「ど、どうして!!!」
「どうしたの? ねえ、何があったの」
未だに力の入らない体を持ち上げて立ち上がる。両手をテーブルに突いて無理矢理体を持ち上げ、あんまりな言葉に噛みついてしまった。体に力が入らないが、今、心を満たす熱い激情が体を支えてくれる。それだけで今、体を何とか立たせていた。なんとしてでも、オリヴィエを救おうとしないこの男からその理由を聞き出さないとならなかった。だが返答というものは実にシンプルなもので、聖王ルートヴィッヒと言いう男は腕を組みながら金髪を軽く揺らし、当然の様に注意してくる。
「私は聖王だぞ」
「ッ……う、あ」
それがすべての答えだ。聖王だから。
聖王とは―――人ではない。王だ。統治者だ。絶対だ。覇者だ。信仰対象だ。全能の王だ。そして全能の王とはつまり、神である。ベルカにおいて神として崇められる象徴、それが聖王。現人神とも別の言葉でいうだろう。宗教という概念が次元世界では希薄である中、根強く残る聖王信仰は実際に聖王が成し遂げた偉業の数々から来ている。神という偶像を崇拝するのは存在が見えないからできない、というのが実に魔導に通ずる次元世界の人々らしい考え方だ。
だが聖王は実在する。逸話も本当だ。映像記録や書籍が残されている。それが伝説の数々が本物で、彼ら、彼女らは実在したという事実を肯定している。つまり、聖王という存在は神に等しいだけの信仰を集めている。そしてそれだけの働きが求められる。聖王ルートヴィッヒは戦乱の聖王だ。禁忌戦争において一次的にオリヴィエに王位を譲るも戦場へと参り、
―――全ての戦場で勝利した。
常勝聖王、それがルートヴィッヒという男だ。だが、ただ強いだけではなく。その統治に不満を出す者を出さず、見事ベルカという国を維持した実績も存在している。唯一ケチがつくのが禁忌戦争というものだが、それ自体先制攻撃の禁忌兵器使用による開戦でもはや統治もクソもない状況だったのだから、ルートヴィッヒ自身に落ち度は存在しない。そう、聖王としての正しい判断だ。
「真実かそうではないかは別として、もし本当に1つの命で国家を、世界を救えるのであればそれは
「ち、違っ……」
「あぁ、もう、言語解析が終わらないのが苛立たしい! 解る言葉でしゃべってくれない!? ねえ!」
否定しようとしたが、無理だ。出来ない。彼の言っている事は正しい、何故ならその正しさを俺も教育を通して教えられているからだ。帝王学というものを聖王教会ではヴィヴィオ用に、そして俺にも教えてきた。だからこそその聖王の役割というものを理解し、一切の議論の余地もなく正しい物だと解っている。
解っているけど、
「貴方はヴィヴィのお父さんだ!」
「そして聖王でもある。私が聖王である限り、私は正しさの奴隷であり続ける。故に選択肢を間違えたりはしない。もし、国家がゆりかごの起動によって救われるのであれば私は一切の躊躇なくヴィヴィを動力として使用するだろう。それが最も合理的で犠牲の少ない手段だからだ―――お前に他の手段が提示できるか?」
「……」
言葉もない。口にするだけなら誰でも出来る。だけどそれは力と能力のある奴がやるべき事、或いは出来る事だ。オリヴィエは王族で、俺はここでは誰でもない。出来る事なんて何もない。だから聖王の言葉に黙り込むしかなく、テーブルに両手をついたまま、それを拳にして握り込むしかない。本当なら爪が食い込むほど強く握りたいのに。それすらできない程体は弱っていた。だから強く、食いしばる様になんとか言葉を口から吐き出そうとする。
「でも!」
「でも、どうした? それなら君がヴィヴィを助けてくれるというのかな、少年」
「俺で、出来るならやりますよ!」
だけど出来ない。出来る訳がない。何もない、何も残されていない。そんな人間失格の様な子供で何が出来るというのだ? 俺が問題を解決するなら、それこそなんでもやる。命を燃やすのでも、自分にある全てを捧げる事だって、何も怖くはない。他の誰でもないオリヴィエの事だから。俺が出来るなら何でもやるに決まっている。
その言葉に聖王が頷き、此方を指さした。
「―――はい、言質取った!」
「……うん?」
「話、終わった? いい加減説明してくれると助かるんだけど?」
横で相変わらず置いてけぼりのイリス。だがそれを無視して聖王は言質を取ったと此方を指さし、フォゥは呆れた様子で片手で顔を覆っていた。
「マジなのかお前……」
「大マジだが? 簡単な話であろう? 自分で出来ない事は他人に任せれば良い。それだけの話だ」
聖王ルートヴィッヒはそれをなんでもないかの様に言いのけた。まるで当然の事だろうに、と呆けている此方を見ながら指摘する。
「シド少年の話が嘘か本当かは別だとし、取り合えずは戦争の火種を探して調査をすれば良いし、それに先んじて布石を打てば起きようが起きまいが問題はあるまい。起きないのであれば杞憂で良し。起きるのであれば対策を施せるので良し。どちらにしろ手を打っておけば未来に対して保険を置けるのだから問題は無かろう」
「え、えぇ……?」
「それはそれとして少年が普通ではない事は見れば解る。真偽のほどは別として、必死なのも伝わる。少なくとも本人が嘘をついているような感覚もない。だったら話半分信じつつそれを利用するのが賢いやり方であろう? という訳で少年よ―――君が私の娘を救いたいというのであれば、君自身の手で成し遂げると良い。その為の手は貸してあげるとしよう。良いな、フォゥ?」
「へいへい……”白い傷跡”が来るまでは俺が預かってりゃあ良いんだろ? まあ、確かに育てるなら白や黒ん所が一番だろうしな」
「加えて近いうちに紫も来る様だしな。なんにせよ、打てる手は打っておくのがスマートなやり方というものだ」
きらーん、と歯を輝かせながら笑顔を見せる聖王のそれは、10人が10人見惚れるような笑みだった。ただし問題は自分はこの状況に困惑して脳味噌が上手く動かないのと、イリスが全く話について行けない事だろうか。俺も半ば話から放置されているような感じはしなくもない。
「帰る場所も行く場所もないのだろう?」
唐突に此方へと向けられた言葉に脱力して座り込み居ながら頷きを返せば、なら問題はないだろうと聖王が言葉を続けた。
「それほどまでにヴィヴィを救いたいと言うのであれば自分自身の手でそれを成し遂げると良い。誰かに頼るのも良い。誰かに話すのも良い。だがそれだけのモノを抱えているのであれば、それを投げ出すな。抱えて行け。その重みを感じろ。そしてなおも脚を止めるな。それが己の責任だと自負するからこそ進んで行け―――利用できる全てを利用してな。少年、今私が語った言葉の全てを理解してほしい訳ではない。だが頭の片隅で、今私の語った事を忘れずに置くがよい」
「とんだ甘い王様だ」
「親しみがあるだろう? 私だってオフの時は聖王からただのルートヴィッヒになるものさ」
終始呆れた様子のフォゥが溜息を吐きながら視線をルートヴィッヒへと向け、話を続ける。
「そんじゃ預かっている間にかかった費用は請求させて貰うぞ」
「ああ、なんであれ私の民だ。遠慮なく請求すると良い。娘の友達らしいからな。なら遠慮なく依怙贔屓させて貰うさ」
「そういう所だぞ」
「……で、結局何がどうなったの?」
「あー……なんか、ここでしばらく暮らすらしい?」
やや疲れているような様子のイリスに、自分でも良く流れが掴めていないので首を傾げつつ答える。少なくとも話を聞いている感じ、しばらくはここにおいてくれるようだ。そしてこっちの話に反応し、フォゥが古代ベルカ語で話を続けてくる。
「あぁ、そうだ。という訳で金は気にするな。しっかり城に請求するからな。その上でお前ら2人ともちゃんと体が治るまでは追いだしたりしねぇからな。後々”白い傷跡”が来るだろうけど、アイツが来るまではきっちり治しておくから心配はするな」
「後で”白い傷跡”って人が来るらしいけど、その人が来るまでは治療する、って。ヴィヴィを……オリヴィエを救いたいなら自分でやれ。やるなら力を貸すって」
「そう……つまりその傷跡って人物が助けてくれるって事?」
「たぶんそう」
たぶん、と言ってしまうのは未だに話を良く理解していないからだ。なんか突然の登場から凄い勢いで何もかも決定いいされているような、そんな気がする。心がジェットコースターに乗った様に乱高下していてちょっと頭が追い付かない。ただ良く解るのは、この聖王が完全にオリヴィエを見放す気なんてなく、どうにかしようとする気持ちはあるという事だ。だから、
「助けて、くれるんですか……?」
「君が、君自身を救うんだ。君自身を許せるのは他の誰かではなく、君自身だ」
「……」
「難しいかな? いや、君は聡い子だ。意味は解るだろう。だが実感できるのは10年も先の話になるだろうな。或いは、更にその後の事かもしれない。だがきっと、君が私の娘を愛し救わんとするのであれば……君は、君自身を許さなくてはならない日が来るだろう。覚えておくと良い。将来的に義理のパッパになるかもしれない人の話をッ!!」
「それでいいのか」
「子供相手にクソ真面目に接して楽しいか? 今日の私はオフだぞ。オフの日は城内をパンイチで徘徊だってするぞ」
「知りたくもない情報を教えてくれてありがとうよ」
「それほどでもない」
非常にコメントのし辛いやり取りが執り行われていた。なんというか―――非常に、聖王という存在に対するイメージが砕かれて行くというか。元々あった偉人のイメージが目の前でガラガラと崩壊している感じがする。だって聖王ルートヴィッヒと言えば歴史でもトップに数えられる程の偉人だった筈……なのに……パンイチ……?
脱力して座り込んだまま、首を傾げてしまう。とりあえず、オリヴィエの未来に関しては今はまだ不鮮明だけど……聖王は、自分が直接手出しは出来なくても救済には意欲的であるという事は解った。それを俺なんかに任せようとする意味は全く解らないが。それでも何か、出来る事がオリヴィエの未来へと繋がるというのであれば……それはそれで良いのかもしれない。
ただ怒涛の様な流れにどうしようもない疎外感を感じていた。
それは自分が物事から爪弾きにされている―――といいうよりは、自分を巻き込んでいる大きな流れがある様に感じていた。まるで最初からそういう風に物事は進むぞ、という風に感じられた。本当に物事がそういう風に進むのであれば、個人の意思にはどれだけの価値があるのだろうか? 俺が行動する事に意味あるのだろうか? そんな事を一瞬だけ考えてしまう。
だけどオリヴィエだ。
彼女を救う事が出来るのは自分だけで、他の誰でもないのかもしれない。
だとしたら努力する事には意味がある。そう思うしかなかった。あの爺の言葉や行動の意味がずっと、引っかかり続ける。それでもここにいる以上、オリヴィエの死という現実から逃げる事は出来ないのだから。だったらせめて、俺はその事実に向かって立ち向かうしかない。それでしか自分の意味を証明する事が出来ない。
何をしてでも、何を利用してでも、自分を使い潰してでも、罪を償わないといけないのだ。
だから俺は、
聖王の言葉に従い、フォゥの世話になる事にした。
復活の糞雑魚。糞雑魚ベルカ生活が始まる。
現在のサポート編成はSSR聖王、SRフォゥ、SRイリスって感じだな……。