そしてその頃少女は―――。
静かに銀髪の青年は空中に投影していた映像を切った。
魔法という領域において、その青年を超える様な存在は恐らく見つかりはしないだろう。それこそ淀みの中の淀み、深淵で出番があるまで微睡続けている様な存在でなければ純粋な魔法魔術魔導の領域で勝てる者はいないだろう。故に青年は王国内での出来事のほぼ全てを知覚していた。時の流れに逆らう者を知覚していた。時を裂いて出現する者を知っていた。時を超えて繋がる事を理解していた。だから青年はそれを語らずにいた。
果たして人類が青年と同じ領域で物事を見れるようになるには何百年かかるだろうか? 言葉で説明しようと理解される事はない。言葉で伝えても伝わりはしない。青年の中にあった諦めはしかし、1人の超人によって覆された。
直感任せの信頼―――だがそれに青年は救われた。
故に青年、王宮魔導士である青年は仕えていた。国ではなく王に。そしてその命を受け、王の愛する娘の警護とケアを。
だが果たしてどうだろうか。今、青年の前に映る小さな姿は。本来であれば長期の療養を必要とした精神の傷だった。だがそこには既にかさぶたが被っていた。別離と時間を与えられた少女は孤独の中で初めて1人で考え、そして自分で行動する事を得た。それは聖王家の誰もが経験する事であり、成長と共に現れる変化だった。
そう、端的に言えば聖王家の子供達は手間がかからない。その中で唯一手間がかかって行った少女は物凄く可愛がられていた、王に。そしてその為に青年である王宮魔導士は良く利用されていた。そして今、僅かな成長と共に少女は更に手間のかかる問題児となりつつあった。そうだ、少女が立ち上がりつつあるのは事実だ。だが良い意味でも、悪い意味でも、
彼女に流れる聖王ルートヴィッヒの血は濃かった。それだけの話だった。
王宮魔導士・ソロモンは簡単に言ってしまえば、こき使われてた。
―――ま、こんな扱いも悪くはないかな。
そんな事を考えながら青年は映像が消えた方角へと視線を向けていた少女の姿を見た。少女の居室、本来であれば男子禁制の部屋も青年が潜り込もうと思えば侵入するのはさほど難しくはなく、王が城を開ける回数が増えている昨今、少女の身と立場を守っていたのはソロモンの存在だった。元々立場の悪かった少女は、一度大いに荒れた事でその評価も味方も落ちた。それでもまだ、彼女には信じている味方がいる。それが今の彼女の生活における支えであった。
だが一番大きな心の支えは違う。
青年・ソロモンは判断した。
聖王は判断した。
果たして男たちの判断はどうだっただろうか? 未来を盗み見る事はソロモンでさえ不可能だ。それこそシュトゥラの大森林で生まれ、大陸の外で星を見る魔女に生まれた男でもないと無理だろう。だが男たちはこの数か月の動きと様子を見て、少しずつ変化を与えるべく動いた。
そして今、その成果を見ている。
少女は涙を流さず、浮かび上がっていた景色から窓の外へと視線を向けていた。静かに、感情を己の中に秘めるように、そして溜め込む様に。その様子を見て青年は小さく笑みを浮かべた。ああ、この少女は将来大物になるだろう、と。そう確信した。未来が見えずとも解るだろう、波乱の道を選ぶだろうと。王の器にあり居ながら決して王を望まぬ、奇特な道を選ぶに違いない。それが青年にとっては面白くて、面白くて、面白くて、面白くて……ついつい、手伝ってしまおうか。そんな気分にさせられていた。
それこそまさに惚れこむ、という奴だろうと青年は思い、笑った。
まるで初めて王とであった時の様だ、と。
だからソロモンは試す様に声を出す。
「良いのかい、お姫様。オートクレールは
「私には腕もなければそれを振るうだけの技量もありません。そしてきっと、これから武芸を学ぶ事もないでしょうから……必要ありません。守るべき人が私の代わりに握っていれば良いんです」
「それは押し付けにはならないかな? 勝手に期待していないかい?」
「勝手な押し付けかもしれません。正直、どう思われるかは解らないから……怖いから、父上には匿名で……私の事を伝えずに渡す様に頼みました」
「ならお姫様の勝手なんだろう」
「えぇ、そうなんでしょう」
それを肯定した。素直に。だがその精神は今、自立しつつある。いや、件の少年にまだ、比率は重みがかかっている。それは少年も同じだ。少女も少年も、その根幹となる部分が変わってはいないのだろう。だが幼年期を終え、思春期を迎える為の自立の準備がどちらも始まっていた。根幹はそのまま、重みを自分へと向ける―――それは両足で、自分の力だけで立ち上がる為の事だ。
「ですが私は……見ているだけでは我慢できません」
「どうしてだい?」
「あんな傍にいて、いるって解っていて、だけど悩んで、考えて、それでも立ち上がろうとする姿を見て。……そんな姿を見て、膝を抱えて待っているだけのお姫様で居続けられる訳がないんです」
青年は笑みを深くした。これだから聖王の一族は理不尽だ。僅かなきっかけでまるで覚醒する様な成長を見せる。
「変わりたいのかい」
「変わるんです」
意思は固い。
「どういう風に?」
「彼の横に立てるように。私自身の意思で」
「手伝いは必要かな?」
「お願いします。彼が―――シドが再びこの地に戻ってくるまでに、胸を張って横に立てるようになります」
「仰せのままに、オリヴィエ様」
青年は思う。これは面白い事になってきた、と。未来から落ちて来た少年と少女、それに連れられて心を壊しかけた少女、そして未来からやって来た淀みに隠れる三人の男達。既にこのベルカは本来とは違う方向へと向かって進み始めている。未来が同じままになるとは限らない。青年は既に新たな結末の到来を夢想し、
「とりあえずまずは私の評判を地の底まで落として、間違っても縁談の類が来ない事を頑張りましょうか」
「よっし、やっぱり僕がついて正解だったね」
立ち直ったのは良いけどやっぱり父親似だから絶対に付いていないとダメだ。それを確信して青年は笑った。
間違いなく、これからベルカは荒れるだろうが―――悪い事ばかりじゃないだろう、と。
オートクレールは騎士オリヴィエが握っていた武器。
もう1話だけ短い幕間挟むよ。