だから食べろって言ってるよ」
共通ミッドチルダ語で話しかけてきた少女に、この子もあの剣魔の犠牲者か、と即座に察した。これまでは無言を貫いていたが、こうやって口を開いてくれたおかげで自分と同じか、似たような境遇の子がいる事が理解できて少しだけ、心強く感じる。
だが料理を目の前にどうしたものか、と遠慮していると、目の前から突き出されたスプーンが口の中に突っ込まれた。
「ほらほら、遠慮するな。というか食え。お前も、そっちのお前も食え。腹いっぱいになるまでたっぷりとな」
「むぐっ!?」
「むごごごっ」
無理矢理口の中に食べ物を叩き込まれたが、口の中に入った瞬間味覚が爆発するような感覚を受けた―――美味しい! 味が全体的に濃いのにそれがしつこくなく、さらりと流れて喉を通って行く。口の中が一瞬で味で溢れたその感触が忘れられず、そして口にしてしまえば更に食欲が刺激される。たった一口でそれまで我慢していた心をへし折って、手が一気にスプーンやフォークへと伸びる。それは横の子も同じようで、驚いたような表情で口の中に食べ物を運んでいる。自分も一切の遠慮や躊躇がその一口目で消し飛んでしまい、申し訳ないとか、少しだけ恥ずかしいと思いながらも美味を口へ運ぶことをやめられずにいた。
「おーおー、良く食うな欠食児童共。だがそれでいい。気の乱れ、心の乱れってのは結局のところ気分で大幅に改善するもんだ。旨い飯を食えばそれだけで改善されるもんなんだ。だから遠慮なく食え食え。ほら、こっちも旨いぞ」
「ほぐっ、んぐっ、んぐぐぐ……んむっ」
炒飯を飲み込んで、スープを流し込んで、包子で肉を包んで噛みちぎって、そうやって食べ物を胃の中に流し込んで行く。その度に体の中に気力が満ちるのを感じる、どれだけ自分が弱っていたのかを実感するように体全体に力がみなぎる。体がもっと、もっとと要求するそれを取り込むために掻っ込む様に喉に食べ物を流し込んで行く。ここがどこで、どうして助けてくれているのかというのを聞くまでもなく食べるのに集中してしまい、
食べ終わるまで一言もしゃべられなかった。
「ご、ご馳走様」
「美味しかった……」
「その顔を見てる限り満足したようだな?」
おなかがいっぱい。もうこれ以上は食べられない。物凄い満足感と充足感だった。気分的なものを考えれば到底食べられるような気分じゃなかったのだが、匂いを嗅いだ瞬間にその思考が吹っ飛んで食欲に支配されてしまったのだから、美味の魔力は本当に恐ろしかった。食べ終わった後で少し恥ずかしさを感じているが、食べてしまった事を後悔してないのも不思議だった。それだけ美味しい朝のフルコースだった。
「いいか、ここにいる間ちゃんと毎日三食しっかりとしたもんを食わせるかちゃんと全部食え」
「……なんて言ってるか解る?」
「三食出すからちゃんと食べろ、だって。でも俺達、払える様なお金とか持ってないんですけど……」
「子供がそういうのを気にするな。俺達医者の仕事は患者を救う事だ。そして金は持っている奴から取れりゃあ良いんだよ」
シンクに食器は片付けておけよ、と言うとフォゥは立ち上がり、体を軽く解した。その肉体を観察すると、ただの町医者には見えないレベルで肉体が鍛えこまれているのが解る。それこそ父や聖王教会騎士団のトップ層に見られるような、徹底して効率的に鍛え抜かれた肉体を思わせる、芸術的な仕上がりだった。恐らくは相当強い。それを見ただけでこの人物が普通じゃない事は伝わるが。
まぁ、古代ベルカだしなぁ……と思っちゃう部分はある。
「という訳で、俺はちょっと出てくる。外に出ないで安静にしてろよ? 昼までには戻るからな」
じゃ、と告げると家に見知らぬ子ども二人置いていく事に一切不安を覚えていないのか、フォゥは診療所の入り口の方から出かけて行ってしまった。それを横の少女と一緒に、無言で眺めていた。それからしばらくして、漸く正気を取り戻し、
「えーと……シンクに食器運んでおいてくれ、だって」
「ついでに洗っておきましょ」
「うん」
まぁ、流石にそれぐらいはやらなきゃダメだよな。そう思いながら椅子からふらつきながら立ち上がる。やはり、全身に力が入らない。両足で立とうと思って手を椅子から離すが、その瞬間に倒れそうになるのを直ぐ横にいた少女が助けに入ってくれるおかげで倒れずに済む。
「ご、ごめん」
「良いわよ別に。それよりもまともに歩けないなら邪魔だから座ってて」
「……うん」
言い方はキツイがこちらを気遣っているのは解る。申し訳なさを感じつつ再び椅子に座り込み、少女が皿を運び始める。その姿を眺めながら、どうしたもんか、と思考を巡らせる。ここは……たぶん、古代ベルカなのだろう。だけどなぜこんな所にいるのか、ここがどこで、そして何をしているのかというのが良く解っていない。ただ最後の記録は剣魔に時空の穴に突き落とされているという事だけは把握している。
だからそこからどうしたのか、という話だ。
「えーと……ミッド語が喋れるって事は君は……ミッド人なんだよね?」
確認するように言葉を少女へと向ければ、皿を重ねて運ぶ姿が止まる。横顔を見せる様に振り返りつつ、
「もっと楽な喋り方で良いわよ。そして私はミッド人じゃないわ。あなたと同じ現代人だけど。イリス。イリス・セブンフィールドよ」
「俺は」
「シド・カルマギアでしょ。知ってる」
それだけ言うと少女、イリスはキッチンの方へと向かった。名前を知られていた。となるとベルカに住んでいたのだろうか? そうでなくてもその筋には有名だったりするので、名前と顔だけ知られているパターンなのかもしれないが……いや、そもそもからして一般人がこんなトンチキな事に巻き込まれているとは思えない。となると、あの剣魔の関係者なんじゃないかなぁ、と察せられる。ただそれを直接口にしていいのかどうかを考える。口にした結果、状況が悪化しても困るのだ。
だがそんな此方の考えを否定するようにイリスは食器をシンクに沈めると戻ってきて、
「たぶん気が付いているとは思うけど、あのクソ爺……あのムカつく程剣の強い奴。アレの関係者よ、私は。最も私も利用されるだけされて捨てられたんだけど」
「あー……」
「別に同情する必要はないわ。私も私で結構酷い事してたから。寧ろ自業自得って奴よ」
言葉をそこで強引に切り上げると、イリスは残された食器を運ぶのに戻った。
なんというか、
……反応に困る―――!
いや、解るよ? なんとなく。ちょっとした罪悪感感じてるなぁ、って感じの態度だもん。たぶんやった事を後悔しているんだろうなぁ、とか。でも自分が悪いんだとか思っているんだなぁ、とかそういう感じあるでしょ? しかもたぶん今回の自分がやらかした件についてどっぷりとかかわっていそうなのも解る。でも個人的には暴れたり人を殺した件については自分の未熟さと、どうしようもなさが原因だと思っている。結局のところ、自分の心が弱かったと思っているんだ。
だから、そう。
そんな感じにすっごい思う事あります……みたいな態度をされても滅茶苦茶困る。
少なくとも、俺は俺がやらかしたことの責任を他人に見出すつもりはない。
……えー、困る。
お腹いっぱい美味しいものを食べた影響か、或いは人を殺して一周突き抜けてしまった影響か。なんとなくだが頭は冷静だった。或いは状況に対して麻痺してしまったのかもしれない。お陰でちょっとまともに思考を回せそうな状態にあった。あの医者、滅茶苦茶怪しいけどこういう点では優秀なのかもしれないなぁ、なんてことを考えつつイリスが食器を片付けたのを見た。
そして此方の視線が向けられているのを察すると、
「……何か必要?」
「いや、そういう訳じゃないけど」
「じゃあ何よ」
「いや、ただ見てただけだよ……これからどうしよう、って」
「……」
そう告げると互いに視線を合わせ、うつむき、溜息を吐いて無言になる。恐らく彼女も今は思っているだろう、どうしてこうなってしまったのだろうか……という事を。現状自分たちがどういう位置にあるのかはよく理解できていない。
「ここ、古代ベルカだよな。さっきの人古代ベルカ話してたし」
「あなたがそう言うんならそうなんじゃない? 少なくとも街の門番も外を歩いている人たちも同じ言語で話してたし」
「曖昧だなぁ」
「仕方がないでしょ、私だって何が起きてるのか良く解ってないんだから!」
噛みつくような言葉をイリスは放ってから、ごめんと呟いた。それにいや、と答えて無言に戻る。
「……」
「……」
嫌な沈黙が室内に満ちる。互いが互いを牽制しているような気配に言葉を切り出しづらく、口を閉ざしてしまう。ただこのままでは何も進歩がない。何かを口にしなくてはならない。そう思って口にする言葉を探そうとして……見つからない。困った、もうちょっとコミュニケーション能力を磨くべきだったのかもしれない。
「ねぇ」
「うん?」
「……あなたはやりたい事とかないの」
「それは……」
どうなんだろう、と思う。
「やりたい事、なんて言われてもな……」
俺がやりたい事とは……なんだろう、と思う。
「やりたい事、色々とあった気がするけど全部無駄だったしな……俺も解んないや。何をしたいのかが。騎士になりたかった気もするけど、アレは結局反抗心だったのかなぁ、って思うんだ」
「反抗心?」
そう、反抗心だ。セットされたレールに乗るだけの人生じゃない。俺は俺である、という証明が欲しかったのかもしれない。
「まぁ、無駄だったけど。俺みたいな怪物に結局、騎士とか理想とか夢とかそういうの全部不要というか無駄というかなんというか……」
「……」
「なんだろうな……」
古代に来た。つまりオリヴィエと同じ時にいる。今すぐ確認して飛び出したいのは事実だが―――自分の様な奴が本当にそんな事をしても良いのだろうか。自分の様な奴がそもそも何かを成し遂げる事が出来るのだろうか?
無理だろう。
所詮は雑魚だ。屑だ。塵だ。人を殺して悦に浸る程度の芥だ。存在していようといまいと、何の変わりもないエキストラだ。彼女が世界を救う為にした覚悟と比べれば、あまりにも軽すぎる意思。それに匹敵するようなものが俺には何も出せない。
だったら何もしなくて良いかもしれない。
そもそも、何かをしたいという気持ちさえもない。
……ただ、それだけ。
何もない。
「……そう」
再び沈黙が空間を満たす。沈黙には慣れているが、こういう空間は居心地が悪くてどうしようもない。何とかしたいと思いながらも今は余計な言葉しか出てこない気がする。だから沈黙を守るしかなく、そのまま黙り込んでしまう。
そのまま、特に変化のない時間が過ぎる。
イリスもイリスで、掛けてくる言葉に迷いを持っているのか黙り込む。発展性のない時間だけが過ぎ去って行き、何かをする訳でもなくただひたすら、フォゥが帰ってくるのを待つ。そんな時間が二時間ほど経過すると、近づいてくる足音と古代ベルカ語の声に、フォゥが帰ってきた。足音が増えている辺り、また誰か別に連れてきているようでもある。
ダイニングで座ったまま待っていると、フォゥが戻ってきた。その横には新しく男を一人連れていた。この男は恐ろしい事に美貌と表現したくなるほどの美しさを持っていた。まさしく黄金比のそれだ。作られた美しさとでも言いたくなるほどに完成され、黄金の美しい頭髪を持っている。その金色は見覚えのある色だ―――そう、自分やオリヴィエと、良く似た黄金色の頭髪だ。
「ちゃんと良い子にした待ってたかガキ共。お、ちゃんと片づけはしてくれたみたいだな。感心感心」
「フォゥ、お前は相変わらず拾っては治療してるのか」
「やりがいがあるんだよ。人をぶっ壊す方よりも遥かに難しくて手間がかかる。これほど楽しい事も中々ねぇよ。それにほら、今回はそのおかげで面白い拾いもんもあっただろう?」
「ふむ、確かに……」
金髪の男は顎に手をやりながら此方とイリスを観察してくる。その視線にやや居心地の悪さを感じつつも、この男、どこかで見た事があるなぁ、と記憶が刺激されるのを感じる。見た感じ、服装はそこそこ上質なものだ。町民の服装を着ているが生来の気質、気品というものを一切隠しきれていなかった。これで変装しているつもりかお前? って言いたくなるようなオーラの持ち主。10人が10人、振り返りその姿を見直すレベルの容姿とオーラの持ち主だった。間違いなく貴族のそれだが、肝心な所で何かが答えを出すのを邪魔している。
「ねぇ」
フォゥが戻った時には横に座る様に戻っていたイリスが口を開く。フォゥと客人に対してではなく、俺に対して。
「なんだよ」
「あの男……聖王教会のデータベースに聖王として登録されている男じゃない?」
「えっ」
いや、そんなまさか。そんなバカなことある訳ないじゃん。ははは。いや、ないべ? ないよな? ある訳ないだろ。
顔を見る。
あ、教科書で見た事のある顔じゃん。
「で、どうよ聖王マン。お前の隠し子か? 俺の見立てじゃ間違いなくお前の血だと思うんだけど」
「面白い事に私の血が流れてるな。だが見覚えのない顔だし、必要以上に種を撒いた覚えもない」
「いやいや、お前も好きなだけ女に手を出せる立場じゃないか。こっそりあの子可愛いってお手付きしたのもいるだろう」
「残念なことに、聖王の種は管理されるからな。私の情事は常に監視されてるから知らぬ子ができるケースというのはまずありえない。だからこそ興味深いんだが」
二人の間に交わされる会話に、どんどん嫌な汗が流れ出すのを感じる。え、マジで? 本当に? 何この状況? その困惑と焦りが体を満たす中、横でイリスが動きを作ろうとするのを感じ取った。だがそれを誰よりも先にフォゥが制していた。
「おっと、お友達思いなのは良いが無茶はしないほうが良いぞ。一応言っておくが抵抗するだけ無駄だからな」
「っ!」
何らかのアクションを取ろうとしたイリスを行動の前に封じ、そして男―――たぶん、おそらく、信じたくはないが。この時代の聖王その人が目の前にいて、此方を覗き込んできていた。
「さて、落ち着いてきたのであれば君が誰なのかを私に教えてくれないかな? 私の血を引く見知らぬ子よ」
心臓を掴まれたような感触に、静かにどうにでもなーれ、と心の中で呟いた。
野生のFoE聖王という新しいジャンル。おっす、オラ聖王! のノリでポップする。