Disruptor   作:てんぞー

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Ancient Belka - 5

さて、私が名乗る必要性は感じないな? では、君が誰であるのかを私に教えてくれるかね

《/i》」

 

 古代ベルカ、と言ってもその時期は大きく2つに分かれる。次元戦争時代と、そして禁忌戦争時代だ。一般的な古代ベルカとはこの禁忌戦争時代前後100年ほどを指し示す。教科書に出てくるのもこの時代が最も多い。何せ、ベルカという国の歴史を振り返る上で転換点となるのはこの時代なのだから当然だ。そしてこの時代に最強の名を手にしたのが―――この男、聖王ルートヴィッヒ。偉人だ、それも歴史に名を遺すレベルでの。

 

 それが今、自分の目の前にいて、生きていた。

 

 唐突にその現実を認識して、これがリアルである事を自覚する。目の前にいる人物から感じるプレッシャーとでも呼べるものは本物で、俺は全てを失っていた。居場所も、やるべき事も、役割も、役目も、全てを失って流刑に処されるようにここへと流された。堕とされた。

 

 俺は、古代ベルカへと来ているのだ。

 

 オリヴィエ・ゼーゲブレヒト―――ヴィヴィ、あの子がいる時代に。同じ時を生きている。聖王の姿を見た途端それが頭ではなく心で理解出来てしまい、

 

「―――」

 

 言葉を、失ってしまった。何を言えば良いのか。どういう態度を取れば良いのか。その全てが頭の中から抜け落ちてしまった。少し前まではご飯を食べて、それで良い気分になっていたのは事実だ。そして軽い気持ちでいたのも事実だ。だがその気持ちの全てが今、抜け落ちた。誰かを殺した罪悪感なんてないが、だが彼女と同じ時代に生きている。その事実が何よりも自分に重い影を刺す。

 

どうした少年?

 

「あ、あ……」

 

 言葉を失う。何を言えば良いのか解らない。どうすれば良いのだろうか? 何て言えば良いのだろうか。頭の中で言葉がぐるぐると駆け巡り、定まらない。それを見かねてか、或いは予測していたのか、フォゥがまあ、落ち着けと声を挟んだ。

 

いきなり尋問したって困るだろう、相手は子供なんだし。お前ん所の子供に接するように接してやれよ

 

一理ある

 

 聖王はそう言うと腕を組みながら頷き、

 

パパでちゅよ―――!

 

 

 

 

 聖王がフォゥの手によって外へと連れていかれてから数分後、2人が戻ってきた。目の前の席に着いた聖王ルートヴィッヒは手を組ながらうむ、と声を放ちながら頷いた。

 

―――解ったかな、少年? 身内向けのノリを決して外でやってはならんのだ

 

もう一発叩き込んでやろうかこの聖王

 

まあ、待てフォゥ。流石に内臓へ貫通してくる発勁は痛い。だから私も態度を改めよう。何せここにいるのは聖王ではなくナイスミドルな聖王だ

 

あんまり変わらねぇじゃねぇか。真面目にやれ

 

仕方がないなあ……という訳で、だ。名前を教えてくれないか? 私はルートヴィッヒ

 

 名前を求められ、視線を上げて、口を開こうとして、言葉が出て来ない。口をぱくぱくと動かす。言いたい事がある筈だ。言わなきゃいけない事がある筈なんだ。なのに言葉が出て来ない。躊躇してしまう。彼女の傍観と絶望は俺が原因だ。だから何かが出来るとすれば、それをしなくてはならないのは俺なのだ。何もやりたい事がないなんて嘘だ。救いたい。救わなくちゃいけないのだ。だけど俺が? こんな俺が?

 

 人殺しが救済を望むなんて……。

 

ゆっくりで良い。私も少々焦り過ぎた

 

「あっ、いえ、違っあ、あ、いえ、そんな、事は、ありませんっ! シドです、シド・カルマギアです陛下!

 

 初めて、こんな風に誰かに言葉を向けた。現代のベルカでは俺とヴィヴィオだけが血筋の残りだったから、実質的なトップにいた。だけどココではそうではない。伝説がそのまま、生きているのだ。だから敬うべきなのは俺だ。この人に頭を下げなくてはならない。そして罪を―――俺の罪を、告白しなくてはならない。

 

「……顔面蒼白よ? 大丈夫?」

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ―――」

 

 息が荒く、自分の呼吸がうるさく聞こえる。心臓がバクバクと煩いぐらいに音を鳴らしている。頭の中がぐちゃぐちゃで、真っすぐ物事を考えられない。それでも言わなくちゃいけない。目の前にいる人は、彼女に一番近い人物だ。彼女に手が届く場所にいる。だから口にしなくちゃならないのだ。それがきっと、オリヴィエを救ってくれる。彼女を救えるのは俺じゃなくて、この人だけなんだ。だから、

 

ちょっと落ち着け坊主

 

陛下、お願いします。お願いします、陛下、助けて。助けてください

 

 懇願するように、なんとか言葉を作る。

 

ヴィヴィを助けてください。彼女を絶望させたのは俺です。彼女に諦めを与えたのは俺です。彼女を苦しめたのは俺です

 

 一度口にしてしまえば、後は全部出てくる。片っ端から後悔の言葉が。俺にはダメだ。俺はあの子を救える力も何もない。だからこうやって懇願する事しかできない。その後で死んでしまえば良いんだ。もう帰る場所なんてどこにもないんだから、だからお願いします。どうか、彼女だけは。きっともっと良い未来が待っている筈だから。

 

オリヴィエ・ゼーゲブレヒトを、ヴィヴィを助けてください

 

 

 

 

 全てを、洗いざらい話しきった。自分がだれで、どこから来て、どうしてここにいるのか。それを話し終わるとルートヴィッヒ陛下は、頭を撫でてからフォゥと一緒に外に出てしまった。その姿を見送って、両手で祈る様に拳を作り、それに頭を乗せて突っ伏した。ずっと、頭を持ち上げるだけの力も気力もわかない。ただただ、心が沈んだままだった。ただ横にイリスがいるだけで、彼女の視線が俺に突き刺さっているような気がした。

 

「……」

 

「……」

 

 ただ横にいて、何も言わない。何を考えているのかさえも解らない。そしてそれを聞くのも恐ろしい。もう、誰にも、何にも関わりたいとは思わなかった。

 

 惨めだった。俺の言葉が、態度が、全てが。

 

 取り繕う事さえもできない。笑顔1つ浮かべる事もできないし、格好つける事もない。目の前にオリヴィエを救う手段が、救える人物がいると知った瞬間、恥も外観も全てを投げ捨ててそれに縋ってしまった。俺自身の罪なのに、他に出来る事は何もなかった。

 

「ねえ」

 

「……」

 

 横からイリスが話しかけてくる。それに応える気もなかった。未だに自分の選択肢が正しいのか解らないし、或いは何をすれば良いのも解らない。したい事があるとかないとかではない。自分が何なのか、どう振舞えば良いのか、そういう事も……もう、解らない。結局俺はどうすれば良いんだ、俺は一体何なんだ。何をするべきなんだ。何をしたいんだ。

 

「良いの?」

 

 でも。それでも、自分の中に残るのはオリヴィエへの想いだけだった。

 

「全部言って」

 

「解るかよそんなの……」

 

 好き、逢いたい。語り合いたい。触れたい、抱きしめたい。だけど今更、そんなの望むのはおかしい。アレ程追い込んだのは自分なのだし。自分が原因で今のオリヴィエがあるのだから。自分さえいなければもっと、未来に希望を見れたのかもしれない。自分さえいなければ誰も死ぬ事もなかっただろうに。自分さえ、自分さえ、自分さえ。

 

 死んでしまいたい。

 

 そんな根性……ない癖に、そんな事を考えてる。誰かが都合よく自分を始末してくれないだろうか、なんて。横のイリスがそうしてくれたら楽なのに。彼女は、何か責任感を感じている。見当違いのそれを諫める様な度胸もない。本当に塵の様に無意味で無価値な人間だなあ、って自分の事を評価する。

 

「……」

 

「……」

 

 それでも―――それでも、オリヴィエの事は救いたい。その為に自分はこの時代に落とされたのだから。その為に、という表現はおかしいのかもしれない。それでもオリヴィエの命は諦めきれない。きっとそれが、自分の中に残された唯一価値のある可能性なのだろうから。他の誰でもない、俺だけがその事実を知っていた。

 

 あぁ、だけどもう聖王に伝えちゃった。

 

 俺だけの秘密でもない。ならもう俺に残された価値なんてないじゃん。はい、終わり。何もする事はない。何もする必要はない。だけど死ぬ度胸もなければ自分から生きようとする気持ちも特に湧いてこない。ただただ何かをするという気持ちが湧いてこない。だからテーブルに突っ伏す。それにイリスは構ってくる。そんな事なんてしなくて良いのに。

 

「本当に良いの?」

 

「……」

 

「他人任せで良いの?」

 

「それは……どうしろって言うんだよ」

 

 他人に任せていいのか―――良い訳がない。本当なら俺がやるべきだ。俺がやらなきゃいけないんだ。俺の責任なんだ。あの爺にだって啖呵を切ったんだ。だから俺が、誰よりも彼女に償う為に彼女をあの運命から救い出さなきゃいけないんだ。

 

 だけど今の俺に何が出来いるっていうんだ……?

 

「もう、力がないんだ」

 

 人の頭を簡単に握りつぶせたあの異様な腕力がない。異様な耐久力もない。まさに怪物、異形と表現出来たあの力が出て来ない。欠片もだ。全部あの爺の手によって切り捨てられた。それだけじゃない。それだけならまだどうにかなっただろう。顔を持ち上げながら震える手を見る。まだ力の入らない手だ。それで拳を作る。初めて、拳を握ったような感覚がした。

 

「思い出せない。どうやって戦うのか。何が出来るのか。拳の作り方から体の動かし方。呼吸の仕方から相対の心得。全部全部全部、覚えてきたはずの全てが思い出せない」

 

 全部消え去った。どうやって力を使ったか。どういいう技が使えたのか。目を閉じて、そういう事を一つ一つ思い出そうとする。クラウスに教えられたことがあった筈だ。ヴィクターに教えられたことがあった筈だ。ジークリンデに教えられたことがあった筈だ。ヴィヴィオと一緒に学んだことがあった筈だ。

 

 だけどない、全部ない。

 

 全部思いだせない。

 

 まるで覚えた技、経験、技能、才能。その全てを切り捨てられたような感覚だった。

 

「力もない、知恵もない、何もない俺が何が出来るって言うんだ」

 

「それは……」

 

 イリスが言葉に詰まる。そうだろう、現実的じゃないだろう。

 

「それならヴィヴィの知り合いに―――聖王陛下に全部任せた方が楽で確実だよ。あの人は最強だし」

 

 最強、と言いう言葉をイリスが聞き返してきた。ベルカ史を勉強すると、割とすぐ最強議論に発展する。ベルカの歴史とは戦争の歴史であり、常に強者の殺し合いの歴史でもある。故に、人々は歴史上の誰が強かったか、なんて話をする。

 

「この時代で疑う事もなく一番強い人。それがルートヴィッヒ陛下。戦乱において無敵とさえ謡われた人。だから俺なんかがやるよりはずっと確実だよ。心配する必要もないし、悩む必要もない」

 

 そう、悩む必要なんてどこにもない。どこにもないんだ。

 

 ―――だというのに、落ち着かない。

 

 自分で何かをするべきだという気持ちが残っている。自分でやらなくては意味がない、とどこかで理解している。そうしない限り何も変わらないんだと。だからと言って何かが出来る訳じゃない。だから動く事もなく、再びテーブルに突っ伏す。それにイリスは何も言わず視線を向けるだけで、アクションを起こさない。

 

「……」

 

「……」

 

 結局、沈黙が戻る。

 

 良く知らない者同士。敵とも言えないし、味方とも言えない。何とも言えない微妙な関係な、関わるには面倒で難しい。だから俺に関わらないで欲しい……と思うのは、流石に薄情なのだろうか?

 

 そんな事を考えていると、ルートヴィッヒとフォゥが帰ってきた。一服してきたのか、フォゥの片手には煙管が握られている。戻ってきたのを見て即座に背筋を伸ばし、ルートヴィッヒの言葉を待つが、帰ってきた言葉が予想外過ぎるものだった。

 

良く考えてみたが無理だ、諦めろ!

 

 椅子から崩れ落ちた。




 最近絶望から生まれてくる心地の良いエネルギーが足りない。

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