Disruptor   作:てんぞー

55 / 77
Traveling - 5

 高速艇に乗って港を出る。海に出てからはそれなりに距離がある―――とはいえ暗くなる前には目的地には到着する見積もりではある。全員装備を持ち込んでいる事もあり戦闘前の雰囲気は物々しい……という訳でもない。これから命を燃やす様な死闘が待っているかもしれないのに、皆の雰囲気や態度は極めてニュートラルなものだった。流石回数をこなしてきているだけあって余裕の表情を見せている。ここで緊張しているのは俺だけだった。

 

 船の操舵室へと視線を向ければ船長が船を示された地点へと向かって進めている。特に見るものでもないので視線を外し、視線を外へ、海の方へと向けた。とはいえ、海を眺めるのなんてここしばらくずっとやって来た事なので暇と言えば暇だ。今更無限に広がる大海原に感動する様な心は一週間も前に失ってしまった。ぶっちゃけ、緊張はしているがずっとその緊張感を保てる程楽しくないのだ。船旅も楽しいのは最初の周だけだ。

 

 今はただ、船旅の間は感じられなかった高速艇での風を感じているだけだ。客船の方だと進行がゆっくりだったから思うほど風が感じられなかったのが残念だった。だがこっちは素早く海の上を滑るように進んでいるだけあって、風を顔で感じられるのが心地良く感じられる。まあ、ずっと風を浴びてたら風邪をひいてしまいそうだからどっかで下がった方が良いんだろうが。

 

「シド」

 

 そうやってなんとか暇を潰していると、ユーリに話しかけられた。

 

「うーん? どうしたのユーリ」

 

「いえ、暇なら色々と聞きたい事があるので良いでしょうか?」

 

 ユーリのその言葉に良いよ、と頷いて答えた。丁度暇だった訳だし、俺としても遠慮する理由は一切なかった。だからユーリの話そうというお誘いに乗って、ちょっと船の内側に身を寄らせた。それで、と言葉を零しつつユーリに向き合う。

 

「何か質問?」

 

「えぇ、質問というよりは教えて欲しいんですよ未来の事とか。軽くシドの事情は聞き及んでいます、未来に居て、未来からこっちに来たって事を。なのでそこら辺をもうちょっと聞いてみたいなー、って思っていました。他の皆はともかく、私はこの先もずっと生きて行くので色々と未来の事を聞いておきたいんです」

 

 ユーリがそんな事を言ってくるが、本当は聞きたい事は違うだろうというのは俺には解っていた。

 

「……イリスの事知りたいんだろう?」

 

「うぐぅ」

 

 建前を一瞬で引きはがされたユーリがうめき声をあげた。まあ、アレほどイリスを追いかけて意地でもまともに話そうとする姿勢は尊敬するんだけど。ただ、まあ、俺はイリスを裏切れない。裏切りたくない。イリスは俺の理解者で、一番の相棒だ。彼女が俺を見捨てないように、俺も彼女を見捨てられない。複雑な関係だが、そこは一貫している。だからユーリには答えられないし、

 

「ユーリは俺が未来から来ているって事も半信半疑でしょ? だったら―――」

 

「第七次元論」

 

 口にした言葉にユーリが遮った。

 

「かつてある学者が提唱した次元海に関する理論です。私達は次元の海を認識する事で渡る事に成功しました。だけど全ての空間に繋がる次元の海が新たなフロンティアへと我々を導いた所で、何故これが次元の横だけではなく縦に進めないと仮定しているのだろうか? ……という話です。この学者は次元を超えて異世界に行けるのであれば、時間移動もまた人類の到達できる範囲にあるという理論でした」

 

「あ、それ知ってるわ」

 

 暇そうにしていたオズが近づいてくる。

 

「次元の海を超えて別の次元世界へと到達する時、私達は同じ時間を管理している筈なのに、そこでは必ずと言っていい程時間のロスかプラスが発生している。つまり次元を超える過程で疑似的な時間旅行を経験している……という話よね? 通信と通話を使って時間を計測していると確かに計測できない時間の発生が起きている。故に時間の移動もまた次元の海では発生しているという理論、誰もそれを応用も利用も出来ないから諦めてるけど有名な話よね」

 

「オズがまともな事を言える事実に一番驚いてる」

 

 えー、ひどーい、とオズがおちゃらけているが、ユーリは頷く。

 

「それですそれです。つまり割と身近な所で時間旅行の概念は存在しているのですよ。問題はそれを人為的に干渉、コントロールする手段が一切存在しない為に夢物語として扱われている事でしょうね。ですが、世の中には不可能を可能に変えてしまっている固有技能があります。細胞の配列を変化する事で無機物有機物を塩へ変換する技能があれば、時間というカテゴリーの先へと進む事で起きうる出来事を確認する予知や予言能力だってあります。だったら時間の移動も別段、ありえない物ではないと思っています」

 

 まあ、ウルトラレアが付くんでしょうけど。そうユーリは付け加えて頬を掻く。

 

「だからシドの話を私個人は信じていますよ」

 

「ちなみに私は夢があるから信じている派かしらねぇ」

 

 オズは笑った。

 

「何時か人類は時さえも超える力を手にする……なんてロマンあふれる未来なのかしらね、それは。手に入れれば何度だってショタ食い放題よ」

 

「最後の一言で台無しだよ!!」

 

「……」

 

「あぁーん」

 

 オリオンとタイラントが両側からオズを掴むとそのまま船の反対側へと痴女を連れ去って行く。それをユーリと眺めた。

 

「ですから、シド。私ここまでくればなんとなく解りますよ。私……未来でイリスと会っていますよね?」

 

「……」

 

「言えないって事がもう答えみたいなものですけど……ちょっと意地悪な聞き方しました、ね」

 

『……隠すのが難しいのなら別に言っても良いわよ?』

 

 それはイリスに対する裏切りだ。少なくとも俺からそれをバラす様な事はしない。イリスは俺の事情を知っているし、俺はイリスの事情を知っている。お互いに、脛に傷のある関係だ。だからこそ俺達は俺達の関係と考えを尊重しなくちゃいけない。償わなきゃいけない相手が目の前で、直ぐ近くにいる事のもどかしさ、辛さ。俺はそれをちゃんと理解している。だから俺から言う様な事はないし、イリスがちゃんと向き合えって言える日までは何もするつもりはない。

 

「ごめん、イリスの事は何も言えない」

 

「あ、いえ、私の方こそなんかごめんなさい。でもシドはイリスの事を大事にしているんだって良く分かるのでとても良いと思います! ……うん? うん!」

 

「ああ!」

 

「アイツら面白い事になってるけど大丈夫か?」

 

「大丈夫でしょ」

 

「青春だなぁ」

 

 大人たちの声にあせあせしながらも頭を横に振ってから頷く。

 

「えっと、他の事だったら大体何でも話せるけど……」

 

「え……じゃあ未来の街の様子とか、生活とかの話が聞きたいです」

 

「それなら問題ないかな」

 

 あんまり社交的なタイプじゃないが、世間一般の常識という奴はクラウスのお陰もあって割と普通に知っていた。だから現代ベルカの街並み、文化みたいな話をゆっくりと、目的地までの暇つぶしを兼ねて話す事にする。

 

 話しながら思う……そう言えばこういう話、今までは意識しなかったけどする事もなかったんだ、って。

 

 無意識に、避けていたのかもしれない。

 

 未来の事。考えるの。

 

 

 

 

 暗くなる前にはポイントに到着する。幽霊船の出没を待つ為にもポイントに到着してからは静かに待機する事になった。ぶっちゃけ、俺自身はやる事がなくていまだに暇が継続している。だが他の連中は到着して早々、何時でも戦闘が出来るように手元に武器を寄せた状態で休む様になったのが見える。それぞれが武器を手にしてその時を待つ。

 

 段々と沈み始める夕日、空が徐々に暗くなる。夜空が世界を覆い始めた頃に船長がランプを取り出す。

 

「灯り、付けても大丈夫か?」

 

「頼む」

 

 短い返答と共に辺りを照らす為に船にライトが灯された。それによって船の周りだけが明るく照らされ、夜の海が静かな闇によって覆われて行く。地上は遥か遠く、この海原の上はこの海、という環境に取り残された……そんな孤独感で満ちている。何も喋らなければ、何も聞こえない。ただ風が海を撫でる音だけが響いて行き、その飲み込まれそうな景色に恐れを感じる。

 

 ふと、手に暖かさを感じた。視線を持ち上げると、師匠が手を握っててくれた。にこり、と笑みを向けてくれる。

 

「うーん! 静かね―――こういう時こそ私の出番ね! さあ、七色の嬌声と謡われた私のライブを披露する時間ね!」

 

「お静かに」

 

「こいつ陸に置いてきた方が良かったんじゃねぇかなあ……」

 

「え!? 私の声を独占したい!? 仕方がないわね……そこの操舵室でヤるわよ」

 

「お静かに」

 

「というか操舵室全方位から見えるじゃん……」

 

 痴女が一瞬で空気を粉砕した。が、ある意味それに助けられた。段々と暗くなって行く海の姿に恐怖を覚えていたのは事実だっただけに、その空気を壊してくれた事はありがたかった。とはいえ、もうちょっと言動はどうにかならないのか、と師匠の手を握りながら思った。灯りがあっても怖いものは怖い……ここまで怖くなるとは思いもしなかったが。

 

 だが灯りのおかげか、周囲は少しだけ明るくなっている。

 

 そして少しずつ、妙な明るさを見せ始めていた。

 

「来たな」

 

 一番初めに気づいたのはジャバウォックだった。眼帯を外すと西に視線を向け、何も存在しない海へと向けて視線を固定していた。一番目の良いジャバウォックが西に視線を向けているのだ。全員が船の西側へと集まり、視線を其方へと集中させる。だが船の影は見えてこない。その代わり、西の方から少しずつ燐光とでも言うべき光が海の底から湧き上がってくるのが見える。それに浸食されるように海は闇の色から深い赤色へと変貌して行く。生理的嫌悪感を覚える様な色だ。

 

「ユーリ、チェック」

 

「干渉チェックします……空気、問題無し。海は……何か良くないものが混じってますね。干渉されないように皆に予防しますね」

 

 ユーリが夜天の書を開くとページをめくり魔法の使用準備に入る。その間にオリオンが弓を取り出し、船に搭載されている銛を矢の代わりに番えた。

 

「ジャバウォック」

 

「正面、1キロ。右に10度修正……」

 

 ジャバウォックの指示に従って弓の方角を微調整し、

 

「ゴー」

 

 発射された。未だに海の上に姿を見せない幽霊船、しかしいかなる隠蔽もジャバウォックの目の前では決して姿を隠す事が出来ない。ジャバウォックによって観測された幽霊船へと向かって放たれた銛は一直線に進み―――やがて、遠くで轟音と共に何かを吹き飛ばす様な、粉砕する様な結果を見せる。

 

「軽度物理耐性あり、だな」

 

 汽笛が海に響く。海が赤く染まり切るのと同時に空間が揺らぎ、その奥から船団の姿が見える。聞いていた話では合計8隻の船団だったはずだが、目の前には10を超える船団が形成されていた。その内一隻はオリオンによる強弓を受けて既に半壊しているものの、沈む事無く煩い程に汽笛を鳴り響かせながらゆっくりと近づいてくる。

 

 その奥の方に見えるのはひときわ巨大な白骨で編まれた海賊船風の戦艦だった。その先端は巨大な頭蓋骨が存在しており、瞳のあるべき場所には怪しげな輝きが灯っている。間違いなくアレが大ボスだろう。遠くにあって全容は把握できないが、少なくともまともな風貌はしていないし、人の恐怖を煽る様な演出と姿と性能は間違いなく禁じられた兵器のものだ。

 

「うーん」

 

 オズが被っている帽子を軽く調整しながら銀十字―――2メートルサイズの巨大十字型棺桶デバイスを背負っていた状態から横に引きずり下ろした。

 

「小物ね」

 

「早めに潰しに来てよかったな。時間経過で成長するタイプだわな」

 

 弓を構えたオリオンが矢を放ち、海の上に流すように矢を放つ―――再び轟音を響かせながら船団の正面に衝突すると、船体に穴をあけて粉砕する。だが粉砕された箇所から骨が生え、それまでは普通の船体にしか見えなかったものが少しずつ白骨化する。

 

「気持ち悪っ。絶対に触りたくないな」

 

「良し、オズとオリオンは船に残って潰せるだけ潰せ。マリー、タイラント俺について来い。本体を潰しに行くぞ」

 

「……うむ」

 

「はーい。じゃあ師匠の格好良い所ちゃんと見てるのよシドー?」

 

 師匠が傷跡を抜き、タイラントがバトルアックスを担いだ。ジャバウォックが操舵室の船長へと視線を向け、合図を出すと船のエンジンが再びうなりを上げた。ユーリの魔法による禁忌兵器からの干渉を遮断しつつ、

 

 再び矢が海の上を飛翔した。先頭の船、その船首に衝突し粉砕する。

 

 赤く染まった夜空に吹き飛ぶ船首の音が、開戦の号砲となった。




 かつての日本人は弓で船を沈めたらしい。

 つまり弓で砲撃するのはファンタジーではない。リアルだ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。