キャラバンから少し離れた、開けた場所までやってくる。そこではエレミアン・ウェポニクス担当、ブラックスミスの姿があった。装着しているメカニカルゴーグルを首から下げつつ、箱型のストレージデバイスにカートリッジを装填していた。近づいてくる自分と師匠の姿を見かけるとお、と声を零した。
「こっちは調整完了だぜー。何時でも行けるから、見学に回るぞ」
「はーい、お疲れ様ありがとう。いやあ、面倒な注文悪いわね」
「新しい末っ子の為だし気にしない気にしない。シドもこれから辛くなるだろうけど頑張れよー」
「はい!」
勢いよく返答しながらブラックスミスが横に退くのを見る―――良く見ればブラックスミスが行った方に椅子を持ってきて完全に観戦態勢に入っている旅の仲間たちの姿が見える。ユーリは治療する為にスタンバイしているのだろうが、それ以外は完全に野次馬根性丸出しの姿勢を見せていた。これから何をさせられるのか、あっちの人たちは知っているんだろうなあ……なんて感じで眺めてしまう。
その間に師匠は箱型デバイスに近づくと、それを片足で踏んだ。
「さて―――シド」
「はい」
呼ばれて、正面から向き直る。
「これからは実戦形式の訓練を入れるわ。と言ってもリッド、トッドとの組手は徹底して禁止よ。しばらくは私とのみでやるわ。徹底して動きを叩き込む上でなるべく他人と戦う事でノイズが混じるのが嫌なの。根幹となるエレミアン・クラッツを仕込む上でリッドとトッドとの模擬戦は割と有用だったから体術訓練の時は組ませていたけど……ここからは私の技と動きを徹底して体に叩き込みながら、チューニングするわ」
「チューニング……?」
聞き返す言葉に師匠は頷く。
「技ってのは教えられた通りやれば良い訳じゃないわ。例えば私、胸の分重みがあるから避ける為に体を動かす時、僅かに体がズレるわ。シドは私と違って胸がないでしょ? だから回避する時は僅かなブレやズレがない。これで動きをコピーすればその分の動きの差異が出てくる。だから同じように動いて、同じような結果を出せるとは限らないわ」
成程、と納得する。
だからエレミアじゃコピー系はカモと認識されてるのか……。
腕の長さ、体重、呼吸、体の大きさ。それらの要素で同じ技を使っても、同じ動きを使っても結果は変わってくる。
「だから重要なのは教えて貰った事を体に叩き込んだうえで、自分用に調整する事。自分の体と練度に合わせて技術を合わせる。そうすることで技ってのは初めて身に付くものなの。形だけ叩き込むのに意味はない―――そしてこの調整作業は体が成長する度に1からやり直す作業でもあるわ。それこそ基礎訓練を続ける限り一生ね」
さて、と言葉が置かれる。
「私と君の武器は多様性よ。多くの手札と手段、そして拘らずに勝てる手段を選ぶ事が唯一の勝機になるわ。だからその為には何を手にしても勝てるという形に仕上げなきゃいけないの。幸いシド、君は凄く物覚えの良い子なの。大抵の事は1回、難しくても数回やればちゃんと覚えてくれるわ。本来であれば何百回繰り返して覚える事も君はすんなり覚えてくれるおかげでこの手段が取れるの。それはきっと、今、君の器が空っぽで元々あったものがなくなっている事に起因しているの」
だから、と師匠は付け加える。
「これまで、なるべく何もそこに入れないように気を付けて君を育てて来た。君と言う形を崩さない為に、君と言う理想的な器をこれからの段階に備える為に。なるべく容量を埋めないようにね。起動」
師匠が足元の箱を蹴って稼働させた。装填されたカートリッジからの魔力が消費され、箱の中に収められていた物が放出される。
即ち、武器だ。
武器、武器、武器。
武器武器武器武器。
武器武器武器武器 武器武器武器武器 武器武器武器武器 武器武器武器武器 武器武器武器武器 武器武器武器武器―――武器。
見える限り数百を超える武器が大地に突き立てられるように展開された。悍ましいとでも表現するだけの量の武器が出現した。まるで古戦場に残された武器の墓の様に大量の武器がそこら中に出現していた。抜きやすいように大地に突き立てられた状態で。そうやって突き立てられた武器の内の一つを師匠が抜いた。ウェポニクスで生産された基本的なロングソードだ。
それを真っすぐと此方に向けて来た。
「
「……うん? んーん……?」
今、なんかおかしなことを言われた気がする。首を捻っている間に此方に何かが飛んでくるのをキャッチする。視線を向ければトッドが”夜明け砕き”を持ってきてくれていた。そしてヴィルフリッドも鞘に入った状態のオートクレールを運んできてくれた。ストラップ付の鞘は肩から吊る事で装着する事が出来るのだが、身長が伸びてきて最近漸くまともに振るえるようになったものだ。
そんな風にいきなり武器をリッドとトッドに渡された。
「え? 待って、えっと、これはつまり」
「そう、実戦形式の訓練―――どう戦い、どう受け流し、どう切り替えるのか。それを覚えるにはこれが一番効率的で速いのよ。だから君の武器習熟を進める為にも実戦形式で詰めていくわよ」
「こ、これ必要な事なんですか……?」
「あるわよ~」
師匠にそう断言されてしまった以上、もはや逃げ用はない。360度、全方位に武器が散らばっている。この全てが師匠が使う、使う事の出来る武器だという事だ。自分の手の中にある武器は”夜明け砕き”とオートクレールだけだ。そしてどちらかと言うと”夜明け砕き”の方が手に馴染んでのは、此方の方がまだ軽くて振るう回数が多かったからである。だからソードブレイカーと小槌と言う組み合わせの二対の武器でなるべく師匠の使うバリエーション豊かな戦場を乗り切らないといけないのだ。
考えるだけで震えてきた。
それを見てか師匠が苦笑を零す。
「もう……そんな心配しなくても大丈夫よ。私も別に本気で殺しにかかったりする訳じゃないし、致命傷を負わないようにするし。手加減しつつ始動するから。スタンスは崩さないわ。丁寧に、崩さないように、ちゃんと一歩ずつ積み上げて行くのよ。そりゃあ同年代と比べると劣っているように感じるかもしれないわよ? でも大丈夫、最後は陸の上でなら誰にも負けなくなるようになるから」
”夜明け砕き”を握る手を少しだけ強くし、師匠の言葉に頷いた。結局のところ、強くなるという目的の為にはどこまでも真面目に強くなる為の積み重ねをしなくてはならないのだ。だったらこんなところでビビっていては話にならないだろう。俺はオリヴィエを助ける為にももっと強くならなくちゃいけないんだ。そしてそれにショートカットなんてものはないのも、良く理解している。
都合の良い強さを願ってはならない―――本当の強さは積み重ねを通して生まれてくる。その積み重ねを今、自分がここで刻んでいるんだ。そこに近づく為には俺ももっともっと積み上げていかないとならないのだ。良し、と声を出して視線を持ち上げて師匠を見た。
「いいぞーシド―!」
「頑張れー!」
「何秒持つと思う?」
「んじゃあ30秒にビールを賭ける」
「良し乗った」
今観客席の方から酷い言葉が飛び交っていた気がする。だけどまあ、それを含めて何時も通りと言えるものだ。
「じゃあシド……とりあえず1回目、始めるけど大丈夫?」
「はい!」
「じゃあ……先手は譲ってあげる。特別よ?」
にこり、と笑う師匠の姿にちょっとだけ落ち着きながら息を吐く。深呼吸をして自分の肺の中の空気を入れ替えたら手の中に握られている武器を強く意識する―――”夜明け砕き”は小人の穴倉工房で生産された俺用の武器だ。まだその性能を完全な形で発揮する事は出来ないが、それでも使い手が習熟すれば恐ろしい結果を見せてくれるだろう。それが出来ないのは単純に今の俺が未熟なだけだ。
それを恥じる必要はない。
これから成長する。今も成長している。その為に今は未熟なのだ。
ソードブレイカーを左手で、逆手に握る。運用として考えるのは盾だ。このソードブレイカーは刺突と斬撃を行える武器。そう認識する。本命は右手で順手に握る小槌の方だ。盾として運用するのは俺と師匠にとっては器用さこそが我々の最大の武器であり、武器としての性質と防具としての性質を複数の攻撃属性を切り替えながら運用できる武器がそれだけで優秀という事にある。つまり斬撃、刺突、武器破壊、防御運用が可能であるソードブレイカーと言う武器は器用さが求められる武器であり、それが一番のメリットであるという事だ。
防御に回し、手が空いた時は刺突と斬撃に使う。それを意識する為の逆手持ち。
純粋な打撃武器である小槌は小さく、重量が乗りづらい分筋力と勢いで破壊力を稼ぐ必要がある。
親方があの時用意したのはシンプルに見えて取り回しが難しいが、使いこなす事で多様性が見えてくる武器だ。今握っていると解る。俺の将来に期待してくれていたのだ、と。
だからこれまで良くされた事、そして向けられている期待に応える為にも。
師匠へと向かって踏み出した。左手でガードするように、右手を僅かに下げて打撃へと向けて姿勢を移行する。対応する師匠は左手にロングソード、
そして近くにあった槍を抜いた。
剣と槍の変則二刀流をゆらり、と後ろへと僅かに傾く様に構えた。あれは重量に耐えきれないのではなく、誘い込みの一種だ。そう理解しておきながら逃げる事も下がる事も出来ないから接近するしかない。
だから師匠への懐へと飛び込もうとして、槍の切っ先が目の前に置かれているのが一瞬で理解出来た。だがこれは見えていた。当然のように振るわれる槍に対して左手の刃で横へと弾く様に逸らし、内側へと潜り込む。ロングソードのリーチの内側へと入り込もうとして、
入り込みながら蹴りを受けて体が浮かび上がった。
「武器を握っているからって体術が来ないとは限らない!」
浮かび上がった体に追撃の回転蹴りが放たれる。大地をワンバウンドして転がるも、2回転してから大地を叩いて体を打ち上げて姿勢を正す。流石”仕立屋”の婆ちゃんが用意してくれた服なだけで汚れてはいてもほつれもなく、衝撃のほとんどを吸収してくれている。普通の服であれば今ので破けているぐらいの衝撃はあった。
恵まれている。そう思いながら態勢を整えようとする時には師匠の姿が目の前にあった。
「立て直しが遅い。弾かれた時にはもう立ち上がる準備しないと駄目よ」
優しい声で教えてくれるが、既に武器はロングソードと槍からバルディッシュとメイスへと握り直されていた。小槌を振るってメイスを弾こうとするが、武器の重量差が違う。今のは選択肢を間違えたと思った瞬間にはバルディッシュによって殴り抜かれてもう一度吹き飛んでいた。今度は結構強めに。
何度か地面を転がり、全身の痛みに大地に突っ伏す。体を持ち上げたいがちょっとじゃないレベルでダメダメでショックを受けていた。ここまで一方的に殴り倒されるものなのか……と、脱力してしまった。
「成長を今までちゃんと実感させながら育てて来たけど、もう少し出来るって思えたでしょ」
「……はい」
「ま、これが現実よ。まだ基礎の基礎を修め始めたばかりなのよ。これからどうやって動くか、どうやって判断するのか。それを徹底して叩き込んで行くわよ。まずは戦闘機動の基礎を固めて行く。良いわね? それじゃユーリー」
「はいはい、回復ですねー」
「あざっす」
地面に突っ伏した状態でユーリに生命力の活性化で回復させて貰い、土を払うように体を揺らしつつ起き上がる。手の中に武器があるのを確認する―――吹き飛ばされて殴り飛ばされても、ちゃんと手放さずにいられたらしい。
―――良し!
「もう1回お願いします!」
「宜しい。とことんやるわよ」
「はい!」
師匠が再び距離を開けて構える。慢心も油断もなかったが、それでも少しは強さが出来上がっていたんだと思った。だけどそんな事はなかった。自分はまだまだだ、だからもっと強くならなくちゃならない。
その為にも、前へと踏み出す。
少しでも目の前の姿へと近づく為に。
基礎を固めたら正しい使い方を学ぶフェーズ。
ここから一気に辛くなる。これまでは精神的に。ここからは肉体的に。