Disruptor   作:てんぞー

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Beginning - 1

 突然の聖王テロから半月が経過した。

 

 言葉の通りフォゥは俺とイリスを見捨てる事も酷い扱いをする事もなく、まずは治療に専念させた。まずは毎日たらふく飯を食べる事から。あの美味の数々が毎日毎日出てくるのだ。しかも味付けや内容を変えてくる。ベルカにいた頃に美味しい物はそこそこ知っているつもりだったが、それでもなお食べ飽きないレベルで美味しい料理を大量に出してくるフォゥの謎のレパートリーには驚かされるばかりだった。そしていっぱい食べたらマッサージと軽い運動を繰り返し、フォゥが何らかの魔法を使って体内を治療していく。イリス自身はほぼ問題がない為、数日で自由を許された。その間に古代ベルカ語を俺から学び、基本的な知識を習得すると言語解析で一瞬にマスターする辺り、正直ずるいと思った。

 

 そういう訳でイリスも古代ベルカ語をマスターし、古代ベルカ語での会話が可能になった。

 

 だがそうやってイリスが古代ベルカに適応する中で、俺の治療は半月程度では終わらず、難航を極めていた。

 

「人にはそれぞれ力の流れとでも言うべきもんがある。魔力、気、生命力、様々なもんが体を巡ってるわけだ。その中でもとりわけ、お前は魂から伸びる線がずたずたに切り裂かれてるんだよ。頑丈に生んでくれた親御に感謝しておけよ。普通はショックに耐えきれず死んでるからな。ただ切ってるやつも相当イカレてるな、元に戻せるように綺麗に切ってやがる」

 

 言っている事は良く解らなかった―――この時代の医療がオカルトに足を突っ込んでいた、というよりフォゥが担当する古式ルーフェン流の医療術がかなりオカルト方面の技術だった、という話らしい。古代ベルカの医療水準自体はかなり高い。軽く聞いた話だが普通に薬は存在するし、医療用の魔法もある。手術の概念も普通にあれば、現代に比較的近い医療形態が既に構築されていた。ただ単に、フォゥの治療方法がそういうメジャーから大きく離れたスタイルだったという訳だ。

 

「お前を切った張本人は、多分お前を殺す目的はなかったんだろうな。これだけの腕前があるなら繋がらない様にずたずたに切れただろうに。つまり治療する事前提でお前を切った訳だ。ただ、断線している間に流れ出したお前の中身はもう戻らない。才能、資質、素質、そういうもんを綺麗にお前に残らないよう斬りぬいたって感じだ。ある意味で才能を殺す技だな。つまり、繋ぎ直せば体の不調は治る。ただし、もう二度と前と同じ事は出来ないだろうがな」

 

 よく解らない話だった。だけどこれまでそうだった力や技術が一切使えなくなったのは事実で、あの爺がやったのはそういう事だったのだろう、と納得はした。あの理不尽の化身みたいな力がこの身に宿る事はもう、二度とない。フォゥがした説明はつまり、そういう事だ。

 

 だけど俺はその事実に安心していた。あんな理外の力、存在しないほうが良かったのだろう。あの強すぎる力は結局のところ、俺を不幸にしかしなかった。だからその点だけはあの爺に感謝している。ただ、オリヴィエを自分の手で助けるという目的を果たす為にはやはり、力がいるから鍛え直す必要がある。

 

 そういう訳で治療と平行してトレーニングが始まった。

 

 流石武芸の次元世界、ルーフェン出身の医者・フォゥ。体の治療と平行しながらもちゃんとメニューを組んでくれており、それに沿ってこの半月はトレーニングを行っていた。幸い、フォゥの診療所の裏庭には軽く体を動かす事の出来るスペースがあったので、そこで基本的なトレーニングを行っていた。

 

 とはいえこの半月やる事は基本中の基本、基礎トレーニングだけだった。まだ体が全然動かないという事も考慮して、まずは庭のウォーキングから始まる。体力も筋力も全部ごそっと抜け落ちたような感覚がする今、庭を歩くというだけでもかなりの重労働だった。それでも体を動かす事は活力へと繋がるとフォゥは言う。

 

「いいか、坊主。やるとやらないってのは大きな差なんだ。思っている以上に、な。だからやればそれだけやる気ってのが体に溜まって行くんだわ。それがお前の体を少しずつ癒やして行く。ただ、まあ、当然ながら嫌々やった所でなんも改善はしねえ。やる気がなかったら休んでいいぜ」

 

「やります!」

 

「よし、良い意気込みだ。無理せず早歩きせず、ちゃんと歩いて庭を回れ。今はそれだけで十分だ」

 

「はい!」

 

 ちょっとだけ不思議で不審な所もあるが、フォゥという人物は非常に乱雑で、丁寧な人だった。乱雑というのは私生活の部分で、あまり細かい事に頓着するタイプではなかった。たとえば着替えは放りっぱなしとか、食器は後で纏めて洗おうとするとか。だけど仕事に関する事だけは非常に几帳面で、整理や整頓、そして細かいチェックを怠らない。そういうアンバランスさが混在した不思議だが……間違いなく、善き人だった。そんなフォゥは決して俺に無理をさせるような事はせず、過去を聞くような事もせず、何かに没頭するイリスに過度な干渉をする事もせずに、この半月の間は面倒を見てくれた。

 

 

 

 

 そして更に半月―――1か月が経過する。

 

 1か月も古代ベルカで生活すると流石に色々と馴染んでくる。具体的に言えばフォゥ家での生活とか、ご近所さんに顔を覚えられたとか、マーケットの場所、どこで買えば安いとか。生活で手を出して良い範囲はどれぐらいだとか、聖王訪問アタックが月何回あるのか、とか。定期的に城を抜け出しては大臣を発狂させているらしいが果たして大丈夫なのだろうか?

 

 それはともあれ、

 

 ”白い傷跡”と呼ばれる傭兵がいるらしく、それが今度自分を引き取る人物という話だった。少なくとも聖王ルートヴィッヒはそのつもりで連絡を入れた。傭兵としては最上位、”白”という特別な色に分類される称号を取得した女であり、聖王自身が多大な信頼を置く人物でもある。ただし、現在この大陸から離れている事もあり、こっちへと来るにはそこそこの時間を要する。

 

 既に飛行船の類が出来ている時代ではあるものの、それが誰にでも乗れる程普及しているという訳でもない。その為、陸路が基本的な移動経路となる中、大陸間の移動に利用されるのは船だ。そういう事情もあって”白い傷跡”が中央ベルカ・城下までやってくるには更に1~2か月必要するという話だった。それまではこのフォゥの診療所にお世話になるのは確定で、ここでの生活に慣れなきゃならなかった。

 

 その為、少しずつ治療が進んで体の自由が出るのに合わせて家事などを手伝う事にした。これ自体、リハビリにもなるからとフォゥが許可を出した。そういう事で、色々とする事が増えた。少なくとも立って歩いて手を動かす事ぐらいはできるようになったので、よく診療所の買い出しの手伝いをする様になった。

 

 そうなるとこのベルカ城下という場所が良く見えてくる。

 

 まず、この古代ベルカという場所は思っていたほど不便な場所ではない。技術的には結構あべこべな部分があるが、それで生活が特別不便であるという訳じゃない。たとえば水。水道は最低限のもので井戸から水をくみ上げる必要があるが、トイレの方は魔法技術によって魔法のない世界の暗黒期の様な汚い事にはなっていない。

 

 道路を見れば馬車と馬が乗り物として最もメジャーな手段になっている。車なんてものは当然存在しないし、バイクなんてもってのほかだ。だけど空を見上げれば飛空艇がエアポートから発着し、各国を繋いでいる。飛空艇なんてものが存在しているのであれば当然、車やバイクだって存在していなければおかしい。だがそんなものは存在していない。

 

 武器を見てみれば現代では良く見るデバイス、それも現代水準でもハイエンドと呼ばれる様な物が普及している。精密機器の組み合わさったアームドデバイスは騎士達に配備され、戦力の一部として運用されているだろう。だけどそこまで複雑な武装を生み出せているのに、現代では忌避されていた質量兵器の銃器は存在せず、射撃武器と言えば弓や魔法となっている。そう、現代では良く見る汎用的な武器である銃がこの時代には存在しない―――大砲等はあるのに。

 

 その妙なアンバランスさがこのベルカという地域、この時代の特色だった。生活では特に不便する事はない。バイクがなくたって馬で移動する事が出来るし、水道がなくたって井戸で水を汲めば良いし。だけどこのベルカの技術力は何というべきか、

 

「―――まるで戦う事前提で発展した感じよね」

 

 診療所の裏庭、イリスがフォーミュラを使って何かをしながら話しかけてきた。リハビリの一貫として軽い運動をこなしながらイリスの言葉にミッド語で答える。

 

「そりゃあ、ベルカの歴史と言ったらこの世で最も血と争いで満ちた歴史って言われているからね。遡れば遡る程戦争と殺し合いでありふれてるよ。最もひどかったのは今の時代と、更に数百年遡った時代らしいけど」

 

「ふーん……でもちょっと発展としては歪じゃない? 存在する筈の段階を無視する様な形で技術の進歩と定着を感じるわ。まるで意図的に歪んだ形で技術を残しているというか……そういう意図を感じない?」

 

「うーん……どうだろうなあ」

 

 まあ、ベルカの技術は謎が多いというのは事実だ。考えを巡らせながら、裏庭をぐるぐると競歩する形で運動する。まだまだ完治とは言えない体ではこれぐらいが限界だったりするのだ。ただ少しずつこういう運動を繰り返していくたびに体が回復する感じはしている。完全に復調するまでは数か月―――それでも元の異様な能力は戻らない、普通の人間レベルの身体能力に収まるだろう。

 

「元々超古代ベルカって侵略国家だったらしいんだよね」

 

「侵略国家?」

 

「そうそう」

 

 1か月も一緒にイリスとは過ごしてきた。思う事はお互いに色々とあるだろうが、それでもここにいる間は絶対に付き合っていく仲だ。だから、必要以上に刺々しくする事も、よそよそしくする事もやめて、ある程度フランクに会話する程度の仲には……なった。こうやって運動中にコミュニケーションを取るのもそういう風の関係を構築する一環で、イリス側から持ちかけて来た物だった。

 

「まあ、公開されている話じゃないんだけどな。元々ベルカってかなり侵略していっぱい殺して鹵獲したり奪ったりで……今のベルカはそういう風に出来上がってるって話。当時は次元戦争だとか言われてたけど、ベルカを支える大本の技術ってその時に編み出されたものが大半らしいな……特に人体改造技術とかそこら辺はそう」

 

「そんなの、データベースにはなかったけど」

 

「一番重要なものはデータじゃなくて口伝継承してるよ、聖王教会。データはクラッキングされるし、書物は盗まれるし」

 

「成程ね……そしてそれを教えられた訳ね?」

 

「まあ……俺はそこらへん、合間を縫って教会の方から教えられてたから」

 

 知っておかなきゃならない事は結構あった。俺とヴィヴィオという組み合わせは、一番待望されていた組み合わせでもあるから。今となっては関係のない事だし、忘れても良い事だろう。地獄となったあの学校、そして崩れ去る聖王教会の思惑。正直、現代で起きているであろう事態の後始末がどうなっているかだなんて、余り考えたくもない。何をどう足掻いても面倒と地獄でしかないだろう。

 

 ……ただ、正直父と母には申し訳なさしかない。

 

 冷静になって考えると今まで育ててきた恩、そして教えてくれた全てを裏切ったという事でもあるのだから。その全てを捨ててまで古代ベルカで果たすべき事があるのだろうか? 本当に俺にはそれをするだけの価値があるのだろうか?

 

 俺にそんな権利はあるのだろうか?

 

 ―――あー、余計な事ばかり考えちゃうなあ。

 

 体の動かし方や現状の事を頭の中で考える。そういう事を考えて体を動かしている間が、一番余計な事を考えなくてすむ。だから鍛錬し、リハビリする時間があるというのは中々救いがあるもので、最近は結構このリハビリに対する集中力も上がっていた。

 

 とはいえ、フォゥはそこらへん絶対に無茶をさせない。なんで何時でもリハビリ運動していられるという訳ではないのだが。

 

「……良し、出来た」

 

「ん? なにが?」

 

 この一か月、イリスが何かフォーミュラと呼ばれるあのナノマシンを使って作ったり削ったりしているのは知っていた。なんでもナノマシンを使って自由に色んなものを作ったり改造する事が出来るらしいものの、現在のイリスはスペックが大幅に低下していたりナノマシンの数を大幅に喪失している影響で、本来のレベルの制作作業が行えないらしい。そんな中でも、この1か月何かを集中して作成しているのは解っていた。

 

 そして完成されたそれをイリスは手に取り、見せてきた。

 

「ハンドガン」

 

「ちょっと??」

 

 それあかんやつでは??




 シドの体力が5あがった! 筋力が5上がった! 意志力が1上がった! イリスが銃を作った! フォゥは聖王を城に叩き返した! ご近所さんの認知度が上がった!

 こっそり更新再開してたけど割と感想と評価来てたりで喜び。

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