Traveling - 1
10歳~11歳の間にした事はひたすら体力づくりだった。
基礎! 基礎! 基礎! ひたすら基礎を固める!
同じ作業を延々と繰り返しながら武器の素振りを11歳になってからは増やす。基本的な扱い方を頭に叩き込んで、武器を振るうという感覚を体に馴染ませる必要があった。そしてそれは一度始まれば永遠に終わりが来ない鍛錬。生きている限りずっと続けなければいけない作業。それを途中で投げ出す様な奴は結局、中途半端に終わる。そういう鍛錬の幕開けでもあった。そうやって基礎を積み重ね始めるこの2年間はこれからの鍛錬に耐えうる為の体力づくりというのが師匠の説明だった。
鍛錬が本格化するのは14歳、15歳から。それまではひたすら下地作り。
不満があるかと言えば少しだけ、ある。本当に成長できているのかどうかが全く解らない。仕事だって偶にする見学以外は絶対に手を出す事を禁止されている。理屈は理解しているし、納得している。だけど感情はどことなく逸る部分がある。それでもそれをぐっと我慢できるのは、師匠であるマリーアを信じているのと、エレミアの人たちが善き人達である事を理解しているからだ。
親身になって相談に乗って、鍛錬する時は付き合ってくれるし、面倒も見てくれる。問題があれば指摘して、暇なときは一緒に遊んでくれる。そういう善き人達がこのキャラバンには集まっていたのだ。だからこそ、自分の中にある成長しているかどうかが解らないという気持ちを、飲み込めた。きっとこれはこの先に必要な我慢なんだと思って自分の言われた事に集中する事が出来た。そうしてひたすら体力を作り続ける事2年、俺は漸く12歳になった。
そして俺は―――俺達はベルカのある大陸を出て、海を越えていた。
「陸だぁ―――!!」
「ひゃっほーう!!」
「やっと陸だー!」
「あぁ、もう海はこりごり……」
船が港に接岸するのと同時に船から飛び出す。馬車を降ろしたり馬を降ろしたりしないといけないから大人連中はまだ出て来ないので、年少組だけで先に地上に戻ってきた。流石に飛空艇を自由に使えないだけあって、移動には時間がかかった。大陸を渡る為に海を超えなくてはならないのだから、乗るのは当然船だ。聖王家の力を借りればエアポートから飛空艇に乗って海を越える事も出来るだろうが、それは聖王家に何らかの繋がりのある証拠になってしまう。
その為、船で海を渡らないといけないのだが、これが時間がかかる。
船の中、海の上を2週間移動していた。金を出して大きな船に乗ったとはいえ、楽しいのは最初の1週間ぐらいだ。何時までも変わらない景色に流石に段々と退屈になってくる。残りの1週間はだいぶ暇なものだった。
だがその苦痛も終わった。我々はついに地上にたどり着いたのだ!
「これが隣の大陸かあー」
降り立った港から視線を周りへと向ける。港町を見るのはここと、こっちに来る前の港町のみで、その2つだけだ。だがこっちはどうやら港から少し離れた場所にビーチが広がっているようだった。暇があったらちょっとビーチ探索してみたいなあ、と思っていると音速で後ろから抜けて来たエレミアがビーチへと向かって走って行った。
「ビーチと来たらナンパだろお前―――!!!」
「あ、ハッター兄貴……」
「ハッターほんとさあ」
「いや、まあ、うん……」
仕事を放り投げてビーチへナンパしに行く奴がいるらしい。直ぐ後ろからジャバウォックが鬼の様な形相を浮かべながらハッターを追いかけ始めたのでアレは直ぐに掴まるだろうなあ、と全員で眺めながら冥福を祈った。
……良し!
ハッターの事は忘れて桟橋から街の方へと出る。本当なら子供だけで街に出るのは危険なのだが、生憎と此方には武装済みのエレミアが2人いる。俺とイリスという荷物がいても既に並のプロフェッショナルぐらいの仕事はこなせる2人がいる以上、何も心配する必要はない。今晩泊まる宿も既に教えて貰っているし、
「散策しようぜ!」
「おー」
「この前来た時は見れなかった店があるから行こうぜ」
「元気ねぇ……あ、待ってよ! 行かないとは言ってないでしょ!」
歩き出すとイリスが急いで追いかけてくるので、その腕を掴んで前へと引っ張る。港町を自由に散策できる事なんてほとんどない経験だ。こっちに渡ってくる前は余り散策できなかったし、今日は宿―――と言うよりホテルになるのだが、ホテルで泊まるまでは基本的に自由行動を言い渡されている。一日にこなす鍛錬もちゃんとクリアしているので、悩む必要もない。イリスを引っ張るように近くの移動式屋台を見つける。空気に混じる甘い匂いは、
「ワッフル!」
「お、お目が高いな坊主。実は北の国から輸入したあまーいメープルシロップがあるんだが、これを出来立てほかほかのワッフルにかけて食べると最高に美味しいぞぉ?」
「1つください」
「2つ!」
「いいや、3つだ」
「4つにしておいて」
「へい、まいど」
ワッフル……最後に食べたのは何時だったのだろう? 甘い香りを楽しみながら目の前、プレートの上で焼かれるワッフルを眺める。出来上がったそれはアツアツでやや固めの感触を感じられるが、割ってみると中から湯気と一緒に柔らかい中身が見えてくる。上にかかっているメープルシロップと合わせて口の中に運ぶともう、甘さの大爆発を感じる。
つまり美味しいという事だ。
大人たちからは定期的にお手伝いした結果お小遣いとかを貰えているし、別に貧乏という訳でもない。こういう機会でもないとお金は中々使う機会がないので、溜まって行く一方だ。だから4人で景気よくワッフルにお金を使い、貰った紙皿の上でワッフルを食べながら再び通りを歩く。
未だに港の方からカモメたちの鳴き声が聞こえてくる。空へと視線を向ければ空を飛んでいるのが見えるが……自分の知っているカモメとは、ちょっと形状が違う。或いはベルカ特有の種かもしれない。
そんな事を考えつつ4人で散策する。この2年間でも定期的に大きな街に寄ったりするたびにこの4人で散策に出る為、これが別に初めてという訳ではない。とはいえ、特に目的があるという訳でもないのでぶらぶらしているというのに俺達の行動は近く、それがどうしようもなく楽しかった。今まで暮らしていた生活の中にはない思い出を積み重ねている、この感触が好きだった。
「あ、アンティークショップだ。ちょっと見て行こうよ」
「馬車に飾る所ないだろ?」
「見るだけでも楽しいものよ」
ヴィルフリッドとイリスがアンティークショップへと突入するのを、トッドと2人で首を傾げながら苦笑し、追いかける。女の子の感性というのは良く解らない。しゃーねーなー、というノリで女子たちを追いかけてアンティークショップに入る。古い木の香りが満ちる店内には珍妙なものから家具の類まで、様々なものが置いてある。早速家具やインテリアを見て回っている女子たちは放置して、俺も何かないか適当に見て回る。
……とはいえ、何か欲しいものがある訳でもないので適当に回ってすぐに飽きてしまった。
代わりにヴィルフリッドとイリスは盛り上がっていた。
「絶対これ寝室に置けたら良いよね」
「だよね、だよね。後これはリビングとかでさ」
カウンターの方に視線を向けると、店主が生暖かい視線を向けているのが解ったので、軽く頭を下げると微笑まれた。トッドは何をしているのかなあ、と探ってみると店の一角で壁を見ているのが解った。
「何を見てるの?」
「これ……この仮面、イケてない……?」
どこかの部族っぽい仮面が壁にかかっている。それを見て顔を顰める。
「え、趣味悪いよ」
「は? じゃあ兄弟はどういうのが良いんだよ」
「俺はもっとデザイン凝らずにシンプルなタイプのがいいなあ……バイザー型とか、目隠し型とか」
「趣味がニクス兄貴とかと一緒じゃん」
「デザインシンプルじゃいけないのか?」
「そうは言わないけどさ、でもそれって没個性じゃん? もっと自己主張しておくべきだと思うぜ」
「えー」
人生、目立つとロクな事にならないし、別に目立つ必要はないと思うけどなあ……と思いつつ、女子たちのウィンドウショッピングにしばらく付き合った。結局何かを買う事はなかったが、店を出る頃には満足そうな表情をしていた。本当に何が面白いのかが解らない。
「うーん、こうやって色々とみて頭の中で将来どういう所で暮らすとか、どういう風にインテリア置くとか……そういうイメージを固めて遊ぶのよ。そして将来こういう所で住めたらいいなあ、って気持ちを固めるのよ」
「楽しくない?」
トッドと二人で揃って腕を組みながら首を傾げる。だけどイリスがそうね、と呟く。
「レア物の強い武器、手に入れたらそれを扱えている自分を想像してテンション上げるでしょ?」
「あー!」
「成程なあー。解るわ」
「これで理解されるの滅茶苦茶悔しいな」
ヴィルフリッドの呟きに笑い声を返しつつ、今度はどこに行くか、と話をする。
「折角だしビーチの方にでも行く?」
「造船所も見たいんだよなー。絶対船を作ってるところってかっこいいって」
「でもここ、ビーチが綺麗な事で有名だよ?」
「んぐぐぐ……しゃーない、ビーチに行くか! その後で見学できる造船所を探そうぜ!」
おーし、と声を張ると今度はビーチの方へと向かう。ワッフルを食べ終わって紙皿をフォーミュラで分解して貰って綺麗に消してもらうと、また何か食べたくなってくる。折角自由が許されている日だし食べれるものは食べておきたい。さっきはワッフルという甘いものを食べたし今度は甘くないものがいいなあ、とか思っているとベーカリーがあったので匂いに釣られるように店内に入り込んでしまう。
……出てくる頃には皆の手の中には焼きたてほやほやのパイやホットサンドが揃っていた。それに加えた飲み物も少々購入を完了。アップルパイ、ミートパイ、ベリーパイにエッグサンドとハムサンド。色んなものを購入するとそれを分け合いながら味比べをして歩く。向かう先は港の横からしばらく先にある、ビーチの姿だ。
海沿いまでやってきて歩いてみると、港から忙しそうに出航したり帰航する船の姿が見える。時折聞こえてくる汽笛に新鮮さを感じながらミートパイを一噛みする。
エレミアとして旅立って既に2年が経過しているのだ。この2年間の旅は凄く、不思議で刺激的だ。新しい土地を回って、今までしたことのない生活をエレミアで経験している。自分でやるべき事はなるべく自分でやって、敬われる事もなく、同じように汗水流して苦労する。時折傭兵業で戦いを眺めたり、だけど”シド”としてのみ見られる。
不思議な気分だった。
今も港に沿ってビーチへと向かいながら歩きつつ、視線を水平線の方へと向けている。現代ベルカにいた頃では見たことのない景色だった。だけどこういいう、見たことのない景色はこれからもたくさん増えて行くんだろう。
「そう言えば」
「うん?」
「師匠が言ってたんだ」
綺麗なものを、いっぱい見ようって。
「これから先も沢山知らないものが見れる、と思うと楽しみだなー……って」
海の方を眺めながらそんな事を呟くと、首に腕がかかった。視線を向ければトッドが腕を回していた。
「はは、安心しろよ兄弟。俺達はこれからも色んな所を巡るし、色んな所を見て回るんだ。そこには俺も兄弟もいて、他の皆もいるさ。なんつったって俺達は最強のエレミアだからな」
「うん、色々と見て回るのやっぱ楽しみだな」
楽しみだなー、と零しながらビーチに到達すると、そこでは仕留められたハッターがジャバウォックによって引きずられている姿が見えた。どうやらビーチにまで逃亡する事には成功したが、ここで仕留められたらしい。ビーチの砂浜に引きずられたハッターの跡を刻みつつ、ジャバウォックが此方を見つけた。
「よう、観光はどうだ。楽しくやってる……みたいだな」
「一口食べます?」
「んじゃ貰うか」
「俺も俺も」
「お前は少し反省してろ……全く」
「はあ!? 寧ろビーチにまで来てナンパしないのは不名誉不合理だろぉ!? 昼はナンパして夜は娼館レビューが俺を待っているんだよ!」
足を持たれて引きずられている恰好のハッターは今、逆さまの状態だ。その口の中にイリスとヴィルフリッドが消化し辛いサンドイッチを詰め込んで行く。
「サイテー」
「罰ゲーム」
「んごごごご」
「ったく……お前ら、街道の方には出るなよ? こっちはベルカの方とは違って危険度のある生物がそこそこ出没するからな。まあ、流石にそこまでの馬鹿はしないだろう」
「街からでませーん」
「観光で手一杯でーす」
「良し。じゃあ晩飯までには戻るんだぞ」
「自由を楽しめよ若者共ー」
引きずられながらもサンドイッチを飲み込んだハッターが逆さまに引きずられたまま手を振る。その姿を見てヴィルフリッドがうーん、と声を零す。
「ジャバさん達仕事かなあ」
「うん?」
「ハッターは諜報調査担当だから自由時間渡さずに連れ帰るって事は多分仕事かなー」
「ま、私達は何も聞かされてないし心配する必要はないでしょ」
イリスの言葉にせやなと頷く。結局のところ、まだ12歳ぽっちの俺達ではまともに仕事にする事さえ出来ない。出来るのは社会見学で邪魔にならないように守られる事ぐらいだ。大人たちが大人たちで勝手に仕事をするのは何時もの事だ。それで偶にふらっと数人消えては何かの残骸を回収して戻ってきたりするのだ。
そういう時に聖王から承った仕事、ちゃんと処理しているのだろう。
まあ、今の俺達は考えるだけ無駄だ。
だから頭の中から仕事の話を完全にけり出して、白い砂浜へと向かってダッシュした。
私も国外の観光地行くと大体食べ歩きして終わるとホテルでばったりと倒れて眠る。これが最高に楽しいのよね……。
という訳で12歳。