2人を始末してから更に前へと進む動きに淀みはない。死体を消す事で完全に安全を証明してクリアリングし、臆する事もなく前へと進む。その姿に緊張や焦りという感情は一切見えず、堂々とした振る舞いは安心感があった。師匠の背中、その姿には何があっても大丈夫と確信させるだけのものがある。だから導かれるようにその背を追って、師匠を前に砦の入り口を抜けて敷地内に入った。
半壊している砦は屋根が抜けて太陽の光が差し込んでいる。雨ざらしになった床や階段は長年を経て崩壊している姿を見せている。そこに武器を持った男達が生き残るために姿を見せる。様子を見る、なんて日和った真似をする者はいない。当然だ。”白い傷跡”の武名は業界では有名すぎる。特徴を捉え、人を塩に変える様な女がいれば間違える筈もない。そして少なくない戦場を渡ってきた傭兵であれば、
「逃げても無駄だ、勝つ事でしか生き残れないぞ……!」
「正解」
生存はもはや絶望的だと理解できる。それでも傭兵達は己の命を預ける武器を手に、駆逐しに来た女に対峙する。高所を陣取る数人の傭兵が手に弓を握っており、その接近を2階から降りて来た剣と槍持ちのグループ、合計8人が阻む。念話で素早く連絡を取っているのか傭兵―――男も女も混じっているグループに迷いはない。上からの射線を通しながらも正面、動きを封じるように進路に立つ傭兵達は
1人1人が俺よりも強い、そういう連中だ。
だが、相手が悪すぎる。
接近してくる相手を気に留める様な様子もなく白い傷跡は踏み込んでいた。両手は乱戦に備えたハチェット二刀流。長柄の槌は背に戻し、踏み出す姿に思わずついてゆく。それは自分の意思とは関係なく師匠の動きに引っ張られる様な感じだった。言葉も意思の確認も必要はない。ただ前に出る背中を追う様に進めば、
ハチェットが組み合っている。
正面、二本の剣が道を塞ぐ様に振るわれるのを両手のハチェットで迎撃していた。組み合う武器は剣が押し込もうとするも、その背後から追撃と上から狙撃が動きを作っている。同時に、そして連続で動きを叩き込む事で反撃のアクションを起こさずに一気に制圧するという戦術は、連携と数が揃えば正しい。人体には絶対反応出来ない領域、瞬間と言うものがある。それを無理矢理引きずり出して対処するのは格上を殺すうえでは重要な技能だ。
だが、師匠にしてみればイージーなターゲットだったのだろう。
組み合いながらも拮抗したのは一瞬、次の瞬間には身を引いて体を二つとも引き込み、片方を足を滑らせて持ち上げながら矢からの遮蔽物とし、もう片方が追撃に対する遮蔽物として運用されていた。一瞬で相手の狙いを察知し、そして敵そのものを遮蔽へと変える技術は流石のエレミアと呼ぶべき手際の良さだろう。
これで体が滞空している2秒間、防御の手間が浮いた。持ち上がっている体は打ち上げられながらも刃を逆に滑らせるように押し込まれ、自刃という形で致命傷を終わらされている為、トドメの必要もなかった。
その上で発生する追撃からの連撃、それに白い傷跡は対処しなくてはならなかった。その為に片方のハチェットを手放しながら開いた手で槌を握り直し、遮蔽にした相手から一歩下がりながら槌を振るう。掻い潜ろうと迫る姿を視線で捉え、
槌の挙動が
不可解過ぎる攻撃の軌道はテレホンパンチ―――いわゆる見えている攻撃から発生する回避動作を誘発させる為のものだ。つまりはフェイント動作、だが槌といいう重量級の武器を持ってのフェイントというものは腕への負担が馬鹿にならない。
本来であれば。
軌道を変えた槌はそのまま頭を砕き、砕いた頭蓋骨をショットガンの様に放った。目くらましと攻撃を兼ねた牽制が後続に降り注ぐ光景はまさにショッキングとしか表現できないものがあるだろう。それで足を止める者、足を止めない者で別れる。それを一瞬で見極めて、
足を止めた者から大剣の振り下ろしで即死させた。縦に放たれた切断攻撃が頭蓋骨から股までを歪む事のない斬撃の痕跡を生み出して即死させた。死体が横に倒れるまでに武器を更に切り替える。シームレスに―――それこそデバイスの変形や転移による換装よりも更に早く、細かく、そして先を予測して武器が切り替えられる。それこそまるで魔法の様に、と表現できるような武器の切り替え方は武器を切り替えながらも
大剣から槌へと切り替え、柄で防御しながらカウンターで打撃を叩き込めば、防御の上から体が吹き飛ぶ。筋力によるものではなく、装備の効果によるもの。当然ながら代名詞となる大剣のみならず、装備されている武器が全て最高の工房によるマスターピースだ。どれをとっても人を殺す事に特化した機構か性能を持った武器だ。
たとえば槌はそれまで叩き込んだ攻撃、衝撃を記録して放出できるというもの。
防御して済まそうとすれば防御の上からミンチになる。武器1つ1つのギミックは複雑ではなく、簡単だ。だがそれで十分すぎた。細かいところは全て力量と技量でカバーする。
そうやって多対一という状況下で、白い傷跡は敵を1人ずつ始末していた。相対、距離と状況の認識、そこから判断して武器を切り替えている。相手の状態を見て自分の有利を判断し、
また1人殺す。
完全に習熟された殺戮技巧は呼吸するように次の手を取り、次の手を取る頃には既に次の為の布石が果たされている。それで警戒をおろそかにする事もなく、頭上からの狙撃に対する警戒は敵的な牽制によって常にカバーされている。
「凄い……」
完全に戦場をコントロールしている。自分の立ち位置と相手の立ち位置を完全に把握し、気配を察する。その上で全方面での相手の動きを予測して、誘導と修正を行う。武器でのマッチングの他、常に意識を防御と弾きへと向ける。攻撃を行うのは殺す時だけにして、確実に相手を上回れるように戦う。個人の戦闘によって戦場をコントロールし、自分が望む方向へと向けて流れを仕向けている。
或いは、それが白い傷跡という傭兵の最大の武器なのかもしれない。
その戦い方はどこまでも泥臭く、そして地味だった。魔導士がバスターを待機していれば先読みで弾丸を叩き込んで行動不能にして暴発させ、剣士が襲い掛かればカウンターを取って殺す。力ずくで突破しようものならその勢いを利用して処理し、隠れている相手は誘い出して始末する。それは良く知るスタープレイヤーとでも呼ぶべき魔導士とは対極の戦い方だった。
たとえばミッドチルダの有名な空戦魔導士、レギュラス。空戦の中でも最強に名を連ねる首都防衛隊の魔導士はバスター、シューター、バインドに秀でている。50を超える魔導士を一瞬でバインドでロックオンし、シューターで牽制を放ちながらバスターを3個、同時チャージから連続砲撃で殲滅を行う驚異の魔導士だ。ミッドの花形は空戦と呼ばれる程に派手で、華々しく、そして格好良い。魔導士と言えば、このスタイルが上がってくる。圧巻の戦い方には誰もが魅了される。
或いは現代ベルカ騎士の戦闘スタイル。カートリッジシステムによる瞬間魔力供給による魔力増大、極大斬撃攻撃による範囲殲滅力や血統能力の高さは凄まじい。近接戦と魔法を組み合わせた戦闘はとにかく派手だ。ミッドチルダ式の様な華々しさはないが、それでも極まった騎士は近接戦をしながらもバスターに近い斬撃を乱打する為、対処のしようがない。
そういう動きが、一切なかった。
ただひたすら、敵を1体1体と処理する。そういう動きだ。特別な魔法や技能は極限まで使用せず、武器を切り替え、それで圧倒して潰すという単純明快な戦闘を披露している。それは―――それはまるで1つの綺麗なお手本だった。いや、実際そうなのだろう。目の前では俺が将来取れるであろう行動を全て詰め込んだような動きを見せてくれているのだろう。
文字通り、教材として敵を消費する事で。
「駄目だ、囲め! 囲んで殺せ!」
「あら」
残った10名近い傭兵達が地上に集まる。それに反応して師匠が抱き寄せるように片腕で此方を抱いて来る。距離を詰めてくる姿を前に大剣を抜いた師匠は、それを軽く旋回するように振り回し、呟いた。
「白い傷跡・薙ぎ」
大剣”白い傷跡”が拡張された。白い塩の枝が刀身から伸びる。猛禽の鉤爪の様に鋭くとがった掻き毟りの様な斬撃が旋回と共に放たれる。跳躍しても、掻い潜っても回避する方法のない斬撃は一瞬で囲む様に展開された傭兵達の姿を飲み込み、白い軌跡を描きながら体をずたずたに引き裂く。
グロテスクな肉塊になるのは一瞬のみ―――次の瞬間には全てが純白の塩となって漂白された。
振るわれる事で生み出された風に乗って人だった塩は散らされ、舞い上がる。振り抜かれた大剣は既に本来の剣としての形状を取り戻され、一瞬の間を置いて床に突き立てられた。振り抜いた主―――大剣と同じ名を持つ白い傷跡は、残された、半数も残っていない高地に残された残党へと視線を向けた。
「鼠狩りか、業務的な処理か、それとも名誉ある死か。好きなのを選びなさい。望むなら相対して名前を聞いてあげるわ」
死刑宣告を前に残された者達は―――誇らしい最期を選んだ。
降りて来た者達は1対1での相対を望んだ。名乗り上げ、よーいどんで殺し合い、全てが白い傷跡で駆逐された。そして殺された死体の全ては塩へと散った。残されるのは圧倒的なまでの実力と畏怖を示した白い処刑人の姿だけで、ずっと、その背中姿だけが焼け付いていた。
まるで最初から戦いなんてなかったかのような優雅さ、優美さ。戦闘の痕跡はあっても何も命を残さない。傷は全て白く染まる。そして大地にぶちまけられた白が永劫に大地に爪痕を残す。
これこそ、白い傷跡。白い傷を永劫に刻んで行く者。
呆然と全てが終わった後も師匠の背中を眺めていた。武器をおろし、仕舞い、ゆっくりと振り返った師匠はいつも通りの様子に、得意げな表情を浮かべていた。
「さ、初めての社会見学……シドから見てどうだったかな?」
「え、あ、えーと」
言葉に一瞬詰まるが、元々自分は口下手な方だと思い出す。だから言える事はとにかく伝えようと決めている。それが出来なかったから現代で失敗しているんだ。だから師匠に頷きながら伝える。
「凄く綺麗だった。空戦の華々しさも、騎士戦技の格好良さもなかった。だけど師匠の動きはどこまでも突き詰めて組み立てる師匠だけの美しさがあったと思う。本当に白く、全部白く染まって……荒々しく動いているのに全部流れになっていて動きが淀まないの、
「物凄く嬉しいんだけど、そう言う事じゃなくて戦闘のアレコレの感想聞きたかったのよね」
「あ゛っ」
両手で顔を抑えて隠れようとすると、師匠にまた抱き寄せられて振り回される。
「あーもー! 本当に可愛いなー! やっぱエレミアの子と違って変に老成してたり習熟してない辺りが良いのよねー! というかこの歳でこれだけ口説いてくるの将来的なポテンシャルが我が弟子ながら恐ろしくなってくるわね。リッド辺り危ないんじゃないかしらこれ……?」
「んぐぐぐ」
胸の中で窒息しそうなのをなんとか抜け出しつつ降ろして貰い、深呼吸をして息を取り戻す。で、えーと、戦闘中の感想だったっけ? と思考を戻す。確か護衛される立場側の視界を持って欲しい、という話を突入前にした気がする。
「えーと……凄く、頼もしかったです」
「なんでか解る?」
何でか、と言われると……目を閉じて、戦っている間の姿を想起する。
「……負けるイメージが湧かなかった。自信満々で、そんなに大きくない師匠の背中が凄く大きく感じられて、それを見ているだけでああ、何も不安を感じなくて良いんだって思えた。この人がいる限りは安心だなあ、って思えた」
「うん。それが守る事の本質なのよ、シド」
解るかしら、とマリーア・エレミアが塩の砦の中で言う。
「戦って勝つだけなら
そうじゃないでしょ、とマリーアは否定する。
「君の目的は敵を殺す事じゃなくて、大切な1人を守る事でしょ」
だから
「良い? 誰かを守るという事は体をあらゆる傷から痛みから、外敵から守る事だけじゃないのよ? その心までを守って初めて成立するのよ」
マリーア師匠の言葉に頷き、両手で自分の胸を抑える。
心を、守る事。
「どれだけ体が無傷で、健康でも。どれだけ堅牢な砦の中でも。たとえ、絶対無敵の鎧があったとしても―――それで人の心を守れないのよ」
だから、
「誰かを守るというのは背中を晒す事よ」
思い出す、師匠の背中姿を。
絶対無敵と思わせるだけの心強い背中姿を。
戦っている間、視線を向けなくても不安にさせない存在感を。
あらゆる理不尽から守り抜いてくれるという安心感をくれた姿を。
アレが、俺の目指すべき姿。
「今回、攻撃面では死体処理でしか塩化も使わなかったでしょ? ちゃんと見てたから解ると思うけど私の戦い方はフィジカル以上に頭で戦闘構築する能力が重要になってくるから。もうちょい時間に余裕が取れるようになったら座学関連も色々と手を入れるから。どれだけ強くても馬鹿には何も守れない! オーケイ?」
「オーケイ」
頷くと良し、と師匠が笑みを浮かべて頭を撫でてくる。
「社会見学も終わったし帰ったら何か美味しいものでも食べよう! 仕事の後に食べる甘い物とか凄く良いわよー」
楽しそうにころころと笑う師匠の姿に釣られて笑みを零し、一緒に馬を迎えに行く。
目指すべき場所はまだ遠いけど、それがどういう形なのかが今日、少しだけ見えた。
槌:衝撃記憶・累積・放出可能
大剣:形状変化可能
当然ながらなんも追加効果ないと火力が明らかに足りないので、武器はそれぞれ何らかのギミックが搭載されている。対魔導士を想定する上で常にシールドを破る事を前提に戦術を立てないとならないのがお辛いさんという現実。
なお、この護衛理論だけでオールドの過去やった事全て否定する師匠。