翌日、聖王が一人の女性を診療所へと連れて来た。
その女は名の通り白かった。長く、白い髪。白い手袋、白いコート、白いシャツ、白い肌。シャツに付けている赤いタイと黒いズボンだけが別の色をしていて、それが余計に彼女の白という色を引き出していた。ただ白いコートとその長髪が、まるで全てを包み込む様で―――やはり、白にワンポイントの赤が目立つ。そんな女は覚えのある気配をしていた。それはどことなく遠い昔から続いているようで、そこにあるのかないのか不確かな、だけど積み重ねられてきた血の気配。そう、エレミア一族の気配だ。
現代であんなに傍にあった気配だ。懐かしさを覚えてしまい、ジークリンデを思い出してしまう。本当に、本当に申し訳ない事をした。もう、謝れないが。
それでも白いこの人の白さというのはなんというか―――塩だ。純白、濁りのない白さを思わせる。漂白された、塩の白さ。だけどそう言えば白い傷跡は塩化の力を持っていると言っていた。ならきっとこの病的な白さはそれが由来なのかもしれない。ただやはり、その病的な白さは美しいと思えるものだった。これが白い傷跡、という人なのだろう。
「―――お前の感想はどうだマリー」
「そうね」
出迎えの為に裏口までやってきていた俺を見て、白い傷跡・マリーアは顔を寄せ、覗き込む様に瞳を見てきた。
「ほほう? ふふーん? へー? ほーん……?」
ずかずかと近寄って聞いた彼女はそのまま両手でぐわしっ! と顔を掴んで、まじまじと顔を見つめてくる。思いのほか顔が近かったからドキドキしてしまい、視線を逸らそうとするが視線を追いかけるように回り込んでくる。視線から逃げられずちょっと困り気味の声が漏れてしまう。
「え、あ、あの」
「あぁ、ごめんね。勝手にこっちで盛り上がっちゃって」
そう言うと彼女は挟んでいた顔を解放してくれた。掴まれていた両側を軽く揉む様に撫でてから視線を合わせた。にこりい、と言うにはもっと快活な、そんな笑みを彼女は浮かべた。
「始めまして、私はマリーア、マリーア・エレミア。親しい人は私の事をマリーって呼ぶわ。貴方達の名前を聞いても良いかしら?」
「シド・カルマギア。愛称は……特にない」
「イリスよ。家名なんてものはないわ」
返答するとマリーアは頷いた。笑みを浮かべたまま、視線を合わせる為に中腰になると両手を伸ばして、俺とイリスの頭を撫でてくる。今までベルカでは見たことのない、穏やかなタイプの人だった。フォゥも割と穏やかだが……それよりもなんというか、ちょっと粗忽な所があった。だけどマリーアと言う人の印象は明るく、清らかで、だけど活動的な穏やかさ。そういう印象を受けた。
「ルートヴィッヒに言われて来たけど……成程、確かに才能を感じさせるものがあるわね、2人とも。シド君は私の後継者として是非欲しいし、イリスちゃんもウチの職人連中が喜びそうな気配がしてるわね」
「見て解るのか? お前がぁー??」
「そりゃあ私だって欠陥品とはいえ、エレミアよ。性質や素質、才能を見極める為の鑑定眼は一級品なのよ? というかそれは失礼じゃないフォゥ?」
「そりゃあ互いに今更って奴だろ。まあ、ほら。俺に構ってる所じゃねぇだろうよ」
そうね、とマリーアが声を零すと視線を此方へと戻してきた。
「シド君、イリスちゃん、良いかしら?」
その言葉に俺は頷いた。
「私はルートヴィッヒから貴方を預けたいって話を聞いたわ。私は諸事情あって、後継者に恵まれてないの。だから私の技、知識、経験、その全てを授けられる後継者を求めていたわ。その中で完全に私を引き継いで行ける資質のある子がいるという話を受けて、海を渡ってこっちに戻ってきたわ。そして今見て確信したわ―――貴方という大器はいずれ、晩成する。1年や2年ではその片鱗は見えないわ。3年でも4年でもない。もし、それが完全な形を見せるなら最低でも8年、9年はかかるでしょう。だけど断言するわ。貴方は大成するって」
丁寧に、説得するようにではなく知ってもらえるように、彼女の感情を言葉に乗せて伝えてくる。そこには焦がれた熱情の様なものがあった。
……エレミア一族は親から子へ、師から弟子へと経験と技を継承する。そうやって世代を重ねて怪物を生み出してゆく。その果てに、最強の個人を生み出す為に。後継者がいない、というのは断絶を意味する事だ。それはエレミア一族にとっては死活問題なのだろう……特に、白い傷跡等という称号を得る程の人物であれば。
「だけどね、物事は一方には決められない。常に双方の合意を持って契約というのは為されるわ。だからシド君、そしてイリスちゃん。私は貴方達の口から聞きたいの。エレミア一族―――特に私の担当する隊と一緒に行動するのは他の隊よりも遥かに過酷だわ。戦地は回るし、人も殺すし、手段は選ばない時も多い。それでも私が提供できるのは確実に強くなれるという地獄……落ち続ける事でしか進めない修羅の道」
言葉を区切り、
「……お姉さんに聞かせて。貴方達は本当に私と来る意思があるのかどうかを」
「愚問ね」
即座に答えたのはイリスだった。
「あたしが行くところはこいつが行くところよ……それがどこであろうとね」
「自分の意思じゃなくても良いの?」
「考えての発言よ。そしてあたしの意思よ。だから良いのよ、これで」
イリスの言葉にマリーアが視線を合わせた。だがイリスが視線を揺らす事もなく、そして迷う事もなく答えた事に満足したのか、続いて視線は此方へと向けられた。イリスは凄いなあ、とその時素直に思った。発言に一切の躊躇がなかった。俺ではそうもいかない。つい先日、漸く自分の気持ちを少しだけ、理解出来たばかりだったんだ。だからイリスのそういう所、素直に尊敬できる。ただ、それでも彼女が俺についてくる必要はないと、今でも思ってる。
「……えっと私、は」
「良いわよ、もっと楽な喋り方で。敬語とか特に気にしないから」
「じゃあ、俺は……その、強くなりたいと思って、ます」
「どうして?」
どうして―――どうしてだろうか。
その答えは出てる。
「俺が、始めた事だから」
俺がオリヴィエ・ゼーゲブレヒトに絶望を与えてしまったから。
「だから俺は責任を取らなきゃいけないんだ。ヴィヴィに絶望を教えてしまった事に。だけどそれは半分だけ。半分の理由」
「もう半分は?」
「また、ヴィヴィの笑顔が見たい」
屈託のない、心の底から浮かべている笑みを。
「何も恐れていない、心配していない、そんな笑顔がまた見たい。だから力が欲しい」
だから、力がいる。それを自覚する。
「その力で、何をする?」
「守る」
「何から」
「この世の理不尽全てから」
彼女を―――オリヴィエ・ゼーゲブレヒトを守るというのなら、それぐらいの覚悟が必要だ。この世の全てを敵意に回してでも守り抜く。どんな相手が来ようとも絶対に守り抜く。戦いに行くのではない、守りに行くのだ。その為の力が必要なんだ。大事なのは敵を殺す事じゃない、敵からオリヴィエを守る事だ。今は誰が立ちふさがるのかは解らないけど、それでも解るのはゆりかごが無ければどうにもならない運命、それそのものが俺の敵だ。
「誰かを守る、と言うのは凄く難しいわよ? だってそれは想定できる上限が存在しないものなのだから。想定できる範囲で最悪の最悪を相手にしなくちゃならない。単純に倒すのとは違うわ、奇襲、暗殺、裏切り……その全てに備えて守り抜く必要があるのよ? ただ戦って勝つ事よりも遥かに難しくて厳しいわ」
「それでもやる。将来、このベルカが国難に陥った時……聖王様でさえヴィヴィを助けられないのなら、俺が聖王様を相手にしてでも絶対に守り抜きたい」
俺が求める力とは、そういうものだ。それが俺の目的だ。聖王陛下は、絶対にオリヴィエを救ってくれない。こうする事が最大限の譲歩何だろうと思う。だから守りたければ自分の手でやれ、と手を回してくれている。だからそうする。
「たとえ嫌がっても攫ってベルカから連れ出してでも助ける。それだけの力が欲しいんです、マリーアさん。俺は、そういう事が出来る強さが……出来る人になりたい」
マリーアの問いに答えた。その言葉を数秒間飲み込む様にマリーアは瞑目し黙り込むと、眼を開けて笑みを浮かべた。そのまま素早く両手を広げると抱き着き、抱き寄せ、顔が胸に埋もれる様に強く抱きしめられた。ぐいっと、体が引っ張り上げられる感触に足元が床から離れてぐわんぐわんと振り回されるのが解る。
「んごごごぐぐ!?」
「あーもー! なにこれ可愛いー! ほんと可愛いんだけど! ねー! ルートヴィッヒ!」
「はっはっはっは―――ほらほら、マリー。私の孫が死にそうだから解放してやれ、な? な? 解放してやれ―――早く、苦しんでいるから早くおいフォゥこいつ離さんぞ!」
「テンション上がり過ぎたんだ! 全員で抑え込め! おら、馬鹿白! さっさと小僧を離せ!」
数秒後、大の大人二人がかりで救出され、無事に床を死に体で転がる事に成功した。ぜぇはぁ、と息を吐く所背中をイリスに撫でられて徐々に回復していると、一切悪げのなさそうなマリーアの表情が見えた。
「いやー、ごめんごめん。だけどほら、私こういういキラキラしたの嫌いじゃないから。夢と希望に溢れてるの。私達が大人になるにつれて現実を折り合いをつけなきゃいけなくなってくる奴。理想は理想、現実は現実……そうやって切り分けちゃったものを辛い事を知ってもそのまま駆けて行こうとする感じ、凄く若くて可愛いじゃない?」
「まあ、言わんとする事は解る。だからこそお前に預けたいと思った。恐らくシドを大成させられるのはお前だろうからな」
ルートヴィッヒの言葉にマリーアが視線をフォゥへと向けた。
「あれ、お得意の直感だと思う?」
「俺がガキどもを拾った事を直感的に悟った男だぞ。俺が接触する前に仕事終わらせて空き時間作ってたからな、こいつ」
その言葉にルートヴィッヒがドヤ顔を浮かべた。そして当然だとも、という風に言葉を続けた。
「魔力のないマリーと魔力のないシド、師弟として見るなら間違いのない組み合わせであろう?」
「えっ」
魔力がない? エレミアなのに? 驚愕の事実に驚きながらマリーアを見てしまった。瞬間、失礼な事をしてしまったと思って視線を逸らしたが、マリーア自身は笑いながら許してくれた……良く笑う人だと思った。
「別に悪い事じゃないしね、魔力が無いのって。君がいたところではどうだったかは解らないけど、ベルカは基本的に強ければ魔力があろうと無かろうと関係ないしね。無ければ無いでそれ用の仕事も大量にあるから気にならないし。それに先天的に魔力を持てないリンカーコアの持ち主って高魔力負荷環境にあると肉体が常人よりも強く成長するのよ? そういう意味じゃフィジカルギフテッドとして成長する道を拓けるし悪い事ばかりじゃないわ」
「はー……」
そんなの、初めて聞いた。現代ではそんな話、1度も聞いたことがなかった。或いはそういう話も喪失していたのだろうか? 結局のところ、戦いは全て魔導士に任せるのが主流だった時代だった。魔力がなくてもガチンコで殺し合うこのベルカ時代がおかしいのかもしれないが。
「だからね、君が良ければ―――私の弟子になって、私の跡を継いでくれないかな。私が鍛え上げてきた全て。それを継承して欲しいんだ」
「俺で、良いなら。お願いします」
「うん、じゃあ宜しくねシド君」
「宜しくお願いします先生」
起き上がりながらマリーアが差し出してくる手を握り返した。これでマリーアとの間に契約が結ばれた。エレミアであるという時点でその強さは疑っていない。誰より最後まで止めようとしてくれたジークリンデの姿が、今でも脳裏に焼け付いているから。彼女を支えた強さがここにある。彼女を立ち向かわせるだけの強さがここにあった。ここから全ては未来に繋がっているのだろう。
俺はもう、あの時代に帰れないけど。
それでも、俺はここで生きて行く。オリヴィエの未来を守る為に。
ここから、スタートするんだ。
純白漂白系お姉さん(27)。と言いう訳で糞雑魚くんと同じく魔力のないお師匠がついた。目的もがむしゃらに強くなる事じゃなくて守る事。
段々と意思と歴史が食い違い始める。