「たぶん、呪いなんだと思う」
この世に生まれてきたことが罪なのか。それともこの世は呪われているのか。その事をずっと考えていた。ずっと考えてきた。その結論が自分の中では出ない。だが、罪ではなく呪いであると自分は思っている。
「それは……なんで?」
「生まれて来た事が罪だとすれば……僕も、君も、どうしようもなく救いようがないじゃないか」
「それは……うん、そうだね。私も、君と出会えた事実が間違いなんてしたくはないし」
だからきっと、神様がこの世界の全てを呪っているんだと思っている。じゃなきゃ、救われない。ボクも、オリヴィエも。許されるのであれば、この身の呪いを濯いで幸せになりたい。何も文句のない、ケチのつけようのない幸福を知りたい。だけど今の自分には、そんな景色は遠すぎて何も見えてこない。だけど、それでも今は必死にあがいて生きているんだと思う。
それは夢の深海庭園で、オリヴィエと密着した状態で思う。
今夜は、正面にオリヴィエが潜り込んでいる。朽ちた石柱を背にしている此方の正面に回り込み、両足を広げるように座っている此方の股の間に潜り込み、背中を預けるように寄りかかっている。その華奢な体に両腕はなく、倒れ込んだら自力で起き上がる事さえできないほどに脆弱な姿を完全に安心している様子でリラックスしていた。そして僕も、そんな風にオリヴィエの姿を受け止めて安心を覚える。
きっと、僕も彼女も生まれに傷のあるものとして、お互いに依存している。他の誰にも理解されない苦しみ。恵まれた生まれに糞みたいな欠陥。それをお互いに抱えている。出会ったのが、こんな夢だからいけない。これが現実であれば互いに同情する程度だったのだろう。だけどこんな深海の夢で出会ってしまった。特別かの様に出会ったのだ。それが僕たちの心を何よりも強く、そして更に強く結びつけてしまった。
だから本音で―――自分が、日常生活で意図していない事も口にできる。気づける。
「オリヴィエ」
「なぁに?」
「僕はね―――騎士になりたいんだ」
ベルカの少年たちは皆、騎士の伝説や活躍、その誇りの物語を聞かされて育つ。だから自然と僕たちは騎士にあこがれを抱く。そしてそれを胸に、騎士になろうとして育つ。それが普通であり、自分もまたそういう風に育った。故に騎士としての理想を抱いている。だけど、それだけではないのだ。自分の腕の中にいるオリヴィエを抱いていると解る。現実では、不可能だ。彼女が死ぬその日、その瞬間にいる訳じゃない。それは既に過ぎ去った遠い過去の出来事だ。
「騎士になれば少しは君の心を、守れるんじゃないかと思ってるんだ」
「そんな事しなくても、君と……シドと、こうやって逢えるだけで十分だよ」
「そうかもしれないけど。けど君の為に何かをしてあげたかったんだ……僕にできる何かを」
それがきっと、今でも騎士の道を諦めきれない理由。この地獄の様な世界で今でも頑張っている理由。
だけど、
「―――きっと、僕は騎士になれないんだろうなぁ、って悟ってるんだ」
結論から言えば、どれだけ頑張っても無駄なのだ。
それを、既に理解している。
それでもまだ―――諦められない。
「シド、今日は教会に行くから早く起きろ」
「……あい」
父の声に起こされて目覚める。スケジュールを寝起きと共に頭に叩き込まれ、自動的に朝の支度を終えるように体が動き出す。相変わらず頭は霞がかかったように重い。だがそれを無視して体を突き動かし、朝の支度をさっさと終えてしまう。もぞもぞと脚を動かして1階まで下りてくると、朝食がいつも通り並べられている。自分の椅子まで歩いて進むと、母さんが素早く後ろに回り込んで、パンに具材を盛っている間にヘアブラシで寝癖を殺しに来る。
「相変わらずパパ譲りの剛毛ね……! この、くせっ毛か、中々、落ち……ない! あ、濡らさなきゃダメねこれ」
「朝は本当にダメだなこの子は」
いつもの朝、いつものことながらやっている事が同じだ。ただ今日は、いつもと少しだけ違っている。少なくとも身なりは少しだけ気にするし、それに合わせて意識の覚醒も今日は少し早い。自分でもちょっと気合入れているのが解る。
聖王教会に自分が向かうという事には、ある意味がある。
だからさっさと朝食と準備を整えたら、父さんと並び、母さんに別れを告げて家を出る。行く先が行く先なだけに、父さんと道を歩いている間に意識が覚醒してくる。それを父さんも察して、こっちへと視線を向けると、小さく笑いながら口を開いて、
「おはよう、シド。漸く起きたな? まぁ、教会につくまでに起きていてくれたら別に良いんだけどな」
「流石に教会に行くときは僕も少しは頑張るよ」
「普段からもうちょい頑張ってくれてると父さん、助かるんだけどなぁ」
「それは無理」
「即答しないでくれよ……」
苦笑する父さんを直ぐ横に、見慣れた道を通って聖王教会へと向かう。ベルカ自治区には絶対にどこか、教会が置いてある―――無論、信仰対象は聖王とその血族、近しかった騎士達である。自分たちが住んでいるこのミッドチルダ北部には聖王教会の本部が存在する。聖王教会の元締め、と言う訳ではなくこのミッドチルダという次元世界におけるもっとも広く、そして大きな教会だ。広大な敷地には騎士団が駐留する為の宿舎や、体を鍛える為の鍛錬場がある他、聖堂等の多くの施設が存在する。この本部そのものが一つの街の様なものとして稼働している。
このベルカで最も信仰されている宗教であり、またこの次元世界で最も信仰されている宗教でもあるこの聖王教会は、非常に強い力を持っている。それこそ時空管理局という最大組織に干渉できるほどに。それ故にベルカは自治区という形で国が滅んでもなお存在する事が出来るし、次元世界を丸ごと一つ聖王教会の為に保有する事だってできる。それほどに強い力を持つ組織なのだ。
今、そんな聖王教会ミッドチルダ本部に僕は向かっていた。
父さんは、そんな聖王教会に所属する
古い時代より変わらない金の髪を継承している僕たち、カルマギア家はベルカの中でも今まで生きる、意味ある古き血の一つだ。現代までに何度かほかの家と血が混ざっているものの、今でもまだしっかりとこの髪色と血を残せているのはうち以外は一人しか存在しない。
そして今日は、その一人に聖王教会で会える日だった。
このベルカに置いて、最も特別な子。その子と会える日は気分が少しだけ複雑なものがあった。いや、楽しみにしているのは事実だ。そしてできるなら会える回数を増やしたいとも思っている。彼女と会う事には意味がある。しかし、そこに介在する気持ちは……やはり、複雑なものを感じる。
なぜなら―――この聖王教会という組織を、僕は、
嫌っている。
「……」
「……ふぁぁ……ぁ」
軽く欠伸を漏らしながら横を歩く父さんを見る。複数ある騎士団の一つを任される団長の父さんは自分と同じ金色の髪をしている。髭は剃って、少しぼさっとしたくせ毛を無理矢理おろしている―――これ、午後辺りになると跳ねるんだよね、と思考が流れる。
だが服装は騎士団の制服姿であり、その上からコートを着ている。腰には鞘に納められた片手剣型のアームドデバイスがある。魔力駆動のデバイスはユーザーが魔力を保有している事を証明し、
父さんが、普通にリンカーコアを保有している事を証明する。
なぜ、僕は、父さんと同じように生まれる事が出来なかったのだろうか。
その疑問が常に、胸の中にしこりとして残る。
「……寒い」
「大丈夫か?」
「ん、大丈夫大丈夫」
「本当か? 寒かったら父さんが何とかするから言うんだぞ」
「うん」
そんな話をしている間にいよいよ、聖王教会までやってくる。信者からの寄付と、騎士団が時空管理局へと出張して稼いできた金で作られた門は大きく、そして装飾が施されていて高そうに見える。この手の装飾を苦手として身としてはさっさと抜けてしまいたい気持ちで溢れている。だから父さんと並び、歩きながら門を抜けて敷地内に入る。年中無休で稼働している組織だけあって、シスターや騎士達が、そして聖王教の信者たちが今日もそれぞれの目的の為に忙しそうにしているのが見える。
そんな教会の関係者たちは、父さんを見かけると敬意と共に頭を下げたり、手を挙げて挨拶してくる。
「よぉ、良い朝だなジュード」
「おはようヘンリー。相変わらず冬眠したくなる寒さだよ」
「おはようございます騎士ジュード。今日はご子息を連れてですか。お勤めご苦労様です、シド君も虐められたら言うのよ?」
「はい、たぶん大丈夫ですけど」
「そうですか? そうですか……本当に?」
「去れ、ショタコン。俺の息子に近づくな」
「あぁ、無体なぁー!」
騎士やらシスターやら、次々と父さんに挨拶し、自分を見かけると一緒に挨拶してくれる。中には自分を無視するような人もいて、多種多様の人がこの聖王教会に勤めているのが解る。ただ、父さんは人気がある。それは回りから挨拶してくれる人たちが好意的な表情や感情を見せている事で解る。こう考えると、聖王教会に勤めている人たちはそこそこ良い人たちだという事が伝わってくるだろう。
そんな人たちの挨拶を受けながらも聖堂に向かうのではなく、聖王教会本部の横、職務に従事している者達の為の通路に入る。ここに入ると一般の信者は消えて、働いている騎士やシスター達の姿だけになる。中庭で武器を手に素振りをする従者の姿も見え、此方を視界に捉えると意味ありげな視線を送り、直ぐに武器を振るうのに戻る。
「……」
武器を振るっている従者たちの姿に沈黙を保っていると、此方を見つけた大柄で片目に傷を持つ騎士の男がやってきた。
「お、騎士ジュードと坊主じゃねぇか」
「おはようございます騎士ジェラルド」
自分よりも上の立場の相手に対して父さんは直ぐに口調を整えて挨拶し、此方も頭を下げて挨拶をする。この大柄の男―――騎士ジェラルドは、父さんとは別の騎士団の団長だ。父さんが二団の団長に対して、ジェラルドは一団の団長だ。つまり、立場上は同じ役職の人物になる。ただ、かなり気さくで、自分の年が上でもあまりそれを気にせず、立場も気にせずに周りの人間に対して接するから広く慕われている人物でもある。
「がっはっはっは、今日も眠そうな顔してんなぁ、坊主」
頭を掴まれるとそのままガシガシと頭を撫でられて、ぐわんぐわんと頭を振り回される。ごつごつと硬い掌の感触は鍛えられた戦士特融の手の感触だ。個人的にはその硬い感触は信用できる人間の証と思えて、好感度が高い。
「あー、そのジェラルドさん。折角髪を整えてきたからあんまり滅茶苦茶にされるのは……」
「あぁ? 気にすんなよ。男はちょっとぼさっとしているほうがかっこいいからなぁ! おう、坊主。お前も早く従者申請しろよ。絶対にうちで引き抜くから。他の騎士団には勿体ねぇからなお前は」
ジェラルドの言葉にあー、と声を零し、
「その……はい」
「おう。待ってるからな。お、そうそう。じゃじゃ馬姫は既に首を長くして待っているからさっさと行ってやんな」
「それじゃ、シド。俺はここで仕事に向かうから後は大丈夫だよな?」
父さんの言葉に頷き、ジェラルドに軽く頭を下げてから奥へと向かう。
「……嫌だなぁ、あの年で自分の未来を察してやがるかぁ」
「そういう話は一度も家で出した覚えはないんですけどね」
「ガキはそこらへん感受性が高いからな。口にしなくても空気から感じまうんだろうよ」
シドが姫に逢う為に教会の奥、個人用に用意された居住区へと向かうのを見てから目を閉じて、溜息を吐いた。不出来な親である為に、息子には辛い人生を背負わせてしまっている。血だけであればそこそこの苦労で済んだであろう事が、ちゃんとした体で命を与えられなかっただけに今の様な苦しみを与えている。いや、この話をしたら自分かアリア。どっちが悪かったのか、という話になる。だからこの手の事は誰が悪かったのか、というのを話さないのが自分とアリアの間にあるルールであった。
「父としては元気に育ってくれればそれで何も、文句などないんです。別にその為ならミッドやベルカを捨てて魔法のない世界で暮らす事もいいんですが……シドが、そこまでする必要はないと反発してしまいまして」
「良い子だよなぁ、アレ。回りの期待や、家の名に恥じないようにあの年で良く頑張ってるけどなぁ」
ジェラルドは丸刈りされている頭を軽く掻くと、溜息を吐いた。
「時代が悪いな。特に最近は無能軽視の考えが蔓延してるからな……」
「聖天騎士団が原因ですか?」
「おう。まぁ、連中は連中で異様な強さしてるからな。調子に乗る理由も解かるっちゃ解かる。けどなるべくこっちや周りを巻き込まないで欲しかったな」
最近、ベルカ内で蔓延する思想、その原因となる連中の姿を思い出して頭を悩ませる。とはいえ、一人の騎士にできる事なんてたかが知れている。何か、息子の為に何かが出来たらいいのだが。
「せめて、息子を従者にしてやるぐらいの事が出来ればいいんですが……」
「是非ともうちで欲しいんだけど」
「うちで預かるんで絶対に渡しませんからね。何のために大事に育てて来たと思っているんですか。うちの後継者ですよ、後継者」
「だから欲しいんだよ! 良いだろ少しぐらい!」
「絶対に返すつもりないから嫌に決まってるじゃないですか」
従士に、出来たら。
だがその願いを叶えるのは難しいだろう。従士になるには筆記試験のほかに、魔導師ランクD認定相当の戦闘試験がある。そしてこの試験内容には
「何か、我が子の為にできれば良いのですが」
「俺もあれだけ才能と素質の塊を態々放置しておくのはどうかと思うんだけどなぁ。規則を変えるのは難しいし、大会の方で勝ってもなぁ……」
ジェラルドの言葉の続きを求めれば、溜息を吐きながら返答される。
「聖騎士が受賞の為に参列するらしい。そのガキも参戦とかな。連中は全員
「です、か」
息子がやる気になったところで、どうにもならない事がある。覆せない事実がある。その未来が待っている事実に頭が痛くなる。単純に抗議した所でどうにかなる話でもない。
「猊下は……なぜ、このような事態を見過ごしになられているのか」
「さて、な。それこそ俺達ただの騎士に解かるような事ではなかろうよ」
朝から嫌な気持ちが頭を悩ませる。
なのに、やれることは少ない。その事実に自分に嫌気がする。だからと言っても、それで諦めるのもまた違う話だ。
しかしだ、と呟く。
「どうしたジュード?」
「いえ……」
気のせいだろうか? このベルカだけではない。
時空管理局本局襲撃事件、差別、犯罪率の増加、思想の過激化。全体的に次元世界そのものが最近、物騒になっているような―――嫌な時代が始まりそうな、そんな予感がする。
早いうちに、ベルカを捨てて魔法の存在しない世界へと疎開するのがやはり、家族の為かもしれない。
そんな考えを頭の片隅に常に残しつつ、今日も家族を養う為にコートを脱いで、
騎士としての職務に励むことにした。
シドの心の安定の9割が毎晩、オリヴィエと会話する事によって持たれている。オリヴィエの精神の安定もシドと毎晩話し合う事によって維持されている。
そうでもないと未来には何もないし、夢なんて意味がないし、努力したところで別に報われるわけでもなければその先に何か選択肢がある訳でもないって気づいた時点で発狂しちゃうからね。
なら普通の生活すれば? って言われれば……?