「え、幽霊船」
「そうそう、討伐する事になったから明日の夜は幽霊船討伐よ―――と言う訳で例の如く社会見学に行くわよシド」
暗くなる前に合流先であるホテルのロビーに入って待っていると、師匠だけがやって来た。そして開口一番に言ってくるのがそんな事だった。幽霊船……幽霊船? と再び口にして首を傾げる。つまり幽霊船は実在する? その討伐をする? え、なんで? と疑問を覚えながら首をかしげていると、イリスがほら、って言った。
「船旅の最中近海では幽霊船が目撃されるって話があったじゃない」
「与太話だと思ってたよ」
「つまり与太じゃないケースって事だわな―――え、幽霊って実在すんの!? マジで!?」
そう言ってトッドが無言でヴィルフリッドの腕を掴んだ。絶対に離れるなよ、絶対だぞ、と物凄い強い視線をヴィルフリッドへと向けるが、無言でトッドからヴィルフリッドが逃げ出した。それを縋るようにトッドが追いかけるが、
「頼むリッド、今夜は一緒に寝よう! な!」
「雑ー魚、雑魚雑魚雑魚雑ー魚」
煽りが返答だった。
「あぁ!?」
「あ、お化け」
全力の隠形で一瞬でトッドが姿を消した。それを見て爆笑しているヴィルフリッドがトッドから逃げだした。ホテルのロビーから消えるように逃亡した二人の姿を溜息を吐いて見送りつつも、視線を師匠の方へと戻す。
「で、師匠ー明日の夜って事は」
「朝から準備やら何やらをするわよ。ハッターとアストロジアンが居場所を今割り出してくれてるから、明日は高速艇を使って突貫して一晩で終わらせる予定よ」
控えめに言って鉄砲玉とかそういう扱いだった。とはいえ、エレミアの少数精鋭である利点を利用するとなると、やっぱり少数で敵の懐に飛び込んで始末する電撃戦スタイルが一番強いという話になってくる。だから運用思想としては何も間違いがなかったりする。だから理解は出来るのだが、今回は自分もそれに巻き込まれると思うとちょっと複雑な気持ちになる。とはいえ、必要な見学なので文句は言わない。
「……はい、じゃあこれ鍵ねー」
話している間にチェックインを師匠が一瞬で終わらせた。もはや最初から鍵が用意されていたとか、そういうレベルの速さだった。まあ、そこらへん疑問を抱くだけ無駄なので鍵を受け取ると、先ほどまで全力の追いかけっこをしていたヴィルフリッドが横にやってきて鍵を盗んだ。
「ベッドは早い者勝ちだよ!」
「待てオラ!!! リッドおい!!」
「騒がしいわねー……」
部屋へと一足先に向かう3人組から視線を外して、師匠に振り返りながら確認すると頭を撫でられてから部屋の方へと体を回され、そのまま背中を押された。
「呼ぶから大丈夫よ。さ、皆と部屋でくつろいでなさい。一緒に遊べる時間はとても大事なのよ?」
「うっす!」
その言葉に頷いて、皆の後を追いかける。近代風のホテルがあるのは流石ちぐはぐな技術力のベルカだよなあ……とは思うが、どうやらこのホテルは別の次元世界の出資らしい。となると使われている様式や技術、ホテルという概念そのものが別次元世界のものなのだろう。そんな事を考えながらホテルの上階へと階段で上がり、既に部屋へと突撃している他の連中を追いかけて部屋に入る。流石金があるだけあって部屋の広さも快適さも中々良い感じの部屋だ。
ここで泊まるのがたったの数日と言うのが実に勿体ない気がする……が、普段は馬車旅なので、豪華な生活に慣れてしまうと辛くなってしまいそうだ。
「んだよ! ダブルベッドが二つかよ。折角個人で眠れるかと思ったのに。まあいいや、俺はこっち、窓際の奴な! はい、お前らそっちー」
「子供かよ。子供だったわ」
「正直私、日差しが差し込んでくるから窓際のベッド嫌なのよね。トッドがソッチで良いって言うのなら私はこっちにするけど」
部屋の中ではトッドとヴィルフリッドが場所取りをしていた。それを呆れた様子で眺めるイリスがベッドの上に座りながら二人のどうでもいい争いを眺めていた。荷物の類は馬車にあるから大人たちが来たら部屋に持ってゆく……と言っても着替えぐらいしか必要なものはないだろうし、あんまりやる事はない。窓際のベッドを取っ組み合いながら奪い合っているヴィルフリッドとトッドを視界に入れつつ、イリスが座っているベッドまで進むとごろり、と転がる。
「おー、柔らかい。ふかふかだ」
「船のとは大違いね」
船のもクオリティは悪くなかったんだけどなー、と呟く。だけどうちには仕立屋のお婆さんがいる。あの人、寝具の作成とかもするので割と馬車旅での生活は快適なのだ。だけど流石金のかかっているところは違うなあ、と思う。ベッドが寝る事に特化している感じあるもん。そう思いながら疲れを癒すように無言のままベッドに倒れ込んでいると、ぼふり、と腹の上に感触を感じる。視線を向ければヴィルフリッドが腹の上に倒れ込んできた音だった。
「じゃあ僕ここで寝るー」
「は? 3人でそっち? 楽しそうでずるいぞ」
「欠片もずるくないけど?? 寧ろ狭くて困るんだけど??」
「話は聞きました!!」
ばばん、と扉を勢いよく開けて登場したのは何を隠そう、ユーリ・エーベルヴァインその人だった。この人、実は少し前からイリスの前に姿を見せる為にスタンバイしていてもおかしくない感じの気迫を見せている。何せこの2年間、間接的にイリスとユーリが正面から話し合えるように手伝ってきたが、イリス自身がユーリを全力で回避し続けるので、何時の間にか猫と鼠のアニメの様にユーリとイリスが追いかけ合う様になってしまった。
そしてユーリが出現すれば当然、イリスが逃げる。
窓を開けるとそこからフォーミュラで肉体を強化し、イリスが飛び出して逃げる。
「あ! 待ってください! 今夜は逃がしませんよ! 一緒の部屋で寝ましょうよ! ね! イリス! 私個人部屋貰ってますから全然余裕ですから!」
「アクセラレイター!」
「魄翼展開!」
超加速を行ったイリスを、固有武装を展開したユーリが一瞬で距離を詰める事で捉えようとするが、イリスの方が判断と反応が早かった。そのまま夜天の書を抱えたユーリは夜天の書から拘束魔法ページを展開し、イリスと全力の追いかけっこをホテルの敷地内で開始する―――ちゃんと周りに被害が行かないように調整している辺りが実にらしいと言えばらしいのだが。それを窓から3人で並んで眺めてから、大丈夫そうかなあ、と判断して視線を外して再びベッドに転がる。そこに再びヴィルフリッドが転がって来て、腹を枕にされた。まあ、そこが落ち着くなら別に良いんだけど。余り心地良いとは思わないんだけどなあ。
「しっかし、シドもついに禁忌兵器案件に首を突っ込めるか」
「あ、やっぱそういう感じだったんだ」
窓際の方のベッドに座っているトッドへと視線を向ければ、んだんだと頷いていた。急に幽霊船退治なんて仕事を引っ掛けてくるから何事かと思ったが……まあ、唐突にこういう形で仕事を持って来たり、活動する時は主に禁忌兵器案件だったりする。始めて案件に遭遇したのは何時だったか……確か10歳の時の夏だったっけ? とある村が異様な状態に陥っていてその調査をして欲しいという仕事を請け負った時の事だったか。
まあ、結論から言うと特殊なウィルスがその村では蔓延してた。
これ以上の細かい話はあまりにもショッキングでグロテスクだから説明されなかったが、結論から言うと完全に地図からキャラバンの人たちで抹消した。間違いなく自然発生ではなく誰かが放ったウィルスによる感染が原因であり、そのウィルスをまずはユーリの特殊技能で封殺、浄化して、終わったら村を含めた周辺の土地を広域攻撃で更地にしたのだとか。
その後、追跡・狩猟担当のエレミアが1人馬車から抜け、仕事を終わらせたという報告が1か月後に帰ってきた辺りちゃんと首謀者を始末してきたのだろう。
ここら辺、マジで抜かりなく全部処理してくるのでこのキャラバンの人たちがどれだけこの作業に慣れているのかが解る。
「まあ、禁忌兵器と言ってもピンキリだしね。そこまで不安に思う必要はないと思うよ、僕。シドが未だに糞雑魚である事を実は気にしている事は知っているけど」
「言い方ァ!!」
まあまあ、とヴィルフリッドがお腹を叩きながら言ってくる。もそもそとベッドの上を這うと横に転がる所まで上がってきた。
「基本的に禁忌兵器って
「この世界、異様にそういう連中多いよな。叩いても叩いても
「実際隊長たちはそういう方向性で見てるらしいね。黒幕となる第3の組織があって、それが知識や技術を提供しているんじゃないかって」
「シド・難しい話・解らない」
「あぁ、知能レベルが下がってる……」
「そういう難しーのは大人に任せる」
「それで良いと思う」
禁忌兵器がどこから持ち込まれて、どこから生み出されているのか。そういう話はとりあえず、俺の考える事ではないので考える様な事はしない。ただ、このキャラバンはそういう理不尽で極悪な兵器と戦う為に存在するキャラバンであり、その為に結構な確率で人員の損耗が発生するという話は聞かされている。今の所、この2年間で誰か死んだとかはないが……それでも禁忌兵器との戦い、或いはその処理は常に命懸けである事を忘れてはならない。
その見学に俺は連れて行かれる。
「ふ、不安になってきた」
「マリーさんもいるし大丈夫でしょ。今のチームは相当強くて穴もないし」
「それはそうだな。正直このチームを崩せる規模となると戦術級の兵器でも物量か質に特化したタイプじゃないと難しいからな。大半のウィルスや疫病系はユーリが耐性生やして抗体作れるし。強いだけなら叩いて殺せるし……まあ、面倒なのは広域腐食兵器とか、汚染兵器とか、そういうタイプかなあ……」
少なくとも、とトッドが付け加える。
「幽霊船という形が断定されている以上、海上で船の形をしているんだ。どういう特性を持っているのにしろ、殴って壊せる範疇にあるならエレミアは負けないさ」
「それはそう」
自信満々に戦いでは負けない事を断言するエレミア一族の若きホープ。その姿を見ているとやっぱりこの戦闘民族、聖王家が絶滅する事になった戦争を生き延びて現代でも傭兵業を続行しているだけのもんはあるよなあ、と納得する。真面目に人類最強候補の一族なので誇張でもなんでもなく普通に殺す事の出来る生物や、破壊できる存在が相手であれば殴り勝てる。だからこそ信頼できるし、信用できる。この人たちと一緒なら俺も何時かは強くなれるだろうと。
「……やっぱ不安だなあ」
「大丈夫、大丈夫」
「地獄は最終的に誰もが経験する事だから。俺達はまあ、経験継承を通して知ってるし」
「それ、ずるいよなあ……」
目の前でヴィルフリッドにピースを向けられながら苦笑するとふぅー、と息を吐いて目を閉じる。
今日は結構はしゃいで疲れてしまった。晩御飯までひと眠りしようか……そう思って目を閉じて、
「イリス―――!」
「こっちに来るな―――!」
イリスとユーリの騒がしさに秒で諦めた。
さりげなくシドの横を確保する娘。将来が楽しみだね?
このキャラバンは役割上、死者が出る事前提の部隊である。