―――斬撃が人体を裂いた。
避けれる筈もない斬撃は静かに音を立てる事もなく少女の体を切り裂いた。真っ赤な血を噴き上げながら家の中にある主、その最後の命を奪い去った。そうやって血溜まりの中に三つの死体が転がった。剣鬼は死体が確実に死んでいる事を確認するように転がっている死体に向かって剣を振り下ろし、首を一つ一つ切断して行く。そうやってすべての首を切り落としたのを確認した所で漸く始末の完了を認めた。口元を布で隠し、全身をローブで隠す隠者の恰好をしていた剣鬼は剣を虚空の中へと戻すと、あらかじめ用意していた火種と油を撒き、
死体が、欠片も残らない様に確実に死体を家と共に燃やした。
燃える家から逃れるように窓から逃亡すると剣鬼は何食わぬ表情で被っていたフードと口元の布を取り払い、燃え盛る家から逃亡する。気配を消すのではなく群衆に溶け込ませる事で追跡を、認識を、全体の中に紛れる個として処理して隠す。それを追い切れるのはもはやその手の技術に精通する達人ぐらいだろうが―――その達人とて、完全に隠形に身を隠した剣鬼を追うのは難しいだろう。それだけ剣鬼の技術は卓越し、そしてあらゆる悲運を想定した動きを取っていた。臆病にも映るその動きは剣鬼の経験から来る不幸に対処する為の予防線でもあり、
燃え盛る家から抜け出した剣鬼の存在を、誰も捉える事は出来なかった。
そのまま燃え盛る一角から抜け出して離れた先、街の一角、カフェで優雅にシエスタを過ごしていた2人の男と合流する。片方は目を引くアロハ姿の男、そしてもう片方は街中であるのに白衣姿を維持する奇特な格好をする、そんな2人組だった。
「終わったぞジェイル、フィル」
「やあ、見事な手際だねえ、オールド君」
「君がそこまでして処理する必要があるとは思えないけどね」
フィル・マクスウェル、ジェイル・スカリエッティと合流したオールド・シドは2人が座っているテーブルに合流するように座り込み、指のスナップでウェイターを呼ぶ。そこから軽食と飲み物を頼むといや、これはやる必要があったと説明する。
「あの一家はこれから数か月後にとある国の研究者によって拉致され、実験材料として消費される。これはあの一家が生きている間絶対に発生する不可避のイベントだ」
「ほほう、それで?」
「父親は一番頑丈だから真っ先に消費される。そしてそのデータを利用して母親で実験し、調整する。だが2人は実験に耐えきれず燃え尽きて死ぬ。だが2人の犠牲を通して一番適性が高かった娘で禁忌兵器は完成される―――まあ、つまり実験中の技術、それが一番適合するのがあの一家だったという訳だ」
運ばれて聞いたアイスティーを受け取り、ガムシロップを3個入れると掻き混ぜて、剣鬼が喉を潤した。
「開発コードはなんだったか……確かベリアル、イフリートとかそこら辺の名称だったな。名前は周回で変わってくるからそこまで重要じゃない。問題はこいつが極悪な上に完成されると止めようのない兵器で、完全なメタ技能なしじゃ停止させられないって点だ」
俺は相性が良いから楽勝なんだけどな、と剣鬼は笑う。研究者2人はその禁忌兵器そのものに興味を持ったようで、剣鬼の話の続きを促している。人の命の重みなんて全く興味を持たない2人であるが故の反応だろう。時代が時代ならそれこそ最悪の悪として認識されかねない2人だ。だが最悪な事に、この古代ベルカでは男たちを超える邪悪や常識の欠乏したキチガイというものが多すぎた。人体実験等基本、人体改造は嗜み、人身売買や実験体調達用の組織もあるし命で弄ぶクラブなんてものもある。
時空管理局の働きを怠慢と語る者は多い。
だがこの時代を知る者は
それほどまでにこの時代は―――そしてこれから始まる時代は最悪極まりなかった。
それに向けて剣鬼は先んじて楔を差し込んでいた。
「素体はさっき殺してきた少女、完全な炎熱と無酸素耐性がある。無酸素環境で魔力を触媒に炎を発生、それを維持する事が可能。摂氏数千度の炎を半径数キロ範囲で常時展開、素体が移動と同時に展開されている炎熱地獄が移動する。あぁ、勿論燃え移った炎はその場にも残るぞ? そして何よりも悪辣なのが精神を狂えない様にセーフティをかけている事だ。そしてひたすらに苦しいらしい。苦しみながら助けを求めて他の人を求めて、街を求めて彷徨う様にデザインされている」
助けを求めれば求める程人を燃やす。
人を燃やせば燃やすほど範囲は広がって行く。
燃やせば燃やすほど人が止める為に集まる。
そして人が、街が、軍が、国が焼け落ちた。
最悪の炎熱型徘徊禁忌兵器だ。
「侵略兵器という観点で見ると落第点じゃないか? 国土を焼きながら徘徊する兵器なんてコントロールも出来ないし意味がない」
「それだよフィル君。連中には破壊にしか興味がないのさ。殺して滅ぼせれば良い。最初から国を手に入れる事なんて考慮に入れてないんだよ! ふっはっはっはっは! なんてクレイジーなんだ! いやあ、流石の私でもドン引きだよこの時代は」
「せやろなぁ……」
ベリアルのコンセプトは”放浪する火炎地獄”なので手綱を握る必要なんてない。放置してその対処に相手が手を焼くならその間に別の兵器を叩き込んで更に国を燃やす。それだけを目的にしている兵器なのだ。そして禁忌兵器と言うものは大体そうだ。損害、被害、死、そういうものを一切考慮していない。とりあえず殺せるだけ殺せればそれで良い。それだけを目的として生み出されている兵器の数々だからこそ禁忌という名がつく。
それはまさしく古代ベルカの業だ。排除しない限り歴史に安寧は訪れない。
「ま、これはまだ完成前に対処できる奴だ。将来的に兵器の素体にされる奴を始末すればいいだけだしな。それに稼働しても俺の魔力時間停止、フィルがフォーミュラを使って炎熱変換術式停止するか、エクリプスウィルス感染者を引っ張ってきて魔力結合を分断させればそれで対処できる。聖王単体だったら聖王の鎧纏って炎を突っ切って倒せるしな」
「何度聞いても人間技じゃないよね」
「定期的に城を抜け出しては
「本当に人間なのかなそれ」
怪しいなあ、と剣鬼は呟きながら笑う。それでも殺せなくはない、そういう笑い方だった。過去を何度も繰り返している剣鬼は既に攻略方法と言うものが見えていた。何をどうすれば効率的に殺せるのか、それを感覚と理、両側から詰める事が可能となっている。その為死んだことのある人間は殺せるだろう、と理性的に判断を下している。
「さて、本当の問題とお前らを態々この時代に連れてきたのは
ウェイターが持ってきたローストチキンサンドを受け取りつつ、剣鬼が椅子によりかかって話を続ける。
「成層圏に浮かぶ光撃砲台、感染型の精神浸食悪夢、イクスヴェリア・クローン。単純に干渉できないタイプには無力だからな、俺。この時期だと既に完成品が有ってローンチ待ちされている状態だし」
「へえ、って事は古代ベルカの禁忌戦争ってこの時期だと既に確定しているんだ」
「あぁ。秒読み段階だな。俺がやっている事は単純に時間稼ぎだよ……この時代の主役たちが成長する時間を稼ぐ為のな」
数年以内には禁忌戦争も始まるだろうという言葉にフィル・マクスウェルはふむ、と声を零す。
「面白そうだ。いや、違うな―――面白い」
フィルの言葉にだろう? と剣鬼が笑って応えた。
「いや、実に面白い。それこそ単純な功名心や名誉を求めて軍事に手を伸ばすよりは。未知や混沌に溢れる時代で自分の作りだすものが、自分の力がどれだけ通じるのか―――その限界を歴史上の最悪に挑む事で挑戦するのは何とも研究者冥利に尽きるじゃないか」
「ようこそ、此方側へマスクウェル博士。いやあ、イリス君の中から君をサルベージしただけの価値はあったよ」
げらげらと笑う三人の男達―――その姿と行いは間違いなく悪だ。
「とりあえず俺の方で殺せば完成を阻止できる人のリストがあるからサクッと始末して面倒な奴の完成を阻止させる。その上で稼働前のを破壊して回る作業だな。ただ行動する上で絶対に注意しなくちゃならん事がある」
男たちに平和への愛はない。
男たちは平和を求めて戦う訳ではない。あるのは自己満足というエゴイズムの極地。何を語り掛け、精神を乱そうとしても、それが歪む事も悩む事も絶対にありえないだろう。己の欲望に素直で、そして迷いがないという点では既に完成された精神性をこの三人は保有していた。
「ほほう、それは?」
「この時代には監視者がいる。物事がタイムライン通りに進む事を確認している奴がな」
「アルハザード人かい?」
剣鬼は肯定する。
「あぁ、それも飛びっきりに面倒な奴だ。俺と同じように時間に干渉する能力がありながら一切干渉する気も変える気もなく、物事が正しい歴史をたどるように監視しているだけの奴だ」
即ち歴史の観測者、歴史の監視者、歴史の管理者。歴史が正しく未来へと続く事を眺め続けるだけの存在であり、他のアルハザード人と違ってアルハザードの復活や再生に一切興味を持たず、ベルカが滅んでミッドチルダが生まれるのであれば細かい事は気にしないというタイプの面倒な奴だと説明する。
「問題なのはこいつの一派が俺と同格って事だ」
「成程、最大の障害って訳だね」
「障害がある程好き勝手やるというのは盛り上がるものさ」
「頼もしい言葉だ」
アイスティーを剣鬼が掲げると、他の2人も揃ってグラスを持ち上げた。
「それじゃあこれからの地獄に」
「乾杯」
「乾杯」
グラスを軽くぶつけ合い、音を鳴らす。それから冷たい液体で喉を潤す。
もはや、幼い少女を切り殺した感触なんてものは記憶の片隅にさえ残っていなかった。
血溜まりの中を泳ぐ鮫共が、動き出す。
オールド・シド、スカリエッティ、マクスウェル。三大邪悪による対禁忌兵器チームの結成である。
本日2度目の更新、幕間。