「―――え、イリスに避けてる?」
「まだ避けられてたんだ」
「はい……」
しょんぼりとするのは本を片手に備えたユーリ・エーベルヴァインの姿だ。彼女はいわゆるゲストだ。エレミアに所属しているのではなく、理由があってこの隊に付き合って行動している。何やら物凄い能力があって、戦闘力も鬼のように高いらしいが、普段はそれを使う事はなく、振るう予定も基本的にはない。ユーリは守られる側の存在であり、基本的にエレミアで守っている存在でもある。その依頼自体、どうやら聖王家からの依頼でもあるらしくユーリは割と快適な日常を過ごしているように見える……のだが、
現状、イリスがユーリを避けまくっている。それだけがユーリの問題らしい。夜天の書と呼ばれる本型デバイスを保有するユーリは、色んな魔導士に魔法の記録と蒐集を頼んでいる。覚えている魔法を記録する事で夜天の書はその魔法をストック・記憶し、破壊されても再生する転生機能によって未来永劫、過去に存在した魔法を未来へ受け継ぐことが出来るという特性を持っている。なんでもユーリの仕事は夜天の書の保護と護衛であり、夜天の書を片手にずっと旅をしてきているらしい。
「もっとお話したいんですけど露骨に時間が合わないようにされていると言いますか……正直、なんでそこまで避けられているのか解らないのも事実ですし。何かした覚えもないんですが」
「あー」
三人の視線が此方へと向けられる。
イリスとは、それなりに良好な仲を築いていると思っている。特にベルカで腹を割って話してからはお互いに遠慮なく話せていると思う。イリスとの付き合いも半年になった。お互い、遠慮もなくなったしある程度の事情は共有している。その中でイリスの過去を知る機会もあった。だからユーリがなぜイリスに避けられているのか、それを俺は大まかに理解している。だからこそあー、という声が出ている。
「イリスはなあ、昔にちょっとやらかしがあって……」
「やらかし?」
聞き返される言葉に頷きを返してから、頭を横に振る。
「余り細かい話をするのはイリスに良くないから大まかな話しかしないけど……昔、とある研究所にイリスはいたらしいんだけど、そこの所員は全員死んでしまってその犯人はイリスの親友だったらしいんだ」
それは、と声を零されるが頭を横に振る。
「でも実際の犯人はイリスの育ての親で、イリスの友人はイリスのお父さんにそう思われるように仕向けられた、ってだけで本当は研究所の虐殺を止めたのが友達だったんだって。でもそれ、最近までは解らなくてずっと親の仇だと思って憎んでたんだけどずっと勘違いだって発覚しちゃって……そしてその友達がユーリにそっくりなんだって」
「うっわ、気まずっ」
「まともに顔を見れなそう」
……ちょっとのつもりで9割ぐらい内容ゲロってないこれ?
まあ、ええか……実害ないし……。
10割イリスがキレそうだが実害はないからセーフと自分に言い聞かせる。ただ、イリスの言う友人とはユーリ本人の事だし、この時代のユーリじゃなくて未来のユーリなのだから非常に困った話だ。何が困るって、ご本人に全てゲロる訳にもいかないだろう。その結果、イリスの未来そのものが変質したらイリスが存在しなくなってしまうかもしれないし。今更、過去にメスを入れて改変しているのだが……これが未来にどう影響を与えているのかは不明だ。ヴィクトーリアやジークリンデとか、消えなければ良いけど。
ただそれはそれとして、本質情報はあるがそれで問題が解決する訳ではない。
「イリスがユーリをその友人と重ねて見ちゃっている事が問題なんだよね」
「根本的な解決無理じゃない?」
トッドが腕を組みながら頷き、空を見上げた。
「解散ッ!!」
「あーー! 待ってください! 待ってくださいー!!」
無理やろ、と思ってトッドの宣言の下に解散しようと歩き出すとユーリが全員を赤い糸で掴んで逃がさないようにしていた。無尽蔵の魔力を持つユーリが作成した糸だけあり、到底破れる様な気配はなく、三人でユーリに捕獲された状態のまま戻ってくる。並びながらだけどなあ、という声が零れる。
「これ全部イリスの気持ちの問題だしなあ……」
「そ、そこを何とか出来ませんか? その、別に蒐集の事とかは良いんですけどこうも露骨に避けられると心が痛むのと……」
それと、
「その、イリスが時折寂しそうな表情を向けてくるのが忘れられなくて」
「あー」
声が重なってしまう。イリスの事情を軽くゲロった結果全員納得の声。いや、だって真面目に過去ユーリと未来ユーリの関係性を見て、自分がやらかす前の友人の姿を見れているのだ。そりゃあイリスからすると滅茶苦茶複雑な心境になるに決まっているだろう。というか良く同じ空間に居られるよなあ、という感じもある。いや、だからこそ避けているんだろうが。イリス側の心情を考えるとなあ、ここでユーリに手を貸すのも難しい。
何せ俺にはイリスの心境が痛い程良く解る。だって俺もジークリンデに物凄い迷惑をかけたからだ。最後の最後まで心配して、止めようとしてくれた大事な友達だ。そして今、そのご先祖様が目の前にいるんだ。正直な話、この人たちにはなるべく恩を返したいと思っている。一体誰が将来的にジークリンデの血縁になるのかは解らないが、それでも出来るだけ彼女の行動に対して報いたい気持ちがある。まあ、この話は今は良いだろう。問題はイリスの心の問題だ。
「正直な話、イリスにあれこれ無理をさせたくはないんだよね……俺はイリスに色々と世話になっているし、助けられているし。だからなるべくイリスの時間を与えてあげたいんだよね」
「うーん、まあ、シドはそうなっちゃうよね」
「兄弟の気持ちはわからなくもないけど、切っ掛けがないとユーリとイリスの仲は進展しなくないか?」
そうなんだよなあ……イリスには時間が必要だが、その時間の始まりを作るのもまた何らかの切っ掛けだ。だからイリスもユーリと話せるようになるためには、何らかのスタートが必要なのだろう。例えば俺が時間を持って1人で考え始めた事があるように。マジで気持ちは解らなくもないのだ。
「イリス、兄弟とならかなり積極的に話すよな」
「だよね。結構仏頂面なのにシドの前だと偶に笑ったりするし……シドが話している時にユーリが接近してみたらどう?」
「こ、行動がアサシン」
ユーリが期待する様な視線をじー、っと此方へと向けてきている。冷汗が背中に流れているのを感じつつも、視線をヴィルフリッドとトッドへと向けるが、返されるのはサムズアップだけだった。いや、まあ、確かにこのノリは行く流れなんだろうけど……本当に俺じゃなきゃ駄目? 駄目だよね。
「言っておくけど、俺口下手だし……人間関係とか凄く下手だからね」
「ありがとうございますシド!」
ユーリに手を取られるとそれを大きくぶんぶんと振り回される。ただし背丈相応の筋力しかない状態なので、体が軽く揺らされる程度でしかない。
ほんと、どうしようかなー、という感じである。
こういう感じで話しかけに行くの凄い苦手なんだけど……。
イリスがこのキャラバンで何をしているか、と言うと全裸変態親方から貰った技術書を読んで勉強したり、エレミアン・ウェポニクスで装備品の作成や開発、練習などをしている。フォーミュラとナノマシンを保有するイリスは基本的に作業する場所を選ばない。勿論、専用の道具があればそれを活用する事で更に上手に制作が行えるだろうが。ただその性質上、イリスはエレミアの工房連中に神の如く崇められ、気づけば拉致されて引きこもっている。
というのも、移動式馬車の1台、その内部は工房施設になっている。特殊なロストロギアを使った空間拡張で馬車の内部の空間を広げ、そこで作業が行えるように改造してあるのだ。相当金のかかっている設備だが金自体は腐らせるレベルで余っているらしいので、こういう趣味や必要な物に対する投資はかなり大きい。だから馬車の中を覗きに行けば、
ほら、やっぱりイリスの姿があった。その他にもエレミアの技術者が数人、そして魔女の仕立屋がいた。馬車を覗き込むのに一番最初に気づいたのは仕立屋の魔女で、お婆さんである彼女は頭の上の猫耳をぴくり、と動かしながら此方に笑みを向けた。
「あら、シドちゃんどうしたんだい。何か頼み事かい?」
「あ、いえ、イリスの事をちょっと探してて。ありがとうございます」
「そうかい? シドちゃんは体が大きくなるのが速そうだからねぇ、服が少しでもきつくなったら私に言うんだよ?」
「ありがとうございます」
頷く―――魔女のお婆さんはシュトゥラからやって来たとある種族の仕立屋だ。仕立屋の仕事は服を織る事である。だがそれ以外にも特定の素材を糸に加工する様な事もしており、この糸がまた特殊な素材となる。火を受け付けない糸で布を作ったり、金属を糸にして布に加工してしまったり……色々と、謎の技術を駆使する。それこそ生物の素材まで糸にできてしまうらしい。そしてそうやって作りだした布を防具等に加工する事で、戦闘へと着て行く装備にするのだ。
例えば師匠の白一色の服装、アレも全部このお婆さんが編んでくれたものだ。今の自分の服もそうだ。
見た目は普通の服でも、どんな刃や銃弾を通さない異様な頑丈さを布としての性質をそのまま保つ事が出来るという、凄い職人だ。
そう―――バリアジャケットの代わりだ。
この時代、騎士用の甲冑はあってもバリアジャケットという概念が存在しないのだ。
だから良い防具を作れる職人の確保、というのは非常に重要な事だった。未来では煙、液体等の毒や砂塵の類を含め防弾防刃を全てバリアジャケット1つで行えるようになっているが、この時代にそんな便利な魔法は存在しない。だから彼女たち仕立屋は生命線を握る大事な存在でもあるのだ。
と、視線をイリスの方へと向けて、軽く手を振る。此方に気づいていたイリスは作業用に向き合っていた金属の欠片から視線を離して、此方へと視線を向けてきている。
「お帰り、仕事を見て来たんだって? 無事?」
「無事無事。傷1つないよ。俺も師匠も」
「本当? 良かった、アンタに死なれると私も色々と困るのよ」
「良く言うよ」
手を振って近づきながら軽く笑えば、イリスも軽く笑い声を零した。
「それで何の用?」
「何か用事がなければ来ちゃ行けない?」
「別にそういう訳じゃないけど……暇なの?」
うーん、この後基本的なトレーニングもあるし別に暇って訳ではないのだがユーリに話かける事を約束した手前、何かこう……でっち上げなくちゃならないだろう。だけど特に良く考えず、手癖で言葉を発言する事にした。
「いや、イリスと逢いたくなったから顔を出しに来ただけだったんだけど……駄目?」
「逢いたくなっちゃったって……」
イリスが滅茶苦茶複雑そうな表情を浮かべ、後ろからお婆さんのあらまあ、という声が聞こえ、奥の方で作業していた男がサムズアップを向けて来た。君たちのその反応はなんなのさ。俺、別段変な事を言ったわけじゃないよな?
「ダメって訳じゃないけど……まあ、私も別に忙しいって訳じゃないから話し相手ぐらいにはなるわよ? 手は貸せないけど」
「それで良いよ。イリスと話してると俺、落ち着くし」
お互いの立場が解っていて、共犯者とも呼べる関係。お互いに自分が本当にどこから来たのかが解っている……だから何も隠す事無く語り合える。最も気楽に付き合える関係であるイリスとは一番話しやすいと思っている。だというのにイリスはまた表現のし辛い表情を浮かべていた。そして奥の方で男が頷きながら声を張った。
「シド坊! お前将来大物になるわ! 腹に鉄板仕込んでおけよ!」
「なんでぇ?」
「いや、私もそう思う」
「なんでぇ!?」
皆ちょっと俺に対して理不尽じゃない!? そう思っているとユーリが唐突に馬車の中へと飛び込んできた。そして辺りを見渡すと視線をイリスの方へと向け、驚いたような表情を浮かべる。
「イリス、奇遇ですね!」
―――なんだ、あのポンコツ。
「流石にそれはないだろ!」
「撤退! 撤退!」
後ろから凄まじい速度でやって来たヴィルフリッドとトッドが後ろからユーリを掴み、一瞬で馬車の外へと消え去って行った。その様子をしばらく馬車の中にいる人達と眺めてから視線を外した。
……作戦失敗かあ。
まあ、それはそれとしてこのなんでもない時間を過ごす事にする。
現代ベルカでの俺はきっと、もっと多くの人と話して、仲良くなるべきだった。その失敗を繰り返す事はしない為にも。言うべき事ははっきりと口にして、ちゃんと同じ時間を過ごす事にする。
もう間違えない為にも。
10歳終了。年単位で放浪生活の為、割と幼い時期は加速して行きます。