「社会見学?」
「と言うよりシドに私の仕事を経験させてあげようかなあ、って。まあ、早めにどういう形を目指すのか見ておきたいでしょ? その方がイメージしやすいし」
「それは、まあ、はい」
唐突にそんな事を言ってきた師匠に対して頷く。よしよし、と頭を撫でてくるマリーア、今の居場所は村はずれの一角だった。流石にそこまで大きくもない村には宿屋はあっても大所帯用ではないので、馬車は村の外に停める必要があった。寝る時は宿で眠るのだが、それでも誰かが馬車の見張りに必要……そんな規模の村だった。そんな俺は馬車の方に残って鍛錬のメニューをこなしている最中だった。と言ってもまだやる事は走り込みと基本的なトレーニングだけで、複雑なメニューはまだ組まれていない。
だが毎月計測される結果で、少しずつ体力が底上げされている事は解っていた。
そんな時に、マリーアが仕事をしようと言ってきた。
「という訳でマリーくいーず!」
「え、えー」
「じゃあ質問よ―――平和な世の中で賊が現れるのはなーんでだ」
「うーん……」
いきなり始まったクイズではあるが、まあ、師匠は何時もこんなノリなので特に気にするもんでもない。割とノリと勢いで雑学を詰め込もうとしてくるのは困るけど、話す内容そのものは面白いのだ。なにせ、これまでは戦いとは無縁な平和な世の中で生きていたのだ。ここで聞く事、学ぶ事はどうすれば戦場で生きられるのか、とかそういう仕事周りの話が多いのだ。それはそれとして、クイズの内容を考える。
基本的に賊が現れる理由は9割方、金がないからだ。だからこれが理由だろう。
「お金がないから……」
「なんで?」
「それは―――」
仕事がないから、だろう。これが戦時だと職場が壊れたり、良い場所を追われたりでお金が無くなる人が増えてそれが治安の低下、賊の出現へと繋がっている。じゃあ逆に考えれば良いのだ。平和な時代で職を失う人たちの事を考えれば良い。そう考えてみると、平和な時代で困るのは一種類の人間だけだ。
「兵士?」
「うーん、惜しい! 正解は自由傭兵よ。職業軍人や雇用兵士は正規雇用で雇い主が首にしない限りは給金がもらえるから安定した生活を約束されているわ。そして安定した生活を持つ兵士達は仕事の時間に訓練を重ねる事が出来るわ。自由傭兵や冒険者よりも国に所属している騎士や兵士達が強い理由になるわね」
お金を貰えるという事はそれだけ生活が安定する事であり、戦う事が職業である人たちが正規雇用でお金を貰えるという事はフリーランスとは違い、本来仕事を探す時間や仕事をする時間の間に訓練を設備のある場所で重ねる事が出来るという事だ。練度の違いは積み重ねからやってくる。良く物語ではフリーランスの凄腕傭兵! なんて存在もあるが、所詮はフィクションと言う事らしい。やはり国に所属している人間の方が遥かに強い。
「ちなみにエレミアも定住地があるわ。本格的な訓練をする場合はそっちに連れ帰って修行するというのもまあ、あるわ。でも根本的に私達場所を選ばずに最大効率叩き出せるからこの法則の例外なのよね……ちょっと話がズレちゃったかしら? ま、そういう訳で平和な世の中が困るのは戦う事しか知らない人間よ。或いは戦う事しか知ろうとしない人間かしら」
今のベルカは平和だ。特に中央ベルカでは小競り合いすらない。ベルカという大国の治安は強大な軍事力と聖王の手腕によって完全に保たれている。ベルカ国内であれば辺境の村であろうと騎士が治安維持のために駐留しているという話だ。流石ベルカ、国力のスケールが違う。
「だけど平和になるとねぇ、傭兵って仕事がなくなっちゃうのよね。賢い所は都市との契約で防衛隊として活動したりするのよ。或いはいったん傭兵稼業を解散して、冒険者にジョブチェンジしたりねー。一番賢い連中は傭兵業の間に別の職で食っていけるように訓練したりね? 結局傭兵業ってヤクザな職業だから職人系の仕事で食っていけるようにするのが安定するのよ。だから本当に賢い連中は平和になった時を見越して行動してる訳ね」
だけど世の中はそういう連中ばかりではない。
「馬鹿な連中はそうじゃない、と」
「そうよー。こういう平和な世でも活動している傭兵達の主食になるわね」
がおー、と師匠が両手で肉食獣の真似をするが、なんというか……欠片も怖さのない可愛さだった。やられたのでがおー、とやり返してみると抱きしめられた。解せぬ。
「まあ、こういう傭兵
「ベルカだと見ない奴だ」
「駐留してる騎士がベルセルクするからね」
許さん殺すで皆殺しに行く騎士の姿が想像できる。まあ、そうだよな。だからベルカ国内では傭兵の仕事がないとか言われてるんだ。
「逆に言うとこういう連中に困っているのも事実なのよね。絶妙なラインだけどここから先、絞られる期間とそのトータルを示すと明らかに嫌な顔をするから討伐依頼を村から引き出せる訳。これが平和な世の中での私達の主食になる、って訳。馬鹿な連中が常に損をする世の中よ」
「うわあ」
隠さずにストレートに言う師匠の言葉にちょっとだけ引きつつも、師匠はそれじゃあと言葉を置く。
「私とシドの2人だけでその傭兵崩れ共を始末しに行くわよ」
「は、はい!」
いよいよ初陣なのだろうか? いきなり初陣になるとは思いもしなかったから驚いてしまったが、ああ、いや、と師匠が素早く否定する。
「シドに戦わせるつもりはないから! 寧ろ逆逆、私の戦い方や動き、そういう物を観察させる為に武器とか防具とか全部置いて行ってね」
「……え?」
今、なんかとんでもない事を師匠が言った気がする。
「え、ちょっと、待って、
「言ったわよ? という訳で最低限の準備整えたら私と2人だけで出発するわよー」
そう言うと師匠は装備を取りに行くために場所の方へと向かってしまった。その姿を呆然と眺めていると、後ろから両肩をぽん、と叩かれて。横からにゅるり、とヴィルフリッドとトッドが出てきた。
「いやあ、大変そうだなあ、シドは。マリーさんに滅茶苦茶期待されているし」
「まあ、兄弟がマリーさんがどういう感じなのかを見るのにはちょうど良いと思うぞ。実際この規模の村を相手にする傭兵団なら多くても20人ぐらいだろうし。心配する必要もないだろうぜ。安心してついていきなよ」
横を抜けて前に立ったトッドは親指で肩越しに師匠を示した。
「マリーさんは間違いでもなんでもなく最強だから。魔力がない、魔法が使えない、その中でどうやって戦うのか……と言う事に対する一つの答えにたどり着いた人だよ。マジで。見る事は絶対の勉強になるから、その不安を抱えたまま行ってこいよ」
「う、うん。まあ、トッドがそう言うなら……」
不安は本当に少しだけ残るが、言われた通り装備を一切持って行く事なくついてゆく事にした。……本当に大丈夫なのだろうか?
この時代、移動手段は主に馬がメインだ。バイクは存在しないし、車も存在しない。飛空艇は高くて相当金のある所しか所有していないし運用しない。それこそ王族か軍でもなければ飛空艇の類は所有していないだろう。そうなると庶民の移動手段は馬がメインになってくる。そして当然俺も移動手段として馬の習熟は必須だ。その為、暇な間に時間を見つけては乗馬に慣れておいた。だから馬に乗るのも別に初めてではない。とはいえ、今回は師匠と2人乗りという形になる。師匠の前に座って、手綱を後ろから師匠が握って馬に乗る。そうやって馬に乗る事20分ほどの距離、そこには朽ちた砦が見えてくる。
昔はここらも戦場があったのかもしれない、そう思わせるぐらいには朽ちた砦だった。もう既に半分砕かれているような状態で、砦としてはまともに活用出来ないだろう。ただ雨風を凌ぐ場所として考えるのであればまだ半分残っているから使える……という感じか。その正面側へと回り込むと500メートルほどの距離を開けて馬を止めて、降ろされる。
「よいしょっと……装備は良し、と」
師匠は最初であったころと同じ服装をしているが―――身には普段見ない装備を纏っている。まず背中には白一色の大剣、彼女と同じ名を冠する”白い傷跡”という大剣が背負われている。イリスとエレミアン・ウェポニクスの共同開発によって追加されたハンドガンが二挺ガンベルトと共に腰裏に追加され、両腿にはベルトと共にハチェットが装着されている。右手には柄の長い槌が握られており、師匠がちゃんと斬撃、打撃、射撃、重撃と用途に分けて武器を揃えているのが見える。
……最近、クロスボウの代わりに装着されたハンドガン。明らかに時代から見るとオーパーツの品なのだが与えてはならない武器を与えてはならない人物に渡した感じがする。
「どんな些細な仕事だろうと装備のチェックと装着を欠かさない。これを怠った奴は結構あっさり死ぬものよ。特に私達みたいに魔法のない人間は戦闘力が装備によってダイレクトに影響を受けるわ。火力を上げるなら装備のアップデートは必須で、そして装備の数が手札へとそのまま直結するわ。解る?」
「はい」
「世の中には”持たざるはそれが武器であり、また長所である”だなんて言う奴もいるけど……それは嘘よ。ハンディキャップはハンディキャップよ。足りない事が武器になる事なんて絶対にないわ。だから私達はなぜ、なにが、どうやって足りないかを自己分析して、それを埋める手段と自分の長所を見出さないとならない。幸い私には他には真似できない技能があるわ。そしてシドは私の全てを受け継いで更に進むだけの器があるわ。これは他人にはない明確な武器であり、長所よ」
馬を置いて師匠が前を進む。その横を歩きながら頷いて話に耳を傾ける。
「だから私たちの戦いはね、どれだけ自分の不利を削れるか、という所から始まるわ。私もシドも魔法で身体強化出来ないし、シールドを張る事も出来ない。戦闘をする上で絶対に相手に優位を奪えない立場にあるわ。素の身体能力で上回った所で魔法で簡単に覆される、その事実をちゃんと受け止めるのよ?」
「はい」
「で、それを理解した上で今日の社会見学は私がどんな答えを出したかというのを見せる為よ……いい?」
砦の前までやってくる。直ぐ横にいる師匠は数歩だけ前に出る。砦の前には見張りが2人いる。重武装の女を前に、一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべるが強さに男も女も関係ない。それを理解して即座に武器を抜いた。剣と盾、そして槍が抜かれる。静かに構えながら傭兵達が師匠と俺を睨んだ。
「シドの今日のお勉強は護衛される立場から護衛する側の動きを見る事よ。誰かを守るという道を選んだ君は、常に背中を守りたい誰かに見せつける事になるわ。それがどういう意味なのかを私の背中で教えてあげる」
「それ以上こっちに来るな!」
「駄目だ、あの女殺る気だ! 念話で他の連中を全員呼び出せ厄星が来たぞ。あの全身白の姿は間違いねぇ」
「―――”白い傷跡”よ」
一瞬で踏み込んだ。魔法を使わないスプリント。しかし歩法によって体の姿は掻き消えるように一瞬で沈んで進んだ。それを盾を持った男が前に出て塞いだ。槌からの一撃を盾を構える事で受け止め、放たれたインパクトを受け止めながら殺し、
その瞬間には既に槌は白い傷跡の手の中から抜けていた。その代わりにハチェットが両手に握られており、盾を構えて槌を防ぐ姿が硬直する瞬間にその横を抜けようとしつつ、首にハチェットを引っ掻けている。
その姿を盾の背後から援護する筈だった槍使いは迎撃のタイミングをずらされて喪失、ハチェットが喉を裂いて血を飛ばす。
真っすぐ、槍使いの顔へと。
鮮血を目つぶし代わりにして視界を防ぎながら何時の間にか槌を握り直してでたらめに振るわれる槍を回避し、
その頭を粉々に砕いた。
その一連の動作に数秒もかけずに、一瞬で完了させる。命を失った体がゆっくりと大地へと向かって倒れて行き―――血の一滴さえ残さず、塩になって大地に散らばる。
その戦いは優雅さからはあまりにもかけ離れていた。
その戦い方には欠片も慈悲がなかった。
だがその戦い方には極限まで突き詰められたロジックの美しさがあった。
去る後には死体すら残る事を許さない。
白い傷跡、その純白の戦場が開かれた。
槌:ただの硬い槌。ハンマー部分は大きくなく、砕く用途
ハチェット:超至近距離用。引っかけて武器を引っぺがす事も出来る
大剣:異名の元。対強敵用
双銃:工房から出来立て。弓より使いやすく技能と合わせると怖い事になる
斬撃、打撃、射撃、強敵用に一番習熟してあるメインウェポン1本。バランス良く装備揃えてあらゆる状況に対応できるようにしてあり、尚且つエレミア由来のストック経験が大量にある。その上で必殺手段を持っている。
白と言う名前に反して、戦い方は一番泥臭い。